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【君 〜kimi〜】

作者: 佐藤つかさ

「きみが好きなの」




 俺の言葉に、彼女はきょとんとした顔になる。



「何て言ったの?」

「や。好きって言ったけど」

「その前だってば。何が?」

「きみが」

「きみ?」

「うん。黄身きみ

「え?」

「だから、卵の黄身きみ

「…………?」

「目玉焼き」


 左手におわん。右手にお箸を持ったまま、俺は答える。

 食卓の向こうで、彼女はどこかがっかり(?)とした顔になる。


「……? どうしたんだよ?」

「別に。さとるになんか、わたしの気持ちわかんないよ」

「お前な……。俺、いちおう年上なんですけど」

「うるさい黙れ!」

「まさか、部活でも先輩にそんな態度とってるんじゃないだろうな? そんなじゃ苛められるぞ?」

「うるっさいバーカ!」

「…………」


 完全に怒りのはけ口にされている。


 まあ、こういうのはほっとけば直るだろう。

 俺はのんびりと目玉焼きをはしで突っつくことにした。




「だいたいさぁ……」

 彼女が、俺をにらみながらぼやく。


「何で目玉焼きなのよ? 今7時だよ?」

「いい時間じゃん」

「夜の7時なんですけど?」

「あ、天気予報終わってるな」

「話そらすな!」


駄目いやか? 目玉焼き?」

「夜に食べるものじゃないじゃん」

「そうは言うがなぁ……。お前、俺が来なかったら何食う気だったんだよ?」


 たずねてみると、彼女は俺の目を見てはっきりと、


「ブドウ糖とドコサヘキサエン酸とカルシウムとクエン酸とマグネシウムとアミノ酸とアルプチン」


 一息で、ものの見事に言い切ってミせた。




 …………。

 熱いスープをすするのも忘れて、俺は呆然としてしまう。



「……つまり?」

「軽めにサプリメント」

「軽めに30錠摂取せっしゅ!?」


 思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまう俺。

 いや、いくらなんでもこんなケミカルな珍味はいかんだろう。


 そんな俺とは違う基準を持っているのか、彼女はむしろ困ったように顔をゆがめている。

「い……いいじゃない。ちゃんと栄養ってるんだから」

「補助食じゃなくて主食食べなさいよ!」


「だからって、目玉焼き?」

 食卓をにらむ彼女の顔は、露骨ろこつなまでに嫌そうだ。

「ほかにもあるだろ? 厚焼き玉子にたまごスープに……。あと、デザートもあるぞ。ゆで卵」

「何でたんぱく質オンリーなの?」

「栄養つくだろ? お前も食えよ。卵の黄身きみ

さとるがご飯作ってくれるなんて、気味きみ悪いよ」


「お前が風邪かぜ気味ぎみだからいけないんだろ?」

「ぐ。」

 ようやく、彼女が始めて弱気を見せる。

 それに肌は少し熱っぽいし、目の焦点もうつろだ。

 多分、明日の学校は休みだろう。

「……ったく、高校生のくせに一人暮らしなんかしてるから、こんなことになるんだよ」

「ちょっとバイトで残業しただけだってば」

「いつ?」

「三日前」

「何時間」

「6時間」

「何時に帰ったの?」

「朝の5時」

きみが悪い」

「……返す言葉もありません」


 まったく持って情けない。

 やれやれと、俺はため息をつきながら飲み物を出してやった。


「……何これ?」

「たまご酒。風邪にはこれが一番だ」

「……こんなの効くの?」

「家庭科の教師を信じろ」

「……わかった」

 意外としおらしく、彼女はマグカップを手にして口に運ぶ。

 少し手が震えているので、俺が体を支えて、マグカップを少しずつ傾けてやる。

 んくんくと、熱っぽい栄養源がのどを通っていく音が、支える手の平から伝わってくる。



「飲んだか?」

「うん」


「よし。だったらもう寝ろ。あとは俺が片してやるから……」

さとる……」

「何だよ?」



「お風呂入りたい」



「はあ?」

 何を言うかこの子は。


 思わずそんな悪態が口を出そうになったが、大人のプライドがそれを許さない。 

 俺は口にチャックを入れて、悪態を腹の底に封じこめる。あとでゴミ箱に捨てておこう。


「お風呂って、お前ふらついてるだろ。そんなんじゃ石鹸で滑って、まっの死体と恥さらす気か?」

「…………」

 しばし考えて、彼女はつぶやいた。

「じゃあ、さとるが洗って」


 …………。

 今度こそ、俺は何も言えなくなった。

 え? 今何て言った?


「……洗ってよ」

 弱々しい声で、しかし過激なおねだりをしてくる女の声。


 何ですかこれ? 何かの試練ですか神様? それとも悪魔の罰ゲームですか?

 もうヤだよめんどくさいよ早く帰りたい。

 

「あ――も――……。しょーがねえなあ……」

 俺はぼやいて、腹をえる。


れた弱みだ畜生ちくしょう


 ほとんど力の入らない彼女の体を持ち上げて、どうにか立たせる。


 これから風呂場で彼女の服を脱がして、手取り足とりで体を洗ってやって、体を拭いてやるわけだ。

 赤ん坊や老人ならともかく、何で15の小娘にそんな世話をせにゃならんのだ。なんかおかしいだろ? めんどくさい。


「発情したら殺すからね……」


 じゃあいっそ帰ろうかなとも思うのだが、そうしたらきっと泣くだろうから何も言わないでおく。年頃の子供は大変だ。

「教師に言うセリフかなぁ……」

「教え子を恋人にしたロリコンに言われたくないわよ」


 立場的には、ストーカーに口説き落とされた被害者側なのだが……多分怒るだろうから、やはり何も言わないでおく。口は災いの元。



「ヘンなことしないでよね」

「髪の毛しか生えてないような子供が何言ってんの」

「生えてるわよ。下だって……」

「…………」

「ちょっとだけだけど……」

「…………。楽しみにしとくよ」

「――! ……バカ」




 いろいろと苦労しそうだけど……ま、仕方ないかと俺は覚悟を決めていた。





 だって、ねえ……。


 きみが好きなの。



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続きはこちら。
【靴 〜Kutsu〜】

― 新着の感想 ―
[一言] 何だかのほほんな恋愛模様が読んでて楽しかったです。サプリ中心な彼女の食生活も然る事ながら、彼氏の卵攻めもいかがな物かという愉快さと、ちょっぴり子供と冷静な大人のカップルの設定が思いのほか和み…
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