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Scene21 続・シルク・ドゥ・リュミエールの大舞台

 私たちは街路や路地で分散して待機。猫たちが連中を運び出す予定だけれど、相手は人間。いつまでもやられっぱなしではないでしょう。

 今のところ、鼻に届いている匂いでは上手くいっている感じがするわ。

 いろいろな匂いがごちゃごちゃに混ざっていて自信がないけれど、少なくともふたりの悪党はこちらへ向かっているわね。この調子で塔の上へと追い込めれば良いのだけれど。

 あっ、聞こえて来た。にゃあにゃあ騒がしい鳴き声の大波が。

 次第に波が近づいて来て、私の待機場所の前を通り過ぎます。

 猫の波には犬も混ざっていました。犬たちは本来ならば悪党の三人を追い立てるために街に散っていたのですが、最初の作戦の内のひとつ「猫の手で運ぶ」はまだ上手くいっているようです。

 これならば、誰も大した怪我をしないで作戦は終わりそうです。

 うふふ。見てください、あの私の旦那を酷い目に遭わせた大男が、猫相手にごろごろ転がされてるじゃありませんか。

 ……おや、もうひとり。女がひっかき傷を作りながらも猫をぽんぽんと放り投げてます!

「ええい! やっと捕まえた! ワーリー! いつまでも猫とじゃれてるんじゃないよ。さっさと魔法猫たちを連れて撤退だよ」

 どうやら女があの大男を猫たちのお手玉から救い出してしまったようです。

「……黒猫見失った」

「惜しいね。だけれど、マランが白猫を回収して来たらおびき寄せれるはずさ。とりあえず、どこかに一旦避難しないと」

 大男は地面に二本の足でしっかりと立ってしまいました。男は大きな声で唸ると一匹の野良猫が蹴り上げました。

 それを見て、他の猫たちは一斉にたじろいでしまいました。


「みんな! ここからは私たちの出番よ!」

 私は町いっぱいに響くように、狼になったかのような心持ちで遠吠えを上げました。


 猫の群れの中から野良犬や飼い犬たちが飛び出してきます。そして、ふたりのお尻をガブリ。ズボンとパンツを喰い破ってやりました。良い気味です。


 私も先陣を切った雄たちに混じって悪党どものお尻を追いかけます。

 このまま連中を処刑場へ。

 最期の場所、影のない国の時計台へ!


***


 チクショウ。小さいほうの男マランを二階へと上げてしまった。どれだけ噛んでも引っ掻いても諦めねえんだ。部屋の中からはネズミの歓声が上がっているのが聞こえてきている。

 中に居るのはネズミとボーヤンだけだ。おれがやっても駄目なら、連中と力を合わせても勝算は薄い。半端に抵抗をするとネズミどもが踏み潰される数が増えちまう。

 おれはマランを解放してやり、次のステップに移ることにした。

 おそらくディアの奪還は失敗、マランによって連れ出されてしまうだろう。だが、必ず仲間同士は合流するはずだ。他のふたりの居場所と移動経路を把握して次なる戦いに備えなければ。作戦が上手く行っていれば時計台の方だが……。

 おれたち猫も人間と比べれば鼻の機能は遥かに立派だ。だが、犬ほどじゃない。

 多くの犬連中は街に散って待機している。犬は匂いで察知して戦いへ参加するのは容易だが、おれは悪党どもの匂いが遠ざかる前に追跡をしなければならない。

 心配をしていたものの、猫の群れには意外と楽に追いつくことができた。人間の匂いを嗅ぎ分けなくても騒ぎのほうへ、たくさんの猫がごちゃ混ぜになった匂いのほうへ行けばいいだけだったからだ。

 ちょいとクソ真面目に考えすぎたな。

 張り切り過ぎて息が切れているが、お手玉の連中よりはまだまだ早く移動ができる。

 さあ到着だ。


 ……あはははは! 何だよ、ありゃあ?


 ワーリーとリベルテの奴、白いお尻をぷりぷりさせながら逃げていやがる!

 犬の奴らもやるじゃないか!

 どれ、おれも犬に混じって連中の綺麗な白桃に爪を立ててやるとしますかね。


「やっと追いついたぞ!」


 背後から声がした。マランの野郎だ。

 なんて足の速え奴だ!

 加えてとんでもないことに、奴はロープに結わえられたままの籠を地面にがちゃがちゃいわせながら走って来ている。

 籠の中身は憐れな泣き声を上げている。ニィが見たら絶対に怒るぞありゃあ。

 ディアが確保された場合でも、すぐに危険はない予定だったってのに。


「ヘヘヘ、俺って頭が良いぜ。この灰色猫は大事な役割を持っているんじゃねえかって踏んだ訳よ。どこに行けばいいか分からなかったが、こいつを追いかけて正解だったな」


 マランは何やらぶつくさ言いながらおれを追い抜いて行った。なんて足の速い人間だ!

