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Scene11 恩知らずな猫ウィネバの旅行記

 まったく! まったく気に入らないぜ!

 おれが人間に捕まっちまったのは、ニィが何か余計なことを言い出さないかと寝たふりをしながら様子を窺っていたからだし、それにネズミどもがチューチュー喧しく騒ぎ立てたせいで警戒も何もあったもんじゃなかったからだ!

 普段なら人間に捕まるなんてヘマをおれがするはずないだろう!?

 そもそも、袋に放り込まれたところで、おれはこの牙や爪でそれを破って外に出られたんだ。ネズミが喰い破れる程度の頑丈さだぞ。

 その人間だって、おれよりも鈍いニィや雌犬が勝てる程度の相手だったんだ。

 おれひとりでどうにかできたはずだ。それを恩着せがましく、仲間だのなんだのと……。

 人間が何だって言うんだ。魔女での騒ぎのときもそうだったが、どうもニィは人間に肩入れしすぎている気がする。心が読めて事情が何でも分かるからってよ。

 おれたちは猫だぜ? 飼い猫だった訳でもない癖によ。


 気に入らねえことはもっとある。

 何だよ、あの爺さん。百三十六歳で千の魔法だって? 誰が信じるかよ……と、言いたいところだが、いくつか見せた魔法は本物だったな。長生きの魔法があったって不思議じゃない。

 ニィと同じくネズミたちと話していたし、どうやら心を読み合うこともできるようだった。稲妻も走らせられれば炎も起こせる。

 言葉に至ってはちょいとニィとは性質が違うらしくて、おれとネズミの両方に一度に伝えることができていたくらいだ。

 おれは魔法を貰えるもんなら貰いたいと頭の中で考えていた。

 だが、それは別に魔法に執着していてのことじゃない。爺さんの言う通り、イワシのキンタマだのローストウンコだの、くしゃみだの酔っ払いだのは要らないからだ。

 思い出しちまった! 今後イワシが食べづらくなるだろうが!

 ……問題はそこじゃない。

 おれはあの(すか)した心の覗き見野郎に一泡吹かせたいだけだ。

 ただでさえ腹が立って仕方がなかったってのに、今回の失態で奴に新しく借りまで作ってしまった。

 それについてはまた考えて行くとするか……。


 ニィは爺さんとの会話で「影のない国」がどうたらって言っていた。

 おれやサーカスから逃げて、独りでそこに行こうって腹だったらしいが、逃がすものかよ。

 いいか、ニィ。

 おれは、お前が影がなく嘘もつけない魔法猫で、他の生き物の言葉が分かって、それから、他者の心を盗み見ることができる厭らしい猫だってことを知っているんだぞ!

 これからはおれへの態度には気を付けて過ごさなきゃならねえよな?


 そういう訳で、おれはニィやサーカス団の連中とともに、影のない国を探す旅に加わった。


 これまでのおれたちはただ興行をして人間の町を適当に行脚していただけだったが、このころにはもう『シルク・ドゥ・スクィーク』は有名になりつつあった。

 そのパイプを利用して影のない国の噂を集めれば、そこがどこにあるかはあっという間に判明した。もっとも、その国の正体だけは未だ謎に包まれたままだが。

 国は遥か遠く。いくつもの山を越え、森を越え、川を渡り、とにかく遠くに行った先にあるのだとよ。

 旅は容易なことじゃなかった。町から町を渡っているときは人間や野良犬にビビりながらだったが、路地や通りを駆け抜けるうちに次の目的地に着いていることなんてざらだった。

 だが、今度の旅は人間の暮らしていない領域……人里離れた野山も移動範囲に含まれていた。

 おれたちは“野良の生き物”のつもりでいたが、それはまったくの間違いだった。

 半野良のおれはもちろんだが、産まれてから人間に飼われたことのないニィやネズミでさえ、何かしら人間の世話になって生きているってのを痛感させられたもんだ。

 まず、道が酷い。

 町ってのは均された土か、平べったい石を敷いた地面になっていて、ずいぶんと歩きやすいようにされている。

 これは人間たちの手に依るものだ。

 だが、山や森ってのはでこぼこしていて、しかも植物が偉そうに腕を突っ張り合ってるもんだから、ヒゲがくすぐったいやら目に枝や葉が入って危ないやらで簡単に駆け抜けることができないときている。

