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Scene09 シルク・ドゥ・スクィークの会議

 『シルク・ドゥ・スクィーク』。不思議なサーカス団。

 猫とネズミと犬と猿が同居する。世にも奇妙な雑技団。

 彼らはまた、魔女狩りの町から逃れた。

 だかしかし、より恐ろしいことの行われる町へと足を踏み入れようとしていたのじゃった。


 暗い路地裏で繰り広げられる夢のひと時のことじゃ。

 ニィはあの魔女狩りの一件以来、敏感になっておった。

 彼は自分の役割をこなしながらも、通りや近隣の家々の中の気配や心の声を探り続けておった。

 公演が一区切りしたころ、ニィはウィネバのもとへ向かった。

「ウィネバ、この町の人間たちはなんだか様子がおかしい。魔女狩りの時に似ている」

「お前の言うことなんて信じるかよ」

 いやはや冷たい返しである。だが、ウィネバにはニィが嘘をついていないことが分かっておったので、「『似ている』って言い方が気になる。何か違うのか?」と心の中で訊ねた。


「猫の大虐殺だ」

 ニィが言った。


 そう、実はこの町では猫の大虐殺が行われようとしていたのじゃ。

 クリーモーと呼ばれる猫狩りの人間たちが跋扈しておった。

 憐れな猫たちは縛られて袋に入れられ形が分からなくなるまで棒で叩かれたり、死刑囚よろしく並べてロープで吊るされたり、ギロチンの真似事に使われたり、魔女のように五月柱に縛り付けられて焼かれ、人間たちはその周りで乱痴気にダンスを披露しておった。

 殺しの手法については「よくもまあ、これだけ考え付くものじゃ」と感心するほどじゃ。ご希望とあらばあと十種類くらいは挙げられるが……まあ止しておくとするかの。

「それも、縄張り争いか?」

 ウィネバは訊ねた。

「いいや。どうやら八つ当たりらしい」

「八つ当たりだぁ!? 堪ったもんじゃないぜ!」

「人間たちには“階級”ってのがあって、腕っぷしや知恵とは別に、それで偉いとか偉くないとかを決めるんだ。職人っていう仕事を役目にしている人間が、自分たちの酷い扱いに怒って、その親方や親方の奥さんに鬱憤を溜めてる」

 下っ端職人たちの暮らしはあんまりなものじゃった。仕事も苛烈で薄給、日の労働が終われば飲んだくれてくだを巻く以外にすることが無かったのじゃ。

 いっぽう、親方やお偉いさんたちの可愛がっている飼い猫は自分よりも良い暮らしぶりをして居るし、住み込みの職人に至っては猫以下の食事と寝床じゃった。

「だったら、その親方や奥さんをぶちのめせばいいじゃねえか。馬鹿馬鹿しい。なんで猫に当たるんだよ」

「さあ……でもそれじゃ、暮らしていけなくなるみたいだ。だから、お金持ちや偉い人間の飼っている猫に当たりたいんだけれど、それじゃ叱られるし野良猫を狙うんだ。何かと理由をつけてね」

