Scene04 不思議な一団を見た人々の証言
ねえねえ聞いて! わたしね、見ちゃったの!
ネズミがたくさん集まって、スプーンや割れた食器で作った楽器を演奏してたのよ。
その音楽に合わせて、逆立ちしたり、宙返りをしたり、まるでオペラのようにチューーって歌うのよ!
嘘なんてついてないわ。本当よ、路地裏で見たのよ!
茶色ネズミが芸をして、灰色ネズミがお客さんね。面白くってわたし、息をそうっとしながら眺めていたわ。
芸が終わると、灰色ネズミが食べかすをプレゼントしていたの。茶色ネズミは受け取った餌をお手玉しちゃって、可愛らしいったらなかったわ。
ネズミの曲芸は裏路地で、えーっと……昼と夜の間にやっていたの。
夕食のために川に水を汲みに行くお使いの時間にね。
なあに? あなたも見に行きたいの? でも残念。あの子たちはもう居ないわ。路地裏から出て行っちゃったみたいなのよ。
このあたりって野良猫や野良犬が多いでしょう。それでたぶん見つかっちゃって、芸どころじゃなくなっちゃったのね。
いいなあ、わたしもついて行けばよかった。人間でもネズミの曲芸団に入れるかしら?
なあに? 馬鹿にしたような顔! こら、待ちなさいっ!
*** *** ***
あら、貴方。どうしたの? そんなに息を切らせて帰っていらして。まあ、いつものことですけどね。
「ネズミが猫について行った?」
それで? それを見たから驚いて、そんなに慌てて帰っていらしたっていうの?
貴方がせっかちで慌て者なのは、私どころか野良犬ですら知ってると思いますけれど、そんなに当たり前のことで仰天されるのは少し心配ですわ。
貴方がせっかちなのと同じくらいに、猫がネズミを追いかけるのも当たり前のおはなしです!
……違うって? 何が違うんですか。
「猫がネズミを追ったんじゃなくて、ネズミが猫について行ったんだ」ですって?
何をおっしゃってるのか、ちょっと分からないわ。
「賑やかでへんちくりんなネズミの群れを、猫がその仲間みたいになっていっしょに歩いていた」……ふうん?
ね、貴方。疲れていらしてるんでしたら、明日くらいお店を閉めてしまっても良いと思いますわ。
少し良い葡萄酒を用意して、トマトのファルシに、立派なチーズを沿えましょう。パンもスープに浸さなくても頂けるような、ふかふかなものを仕度しましょう。
最近、食糧庫のチーズがちょこちょこ消えてしまうっておっしゃってましたけれど、それはきっとネズミの仕業でしょうね。
あの不潔で小うるさい連中が居なくなるのなら、私たちが代わりにチーズを齧るのも乙なものだと思いません?
それから、酔いに任せて宵を楽しむの。ね、貴方。
……もう。そんなに慌てなくっても!
*** *** ***
ちょっと聞いたかい? あの威張り屋のエマ。とうとう、くたばったそうだね。
ざまあみやがれだよ!
エマの旦那が貴族連中に媚を売ったおかげで、あたしらはずいぶんと良い思いができたけれど、旦那が亡くなってからも昔の恩義をネチネチと言ってきて、本当に面倒臭くて仕方がなかったもんさ。
ねえ、そうだろう? あんたたちもそう思うだろう。
……けど、死んだら死んだで、少しは寂しくなるもんだねえ。
心なしか、この広場に集まる連中の数も減った気がしやしないかい。何だかんだ言ってもあの婆さん、声の大きさと度胸は立派だったからね。
間抜けな革命戦士気取りが酒場で騒いだ時に、いっぱつガツンとやって追い出したのは本当にスカッとしたねえ。
あの意気地なしだった旦那を焚きつけたのもエマ婆さんだっていうじゃないか。
どれ、死人にまで文句を言っても仕方がないよ。しばらくは夜のお祈りのリストに婆さんを加えてやってもいいんじゃないかね。
お、あんた。良いこと言うね。だったら早速お祈りだ。
ええと……むにゃむにゃエマ婆さん、アーメン……っと。
だけど、煮え切らないのはあの飼い猫のウィネバだよ。
あの子はずーっとエマ婆さんに可愛がってもらっておきながらさ、死に目には居合わさなかったんだし、それぎり家にも寄り付かないだろう?
