僕以外全員変身ヒロイン
きっと同じような設定の小説が既にあると思います。
某月某日━
僕たちの街に輝く星が降り注ぎ、ネコとかお気に入りのぬいぐるみがしゃべり出し、世界樹の種が芽吹き、かわいくデフォルメされた伝説上の生き物が顕現し、ふしぎな声が頭に響き、お姫様だった前世の記憶が蘇り、ふとしたことから巨大ロボに乗ることになり、妖怪が見えるようになり、魔力を秘めたタロットカードがその力を人間に託し、誰も知らない秘密の部屋がその扉を開いた━
老若男女問わず僕以外の全員が、それぞれそのような超自然的な体験をした、らしい━
某月某日━
僕はいつものように、セットした目覚まし時計が鳴る前にすでに待機していた幼馴染Aにおはようのちゅーで起こされ、妹Bが準備してくれていた朝食をいただき、洗面所では朝シャンしていた姉Cと鉢合わせ、玄関では「お兄ちゃん、お弁当忘れてるよ?まったくもう」と両親の都合から同居している従妹Dに呆れられ、家を出たところを近所のお姉さんEの車にはねられ、道路の角を曲がると委員長Fとごっつんこし、学校へ行く途中の電車では謎の美少女転校生Gと偶然隣の席となり、急な頭痛に襲われている下級生Hをやさしく介抱してやり、ギリギリで遅刻してしまったため閉められた門を同じ部活の友達Iと一緒に飛び越え、登校する。
遅刻してしまったために、当然担任の先生Jに「廊下に立ってなさーい」と水が入ったバケツを持たされたところを隣のクラスの天才少女Kに見られてしまい、「くすくすっ」と笑われ顔が赤くなったところを隣の席のツンデレ少女Lに白い目で見られ、同級生策士Mがわざとらしく落としたハンカチを拾ったついでに手と手が触れ合い、昼休みには頼んでもいないのに弁当を作ってくれた同級生Nと一緒に屋上でひと時を過ごし、午後の授業では居眠りをしていたために自分に当てられた問題がわからないところを恥ずかしがり屋の同級生Oがコショコショ声で助けてくれ、放課後は借りていた本を返すために訪れた図書館で眼鏡図書委員Pに会い、なぜかいつも一緒にいるQ、R、S、TそれからUが急に血相を変えてどこかへと走り去っていくところを目撃した。
帰宅後は楽しみだったアイドルVの歌番組を見ているところに電波系少女Wから意味深なメッセージが届き、くしゃみを三回した後(実は部活の後輩Xと幼稚園児時代この街に住んでいた幼馴染Yと両親の仕事の都合で海外生活中のZがそれぞれ僕のことを考えため息をもらしていた)、就寝する━
僕は主人公ではない。僕は彼ら彼女らの物語の登場人物だ。僕以外全員、誰にも言えない秘密があった。全員、変身ヒロインとして人知れず戦っているのだ。一般人の、つまりは僕の、日常を守るために━
━某月某日
彼女達は言い争っている。先ほど退治された怪人が、誰の手柄かはっきりしないのだ。手柄を上げることは彼女たちにとってとても重要である。怪人の魂とかエネルギーとかを集めることで、彼女らの願いが叶ったり、マスコットキャラの住まう妖精世界の平和が守られたり、失われた宝玉が戻ってきたりするのだ。
高い競争率の中、運よく怪人出現に居合わせたヒロインは5名。全員が「自分が倒したのだ」と主張している。
誰が怪人を倒したのか。結論は結局出なかった。しかし変身ヒロインらしく、彼女達は恋愛で決着をつけることとなった。意中の相手を一番先に篭絡した者が、怪人を倒した手柄を頂く権利を得るのだ。ちなみに意中の相手とは必ずしも僕のことではない。もちろん僕が意中の相手であることもあろう。しかし中には「変身ヒロインのことが好きな変身ヒロイン」もいるのである。
ところで興味深いのは、彼女達の証言が根本から異なっていることである。みな、「何を」退治したのか、その証言が異なっている。変身巫女ヒロイン幼馴染Aは「悪霊」を退治したと言っている。謎の美少女転校生その正体は変身ミニスカ宇宙ポリスGは「組織」の手先を排除したと言っている。変身図書館ヒロイン眼鏡図書委員Pは「作者を死に至らしめる読者の欲望」を、変身電波ヒロイン電波系少女Wは「白装束集団の残党」を、変身料理ヒロインXは現代人の敵「コレステロール怪人」を、相手にしていたと言っている。
