Scene06 華麗なるスクィークたちの心配
さあさあ行くぞ団員たちよ。山越え谷越え団肥えて、仲間を加えて出発だ。
我ら『シルク・ドゥ・スクィーク』。
嫌われ者も物好きも、寄せて集めたサーカス団。
見果てぬ夢を追いかけて、探せよ我らの安住の地。
彼方の町から此方の町へ。闇夜に紛れて大行脚。
辿り着いたは黄金の穂の町。こぼれ麦の美味い町。ここが我らの黄金郷?
田舎ネズミ相手にサーカス披露。新ネタ新技公開だ。
硬い稲穂を使ってチュウ返り! 穂から穂へと飛び移る、軽業ネズミの空チュウブランコ!
さる、おサルに入れ知恵されて石の欠片で火を起こす。こちらは世にも珍しい火吹きネズミでございます!
火吹き野郎に文句を垂れたるは、仮面で顔を覆ったおしゃれなネズミ。
……こちらは特に何も致しません!
ははは、お客様。ゴミなど投げても無駄ですって。彼の危険察知は超一流。投げられた物はすべて避ける前から回避完了。着弾点のすぐ隣に退避しておりますゆえ!
さて、おしゃれといえばこちらも負けてはおりません。自称世界一の美ネズミ。
我らクマネズミは黒鳶色か柴染か。控え目地味な毛皮がお約束。肌理の細かな白の毛は、まるでマルグリットの花のよう、加えて瞳は世にも珍しいルビーアイ!
お尻振り振り尻尾振り、鼻先つんと立てて二足歩行での登場でございます。
あっ、お客様。お触りはダメですぞ。こちらおひねりにチーズのひとかけでも頂かなくちゃあね。
さてさて我らネズミの大演目。
佳境に入ったその頃に、猛獣使いがお手とちんちんさせてたら、人間どもが瞳をギンギラ血相変えて、ホウキ片手に現れた!
チューチューキャーキャーワンワンニャー!
ゴミもホコリも一緒くた、団員観客まぜこぜに、来たぞ恐怖の大虐殺!
逃げろや逃げろ、命あっての物種だ。信じられない話でございましょうが、あちらの黒猫が水先案内いたします。
本日これにて閉演! またの機会をお楽しみに!
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……とまあ、田舎町で公演をしていたら人間に邪魔をされた訳でございます。
我々、人間から見たら楽しいサーカスなどではなく、汚らしい害獣の集会くらいにしか映らないようで、このように良いところで追っ払われるのも珍しくはありません。
たいていは犬のケンピが人間にじゃれつくか、サルのボーヤンが盗みの技で気を反らしたその隙に、我らが偉大なる黒猫ニィの先導によって、何とか逃げ延びるのが常套なのでございますが、どうも今回は様子が違ったのでございます。
「殺してしまえ、だって!?」
素っ頓狂な声をあげたのはニィです。彼はその毛色と同じような色をした物陰を好むようで、本日もご多分に漏れず我々を陰から見守っていてくれたのです。影のようなかたですから、ニィが人間に追い立てられることは滅多にございません。
大抵はわたくしたちネズミを集中攻撃。これが人間でございます。
ですが本日の人間は、我々ネズミのことはホウキのひと振りで御目溢しなさって、その後に「猫!」「猫!」と騒いで叩き殺さんばかりの勢いで暴れ始めたのでございます。
我々ネズミとはいえ、人間の言葉も全く分からない訳ではありません。「猫」や「ネズミ」のふたことくらいは理解できます。どうでしょう? 大したものでしょう?