しかも、みっつ向こうの裏路地に住み着いて、ゴミ箱を荒らして回っているそうじゃないか。ただでさえ汚らしい裏路地をこれ以上汚して、どうしようっていうんだろうね?
あの猫は賢いらしいから、もしかしたらゴミでネズミを寄せて仕事でもしてるのかもしれないね。
それはない? ないわよね。冗談よ、冗談。
でも、お腹を空かせているからって、ゴミやネズミで満足しなくたっても良いと思わないかい? もともと舌は肥えていただろうにさ。
あの子なら代わりに飼ってやっても良いってもんはいくらでも居るよ。良くネズミを捕るらしいし、見てくれもその辺の猫の毛皮を被った豚とは違ってちょっとしたもんだろう?
ほら、あんたんところ何かどうだい? ネズミが赤ん坊の足をかじったとかで大騒ぎしてたろう?
猫が居ればネズミを追っ払ってくれるし、聞いた話じゃ、この辺の猫には子供をあやすのが上手な野良猫なんてもんも居るそうじゃないかい。
え、なに? あの赤ん坊は病気になって死んだ? 今どきペスト? そりゃご愁傷様。アーメン、アーメン。
じゃあ、あんたのところはどうだい? 餌だって、隣の魚屋から傷んだのを猫用に分けて貰えば楽じゃないか。
「絶対にお断り」だって? どうして?
……んまあ! そんなことが!?
ウィネバはとうとう、盗みにまで入ったの!
本当かい!? 死んだエマ婆さんに顔向けできないね!
いやはや、猫ってのは本当に勝手な生き物さね。飼うなら犬に限るよ。
あんな恩知らずは、この街からとっとと出て行けばいいのにねえ。
*** *** ***
なあ、知ってるか。あのー、何て言ったっけか。おせっかいの黒猫。
プゥだったか? パァだったか?
ああ、ニィね。
ニィは良い奴だったよなー。文句ひとつ言わず、俺たちのために飯を寄越してくれたし、感謝しかないよなー。
俺たちがもっとこう、動く気さえ起きれば自分で食事を手に入れて来てさ、何なら恩返しにあいつにもチーズのひとかけくらい……。
いや、ばかばかしい。野良猫に恩も何もないよな。
そうじゃない、そんな話じゃなかった。
そのニィが、この港町を離れちまったらしいぜ。塩辛いチーズも魚も食い放題のこの街をさ。
なんだ、お前も知ってたか。
なに? 「ネズミがニィを追いかけてた」だって?
馬鹿。反対だろ。「ニィがネズミを追いかけてた」だ。
はあ~……それにしても、真面目だね。
野良ですらネズミを捕らなくても生きていける街だってのに。飼い猫連中だって、飼い主への“義理”とやらでちょいと脅かすくらいなんだろう?
それをなんで、わざわざ町の外まで追いかけて行ったんだろうね。
俺なんて、目の前にネズミがウロチョロしてても放っておくね。ツバメにしたってそうさ。そこで何やら耳そばだててるけれど、構いやしない。
何ならもっとこっちに来て俺たちの話を聞いて行くといいぜ。意味が分かるかは知らないけど。
ん、何だよ?
「ツバメじゃなくて俺としゃべってるんだろ」って?
そうだった悪い悪い。で、ニィは何でネズミを追ったんだろうね?
「そのネズミが面白い芸をするから、ニィは仲間入りをするって言ってた」だって!?
お前、寝ぼけてただろ。芸なんて飼い犬の領分だぞ。あれほど見てて滑稽なものなんてないよ。飼い犬と野良猫は正反対だろが。
あ、分かったぞ。ほら、お前ってさ、昼寝をするときに仰向けになって寝ることがあるだろ?
頭が逆さまになるから、そんなへんちくりんな夢を見るんだよ。
どうだ? 納得したか? ……よろしい。
ところで夢のネズミって、何ネズミだった? クマネズミ? ああ、あれね。ネズミの種類なんて知らないけれど。
話が逸れちまったが、とにかくさ、あいつが居なくなっちゃったら、おれたちが困ったときに助けてくれる奴を他に決めておかなきゃいけないんじゃないかって思う訳よ。
「路地裏のボスが良いんじゃないか」って?
あいつはもう年寄りだろう? 最近は喧嘩もできなくなってきたらしいしさ。もっとも、港暮らしの俺たちには喧嘩するような理由が元々ないのだけれどね。
海にビビって港に近づかない路地の連中は、今どき古臭い縄張り争いなんてしてるみたいだけれど。
……ああっ! こら! カモメのバカやろう!
