Scene16 エドゥアル・エマールの日記
虚しい。何もかもが虚しい。
かつて隆盛を極めた我が家系も、ここで断絶してしまうだろう。調子づいたブルジョワ連中に手を下されるまでもなく。
妻が石女だったのか、私が不能だったのかは依然としてはっきりしないが、私としては家系を途切れさせた時点でどのみち汚名を被るのだから、愛する我が妻に恥辱を与えるくらいなら、私が不名誉を重ねていたほうを信じたい。
これまでは妻との仲も何かとぎくしゃくして、やりとりのすべてが義務的・事務的な装いに変容していた。
だが、私の諦観の念を感じ取った彼女が先に解きほぐれ、出会った頃の初心で世間ずれしていない赤子の肌のように柔和な心が、家や血筋という鉄壁の如き私の意地を熱し溶かしてくれたのだ。
おお、私の愛しいエヴァン!
しかし、慰みあっても互いの悲しみを高め合うばかりだ。何か私たちのこの哀切と虚無を受け止めてくれる第三者が居なければ。
恐らく革命は成され、我々夫婦も連中ともども権利や家財を取り上げられ、地を這いずり塵と汚水を糊して生きる羽目になるか、悪くすればギロチンに掛けられる運命にある。
女性陣は流行りものに敏感であるが、処刑道具まで新しい物好きということはないだろうね?
そんな話はよい。つまるところ、我が家はどこからか不幸な子を迎えるには相応しくない環境である。
何か愛玩動物を慰みにするとしよう。
それが我々の穴を埋めてくれるものであることを願って。
***
我が家に白猫を迎えた。まったくの偶然だった。
買い物に出かけた妻が、道端で弱って蹲っている白い毛玉をたまたま目に留めたのだ。
彼女はその仔猫を抱き上げた時、神からの啓示を受けたかのような錯覚に囚われたという。
「この子を養わなければならない。女の一員として義務を成し得なかったのはこの為なのだ」と感じたのだそうだ。
私も猫というものは嫌いではない。彼らは家柄や世の流れと無縁であるし、奔放で自由な性格を持ち、所作のどれをとっても優雅であり、その滑らかな毛皮の下に隠した野生の逞しさもまた鮮麗な色合いを与えており、ひとつの美術品のようだからだ。
下流の連中はそんな猫たちを虐待して愉しんでいるようだが、そういった所業に愉悦を感じる品性こそ、彼らをそのような暮らしに貶める原因なのである。
卑しい心で生きるからこそ、素直で美しい生物が憎く思えるのだ。この町でもそのような非道が行われたと耳に挟んだことがある。
万が一、我が妻がその標的にされ、得た子を取り上げられるようなことになれば、我々夫婦の心はまたもギロチンに掛けられるような苦しみを受けることになる。
だが、妻は私の諫言に頑として首を縦に振らなかった。
この仔猫(彼女は私の娘と言っていた)は必ず最期まで面倒を見るのだと。
そう言い放った彼女の顔にはこれまで見せたこともない覚悟の色が浮かんでいた。それはかつての春の少女や、無能の烙印を孕んだ妻でもなく、ひとりの母親のそれであったように思う。
このような気高き女に従えるのならば、それは私にとって名誉軍団国家勲章よりも誇り高きことであるに違いない。
末期の時代をどこまで生きられるかは分からぬが、ふたりと一匹の暮らしは実り多いものであることを願って。
***
奇妙なことが起きた。
時計が夜を刻んでも空に闇の帳が降りて来ないのだ。
私たち夫婦は我が娘、白猫のディアに構いっきりだった為に街の騒ぎに気付くのが遅れた。
太陽が消えるほどに輝く空と家屋の白い壁。多くの者はそれに魔女や滅びを見出していたようだが、博学なる私にはそうは思えなかった。
今や大地は平らな板ではなく、天動説の世も終焉を迎えて久しい。日食という現象もあるくらいだ。その逆がまれに起こったとしても不思議ではない。
いっぽう妻は、天に満ち満ちた光に再び神を感じ、娘の体毛を空と重ね合わせ、それは素晴らしき祝福なのだと涙を流して喜んでいた。
ああ、最後に彼女の悲しみや屈辱以外で流す涙を見たのはいつ頃だったろう。
私には神も悪魔も見られないが、確かにここに居る天使を感じることだけはできるようだ。
***
いつまで経っても昼が終わらぬ。
時計と腹の音のお陰で辛うじて暮らしを調律できてはいるが、寝つきや目覚めが悪くなった。
牧師や僧侶、学者までもが頭を突き合わせてこの問題に取り組んでいるが、一向に解決を見ない。
インテリの知り合いに聞くところによると、遥か北の地には薄暗い昼の続く季節があるらしい。それが南下しただけのことのようにも思える。
妻はあまり問題にしてないようだ。未だにこれを白猫への祝福だと信じ切っている。
私はそれほど敬虔な使徒ではない。だが、事実がどうかなどは些末な問題だ。私はただエヴァンが幸福であればそれで良いと思う。
それに私もディアを抱かせてもらったが、妻が神を見たなどと口走るのも無理はないと感じた。
ああ、なんと美しい猫なのだろう。我々の娘! 天使の翼の和毛! 海と空を閉じ込めたガラスの瞳! ありきたりな言葉では到底形容しきれない。
あまりの美しさに妻の腕に返すのが惜しくなったほどだ。だが、子供のことについては母親に権利がある。娘であるのならば尚更。
空が白いからといってなんだ?