それが、えーっと、そのですな。ニィは先ほど申し上げた通り影の中に沈んでおりましたから、その時は人間の乱暴には遭っておりません。
追いかけられたのは、別の猫。灰色猫のほうでございました。
灰色猫、ええとウィネバは暴力と埃に追い回されて逃げ去ってしまったのですが、困ったことに我らがニィも彼と人間の後を追って行ってしまったのです。
基本的には危険に遭った町からは去ることが『シルク・ドゥ・スクィーク』の掟なのですが、さすがに今やニィを欠いては団を成り立たすことはできなくなっておりましたし、攻撃してくる訳でもない灰色猫にもパンくずほどの親近感を覚えておりましたので、我々は何とか安全そうな場所を見つけて固まって震えて待つしかありませんでした。
しばらくは人間の怒りの声と、慌ただしく走る轟音が路地や通りを飛び交っておりました。
普段なら退屈をするとケンピは構ってくれる子供を探しに、ボーヤンは野菜か果物を盗みに出かけるのですが、この時ばかりはお互いの体温をありがたいと思っていたようです。
町ではいったい何が起こっているのか、恐ろしくて確かめに行く気も起こりませんでした。
どうして人間がネズミを放っておいてまで、猫の退治に乗り出したのかは分かりません。
普通、猫は泥棒でもしない限りは人間にはチヤホヤされるものです。追いかけられたり悲鳴を上げられたりするのは我々ネズミの役割で、猫は人間と一緒になって追う側です。
それがどうしてああなったのか。
ニィが驚いて言ったひとこと「殺してしまえ、だって!?」とはいったい……。
今こうして考えてみると、先に追いかけられたウィネバ自身に何か問題……それも謂われなき罪があったのではないかと思います。
様々な猫に追われてきたわたくしではございますが、振り返ってみるとあのように灰色の毛皮で森のような瞳をした猫に追われたことはただの一度も無いのです。
追われるどころか、遠目で見たことすらも。
要するに、彼は“珍しい”ってことですな。『シルク・ドゥ・スクィーク』に集うネズミの団員にもそういったレアな連中が多いのです。
つまるところ、「ウィネバも猫としては変わっており、人間からみれば怒りを刺激する才能を持ち合わせてたネズミのような爪弾き者なのではないか」と、このネズミの団長はそう思うのです。
ニィは違うと仰っていましたが、ウィネバがあの港町からずっとついてきていたのは、入団を希望してのことだという気がします。おそらく、町からは追い出されたのではないかとも。
そう考えると、パンくずくらいの友情の念が、食べこぼしサイズに変わったのを確かに胸に感じた訳です。
他のネズミ連中も、団長であるわたくしの意見をしんみりと聴いておりました。
「団長の言うことも、一理あるな」
仮面のネズミが言います。彼はニィのことは許していましたが、これまでウィネバのことはずっと警戒していました。
「あの猫の毛並みと瞳には一目置いているわ。上手な化粧の仕方について、一度聞いてみかったのよ」
こちらは美ネズミでございます。
「ワンワンワン!」
こっちは犬のケンピで、
「ウキキキキッ!!」
こちらは猿のボーヤンではなく、その物まねをするピエロ、オーギュストネズミでございます。
もう一方の道化師のクラウンネズミが「真面目な話をしているんだぞ」と窘めると、オーギュストの物まねに喜んだケンピがクラウンの尻尾を踏んづけてしまいました。
当のボーヤンはずっと我々のストーブ代わりです。彼は団員の中でいちばん身軽で器用で、それから力も強く、指折りで知恵も回るはずなのですが、人間がホウキを振りあげたのを見てから、風に吹かれる細木のように震え続けております。
陽が沈み、裏路地は黒一色になりました。
寒い寒い夜です。腹も減り、辺りには殺された何匹かの観客ネズミの臭いが漂っています。
我々、ひとりひとりではきっと一目散に駆けて、それぞれ非業の死を遂げたに違いありません。
群れとして固まっていたとしても、ネズミの団としての結束だけでこの恐怖に耐えられたかどうか怪しいものです。
闇の中、言葉を交わすものはありませんでしたが、種族の壁もなく慰め合っていたのをヒゲでひしひしと感じる夜でございました。
けっきょくのところ、翌朝には二匹はちゃんと戻って来ておりました。
お恥ずかしい話ですが、わたくしはいつの間にか眠りこけており、目覚めたときには鼻先でニィが休んでいたものでしたから、次の夜が来るくらいに寝過ごしたか、それとも寝ている間に何かに殺されて真っ暗になったのかと慌てました。
ニィとウィネバは怪我をしているようでした。ニィもきっとこっぴどく追い回されたのでしょうが、まあ、あのくらいならば舐めていれば治るでしょう。
ウィネバのほうの怪我も、元々怪我をしていた尻尾の先に比べたらかすり傷です。
何があったかはウィネバは元より、ニィもお話になってくれませんでしたが、何となく不安そうな瞳の色をしていたことだけは覚えております。
それから、ウィネバのニィを見る目は少し厳しいものになっていたかと。多分、彼が退屈しのぎに我々を眺めるときの視線のほうが、よっぽど柔らかいものだったでしょう。
何があったのか気になりましたが、ネズミの頭ではあまり難しいコトを考え続けるのは難しいワケでございまして。
元の形に納まることができれば、それでよし。新しい家族への心配の念は早々に霧散してしまいました。
どうしても事の顛末が知りたいと仰るのなら、猫たちご当人に直接聞くと良いでしょう。
さて、我々家族は新たな町を目指して出発します。
願わくば、次の棲み処が終の棲み処になり得ますように……。
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