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プロローグ

 西暦二〇××年×月×日。


 僕は死んだ。


 俗に異世界に旅立つ装置、とも言われている軽トラックに轢かれて。



 痛かったかどうかも覚えていない。


 即死だった。


 その死んだはずの僕は真っ暗闇の空間に膝を抱えて座り込んでいた。



 ここは地獄か?


 天国にしては殺風景すぎるのでそう思う以外なかった。


 特別善人、というわけではないけれど、地獄に落ちるような極悪人でもないはずなのに。



 そんなことを考えていたら陽気に声をかけられた。


「ハロー」


 そう言いながら、禿げ頭にヒゲの老人が僕に向かって片手を上げている。


「あなたはどなたですか?」


 死後のお約束として僕は尋ねる。


「ワシか? ワシは神じゃ」


 予想していた通りの答えが返ってくる。


 まるでよくあるラノベのテンプレじゃないか。


「いやー、お前さん、本当は死ぬ予定じゃなかったのに何かの手違いで死んでしまったみたいじゃの。メンゴメンゴ」


 ノリの軽い神様だった。


「そうですか」


 心底どうでも良かった僕は投げやりに答えた。


「怒らんのじゃな?」


「別にいいですよ。生きてたっていいことなんて何もありませんでしたから」


「お前さんを生き返らすことはできんが、別の世界で新たな生を受けて人生やり直させてやることはできる。その気はあるかの?」


「必要ありません。どうせ生きてたっていいことなんて何もないんですから」


 そう即答する。


「冷めとるのう。最近の若者じゃのう」


 僕の返答にそんな返しをしてくる。


 やたらと俗っぽい神様だった。


 そこらのお年寄りとしゃべってるのとまるで変わらない。


「まあそう言わんで。前世ではいいことがなかった分、来世では優遇してやるから」


「本当ですか?」


「ああ、本当だとも。神様はミスはするがウソはつかんのじゃ」


 目の前の神様が有能かどうかは僕にはわからない。


 ただ、どこをどう見ても悪い人には見えなかった。


 だから、その言葉を信じてみることにする。


「じゃあ、お願いします」


「いい返事じゃ。若者はそうでなくちゃいかん」


 満足げに神様は言った。


「で、どんな世界に行きたいんじゃ?」


「そうですね……」


 神様の言葉を受けて僕は考えた。


 そして。


「文明レベルがうんと低い世界がいいですね。僕が何をしてもいちいちマンセーしてもらえるような」


 その答えを導き出した。


「別段特別なことをせんでも、異様にちやほやされるのは異世界転生ものの基本じゃからのう」


 やたらラノベ周りの事情に詳しいぞ、この神様。


 まあ、話が早くて助かるけど。


「ただ、あんまり文明レベルが低いと大変じゃぞ? 極端な話、ケツを拭くトイレットペーパーもない、と言えば理解してもらえるじゃろうか」


「そうですね……」


 神様の言う通りだ。


 現代日本社会のような環境は望むべくもない。


「じゃからの」


「はい」


「お前さんが提案したら、即反映させるようにしておこう。面倒な材料集めや工作なんかはナシじゃ」


「助かります」


 なんだ。


 有能じゃないか、この神様。


 まさに至せり尽くせりだ。


「記憶はそのままじゃからの。十何年も成長するまで待つのももどかしかろう。今の姿のままで転生させちゃろう。そういった意味では『転生』というより『転移』に近いの」


「外見は変えられないんですか?」


 どうせ転生させてもらえるのなら、イケメンにして欲しいんだけど。


「時間がかかってもええんならええよ。ただ、外見のために十何年も自由に動けるようになるまで待てるかいの? それだけは神の力をもってもどうにもならん」


「どうにかなりませんか?」


「容姿云々、というか、要は女子おなごにモテりゃええんじゃろ?」


「はい」


「なら、話は簡単じゃ」


 神様は言う。


「イケメンとかいう概念もない世界じゃからの。『お前さんの容姿を最上級のイケメン』に設定すれば、お前さんが世界で一番のイケメンじゃ。モテるとかモテないのレベルじゃないぞい」


 その言葉を受けて、容姿に関しては妥協することにした。


 さすがに年単位で待つのは無理だ。


 しかも、それが十年以上。


 懸念がなくなった今、駄々をこねる必要はない。


「覚悟は決まったかいの?」


「はい」


「ええ返事じゃ。ほなら、ええ来世を」


 それだけ言うと神様はポ〇ル牧が指パッチンするように、指を弾いた。


 気がつくと、僕は動物の巣のような場所にたたずんでいた。


 確かに文明レベルがうんと低い世界、とはリクエストしたけど、想像以上にひどかった。


 人々は服を着ておらず、老若男女問わず、どこもかしこも丸出しだ。


 彼らにこの世界で唯一の知識人である僕が「文明」というものを教えてやらねばなるまい。


 使命感に駆られ、僕は口を開いた。


「なんで皆さんしゃべらないんですか? まずしゃべるところから始めてみませんか?」


 僕はそう提案した。


「なんて聡明な少年だ。言語なんて高尚なもの、誰も思いつかなかった!」


「天才よ! 天才が現れたわ!!」


 僕の言葉を受けて人々が言葉を口にし始める。


 神様の恩恵は利いているようだ。


「四足歩行も良くないですよ。動物じゃないんですから」


 僕がそう言うや否や、人々が二足歩行を始める。


「歩き易い! なんて画期的な提案なんだ!」


「今まで四本足で歩いていたのが馬鹿みたいだわ!」


 人々が口をそろえて僕の承認欲求を満たしてくれる。


 これだ。


 特別な理由のない過剰なマンセー。


 これが異世界転生の醍醐味だ。


 僕はスラムダ〇クのフクちゃんのように、喜びでふるふる、と震えた。


「服も着ましょう。さすがに色々ブラブラさせてるのは全年齢対象だと問題ありますから」


 若くてきれいな女の人がブラブラさせてるのは気にならない、いや、別の意味で気になるけれど、男は年齢を問わずブラブラさせているのは不快以外何物でもない。


 そう思い、提案した。


 すると、さっきと同じように人々がいつの間にか服を身にまとっていた。


「これが服か。なんて素晴らしいんだ!」


「寒い日は不満だったけど、これでそんなのも気にならないわ!」


「オシャレする楽しみのできたわね」


「村人全員でこの天才をもてなす用意をして差し上げろ!」


 再び盛大にマンセーされる。


 彼らにとって僕は神に等しい存在なのだろう。


 こうして僕はほんの少しの時間の間にこの世界の文明レベルを飛躍的に、それこそ何千年レベルで引き上げたのだった。

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