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序章ー1

頑張って投稿します。

よろしくお願いします。


「K.O!!」



今日何回見たかわからない画面のアルファベットを見ながら、俺は欠伸が出そうだった。


身の丈程もありそうな大剣を背負った男が、断末魔を上げながら崩れ落ちて行く。


後ろのギャラリーからは溜息にもにたどよめき、筐体の向こう側からは情け無い叫び声と悪態が聞こえる。


画面の左上にある数字がまたひとつ増えたのを横目でちらりと見たあと、俺はスマホを取り出し、贔屓にしている投稿者の新作小説を読みながらレバーをグルグル回した。



「おい、相変わらずやべぇ連勝数だな…160なんて生まれて初めて見たぜ……」



「あの対面のやつも、他県の超強豪だろ?やっぱアイツは次元が違うよな……」



「こないだオフラインの大型公式大会でも優勝したらしいぜ。しかも1ラウンドも落とさずに。そろそろスポンサードとか付いてもおかしくねぇって……」



裏でひそひそ勝手な話をしているギャラリーを無視して、俺は画面をスクロールして文字を追う。


その直後、チャリンと小気味良い音が筐体から微かに聞こえ、画面に乱入者が現れたことを知らせる文字列が浮かんだ。


良いところだったのに……


ヒロインを助けるために大立ち回りを演じている主人公の描写から意識を現実に引き戻され、俺は小さく舌打ちをした。


早く続きが読みたい。その一心でレバーを軽く持ち直す。


相手も相当「あったまっている」のだろう。戦闘が始まった途端、猛然と前に突っ込んできた。


だが、それはもう何度も見ている。

一度見た攻めは、通さないようにするのが定石だ。



いつも通り、かわし、捌き、差し返し、倒す。



そうして相手の体力ゲージを2本空にした時、合わせた試合時間は1分にも満たなかっただろう。


またひとつ左上の数字が増えて、向こう側から怒声と何かを叩く音が聞こえた。



そんなに熱くなるなよ……



ゲームで怒っちゃダメだと、俺の好きなプレイヤーがいつも言っていた。


だが、ゲームとは大いに人の感情を揺さぶり、時には激怒や感動すらさせたりする。



俺もそういう、うまく形容できない「格闘ゲーム」の魅力に取り憑かれた人間のひとりだ。



中には、ゲームで生計を立てて行く事を目的として——あるいは既にゲームで食っている人も存在するように——この画面の中で行われる戦いに人生を捧げている人間すらいる。



……俺はどうだろうか?



そりゃ、将来したくもない仕事をして、端みたいな給料で細々と生活していくよりかは、俺だって好きなことやって金がもらえる方が幸せだろう。



でも、これはあくまで「趣味」であって「天職」なんてもんじゃない。



まだ20歳そこらの俺でも、なんとなくそう思う。


格闘ゲームプレイヤーなんて、それで残りの人生60年メシ食っていけんのか?と冷めている自分もいる。



最近は「eスポーツ」なんて言葉も、僅かではあるが広まりつつあって、世間のゲームに対する印象や認識もだいぶ変わって行っている。



もっとも、それは日本だけの話であって、海外なんかでは目が飛び出るような賞金額の大会もざらにあり、エンタメの一角を担うコンテンツとして既にメジャーになっている。


この国は、諸国と比べれば「後進国」と呼んで差し支えない。



そんな時代の変遷に、俺は賛成でも反対でもどちらでもない。



好きな事をして、親から訝しまれたり、後ろ指を刺されないようになることはとてもいいことだと思う。

ただ、「見世物」として扱う事には疑問を覚える。


綺麗な会場

整った設備

スポーツ観戦の感覚で楽しむ観客たち


それはそれでいいと思う。


でも俺は、


薄暗くてタバコ臭い店内

使い古された椅子や筐体

たまに飛ぶ野次や煽り文句



これらがとても好きだった。

なぜなのかはわからない。



あまりにもお行儀が良すぎるのもアレルギーが出る。

これくらいが丁度いいと思う



「……っざっけんじゃねぇぞ!おいテメェ舐めてんのか!?」



——何事にも言えることだが「ある程度は」の話だ



対面の相手が椅子を乱暴に蹴飛ばし、語気を荒げてこちらに向かってきた。


見ていたギャラリー達が数歩後ずさり、筐体を囲む輪が大きくなる。



「さっきのは何だ!?今まで本気すら出してなかったってのか!?