ふたりの美しい女性の青き瞳があれば充分ではないか。
それに白夜であるのならば、なけなしの財産を狙う小賢しい盗人や、愛する妻を害さんとする不埒な悪漢を遠ざけることも容易だ。この空は彼女たちの為に神が働きかけた結果に違いないだろう。
永遠に祝福に包まれたまま生を送りたいという願いは、いささか都合が良過ぎるだろうか?
***
まったく不愉快だ!
我が妻エヴァンの一瞬の油断を突いて、わんぱく娘が街路へ迷い出てしまった。
通りがかりの男に保護されたのだが、彼はディアを抱くなり「この猫を譲ってくれ」だなんて抜かしたのだ。
妻は抵抗するよりも早く崩れ落ち、憐れに声をあげて泣き狂い助けを求め、私は娘を搔き抱く汚らわしい手をステッキで打ちひしいでやった。
男は猫を手放すと「やはり要らない」などと言ったが、当たり前だ。どこに自分の娘を馬の骨とも牛の糞とも分からぬ誘拐者に譲る馬鹿親が居るというのだ。
騒ぎを聞きつけた連中も、何やら我が娘に猥褻な視線を送っていたように思える。おそらくそれは心配のし過ぎか、長らく続く白夜のせいで気が狂いかけているだけのことだろう。
せっかく魔を退ける光に包まれた町に暮らすのだ。疑心暗鬼に囚われてしまうのはもったいない。
だがしかし、確かに誰も彼もが苛つき易くなっているのは事実だ。広場は汚れ始め、路地は肥溜めのようになり、汚らしいネズミが跋扈している。
住人の質も下がっている。酒場ばかりでなく、広場や通りでも喧嘩の声が聞こえる始末だ。
屋台の品も少なく、悪くなっているようだし、外から興味や仕事で来訪する者の数もぐんと減っている。
いくら我々がこの光を尊いものだと感じていようが、神の力は人間などには過ぎたものであり、傍から見ればそれは恐怖か好奇の対象でしかないのかもしれない。
ともかく、革命の手が我々を絞め殺すまでは静かに暮らしたいと思う。
***
久しぶりにペンを執ることにした。これまでは代わり映えのしない、ただ穏やかで、愛に溢れた家族生活を送るのに忙しかったのだ。
町は汚れていたが私たちは幸せだった。
「だった」のだ。
あの恐ろしい真実を知るまでは。
あくせく働く労働階級の連中はすっかり静かになっていた。働き蟻のように動き続け、仕事から解放されれば飲まずして飲んだくれたかのように休むばかりだ。ゴミを片付ける者が居ないのは問題だが、私としては以前よりは暮らしやすくてありがたい。
他の名家や裕福なものはとうにこの町を捨てている。
もともと取り立てて魅力の薄い田舎町だったうえにこうなった訳だから、観光はおろか、旅行者が翼を休めるための宿としても忌避され、いかなる来訪者も見なくなって久しい。
そんな中、たまたま出会えた旅人から不思議な話を聞かされた。
「魔法猫」というものの存在だ。
魔法の力を生まれ持つ猫。魔法というのは火を起こしたり、人語を解したり、他者を狂わせたり、様々な効果を持つものだそうだ。
これは単なる魔女狩り話の残滓か、一部界隈で流行っている童話の世界のことに思われた。
だが、彼は言ったのだ「この町がずっと昼なのも、魔法猫の仕業だろう」と。
魔法猫、そんなものがあるはずはない。仮にこの白夜が魔法の所業であってとしてもそれは猫ではなく悪魔、あるいは猫の姿を借りた悪魔の仕業に相違ない。
悪魔にしたって馬鹿馬鹿しいでたらめだと思った。田舎の土着宗教の思想か何かだろうと。
そんな折、私はこの目で、確かに、悪魔を、見てしまったのだ!
いつかこの日記にも記したのと同じ出来事だ。
妻が一瞬の不意を突かれ、愛娘を取り逃がしたのだ。
今度は近所のパン屋の女将に拾われた。昔は自身の焼くパンのようにころころと太っていたが、今は枯れ木のように痩せている女だ。
もともと食事以外に関しては無欲で、無害で、セクシャルな魅力も、母親らしさもない女だった。加えて仕事柄、白夜に当てられて無気力でもあった。
それが、ディアを腕に抱いた途端に、目をランプのように爛々と輝かせ、こけた頬と薄っぺらい唇から覗く黄色く汚れた歯をかちかちと鳴らしながら、「この猫は私のものだ」と繰り返したのだ。
その悪魔のような女から娘を取り返すのは苦労しなかった。だが、娘自身の気ままな気質を閉じ込めておけるかどうかは別問題だ。
ディアはまた他所へと走って行ってしまった。
パン屋は諦めきれないのか、白い尾を追った。私も妻も後を追った。
その先で本物の悪魔を見たのだ!
