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Scene13 灰色猫の嫉妬と友情

「僕のお嫁さんになってください!」


 おいおい!? あいつは何を言ってるんだ!?


 おれは白猫と衝突しそうになってからどうも気が変になって全力疾走のパレードに加わっていたが、けっきょく白猫は上手く隠れてしまい、他の参加者ともども首を傾げ、ほどなくして正気に戻ったのだ。

 誰しもがあの白猫を追いかけていたことを忘れたかのように、ふらふらと元の仕事へと戻って行った。

 おれも自身の行いが腑に落ちなかったが、その場にニィの奴の姿が見えなかったから、ここに居るんじゃないかと思って戻って来た次第だ。


 そしたらお前、何だよこれは。黒猫が白猫にプロポーズなんてしてやがんの!


「い、やっ!」

 そんでもって白猫のピンクの肉球がニィの鼻っ柱を打った。

 ニィは大げさにひっくり返り、白猫は可愛いお尻を振りながら時計台から出て行ってしまった。

 おれは彼女がすれ違おうとした瞬間、また尻尾の付け根がむず痒くなったので、慌てて飛び退いて道を空けた。


「見事に振られたな」

 おれは少し面白かった。

 おれは魔法猫じゃないが、白猫から解放されたときにはすでに、この狂騒の原因に目星をつけていた。

 あれは白猫の魔法によるものに違いない。

 近づくとああなっちまって、離れるとそのうちに治まる。簡単な話だ。

 こいつもそれでやられちまったって訳だ。


「……」

 ニィは転がったままぼんやりと階段へと続く入り口を眺めている。


「あの白猫、飼い猫かな。ここに入って来られるってことはさ」

 おれは言った。

 時計台のこの見晴らしの良い一室は、“扉”によって封印されている。鍵は掛かってはいないが、人間の事情に通じたものか飼い猫でなければ入ることができない。


「僕、叩かれても気分が悪くなかったなんて。こんなの初めて」

 ニィの声は嬉しそうだった……。


「ハァ!? お前、何言ってんだよ!? まだ魔法の効き目が切れてないのか?」

「切れてるさ、とっくのとうに。でも、別の魔法に掛かっちゃったのさ」

「なんだその、別の魔法ってのは。阿呆になる魔法か?」


「恋……。恋の魔法さ」

 阿呆猫は呟いた。なので、おれはそいつの頬を踏んづけてやった。


「やっぱり阿呆になってら。だが、前よりはましだな。帰って飯でも食って寝ろ。どさくさに紛れて、牛のステーキをかっぱらったんだ。お前にも分けてやるよ」

 おれが促すも、ニィは一向に起き上がる気配がない。

「何をだらだらしてんだよ?」

「いや、キミが僕の顔に足を乗っけてるから起きられないだけなんだけど……」

「おっとこりゃ失礼!」

 おれは足を退けた。


「あの子、何て名前かなあ」

 ニィは危なげな足取りで階段を降りて行く。

「名前も知らないのにキスしたのか」

 おれはため息をついた。酷い変わりようだ。

「見てたの。あれは魔法のせいだよ」

「まーな」

 ま、魔法だろうが恋だろうが、前の希望が持てない状態よりはましってもんだろう。ありゃ、見ていてこちらも辛かった。かといって、これだけあっさり立ち直られても、ちょっと癪に触るんだが。

