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Scene12 倦怠と迷惑にまみれた黒猫ニィの告白

 この国は……。この『影のない国』はとんでもないところだ。

 原因は分からないけれど、朝も夜もなくて、ずーっと光で照らされているように明るいんだ。

 物陰には暗がりもなく、陰影の失われた遠くの森や木々は、人間の描いた絵のように平っぺたな感じになっちゃってるし、太陽すら見えず空は真っ白。

 暑いのか寒いのかの感覚もこんがらがって、日向ぼっこをすればいいのか、冷たい石の床を探せばいいのかも分かりやしない。

 確かに影が消えたから心配がひとつ減って、そのうえ町に暮らす生き物たちの関係も良好だから、魔法猫にとって都合が良いのは間違いない。

 だがそれは、「魔法猫にとって」であって、「僕にとって」ではなかったんだ。

 僕はこれまで『シルク・ドゥ・スクィーク』と共に過酷な旅を続けて来たし、この程度の環境に慣れるのは難しくはない。そもそも、ずっと昼だとしても、お腹が空いたら食事を探して、眠くなったら寝床を探す。そういうもんだろう?

 聞くところによると、この国はずっとこうだったわけじゃなくて、少し前から急に明るくなったらしい。町暮らしの動物がすっかり適応してるのに、僕らができない訳がないんだ。


 じゃあ何が問題かっていうと、人間だ。

 人間たちの“心”だ。

 彼らは無気力で、常に呟くように何かを考えていて、それでいていらいらしていて、でも怒りだすだけの元気もなくって。

 みんながみんな、大人も子供も、気が狂いそうになっているんだ。

 町には暗い色や汚い色がぐるぐると渦巻いているんだ。

 僕は常にそんな不愉快な色に当てられながら過ごさなきゃならなかった。


 僕たち動物と人間には、決定的な違いがひとつある。


 それは時間だ。時間といっても寿命の長さじゃない。

 人間は時計を使い。僕たちは使わない。

 彼らは数字によって一日を分けて、それに従って起きたり、眠ったり、食事を摂ったりするのだそうだ。

 数字で分けるといっても、太陽が昇ったり沈んだりする時間は季節によって変わって来るし、疲れていれば寝ている時間は伸びてお腹が空くのも早いもんだ。

 だから、だいたいのなあなあでやっていたようだけれど、この国には朝も夜もないし、ほとんどの時計は日に2周するから、ちょっとしたことで今が午前なのか午後なのかが分からなくなるようだ。

 人間たちはそれで次第に疲れてこんな風になってしまったらしい。


 そして僕も、そんな人間の気に当てられながら暮らしたものだから、日に日に彼らと同じようになりつつある。

 かといって、出て行くこともできない。

『シルク・ドゥ・スクィーク』のメンバーはみんな、この国を気に入っているようだったから。

 初めは僕への気づかいや友情で旅立ちを決意し、そのうちに絆が強くなっていったのだけれど、ここの気ままな暮らしがすっかり気に入ったらしくて、そういうのを抜きにここに居つく気らしかった。

 ただ一匹、ウィネバだけはずっと僕のことを考えていたようだ。

 彼は僕の暮らしの安寧を破るつもりで虎視眈々と機会を窺っていたようだけど……お生憎様、僕はすっかりこのざまさ!

 人間たちと同じく、体内時計が狂ってしまって、自分が眠いかも腹ペコだかも分からないし、これまで緊張を強いられてきた旅と一転、気楽な暮らしで身体や神経も一気に鈍くなってしまった。

 このまま死んじゃうんじゃないかってくらいだ。

 もっと悪いのが、ネズミたちは僕が元気がないのを「落ち着いていて頼れる」のだと解釈したことだ。

 ここまで旅を手伝ってもらって言うべき言葉じゃないけれど、彼らは僕にとって重荷になってしまっていた。

 今やサーカス団どころか、町の動物にまで通訳をせがまれてしまう始末だ。

 人間たちも路地どころか広場で公演してても何も言わないし、ここの猫はターゲットをネズミから人間の食卓や倉庫に代えたものだから、港の猫よりも本来の仕事をしないし。

 黙って出て行こうにも、僕を監視している灰色猫のお陰でそれもできやしない。

 彼はこの国に到着してからというか、僕が元気を失うにつれて、心に燃やしていた嫉妬と復讐を鎮火させて、代わりに世話焼きな煙を燻ぶらせているようだった。

 これがもっと……そうだな、国を探す旅に出る直前くらいなら仲直りのきっかけに出来たかもしれない。

 どうして僕にこだわるのだろうか?