(えら)い迷惑だぜ」

 ウィネバはそう言って棄てたが、自身も飼い猫だった時分に、エマ婆さんへの不満を町の者から当てられた経験があったのじゃ。

 殺すのは行き過ぎだとは考えたが、分からなくもなかった。

 そして彼自身もまた、その八つ当たりを受けたことや、失敗をしてエマ婆さんに叱られたことに腹を立てたときに、ネズミや戸板に対して同じく八つ当たりをしておったからの。

 ニィにしても同じことじゃ。八つ当たりなんて誰しもやることじゃ。そうでなくとも、ニィには人間たちの気持ちがよく分かった訳じゃしな。


 野生の流儀でよく言われる運の良し悪しにしたって、腕っぷしにしたって人間に文句を言っても仕方がないのは明白。

 そういう訳でウィネバは読心の魔法猫に傍に居られるのをむず痒そうにしつつも、心の中で「ネズミたちにも事情を話しとけよ」と言って、ふて寝を決め込んだのじゃった。


***


 さて、ネズミと猫とそれから犬と猿の大会議じゃ。

「猫の大虐殺! 何と恐ろしい! それなら今からでも次の町へ行きましょう。早急に!」

 団長がヒゲを撫でながら言った。

 彼ら『シルク・ドゥ・スクィーク』は居心地の良い町では、数日間滞在して公演を続ける方針じゃった。

「でもでもぉ。ニィは逃げるのが上手だし、猫にとって悪い町なら、それはネズミにとっては天国ってことじゃないのかしら?」

 こちらは美ネズミとやらの意見じゃ。白くてマズそうなネズミじゃのう。

「いくらニィでも、ずっ~と気を付けるのは大変よ~。この前のまぬけネズミみたいになっちゃうわ~」

 オペラ歌手のようによく伸びた声をしたネズミの意見が裏路地に響いた。

 ちなみに、オペラネズミの言うまぬけネズミは、ひとつ前の町で板の上にチーズの乗せられた、あの針金が「バッチーン!」となる見え透いた罠に引っ掛かって、ふたつに折られてしまっておった。

 二十四代目のまぬけネズミの死去。アーメン。

「私はニィの影のような毛皮を信じるわ。それに、私は副団長よ。私の意見は重視してもらわなくっちゃ」

 美ネズミが偉そうに言った。

「それはちょっと冷たいわね~~」「ね~~~~」コーラスネズミ付きの反論じゃ。

「何よ。みんなしてニィに味方しちゃって。ネズミが猫の心配をするなんて変よっ!」

 ぷいとそっぽを向く白ネズミ。

「僕の心配はいいよ。でも、今はもうサーカス団の猫は一匹じゃないんだ。ウィネバだって危険だ。彼は僕より素早いけれど、それでもこの前のときは散々だった」

 ニィがウィネバを見て言った。ニィはネズミ語で話していたが、ウィネバは何となく目を開けて会議をチラ見したのじゃ。

「追いかけっこは好きだけど、乱暴者は嫌いだわん! 噛みついてやる!」

 こちらは犬のケンピの意見じゃ。ちなみにニィ以外には「ワンワン」としか聞こえてはおらぬ。

 猿のボーヤンはちょいと通りにでて様子を窺って来ておったが、下っ端職人たちがどさくさに紛れて野良猫だけでなく、誰かの飼い猫を叩き殺すのを見て、すっかり縮み上がってしまっていた。

 普段は仲違いをするケンピとボーヤンじゃったが、ボーヤンがこうなってしまったときは、ケンピは必ずその原因に向かって歯茎を見せるのが習わしになっとる。

「ニィ、ケンピは何と言っているんでしょうか? 犬の意見も知りたい」

 団長が通訳を促した。

「ケンピは、悪い人間はやっつけようって言ってる」

「いいねえ! 人間の大虐殺だ!」

 ネズミ側から炎とともに乱暴な意見が飛び出した。言ったのはヒゲの焦げたネズミじゃ。

 火吹きネズミの意見は飛び火をして、団員たちに燃え広がった。

 「踏みつけろだ」の「罠に挟んで殺せ」だのの大盛り上がり。

 サーカス団と言うよりは革命崩れの暴徒の様相じゃ。

 ま、普段から人間に辛酸を嘗めさせられておる彼らじゃったからの。


 しかし、じゃ! その狂騒の会場に憐れな叫び声が飛び込んできた!