俺の頭にウンコしていきやがったよ。耳元でギャアギャア騒がれるのは慣れちまったけど、どうも毛皮がべた付くのは困るね。
……まあいいか。掃除するのもめんどくせえ。
なんだ? ばっちいだろって? お前こそ白猫みたいになっちまってるじゃねえか。さっさと掃除したらどうだよ?
「面倒くさい?」だろう?
放っとけばいいのさ。俺たちは暇を持て余すために生きてるんだよ。
こうやって、なるべく仕事をしないで、暖かいお日様と、魚のにおいの混じった潮風を受けてさ。
頭の中で、詩なんか書いちゃったりして……。
おお、偉大なる海の神よ! その美しき白波を逆巻かせ、もっとお魚を打ち上げておくんなませえ!
……ところで、何の話をしてたっけか? そうそう、ニィだよ。
ニィみたいな便利屋に誰かなってくれねえかなって話だ。
誰か適任が居ないもんかね。頭が良くって、動き回るのが好きで、真面目で世話焼きな奴。
「ウィネバはどうだ?」って。誰だっけか、そいつ。
……あ、あー。そうそう。思い出したよ。どっかの飼い猫だった奴だろ?
お高くとまっちゃってさー。寝て暮らしてる俺たちのこと、絶対に馬鹿にしてたよなー。
でも、俺たちからしたら、あいつのほうが馬鹿なんだよな。馬鹿っていうか、馬鹿真面目。
黙ってても食事を貰える家を出ちゃってさー。頑張ってネズミなんて追いかけてやがんの。飼い猫だった時も、人間の言いなりで走り回ってたんだろ?
俺たちなんか、叩かれたって退きやしないぜ。何なら、くさーいあくびのひとつでもお見舞いしてやるよ。
動くくらいなら、死んだほうがマシだね。死んだら動かないでいたくなくたって、動けないわけだから、動きたくないうちに動かないのを堪能しておかないと。
だから、忙しく動きたがる物好きな奴とギブアンドテイクの共存共栄……。
今度もし、ウィネバを見かけたら「俺たちのボスにならないか」っておだててさ、クソネズミだっけか? あれ食わせてもらおうぜ。
あいつは偉ぶるのが好きそうだったし、絶対に上手くいくぜ。
おや、噂をすれば……。
違った。チビのチエリだ。太ってないから見間違えた。
どうしたんだよチエリ。走るとまた腹ペコになるぞ。
お前はそうやって忙しく動き回るから腹が減るんだよ。
ん? 「ウィネバがここを出て行った」だって? あちゃー、さっそくあてが外れたね。
なあに、こっちの話さ。
まあ、あいつは変わりもんだったからな。飼い猫をやめて野良猫になるし、飯の心配のない港じゃなくって路地のほうで暮らすし、ネズミなんて追いかけるしさ。
あべこべなことばっかりするんだから、この街から出て行っても不思議じゃないだろ。
ところで、チエリ。お前また腹の虫が鳴いてるじゃないか。そこに、さっき俺にウンコを引っ掛けて行った馬鹿カモメの食べ残しが転がってるだろ。
たぶんそれ、イワシだぞ。俺もこいつも、イワシはオイル漬けじゃないと食わねえって決めてるからさ、良かったら、食えよ。
ははは、そんなにがっつくなよ。それじゃ食べてもまた腹が減っちまうよ。
何? 礼をしたい? 別に俺たちのもんだった訳じゃないんだし、気にすんなよ。
それでも? はあ、お前も真面目だねえ。それなら、俺たちは見ての通りベタベタでさ。ちょいと掃除してくれない?
はー、気持ちが良いね。ノミまで捕ってくれちゃって……。
チエリ、お前って気が利くね、良い奴だし、俺たちのボスになんない?
何? 「雌猫じゃボスになれない」……って、お前、雌だったのかよ! 痩せすぎてて分かんなかったよ!
あっ、痛え! 何も引っ掻くこたねえだろ! このチビ! おい、お前も笑ってないでチエリを叱ってくれよう!
……ま、引っ掻かれたくらいで、怒ることもねえか。
おいチエリ、今のは潮風に流しちまって、ここで俺たちと一緒に、のんびりと日向ぼっこでもしよーぜ……。
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