 もしかしたらウィネバは、僕に雄猫が雌猫に向けるような感情を向けてるんじゃないかって気もしたけれど、それは気のせいだろう……ね?


 でも、何でもいいや。今はもう、僕は独りになりたい。ただそれだけだ。

 面白いことも何も要らないし、何もすることがなくても、身体の倦怠にも、退屈を覚えることもない。

 ただ、この国を包む光に溶ける白い壁のように、溶けて見えなくなってしまいたかった。



「おい、ニィ。ネズミたちが騒いでるぞ。連中はまた公演をするみたいだ。お前が居なきゃ始まらん」

 ウィネバだ。

 僕は彼の呼びかけに尻尾で答えて、立ち上がった。

 そんなこと知ってるさ。聞かなくったって、聞こえてくるのだもの。どうせ公演するなら、時間を決めて時計代わりにやって欲しいよ。

 白ネズミ一匹の機嫌で中止になったり、町のネズミと話が盛り上がった勢いでおっぱじめられても迷惑なだけだ。

 ケンピも最近は、野良だか飼いだか分からない首輪を着けた犬とよろしくやってるみたいだし、ボーヤンなんかは人間の子供のおもちゃの人形ってあるだろ? あれの服を盗み出して、それを着込んで木の枝をステッキ代わりに街を闊歩していやがるんだぜ。

 僕はもう、うんざりだ。

 ウィネバよ、お前だって中途半端に僕への友情なんて残してないで、旅の途中で崖から突き落とすとか、騙して熊に食わせるとかしてくれれば良かったんだよ。

 ついこの前まで、婆さんに飼われて、ネズミを殺して回っていたくせにさ。

 ああ、やっぱり! 港に居た頃の退屈がいちばんマシだったんだ!

 誰ともそこそこの付き合いにとどめて! そこそこに感謝されて! 得意になって! 人間を助けたり! いたずらをしてやったりして……。


「おーい、ニィ! 始まりますぞ。今日はケンピが犬のお客様を呼んで来たようで、通訳が……」

 分かったよ! このヒゲネズミ!


 僕はそんな感じに、非常に窮屈で迷惑な暮らしを強いられていたんだ。

 全然嬉しくないことに、この町では僕はいろいろな動物の通訳ができる英雄スペシャルキャットとして名を馳せたのさ! まったく、勘弁してくれよな!


 ……ところがある日、事態は一変した。


 団長ネズミが『シルク・ドゥ・スクィーク』の“分団”とやらを作るために、「この町のネズミたちに芸の特訓をする」と息巻いて、他のネズミたちを伴って町の広場でチューチューやっていた日のことだ。

 僕は通訳の仕事を押し付けられないようにこっそり抜け出して、見晴らしのいい時計台に登ることにしたんだ。

 街を行き、楽し気に遊ぶ犬猫ネズミ、それからスズメやヤマガラの連中を眺めた。ツバメもいっぴき空を切っている。

 最近は彼らも僕たちの真似をして曲芸を始めたりなんかりしていて、この国にはちょっとしたサーカスブームが到来している。

 いっぽう、人間たちは相変わらず、風に押されっぱなしの枯れ木のような姿勢で、ただ静かに暮らしを送っていた。相変わらずいらいらして、それでも誰しも怒りを表に出さないで。

 最近は、その辺の道端で座り込んだり眠ったりする人間が増えて来た。昨晩……晩ってのは人間がそう話していたから晩だと思うだけだけど、昨晩にはとうとう座り込んだまま二度と動かなくなった者まで現れたらしい。

 この調子でいくと、僕たち動物はそれの片づけと食事を兼用することになるのではないだろうか?