「おい! 何をしやがる!」

 悲鳴を上げたのは新メンバーたる灰色猫。

 団員たちはあまりにも議論に白熱していたため、気付いた時には灰色猫はすでに麻の袋に押し込まれた後じゃった。

 犯人はやはり人間で下っ端の元職人。若い印刷工だった者じゃ。

 彼は親方が留守の時に、若い奥方に誘惑され秘め事に及んだのじゃが、それを奥方本人に暴露されて袋叩きに遭った末、クビにされたのじゃった。


「同志を助けよ!」

 団長ネズミの大号令。

 言葉が通じなくとも、気持ちは同じ。真っ先に飛び出したのは犬のケンピじゃ。

 彼……おっとこりゃ失礼いたした。彼女は若い印刷工の振りあげた棒を持った腕にガブリといっぱつお見舞いしたのじゃ。

 こうなってしまえば犬も猫も同じ。ニィは人間の敵意が勇敢な雌犬に向けられたのを察知し、彼も続いて人間の顔面に爪をお見舞いした。

 人間は悲鳴を上げ、ウィネバの入った袋を放って通りのほうへと逃げて行った。

 ネズミたちはその隙に袋の口を噛みちぎり、見事同志を助け出したのじゃった。


「す、すまねえ。助かったよ。まさかネズミに命を助けられる日が来るなんてな」

 ウィネバが礼を言い、ニィは余分な部分を省いて通訳をしてやった。

 ネズミたちは普段から黒猫を慕っていたからか、彼の周りで万歳三唱をしておる。ウィネバはそれを見て、「ふん」と鼻を鳴らした。

 ケンピの喉はまだグルグルと唸っておったが、サーカスの忠犬たる彼女は無理に人間を追わずに、仲間たちの前で四本の足を精一杯に突っ張って路地の道を塞ぐ仕事を選んだ。

「こりゃ、今すぐにでも町を出るべきだね」

 万歳に参加していなかった仮面のネズミが言った。他のネズミは万歳から続けて脱出大賛成の声をあげた。


 しかし、そうは問屋が卸さぬのがおはなしの妙というもの。


 逃げた人間が、他の工員や職無し連中を集めて逆襲にやって来たのじゃ!


 万事休すの絶体絶命。

 行く手だけでなく、もういっぽうの道からも人間たちがぞろぞろと現れた。

 これぞまさに袋のネズミ、頭陀袋(ずだぶくろ)の中の猫という訳じゃ。


 ホウキやら麺棒やらナイフやらを持った凶悪な人間たち! じりじりと追いつめられる『シルク・ドゥ・スクィーク』の面々!


 団長ネズミは団長としての判断を考えあぐねておった。昔ならば頭数を取り戻すだけの生存者があればそれで良かったからの。今や誰しもが特別なサーカス団員じゃ。


 半野良で自信家のウィネバは、実はそれどころではなかった。猫がネズミに助けられるという恥辱を受けたものだからすっかりプライドが傷ついてしまっていたし、何よりそれでニィが持ち上げられていたのが鼻持ちならなかった。

 なんと彼は、ネズミはともかく、ニィが人間どもに叩き殺されることを願っておったのじゃ。

 そしてそれを尻目に、魔法猫ニィは恩知らずを含めた全員を助けようと脳みそをフル回転させていた。

 ニィには、暴徒たちを追い払えるかもしれないだけのの知恵と、魔法があった。

 彼は「声をあげよう」と考えておったんじゃな。それも人間の言葉で。

 猫が人間の声で話し、それで連中の考えを言い当ててやれば、脅かしてしまうこともできたし、彼ら同士で隠したがっていることをばらしてやれば、同士討ちを狙うことだってできると考えた。

 海に落ちたとき以来、幾度もいたずらに使って来た魔法じゃったが、それはあくまで隠れて行ったものであり、黒猫と関連付けられる行為ではなかった。

 じゃが、ここで人間に魔法猫の存在を知らしめ、ただでさえ凶兆のシンボルたる黒猫の地位をさらに貶めることとなれば、ニィは『シルク・ドゥ・スクィーク』を去るどころか、猫界からも追われることになるやもしれぬ。

 ニィの頭にもその考えが過ぎり、躊躇を生んだのじゃ。

 ニィはそれが己の身の可愛さだと思って自身を呪おうと考えたようじゃが、それをしなければ彼も叩き殺されるのは必至な訳で、この如何ともしがたいアンビバレントな感情は、ワシは見ていて何とも身の焦げる思いがした。


 さて、ぼんやりしていた二十五代目のまぬけネズミが人間の汚れた靴の下敷きになったその時じゃ!


 急に空が明るくなった。見上げる人間とサーカス団。

 なんと光り輝く猫が住宅の屋根から跳び、壁を蹴って両者の間に降臨したのじゃった!

 それから、そのキンキラキンでピカピカでナイスな猫が水色の瞳を瞬かせたかと思うと、彼の鼻先から水面を叩くような音とともに稲妻が走り、人間たちを激しく打ったのじゃった!


*** *** ***

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