 次に、敵が多い。

 おれたち猫にとっての敵なんてのは、悪い人間と狂った犬くらいのもんだ。あとは戦いに陥っても命の取り合いになることなんてない。

 敵どころか人間には猫に味方をするものが居るくらいだし、ネズミだって奴らの作った物陰に守られて生きているんだ。

 それが、人里から離れれば野良犬だけでなく、もっと大きくて強い上に群れる“狼”や、“熊”なんていう化け物を相手にしなきゃならないんだとさ。

 狼は遠吠えを聞いた時点でもう逃げたほうが良いらしい。

 それと、熊は冬場は姿を見せないが、狙われたら鉄砲を持った人間ですら神様にお祈りをしたほうがいいくらいにやばい相手だ。あの大きな馬車とやらですら餌食になったって話には、このおれでさえ震えたね。

 “本物の野生”の連中ってのはどいつもこいつも必死で、おれたち猫よりも身体の小さいイタチですらまともにやり合うのは避けたほうがいいだろう。イタチを倒してぶち殺したとしても、こちらも死につながる傷を負う可能性があるからな。

 始めからなるべく危険に遭遇せずに済ませるのがいちばんだ。打てる手は、なるべく人間の居る地域に近いところを移動することと、警戒しやすい拓けた場所を行くことくらいか。

 入り組んだ路地のように逃げ場がいくつかあり、相手が来る方向も推測しやすい場所があればベストなんだが、どうしても森や草原を通らなきゃならねえ。

 茂みや高低差のある立地っていうのは、襲うほうに有利だ。どの方向から敵が来るかが分からないからかなり危険度が高い。加えて、方角を見失いやすいリスクもある。

 こんな過酷な環境で当たり前に暮らしている“本物の野生”の連中が強いのは当たり前だ。港に居た猫連中が野生の世界に入ったなら、罠に掛かったネズミがおれの前に放り出されるくらいに絶望に打ちひしがれることだろうよ。

 それと、こいつは少し与太話になるが、かつて『ジェヴォーダンの獣』と呼ばれる伝説の獣が存在したらしく、数年の間に100人もの人間を食い殺したと言われているらしい。

 ちょいとシンパシーを覚えたね。港町のネズミにとっちゃ、おれはジェヴォーダンの獣のようなものだからな。


 これらの情報は、自称半野生の情報屋猫(町と町の外を半分半分って意味だ)から買ったものだ。

 ニィが人間から得た知識や、おれの立派な猫としての身体能力だけじゃ、間違いなくすぐにくたばっていただろう。

 ちなみに情報は、三十代目に就任したばかりのまぬけネズミを情報料としてくれてやる代わりに得たものだ。


 三十代目は、おれたちサーカス団の中で英雄になった。


 まぬけネズミってのは今まで何の役にも立たないどころか、ただの足引っ張りな役割だが、今回初めて『シルク・ドゥ・スクィーク』の存亡に関わる大仕事をやってのけたわけだ。

 あいつが味の良いネズミで良かった。

 とはいえ、単に情報屋の猫が馬鹿舌だった可能性も否定できない。ニィも何やら情報屋の頭からそれを肯定する材料を得ていたようだったが、おれは口止めをしておいた。

 おれは情報が役に立ったその夜に、ネズミたちとともに祈りを捧げた。

 なんとこの俺はこの猫生で初めて心からネズミに感謝をし、祈ったのだ。

 生きた猫やネズミに借りを作るのは癪に障るが、死んじまったらそれぎりだ。

 奴は英霊になったのだ。

 ネズミの天国に向かって敬礼! 天のネズミの父よ! 彼に安らぎを与えたまえ!