みな同じ怪人と戦っていたはずである。彼女達は、どうやら同じ街に住んではいても違う世界に住んでいるようである。
━某月某日
僕は嫌がらせを受けている。僕以外の全員から。
考えてみれば当然のことだ。彼女達は怪人を倒さなければならない。怪人を倒すことで彼女らの願いが叶ったり、マスコットキャラの住まう妖精世界の平和が守られたり、失われた宝玉が戻ってきたりするのだ。怪人がいなければ物語にならない。
では怪人はどのようにして街に現れるか。一般市民の負の感情をエネルギーとして現れる。平和な街に住む一般市民の怒りとかストレスとか、失恋とか嫉妬とかの負のエネルギーを自らに取り込んだり増大させることで顕現する。怪人にとって一般市民の負の感情は必須なのである。
では一般市民とは誰か。僕だ。この街に、一般市民は僕しかいない。僕だけが、僕の負の感情だけが、怪人を呼び寄せることができる━
「僕の負の感情をいかに効率的に作り出すか」
それが彼女らにとって目下のところ最重要課題である。幼馴染Aは先日僕と恋仲となったが、失恋の悲しみを植え付けるために突然別れを告げてきた。優しかった妹B姉C従妹Dには急に反抗期が訪れ、お姉さんEはいつものように車で僕を轢く。道路の角でごっつんこした委員長Fは僕を見るなり「臭い…」と言い捨てる。電車で隣の席になった謎の美少女転校生Gは僕が痴漢したと宇宙警察に突き出す。下級生Hは僕を見るなり吐き気を訴え、部活の友達Iは僕のせいで遅刻したと教師に証言する。
かくして自然に貯められた負の感情は、怪人の餌となる。時に怪人は僕の負の感情を吸い取り、自ら出陣する。その場合僕は立っていられないほど体力を奪われ、その場に倒れこむ。そして怪人は偶然居合わせた変身ヒロインのうちの誰かに成敗される。
時に怪人は僕の負の感情を増大させ、僕を怪人化させる。その場合僕は偶然居合わせた変身ヒロインのうちの誰かに成敗される。結果、立っていられないほど体力を奪われ、その場に倒れこむ。
要するに僕は体力を奪われ、その場に倒れこむ。数日かかって元気を取り戻すと、また嫌がらせを受けて負の感情を爆発させらせる。
この街は負のサイクルの内にある。
━某月某日
僕以外の全員が突然消えた。
彼女達の僕へのいじめは苛烈を極めた。当初は負の感情を貯めるという目的の下に行われていたいじめであったが、しだいに目的と手段があいまいとなった。いつしか僕をいじめることが目的となった。ライバルの多い環境も影響したことだろう。競争原理と、目的を見失ったいじめ行為の末、彼女達自身が負の感情に目覚めてしまった。
そこを見逃す怪人ではない。怪人は、彼女達の負の感情から負の彼女達を生み出した。彼女達は今、精神世界かどこかで負の自分自身と戦っている。
僕は、彼女達が自分自身に打ち勝ち、愛とか正義とか友情に目覚めて成長し、帰ってくることを確信して待っている。僕にできること、それは、平和な街の一市民を演じることである。彼女達の物語の一部として━
━某月某日
全ての戦いが終わり、2か月が経った。
その日、僕たちの街にまたもや輝く星が降り注ぎ、色違いのネコとかお気に入りのぬいぐるみがしゃべり出し、対となる世界樹の種が芽吹き、かわいくデフォルメされた伝説上の生き物のライバルが顕現し、ふしぎな声が世界に響き、女王様になった前世の記憶が蘇り、巨大ロボの新型が開発され、幽霊が見えるようになり、魔力を秘めたトランプカードがその力を人間に託し、秘密の監獄から悪魔が逃げ出した━
僕以外の全員に、新たな仲間が加わり、新たな敵が現れた━
セカンドシーズンが始まる━
以下繰り返し━