「ちょっとウィネバ、助けてよう!」

 通り過ぎる金の籠。鼻先でディアの悲鳴が聞こえた。


「おひょっ! ディアちゃ~ん! すぐに助けるからねぇ~っ! ……っておい! 一瞬、魔法に掛かっちまったじゃねえか!」


 マランがおれをすぐに追い抜いたおかげで魔法はすぐに解けた。この大事な局面で酔っ払いみたいになる訳にはいかない。助かったぜ。

 いや、助かってないぞ! このままマランが群れに追いつくと、とんでもないことになる!

 おれは顔を振ると、猫の群れの中に居る筈の友人に向かって叫んだ。

「ニィ! ニィ! 聞こえてるか!? マランがディアの入った籠を持って群れに突っ込みそうだ!」

 駄目だ。まだ遠い。しかもニィの周りはニャンニャンワンワン喧しすぎる。

 だったら、心で念じるんだ。誰よりも強く。怒りよりも混乱よりも鋭く。ニィに届くように。


――――。


「みんな! ディアともう一人の人間が来る! ディアの魔法に巻き込まれちゃう! 一旦悪党どもから離れるんだ!!」


 おれの耳が群れの中から上がる聞きなれた声を拾い上げた。

 そして何匹かの猫がサッと離れたが、どうやら少し遅かったようだ。もう何匹かの猫の声はやけに甘ったるくなっちまっている。

「お頭! 白猫を確保しましたぜ。このロープで引きずれば、俺たちは正気のままで居られる! ……ってあら、白くて綺麗なお尻!」

「見るんじゃないよ! でも、褒めてやるよ。そっちの白いのは餌だ。最悪、駄目になっちまって構わないよ。黒猫を確保だ。とにかく、追われる振りをして連中を脅せる場所へ行くよ!」

 連中は三人揃って走り出した。どこへ行く気だ? 予定では時計台、最悪でも町の外に追い出せればいいが、どちらにせよにディアを何とかしてやらないと……。


***


「最悪、駄目になっちまっても構わないよ」だって!?

 ああ! ディア! 狭い鳥籠に押し込められたまま、何度も地面にぶつけられて!

 心の中で「助けて、助けて」って何度も叫んでるよ!

 駄目だ。冷静にならなきゃ。


「正気の動物は人間たちの先回りだ。あいつらはどこか僕たちの都合の悪いところに逃げようとしている!」


 僕は声を上げた。犬やネズミたちにも分かるように、ちゃんとそれぞれの言語でも繰り返した。

 だけど困ったことに、僕の言葉を聞き入れることができる動物は残っていなかった。

 ネズミはまだ後方。ツバメに乗った団長さんが頭上に居るだけで本隊はまだ追い付いていない。

 猫はワーリーを封じ込めるのにすっかり体力を使ってしまっていて、正気の者でも人間に先回りできるほどの元気はなかった。

 そして犬たちは、悲し気な声を上げながらディアの入った籠を追い回している。

 ここになってようやく気付いたけれど、どうも魔法は“匂い”で効き目が変わるようだ。犬は鼻が良いから僕たちよりも遠い距離で駄目になるんだ。

 それと、魅了の魔法といってもディアが直接手を下されている訳でもない今は、元凶であるマランをガブリとやる勇者にはしてくれないようだ。

 まったく、不便な魔法だぜ!