ディアに近づき触れるもののすべては彼女に傅き、彼女を求め、彼女の虜になっていたのだ。
ああ、あの猫は悪魔だったのだ。
旅人の言ったように魔法猫なのかもしれない。
だが、どちらにせよ、邪悪な何かが働いていたのだと感じた。
あの猫を始末しなければ。私と妻を誑かしたあの魔猫を!
私はやっとのことで猫を捕らえた。
白猫ディアは私の腕の中で喉をごろごろと鳴らした。遊び疲れたのか、そのまま寝入ってしまった。
寝顔。天使の寝顔。悪魔というものは、天使の零落した姿だという話もある。邪な存在が奇跡のような行いができるのならば、天使に出来ない道理はないだろう。
同じナイフでも、ローストビーフを切り分けるのにも使えれば、無垢な子供を引き裂くのにも使える。
私は勘違いしていたのだ。
私エドゥアル・エマールと、その妻エヴァン。その娘のディア。
これらの関係性と幸福からみて、この白猫が天使であることは明白だった。
何を血迷ってしまったのか。
愛娘を殺そうだなんて。今こうしてペンを執る私の膝の上で寝息を立てている愛そのものを握りつぶそうだなんて。
それこそ悪魔の所業だ。パン屋でも愛娘でもなく、この私に降り立ったのだ。
私は懺悔の代わりとして、この心の揺れ動きを日記に記す。
おそらくもうペンを手に取ることはないだろう。
***
悪魔だ!! やはりこのにっくき白猫、魔女猫のディアは悪魔だったのだ!!
悪魔である証明は、愛そのものが行った。
離れると白猫は悪魔に映り、近づけば天使に映る。
私はあの一件以来、何度も妻を説得しては猫を抱かされ意見を曲げ続けて来た。
おそらく妻も悪魔に魅入られていたのだろう。いちばん初めに、そして深く。
何とかしてあの猫を始末しないと。始末できないにしても、妻から引き離し、永遠に触れることのないように処置しなければならない。
離れれば憎悪の衝動に呑まれ、何とか妻を救い出そうと画策するのだが、いざ触れると忠実な従者に逆戻りしてしまう。
鉄砲のような代物があれば楽だったろうが、あいにくこの町ではそんなものは見かけないし(持っていたような連中はもう居ない、あるいは盗み出された)、私は弓の類を使う腕前も持ち合わせていない。
けっきょくは勢いに任せ長い柄の箒を使い、妻から離れた隙に一撃をお見舞いする手段をとるしかなかった。
結果は大成功。
悪魔ディアは部屋の隅まで吹っ飛び、動かなくなったのだ。
妻からの悲鳴と怒号が私を襲っていたが、それもすぐに誤解だということが証明された。
その時、時計は深夜を指していた。
ディアが死んだと思われた時、窓の外に闇が降りて来た。
町が夜を取り戻したのだ。
妻があっけにとられている隙に、彼女の頭に私の考えと、この否定しがたい事実を叩き込んでやった。
妻は震えあがり、私と神に感謝をした。
救われたのだ。
魔女猫は死に悪魔は退散し仮初めの幸せの支払いは終わったのだ。
しかし、すぐにまた昼が帰って来た。
猫は死んでいなかったのだ。仮死状態か気絶していただけか。ともかく、奴は息を吹き返したのだ。
子を得られなかった憐れな夫婦を誑かした悪魔が帰還したのだ!
奴は警戒してか、私や妻に近寄ろうとはしなかった。妻も今は正気で、身も心も私の傍にある。
あの悪魔を何とか始末しなければ。
何か、何か良い手は無いか……。
***
結論から言って、悪魔を殺すことは諦めた。
ここが悪魔の居住まいならば、出て行くのは我々のほうだろう。
家柄も家財のいっさいも捨てて、どこか遠くの辺境で畑でも耕し神に祈りを捧げる暮らしをしようと思う。
あれから、私と妻は何度も猫を殺そうと画策した。
物を投げつけ、箒で殴りつけ、時には勢いに任せて手足で打ってやった。
小動物に対して十分な体躯を誇るはずの人間の攻撃は、致命の一撃を繰り出すのは容易な筈だ
だが猫は死ななかった。
それは奴が猫ではなく悪魔だからなのか、一時、嘘でも我々夫婦の娘だったからなのかは分からないが、加害する瞬間にどうしても手加減をしてしまうのだ。
生易しい一撃の後には、再び魔法に捕らわれ、彼女が完治するまで愛でる仕事に従事した。
そしてまたふと正気に戻り、せっかく治した猫を虐待するのだ。
何が正気で、誰が悪魔なのか。
私たち夫婦には、もう何も分からなかった。
ただひとつ正しい行いがあるとすれば、彼女……白猫のディアから、我々が離れる事くらいだろう。
さらば、我が栄光と苦渋の家よ。別れの言葉は短いほうが良い。
今度は猫ではなく、この屋敷が私たちに魔法を掛けてしまうかもしれないから。
ただひとつの宝だけを持ち出して。
――エドゥアル・エマール
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