「僕もそう思う。あっさり気分が良くなっちゃったよ」

「心の声に返事をするな」

「ウィネバはあの白猫のこと、どう思う?」

「どうって、別に」

 確かにあいつは美猫だと思う。運動神経も抜群だし、ニィの(すか)した顔面にいっぱつお見舞いしたところも好ましい。

 だが、魔法抜きにはそれほどピンと来ない。おれとしては、もうちょっとおしとやかなほうが……。

「嘘だ。好きなんでしょ。白状しなよ」

 問い詰めるように言う読心猫。

「悪いとは思ってないがな、そういうのじゃないな。おれは惚れるよりも惚れさせるほうが好きだし、何よりあれはやっかいな魔法持ちだ。勘弁願いたいね」

 嘘はついちゃいねえ。でも、何だ? こいつの疑いは的外れだが、どうもおれの心の中にはもやもやしたものが引っかかっていた。

 正確には、昔から持っていたもやもやが再び引っ張り出された感じがする。

「本当に? 盗っちゃ駄目だよ?」

 ニィは仔猫が親猫に言うように言った。

「そんなことは自分のものにしてから言えよ」


「……頑張る。よぉーし、頑張るぞぉー!」

 ニィは急に飛び跳ねるように階段を降り始めた。それからすぐにつまづいて、転がり落ちて壁にぶつかりやがった。


「頑張るってほどでもないだろ。お前は心が読めるんだから、他の連中と比べりゃ勝ったも同然だろ」

「……」

 黒猫は逆さまになって壁に引っ付いたまま、人間がするように腕を組んだ。

「その様子だと、やっぱりお前の魔法が通じないのか」

「うん。驚いた」

「残念だったな。だったら望み薄だろ。ああいう手合いは気難し屋だし、お前は一回しくじってるからな」


「……でも、そこが良い」

 ニィは壁に映った影のようにでろんと溶けた。


「何でだよ、不便だろう?」

「そーだね。彼女のこと、分からない。知りたいな」

 ニィは気色の悪い笑みを浮かべて言った。


 もっとも、不便とはいえ普通は心なんて読めないし、魔法が通じないなら通じないでおれとの関係の時のようにばれて怒りを買うこともないだろうが。

 ……まったく。雌猫相手とはいえ、おれとの態度の差が酷過ぎるんじゃないか?

 おれのことは適当にあしらって、そのくせ勝手に何でも覗いたってのに。

 今度は「分からないのが良い」とか抜かしやがる。


「それにしても、何で心が読めないんだろうな。おれみたいに何も考えなかった訳じゃないんだろう?」

「多分ね。心が読めない魔法も持ってるのかな?」

 ニィはようやく起き上がった。

「そんなニッチな魔法があるもんかね? あの爺さんなら持ってそうな気もするが」

 うーん。千の魔法があるといえど、そもそも心が読めるってのが魔法で、魔法に対抗する魔法、なんてのを生まれ持ってもなあ。

 おれとしちゃ、何か原因は別のところにある気がする。

「大賢者スクーターか。訊きに戻る訳にも行かないなあ」

「爺さんに頼らず、自分で何とかするんだな。今のお前じゃ、野生のテリトリーに足を踏み入れたらひと晩も持たねえよ」

「違いない。あの子とひと晩も違う街で暮らすなんて耐えられない」

 ニィはまたも気色の悪い笑いをした。

 そういう意味で言った訳じゃないんだが。すっかり骨抜きにされていやがる。

 エマ婆さんが爺さんのことを思い出して褒めていた時の様子にそっくりだ。


「ああ、そうか」


 おれはこの時点でようやく、自分の中にあったもやもやの正体が分かった。

 嫉妬か。

 おれはニィを駄目にしてやるつもりだった。それを急に現れた白猫にこうもあっさり先を越されたから、やきもちを焼いているんだ。

 念の為に言っておくが、おれには雄猫と交尾をするような趣味はない。ちゃんと雌猫が好きだ。加えて、あの白猫のように面倒なのは御免だし、さっき言った通り、自分が惚れられなきゃ駄目だ。

 白猫に対してプライドの方面での嫉妬。多分、そういうことだ。

 しかし正体が判明したところで、気が晴れる訳でもないらしいな。意識すると、やはり気分が悪いままだ。

 どっちにしろ、今はもうどうでもいいことだ。

 今さらニィをやっつける気も起きないし、おれはおれで役割と居場所を見つけている。

 せいぜい欲しているとすれば、この哀れな黒猫がもうちょいしゃんとするように手伝ってやることくらいか。上手くいくかどうかは別としてな。

 おれは未だに情けない顔をした黒猫を放って、先に歩き始めた。


「手伝ってくれるの?」

 ニィが追い付き、おれのちょっと後ろを歩きながら言った。

「だから心を読むなって。お前はそれに頼り過ぎだ」

「読まなきゃ分からないよ」

「いいか、おれが女について教えてやるよ。女なんてもんはな、ほんの少しの間に考えていることが変わっちまうもんだし、考えていることと別のことを言ったりやったりするのはお手の物なんだ。読んだところで、あてにならんかもしれんぞ」