 悪党たちはまだどこに逃げ込むか決定していないようだ。走りながらもあっちこっちに思考を飛ばしている。

 しばらくすると、連中は時計台に逃げ込む腹を決めたようだ。

 当初より追い込むのはあそこの予定だったけれど、ディアまで一緒なんて。

「よう、ニィ。やっと追いついたぞ。連中はどこに行こうとしてるんだ?」

 ウィネバだ。彼は僕に追いつき並走を始めた。一番体力の要る役割だったっていうのに、本当に頼りになる相棒だ。

「時計台みたいだ。だけど、ディアの命を使ってを脅して、僕を捕まえようって魂胆らしい」

「ちぇっ! それって、どう転んでも負けじゃねえのか? 危険な目に遭わなくったって、どうせ助けに行くのは同じなんだからよ」

「そうだね。でも、連れたまま町の外には逃がさないで済みそうだ」

「つっても、このままだとディアのほうが持たないぞ」

 ディアはすっかり目を回しているようで、心の悲鳴もどんどんと小さくなって行っている。

 僕は心を鬼にした。本当は飛び込んで行ってやりたい。魅了されてる連中の頭を踏み台にして、彼女にすり寄りたかった。

 でも、それじゃ駄目だ。

 僕はしばらく怨敵の逃亡に付き合った。そうこうしているうちに、甘い声を上げながら追いかけていた連中が丸ごと正気を取り戻した。

 ……ディアが気を失ったんだ。


「ごめん、ディア。……でもチャンスが来た」


 僕は人間語で文章を考えて、声を張り上げた。


「おい、人間ども! ディアを賭けて決闘だ! もし僕たちに勝てば、お前たちの望み通り、僕はお前たちの子分になってやる!」

 僕は前方の人間たちに向かって叫んだ。

「今、何だか黒猫が面白いことを言いましたよ、お頭!」

「ばっちり聞いたよ! ……良いよ! じゃあ、あの時計台の上で勝負だ!」

「……決闘!」

 連中は時計台の部屋の中……狭いところならば戦いが有利に進められると考えたようだ。こっちとしても取り逃す心配もないし、建物の外を囲うこともできるのは都合が良い。

 問題は、連中が時計台の窓から、「黒猫以外の動物を突き落としちまえば良い」なんて考えていることだ。

「ウィネバ、最後の戦いになる。時計台の機械室で決闘だ。狭いし、連中は僕以外を窓から放り投げる気だけれど……」

「……いいぜ。少数精鋭だ。おれが放り投げられたら、葬式は町中を挙げてで頼むぜ。喪主はお前だ」

「ありがとう」


 悪党どもは一足先に時計台へと立て籠った。

 僕はそれを見届けると、後方に居る仲間たちに声を掛けた。

 閉所で人間相手に命を懸けるとなると、名乗りを上げるものは多くなかった。

 路地の喧嘩慣れしたドラ猫や、お手玉作戦からあぶれて元気が残ってる生きの良い軽業猫、それからケンピと、その旦那さんが名乗りを上げた。


「みんな、ありがとう。少しだけ休憩してから行こう」

 僕たちはすっかり息が上がっていた。それは人間たちも同じ筈だ。

 だったら、少し待って仲間を時計台の辺りに集めたほうが良い。

 僕たち精鋭部隊が負けたり、ディアを失うことになっても、連中は絶対にこの町から出だしてやるものか。

「ニィ、そろそろ行くぜ。連中を待ちくたびれさせると何をするか分からねえ」

「分かった」

 僕は時計台を見上げた。

 この町の建物と同じ白い石で作られた塔。

 黒い時計の針先が真っ白な空を反射して眩しい。

 きっと、僕がこの時計台に登るのは最後になるだろう。

 勝とうが負けようが。


「よし、行こう。これが最後の戦いだ!」


***


 影のない国の時計台。真っ白な空にそびえ天を衝く真っ白な塔。

 入り口付近には動物たちの毛皮が(うごめ)いているのが見えます。

 この地にて我らが動物たちの革命の成否が決するのですな……!

 どうも、空から実況いたしますはこのわたくし、世界初! ツバメに乗ったサーカスの団長、ヒゲネズミでございます!


 早速ですが、突入した我らが精鋭部隊を追いかけてみましょう。

 我が愛燕(あいえん)に滑空を命じて窓の隙間に滑り込み!

 うーん、エキサイティング!

 生まれ変わったらもう一度団長ネズミになりたいと思っておりましたが、ツバメになるというのも悪くありませんな。

 世界を見て回る旅。……そういえば、長らくこの町に世話になっていますが、そろそろ腰を上げてまた旅のサーカス団に戻るのもいいかもしれません。

 安住の楽園を探して旅をして回りましたが、どうやらわたくしにとって、旅こそが安住の地であり、根っからの根無し草ネズミだったようです。

 落ち着くよりも新しい事を求め、新しい仲間を加え、新しい芸に身を費やす。それこそがサーカスネズミの本懐なのです。

 もしもこの戦いを無事に切り抜けられたら、希望者を募って新たな『シルク・ドゥ・スクィーク』を結成することにいたしましょう!