人を舐めくさったプレイしやがって、何様だテメェは!?」



このプレイヤーはそこそこ有名だ。



他県有数の強いプレイヤーであること

そして「そこそこマナーがいい」ことで



あまりの剣幕にややたじろぐ俺に、この柄の悪い男は今にも掴みかからん勢いで俺に詰め寄る。



——そもそも、今日対戦しようってSNSで声かけてきたのはあんただろうが



喉まで出かけたが、今の様子を見る限りでは火に油を注ぎそうだ。



「いいご身分だな。弱い俺に手加減してくれるたぁ、お強いこって。

けどな、そんな半端な気持ちで、こちとらゲームしてねぇんだよ!やる気ねぇならやめちまえ!」



よほど虫の居所が悪いのだろうか、散々な言いようだな。



「……手を抜いているように見えたのなら謝ります。

ですが、俺もちゃんとコレと向き合ってます」



恐らく、相手はこのゲームにかなり本気で打ち込んでいるらしい。


SNSでも自分から企業宛に売り込みかけているくらいだったから。



そんな相手が、片手間に——あまり情熱を傾けているようには思えない態度の俺に、コテンパンにのされたことが我慢ならなかったのだろう。



ひと昔前のゲーセンなら、こういった小競り合いも特段珍しくはなかったらしい。


特定のキャラの使用を禁止したローカルルールが敷かれたり、対面から灰皿が飛んできたり、終いにはゲーム外でも闘う「リアルファイト」なんてのもあったとか。


俺もゲーセンに入り浸ってる身として、文句を言われたりする事も当然経験している。



でも、ここまでの因縁のつけられ方は初めてだった。

よほど相手の心のイヤな部分に触れてしまったのだろう。



「——っ、この……っ!」



よほど気が立っていたのか、あるいは受け答え方を間違えたのか、相手は本当に俺の襟首を掴んで無理矢理立たせた。


驚いた俺は思わずバランスを崩し——



押し倒されるように地面に叩きつけられた。



「あ——」



息を呑むギャラリー。


床にぶつかった頭は、今までに聞いた事が無いような音を立てた。


目の奥で火花が散って、身体から熱が急に失われて行く感覚がわかる。



あ、これやばいやつだ。



「き、救急車ぁ!おい店員、今すぐ救急車を……」



「おいおいまじかよ……どうすんだこれ……オレ知らねぇぞ……」



「おい、血が……止まらねぇぞ……」



視界の端に、未だに信じられないといった表情のギャラリーを捉えながら、俺は意識が霞んでいくのを他人事のように自覚していた。



「ち、違う。オレはそんなつもりじゃ……」



真っ青な顔で違う違うとうわ言のように繰り返す対戦相手は、茫然自失という言葉通りの様相だ。



にしても



今時ゲーセンで死ぬとかないわー……



人は3センチの水深で溺死する。そんなどうでもいい事を思い出しながら、瞼が段々と重くなっていく。


人間って、こんな呆気なく死ぬんだな。



出来る事なら、もう少しゲームを楽しみたかった。


天国にもゲームってあるのかな。多分なさそうだけど。



俺がさっきまで読んでいた小説。主人公は結局ヒロインを取り戻すことが出来たのだろうか。



あぁ、これがいわゆる「未練」ってやつか……



願わくば——



そこで俺の意識は完全に途切れた。

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