「人間を食べる」か。


 街の動物たちはそういうことをしなかったな。“本物の野生動物”はするらしいけど。

 僕たちも、この国の動物たちも、そのうちにそうやって本物の野生を身につけていくのだろうか?

 それとも、人間の代わりにこの町を維持しようと働き始めたりなんてするのだろうか? 壁塗りネズミ? 石敷き猫?

 どっちも勘弁願いたい。そういうのは人間の役割なのさ。

 僕はもともと人間は嫌いじゃないし、野生の世界を体感して、あらためて人間への敬愛の念を持っていた。

 でもそれは、人間が人間らしくしているからであって、優秀さへの憧れではない。連中に取って代わりたいとか、生き物として超越したいとかなんて考えてすらいない。

 僕は猫さ! 彼らは人間! ただお互いに役割が果たせていれば、いいだろう?

 だからこそ、彼らが生きているのか死んでいるのか曖昧になっている現状が悲しく思う。

 この町に溢れる感情は、生きながら発せられる人間の死の臭いと、生臭いまでに溌溂とした動物たちの生の臭いでいっぱいだ。

 来たばかりの頃よりはましだけれど、やっぱり他者の思考にあてられて具合が悪くなる。

 町を出るのは無責任で仲間に心配をかけるし、ほんの少しの間、他の連中の声や思考が届かない場所で息抜きをするくらいしかないんだ。

 行き先は静かな時計台の上。機械室。

 最近見つけた秘密の場所。

 あそこだけは何者にもはばかられずに呼吸をすることができるんだ。

 窓から見える遠くどこまでも白い空と、生きるものの居ないかのような平っぺたな景色。

 ただそれを眺めて、転寝(うたたね)揺蕩(たゆた)いたい。

 まるで、お母さんのお腹の中に居た時のような……。


「よう、ニィ。来ると思ってたぜ」

 先客が居た。うぇーっ!