「魔法使いみたいだね」

「お前たちと違って影はあるし、嘘も得意だけどな。……そうか! お前、魔法が使えなくても、割と簡単に白猫の考えてることが理解できるんじゃないか?」

 白猫も魔法猫だ。嘘が苦手な筈だ。上手く質問すれば、なんでも分かっちまうだろう。

「どういうこと?」

「今のは俺の心を読んどけよ。説明が面倒臭えな! 『白猫も魔法猫だ。嘘が苦手なはずだ。上手く質問すれば、なんでも分かっちまうだろう』ってことだ!」

 おれはわざわざ思考と同じことを繰り返して言ってやった。

「なるほど! ウィネバは頭が回るね。さすがだ」

「だろう?」おれはちょっと得意になった。

「でもどうしよう。近寄ると、まともにものが考えられなくなっちゃうと思うんだけれど……」

「実際に好き合っていれば、そんなことはどうでもいいと思うんだけどな。魔法抜きにして惚れたんだろう?」

「そりゃ、そうだけれど。相手がどう思ってるかが大事だよ」

「そりゃ、そうだろうな。おれも、あいつの尻を追いかけてる時はそうだった。他の連中にしたってそうだったろう。そうでなきゃ、捕まえて乱暴を働いて仔猫でも産ませりゃいいだけの話だし。いくら軽業師の白猫だからといって、ずっと逃げ続けて捕まらないでいられたのは、追いかけてた連中に無理やり捕まえる気がなかったからだ」

「やめてよ、乱暴するとか怖いこと言うの」

 ニィが不満を言う。とことん惚れていやがる、仮定の話でもあの猫が不幸な目に遭うのが気に入らないらしい。

「分かってるじゃないか。ウィネバも僕の心が分かるようになってきたね」

「勘弁してくれ。こんがらがってきたぞ。……とにかく! あいつは白猫で、青い瞳で、空色のカラーを首につけている」

「海色だと思うな」

「どっちでも一緒だ。まあ聞け。首輪をしているってことは飼い猫だ。おれたちは食事を頂戴するために人間の家にお邪魔するだろう? 普通は飼い猫が居る家は鼻で分かるもんだし、そこは避けて仕事をするもんだ。だが、この国はちょいと事情が違う。多分、飼い主に損を与えられて怒るような飼われ暮らしは、そう多くないはずだ。明日から、飯を探す家を選ぶ範囲を増やして、あの白猫の棲み処を探してみるぞ」

「ウィネバはやっぱり賢いね。じゃ、それで頼むよ」

「そうだろう、そうだろう……ってお前もやるんだよ! 手分けしたほうが早いだろうが」

「駄目だよ」ニィはため息をついた。

「何でだよ?」おれは訝しみ睨んだ。

「だって、僕は時計台で待ってないと」

 ニィは足を止めて振り返り、白い天に高く伸びる建物を見上げた。

「やっぱり、お前は阿呆だ。あんな魔法を持った猫がそうそうここに来られる訳がないだろ。下手したらまたさっきみたいな騒ぎだ。普段は他の生き物の居ない場所か、自分の棲み処に大人しく引き籠ってるに決まってる。こっちから会いに行かなきゃだろうが」

 おれは分かり切ったことを言ったつもりだった。というか、さっきから一度も変わったことを言ったつもりは無い。

 だがニィは、ふたつの満月をさらにまんまるにして、「さすが」とまたもおれを褒めちぎった。

「いちいち大げさなんだよ、ちょっと考えれば分かるだろ。港のデブ猫でも思いつくぜ?」

 思いついてもやらねえだろうが。

「そっか……。僕ってさ、考えなくても答えが分かっちゃうから実は馬鹿なのかも」

「そうかもな。分からなきゃ、訊け。何を考えたのか分かったとしても、どうしてそう考えたのかを考えるようにしろ。おれにしたって、白猫にしたってそうだ。ネズミたちだって、ずっとお前に訊ねてきてただろうが。思考と知識は別もんだ」

「数学でいうところの、解だけ分かって式を知らないようなものだね」

「人間の流儀で例えるな。分かりづらい」

「ごめん」

 ニィはこれまで生きてきて、この簡単な真理に気づかなかったらしく、頭を垂らしてのろのろと歩き始めた。

「気を落とすな。良い機会だろ、これから変わればいい」

「そうだね、ありがとう」

 ニィは顔をあげた。

「変わるといえば、だ」

 おれは咳払いをした。

「……今までお前に辛く当たって悪かったな。お前だって使える力があったから使っただけで、別に意地悪でおれの心を覗いた訳じゃなかったんだよな。覗いても良いことばかりが分かるとは限らねえだろうし」

 ニィの気配が背後で止まった。

 おれは振り返る。

 奴は、俺を見ていた。

「つまりだ、仲直りをしようって訳だよ。これからも頼むぜ。……いや、違うな。これから頼まれてやるからよろしくな、ニィ」

 おれがそう言うと、ニィはまたも目を皿のようにして、もう一度礼を言うと白猫病とは違う笑いを浮かべておれの横に並び直した。

 考えていることはおおよそ理解できる。

 おれはこいつのことは少し前から赦していた、そしてこいつは心が読める。

 要するに、「何を今さら」ってことなんだろう。


 ……ちぇっ、厄介な友達を持ったもんだぜ!


*** *** ***

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