 

「ディアを返してもらいに来たぞ!」

 我らが筆頭、黒猫のニィが総毛立たせて牙を見せます。

 彼の横にはその親友たる灰色猫のウィネバ。後ろに控えるケンピをはじめ犬たちに、腕っぷしに自信のあるドラ猫たち。

 彼らもまた、雷雲の如く喉を唸らせております。


「猫風情が生意気言うんじゃないよ。と言ってもさ、心が読めて話も通じるなら分かるだろう? ここでアタシたちと対決するよりも、仲間になったほうがよっぽど得だし、面白いと思うよ。どうだい、魔法猫のニィ。アタシらと組んでひと暴れしないかい?」

「生憎だけれど、僕は他人に迷惑を掛けるのはあまり好きじゃないんだ。僕だっていたずらくらいはするけれど、キミたちのは度が過ぎる。僕たちを窓の外に突き落とそうって魂胆らしいけれど、実際のところキミたちは袋の中のネズミだ。そっちこそ、戦う前に降参することを考えたほうが良いよ」

「ちぇっ。猫のくせに一丁前な口上を言うよな。でもよう、こっちにはお前たちの大事にしている白猫が居るんだぜ」

 悪党マランは開かれた窓の先を指さしました。

 その先では「にゃあにゃあ」と不安げな悲鳴が上がっております。

 窓からはロープが伸びており、それはマランの手に握られていました。

「おい、ニィ。やっぱりおれたちの負けじゃねえか? あいつが手を離しちまったら……」

「最初からそうするつもりなのは分かってた。だけど、キミが手を離したら僕も彼女の後を追って飛び降りる。お前たちは魔法猫が手に入らないし、残った仲間たちはキミたちを八つ裂きにするだろう」

 ニィは尻尾をまっすぐ立てながら一歩進み出ました。

「おい、ニィ!? 本気かよ! ……って、本気だよな。嘘はついてねえ」

 ウィネバが声を上げます。

「……だったら、窓を塞ぐまでだ」

 ワーリーが窓の前に立ちふさがります。


 ニィはそれでもまた一歩、歩を進めました。

 それからマランのしっかりとロープを握った手を一瞥し、猫語と犬語で命令を下しました。


「みんな、あの大男さえどうにかしたら後は何とかなる。ロープが放されたら僕が咥えて支えるから、何とかあいつをやっつけてくれ」


「よし来た!」「俺様の子分の仇だ!」「噛みついてやる!」

 “待て”をされていた血気盛んな連中が飛び出します。


「ワーリー! 生意気な畜生どもをやっちまいな!」

 女大将も何やら命令を下しました。


 乱暴者と犬猫の大決戦。叩いては噛みつき、引っ掻いては蹴飛ばし、掴んでは投げ、唸って騒いで悲鳴を上げて。両者一歩も譲りません。

 さて、わたくし団長は窓と室内を行ったり来たり、()めつ眇めつ(すが)様子を窺っておりました。


「助けてえ」


 窓の外でか細い悲鳴。ネズミのわたくしにでも何を言っているのかおおよその察しはつきます。

 でも、もう少しの辛抱です。頑張れ白猫のディア!

 ありゃ……。ディアを閉じ込めていた筈の籠は壊れて底が抜けており、彼女は爪を引っ掛けて宙ぶらりんの状態になっているじゃあないですか!