「ウィネバか。気付かなかったよ」

「気付いたら引き返しただろう?」

 ウィネバは厭味っぽく言ったが、心はそうじゃなかった。

 彼は最近、僕に悟られない手段を会得していた。

 “意図的に何も思考しない”。たったそれだけ。

 加えて、彼の優秀な猫の忍び足を使えば、今の僕はもちろんのこと、多くの動物の背後に忍び寄ったり、先回りすることなんて朝飯前だろう。

「ごめん、僕は独りになりたいんだ」

 悪意や敵意は感じられなかったから、僕はなるべく丁寧に追い払おうとした。

「居させてくれよ。おれも最近疲れてきたんだ。何も考えないからさ。飽きたら、帰るからさ」

 彼は彼らしくないやり方で言った。

 いつだったかな? 痩せっぽっちの腹ペコの猫……チビのチエリに「食事を分けてください」と言われた時のこと、ちょうどそれと重なって見えた。


 僕らは黙って、窓から外を眺めた。ウィネバは宣言した通り思考を止めていたし、僕も大してものを考えなかった。

 耳のほうも、機械が「カチャン」と音を立てるのを聞くだけ。

 鼻だって、掃除夫が出入りしなくなったこの部屋の埃を嗅ぎつけるだけだ。


 静かな時。ただ白い、静止した絵の前で。


 しばらくそうしているうちに僕は、独りと同じか、それよりも少しましな気分になった。


 元気が出てきたので、立ち上がって窓から下を覗き込んでみた。

 石畳のように広がる屋根。人間と動物たちがごちゃ混ぜに行き交う街。

 人間はただ流されるように動き働き、動物たちは気ままにやる。

 目を細めるとぼやけてしまうが、その動きの違いだけで人間か他の動物かが分かるようだ。

 友人も真似をして下界を覗き込んだ。


 ……ふと、その灰色猫とこの黒猫の心に「?」が浮かんだ。


 何やら、「生き物の群れ」が団子になって大通りから広場へ向かって走っているようだ。

「おいおい、何だありゃ!?」

 ウィネバが声をあげる。

「誰かが追いかけられてる」

「ありゃ、何だ? 猫か? っつーか、追いかけてる連中は犬も猫も人間も、ネズミまでごっちゃだぞ! あいつ、何をやらかしたってんだ!?」

 ウィネバは部屋の空気を騒がしたかと思ったら、すでに下へと階段を駆け下りていた。

 僕も不思議なことにそれに続くだけの元気があったようで、久しぶりの激しい運動に身体の筋という筋が喜んでいるようだった。


 時計台を出ると、街ではピンク色の大捕り物が演じられていた!


 人間、老若男女問わず。打ち上げられた魚を水に戻したような様子で何かを追いかけている。

 それに混じるは、野良、飼い、町暮らしも部外者も問わずの動物たち。見知った顔どころか、団長までもがいっしょになっている。


 そして追いかけられているのは、いっぴきの、真っ白な……。

 この国の壁や空よりも、遥かに真っ白な白猫。


 若くてしなやかな体つきに、耳の内側と鼻先がピンクで可愛らしくって、ぱっちりとした青色の瞳が、それに似つかわしくない少し……というかかなりメランコリーな表情によく映えていた。

 それから彼女は、本当の空や海の色をしたリボン付きのカラーを首に巻いていた。


「しつこい! 追いかけて来ないでよ!」

 彼女は怒ってるようだけれど、その声も優しく背を撫でられるようでぞわぞわした。


「おい、ニィ。あの白猫、綺麗だなあ」

 ウィネバが興味も疑問も吹っ飛んだようで、とろけたような心で言った。

「うん、僕もそう思う」

 僕もだ。あんなに美しい猫は見たことが無かった。

 なんというか、春の綿毛? 夏の雲? 港で見かけた秋のハマギク? それとも冬の暖かな雪? いやいや、空から降り注ぐ天使の羽?

 ……ええともう、とにかく! 言葉なんかじゃ言い表せない、美猫(びびょう)だったんだぜ!


「それにしても、あいつ、どうして追いかけられているんだ?」

 ウィネバは心の中で、「心、読んじゃえよ」とけしかけた。

 言われなくたってそうしようと思っていたところだ。


 ……でも、ダメだった。彼女は逃げるのに必死なのか、頭の中も真っ白だ。口では追手を嫌がっているが、心のほうではそれすら感じ取れない。

 それでも、もうちょっと頑張ってみたけど彼女の心は読み取れなかった。

「駄目だ。あの子、心が読めない」

「へぇ? 何も考えないで逃げてるようには見えないんだが」

 白猫は地面を蹴り、それから噴水と追跡者の頭を三角に蹴って駆け登った。

 僕は仕方なしに、追跡者のほうの何だかドロドロした桃色と黄色の感情を掻い潜って、心の声を解読しようとした。

 ごちゃごちゃして作業が難航するかと思ったけれど、どうも全員同じことを考えているようだ。


 みんな揃って、「彼女を手に入れようと」していたんだ。

 それも、焼いて食べるとか、子供を作るとか、飼い猫にするとかいうことじゃなくって。


 ええと……言わないと駄目?


「愛」だよ。多分ね。


 愛によって追いかけていたんだ。ただ彼女の気を引きたく、彼女の愛を欲してね。


「もう、いや!」

 白猫はそう叫んだかと思うと、独り抜け駆けをしようと噴水をよじ登っていたお猿のボーヤンの顔面をジャンプ台にして、空中でくるりと満月を描き、テンポよく人間たちの頭を踏んづけてこちらのほうへ向かって来た。

 あわやウィネバにぶつかるかと思ったけれど、サーカス団顔負けの大跳躍!

 僕たちはそれを見上げ、空に溶ける白猫のほんのわずかな良い香りを感じた。


「んんん!? おれも行ってくるぞ! 何だか尻尾の付け根がムズムズしやがる!」

 どうやら彼もやられちまったらしい。

 灰色猫も白猫を追いかける一団へと加わった。


 僕は、今のところはそうなっていない。

 ……ひょっとしてこれは、魔法によるものなんじゃないだろうか?