 ちなみに三十一代目は野生の世界に足を踏み入れる前に死んでいた。何でだったかな? まあ、死んだよ。


 もう一匹。役に立ったといえば、あの怖がりの猿のボーヤンだ。

 あいつは人間から逃げて来た口だったが、産まれてからずっと飼い猿だった訳ではなく、どこか野生で暮らしていたところを人間に捕まったらしく、野生の世界で暮らしていたことをまだ覚えていたのだ。

 木に登って辺りを見回したし、枝に成った果物を下に落としてくれたし、人間相手でなければおれの次くらいには戦力にもなったし、ニィの知識と協力してネズミたちが渡れない川に橋を掛けたりもした。もちろん、不承不承ながらおれも手伝ってやったぞ。

 ま、こういうのを“役割”っていうんだろうな。ボーヤンが居なきゃ今頃は、空から見下ろせるツバメをスカウトしなきゃならなかっただろう。そういえば、最近は良くツバメを見かける。何でだ? まあいいか。

 かつてネズミを追いかける癖がおれにはあったが、味は好みじゃない。おれの好物は鳥だ。そうならなくて良かったよ。


 さて、おれたち『シルク・ドゥ・スクィーク』は野を越え山越え森越えて、いよいよ影のない国とやらにやって来たって訳だ。

 “国”とは呼ばれてはいるが、実際に影のない範囲は町ひとつ分程度だ。動物たちの言語の訛りがおれたちの住んでいたところとは違うから国と呼ばれたらしい。人間の括りでいうなら、ただの辺境の町のひとつなのだとか。

 影が見えない原因としては考えらえるのは三つだ。

 ひとつは影が闇に溶けて見えないから。

 ひとつは魔法猫で影を持たないから。

 そして、明るすぎて影すらできないからだ。

 おそらくこの国は、その三番目が原因で影のない国と呼ばれている。

 もっとも、何故これだけ明るいのか、その理由は不明だが。

 ひとつ言えることは、その国はとにかく眩しくて暮らし難そうだってことくらいだな。

 ネズミたちも元々暗がりが得意な連中だし、到着するなりこの国の環境にチューチュー文句を垂れていたようだ。

 ただ、意外なことに、ここは町だの国だのいうだけあって、人間の巣の塊なんだが、その当の人間たちがえらく、元気がないというか、疲れているように見えた。

 ぼんやりとしてふらふらとして……。何だろうな? 酔っぱらっている訳でもないようだし。ニィも首を傾げていた。

 そのおかげか分からないが、その国に暮らす野良の動物たちは割と元気で活発で、人間から飯も掠め放題だからか、ネズミと猫もそれほど仲が悪いようではなかった。

 おれたちが頼らなきゃならないはずの闇がまったく無くっても生きていけるってのは便利だ。これはニィじゃなくってもこの国に来て正解だった気がするぜ。


 もちろん、影のない国でのんびりやってて暇な連中にはサーカスが大ウケだ。

『シルク・ドゥ・スクィーク』は本日の公演も満員御礼!

 おれはネズミに使われるふりをしてケンピとともに猛獣の役をやり、ボーヤンとともに軽業を披露した。サーカスでは新入りのほうだが、役割は意外と多いんだぜ。

 あー、そうそうニィも通訳猫として名を馳せた。大人気大人気。


 さて、そのニィだが……。

 確かにこの国の動物たちは穏やかで、人間たちは大人しいし、影についても気にしなくていい訳だから、奴にとっても天国になるはずだったのだが、どうも様子が変だった。

 おれは奴がご機嫌になった頃合いを見て読心の魔法のことをばらしたり、それをちらつかせて愉しむつもりだったのだが、奴はご機嫌どころかすでに魔法をばらされたかの如く意気消沈していた。

 ニィは何も語らなかった。次第にこの国の人間よろしく、ぼんやりしてふらふらするようになった。

 ……どうして奴は元気が無くなったのやらね?

 言っとくが心配なんてしてないぞ。これじゃ張り合いが無いだろうが。何のためについてきたかも分らんし。

 それに何より、おれの心を盗み見るくせに自分は何も話さないっていう態度が気に入らなかった。

 この思考だって、奴には筒抜けのはずなのに。


 癪だが、本当に不本意だが、おれの本当の気持ちだって奴に伝わっている筈だった。


 ニィ、いったいどうしちまったんだよ……。


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