「これはいけない!」

 わたくし、慌てて室内に戻り、ニィにディアのピンチを伝えます。

「何だって!? みんな、ワーリーを攻撃は中止だ! マランを窓から引き離すんだ。ディアの籠が壊れ掛かってる。先に彼女を引き上げないと!」

 しかし、すっかり頭に血の上った仲間たちは対決に夢中で話を聞きません。

 ニィは仕方なく一匹だけでロープを咥えて引っ張ります。

「あっ、こら! この猫! 決闘を持ち出したのお前だろう!」

「意地汚い奴だ!」

 対決を見守っていたリベルテとマランがニィを取り押さえようとします。

「ふがふがふが!」

 ニィはロープを咥えているので説明が出来ません。

 もみくちゃになってディアを支えていたロープが上がったり下がったりしてしまいます。


「揺らさないで! 落ちちゃう! 落ちちゃうわ!」


 ディアは必死に爪で壊れた鳥籠にすがりつきますが、金属を引っ掻くいやーな音と共にずり落ちていきます。


「とっ捕まえたぞ!」

 ニィは取り押さえられてしまいました。

「よくやったよマラン! ズルした罰だ。決闘はオジャン。今度はお前が人質だよ!」

「違うんだ! ディアの籠が壊れて落ちそうになってるんだ!」

「そいつは残念だね! アタシたちはお前さえ手に入れればそれで十分だよ!」

「残念はそっちだ! ディアが死んじゃったらお前たちに死んでも協力しないからな!」

「うるさい猫だね! しかたない、じゃあアタシがニィを取り押さえるから、マランはディアを引き上げてやりな」

「ちぇっ、また白猫にメロメロにならなきゃいけないのか」

 マランは文句を言いながらロープを手繰り寄せます。

 そのうちに、窓の縁に金色の壊れた鳥籠が現れました。


 そう、鳥籠だけ。


「落ちちゃうーーーーーーーーーー!!」


 不幸な白猫ディアは健闘虚しく空中へ放り出されていました。

 下は堅い石畳。それに、引きずり回されたせいで彼女の平衡感覚はめちゃくちゃです。とても着地なんてできないでしょう。

 わたくし、ツバメの上から目を閉じてご冥福を祈りました。アーメン。


 ……しかし、どうしたことやら彼女の墜落音が聞こえてまいりません。


 何故だか分りますかな? それはこの団長の擁する『シルク・ドゥ・スクィーク』が大活躍したからですとも!

 時計台の機械室は高い位置にあります。ですが、もっと高いところがあるのです。それは屋上。


 屋上から伸びる灰色と茶色の長ーーーーいローーーープ!


 数珠つなぎになったネズミたちのロープが地面まで続いております。その先には大きな怪力ネズミ、怪力ネズミが支えるは猿のボーヤン。そしてボーヤンはしっかりと白猫を抱きしめております。

 ディアは再び気を失ったらしく、魔法の効き目はありませんでした。

 さあ、これでもう心配ごとはなくなりました。

 わたくしはロープネズミたちにも最後の決闘に加わるように命じました。

 他の動物の多くは下で燻ぶっていたようでしたが、自分たちよりも弱っちいネズミが決起して時計台になだれ込むのを見て気が変わったようです。

 ネズミを追いかけて猫が、猫を追いかけて犬たちが続きます。


 ツバメを駆り、一足先へ機械室へ舞い戻ります。


「ああ、そんなディア。ディア……」

 白猫の恋人は大粒の涙を零してにゃあにゃあやっておりました。

「めそめそするんじゃないよ。アタシたちがもっと可愛い猫見繕ってやるからさ。機嫌を直しておくれよ」

 女は何だかニィの機嫌を取っているようですが、どうせ都合の良いことでも言っているのでしょう。

 まあそれはおいて、決闘に臨んだ精鋭たちはすっかり疲れ果てて、息も絶え絶えで腹を見せております。

 となればわたくしの出番!

 わたくしはツバメの上からぴょんと飛び降りると、連中のボスたるリベルテの頭に乗っかってやりました。


「なっ! 何だい。頭の上に何か乗ったよ!?」

「お頭、ネズミが乗っかってますぜ」

「ばっちいね! 取っておくれよ!」

 マランの腕が伸びますが幾度の危機を乗り越えて来たネズミの団長がそう易々と捕まる筈がありません。

 わたくしは逆に奴のぼろぼろの手に乗っかってやりますと、その赤い傷をぺろぺろと舐めてやりました。

「ぎええ! 汚ねえ! 傷にばい菌が入っちまうぜ!」

 窮鼠猫を噛む。余裕ネズミは人間を舐める。むほほ、良い気味。

「さあニィ。我らサーカスの守護神ニィ。泣いてないでよおく聞きなさい。キミの女神は我々が助け出した。後は刑を執行するのみだ!」


 わたくしが声を掛けると、ニィの悲しみで塞がっていた目がかっと見開きました。


「みんな! ディアは無事らしい! あとはこいつらを突き落とすだけだ!」


 マランは片手を掃除するのに忙しい訳で、そんなところで捕まえていた黒猫にガブリとやられれば手放さない訳はありません。

 最後の人質も自力脱出を終え、猫と犬たちは三人組に体当たりを繰り返します。


「うわわっ! なんだいこいつら!」

「押すな、押すなよ! ワーリーこいつらを止めろ!」


 仲間を守るように大男が立ち塞がりました。動物と動物蹴飛ばし人間の押し合いが始まります。


「……力比べなら負けないぞ」

 なんて馬力なんでしょう!? 精鋭部隊の数は十匹程度、互いに満身創痍とはいえ、人間ひとりを押しきれないなんて!


 ま、問題ありませんけどね。聞こえて来るでしょう? 部屋の外から。階段から登って来る大地の怒りのような足音が!


 どっと雪崩れ込んでくる動物の群れ! 灰色と茶色のネズミの群れに、飼いと野良の犬猫たち!


「……なんてこったい!」

「アタシたちも支えるんだよ!」

「こいつら、俺たちを突き落とす気だ!」

 人間たちは三人力を合わせて抵抗しますが見る見るうちに窓際に追い詰められます。


 時計を動かす機械の上に、一匹の黒猫が飛び乗りました。


*** *** ***

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