 条件は分からないけど、彼女はすべての生き物を引き付けるような魔法を持った猫ってことだ。

 あ、ほら。蠅まで追いかけて行ったよ。


 確かにあの猫はとびっきりの美人だし、魔法がなくても引く手数多だろうと思う。僕も、普通に暮らしていたら求婚したかもね。

 だけれど、魔法で気狂いみたいになってまであの行列に加わるのは御免だ。


 憐れな鬼ごっこをする連中を助けてやりたい気もしたけど、僕はこの国に来てから、そこまで親切な奴じゃなくなっていた。

 不都合な魔法を持った魔法猫の運命(さだめ)だ。

 だから僕は、彼女にこのあと訪れるだろう不幸の想像をそっとその場に置いて、もう一度時計台へと足を向けた。


 そして、目を閉じてもちらつく白い影を打ち払い、この国で唯一の黒色、眠りの闇の中へと落ちたんだ。


 ……。


 時間がどのくらい経ったかは相変わらず分からなかったけれど、僕は目覚めた。そして、窓から下を見て、騒ぎが消えて無くなっているのを確かめた。

 そろそろ仲間たちのところに戻ろう。

 そう思って振り返ると。


 くだんの白猫が居た。


「時計台、私の隠れ家だったのに」

 白猫は死ぬほど悲しそうな顔と声を僕にぶつけた。


 ここが自分だけの場所じゃなくなったから、がっかりしているってことなの“かな?”

 なんとか逃げ伸びたものの追い回されてすっかり疲れたのも合わさって不機嫌そうなの“かな?”


 そう、つまり、やっぱり彼女の心の声を読み取ることはできなかった。

「ごめん。ここから見える景色が、好きだったから」

「……そう。分かるわ。でも、出て行って頂戴」

 白猫は出口への道を空けると、しなやかな尻尾で指し示した。

 僕は黙って従うことにした。どのみち帰ろうと思っていたところだし。

 また、他の場所を探さなきゃな。


「ねえ?」

 白猫が僕の背中に疑問を投げた。


「ねえ。どうして、さっきは私を追いかけなかったの?」

 僕は振り返る。白猫に怒っている様子はない。多分だけれど。

「そんな気にならなかったから」

「そう。でも、私が近づくと、みんなああなってしまうの。今日は最悪だったわ。何でああなっちゃうのかしら」

「……キミ、もしかして魔法猫? それも、自分がそうだって気付いてない?」

 僕は声をあげた。

「まあ! やっぱり魔法なのね。確かめたことが無いから分からなかった」

 自分が魔法猫かどうかが分からないなんてことがあるのだろうか。

 白猫は首を傾げて天井を見上げて、それから僕のほうへと青い視線を戻した。

「ねえ。魔法だとして、私の魔法に掛かっていなかったのなら、どうしてあなたは私を助けてくれなかったの?」

 責めるというよりは、彼女は淡々と言った。まるで、僕が誰かを助けないのは当たり前だってみたいに。

「別に。面倒だったから。他の生き物への親切にはもう飽きたんだよ」

 僕もちょっとカチンときたから、真似して淡々と言ってやった。


 その瞬間、ほんの少しだけ、彼女の真っ白な心に、怒りの赤らしきものが見えた気がした。

 それから彼女は数歩こちらに歩み寄り、精一杯に背伸びして、僕を見下すような仕草をした。

「ふん!」


 すると僕は、

 急に腹立たしさとか、

 この国の人間への心配とか、

 今の暮らしの気怠さとか、

 そういうの全部が真っ白に吹き飛んで、


 彼女が鼻先を下げた隙を見計らって、自身の黒い鼻先を、彼女のピンクにくっ付けてしまった!


「僕のお嫁さんになってください!」


 おいおい!? 僕は何を言ってるんだ!?


*** *** ***

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