第6話 高校1年生 冬
外は雪が降っている。帰りの学活中、俺は窓の外を眺めていた。窓は白く曇り、結露していた。手で拭い、外が良く見えるようにさらに小さい窓を作る。拭った手は水滴で濡れびしょびしょだ。ハンカチで濡れた手を拭きながら校庭に目を向ける。早く学活が終わったのだろうか。登校バックをからった生徒、2、3人が雪を投げあっていた。
いや〜寒そう...。
「じゃあ号令。」坂本先生が終礼をうながす。
「起立、礼。」
「さようなら。」文化祭が終わってからほぼ全員が挨拶をするようになった。いい事だ。
「光輝は...、もう部活行ったか...。」光輝のロッカーには何も入っていない。よし俺もいこうかな。
「奏〜、行くよ〜!」登校バックをからい、廊下から俺を呼んだのは瑞希だ。そうだ早くしないと。
「ああ、今行く!」
「ただでさえ帰りの学活が終わるのおそいんだから、先に準備しとかないと!」
俺はまるでゴミ箱に捨てるような適当さでバックに机の中の教材を入れる。準備を終えた俺は廊下へとかけていく。
「冬だから下校時刻が少し早まるのよ。今度からもっと早く準備終わらせといて!」部活に関しては俺が途中から入部したため、瑞希の方が立場が上である。
「はい...」
冬はあまり好きではない。寒いという理由はもちろんのこと、日照時間が短いというのが一番の理由だ。廊下の窓からは、まだ3時30分だというのにオレンジ色の光が差し込んでいる。6時にもなるともう夜である。ここは片田舎の高校。駅までの道のりは長く、街頭もない。真っ暗闇である。足を外せば田んぼに落ちる。そのため懐中電灯は必須アイテムとなった。『いつの時代の人だよ』とつっこまれそうだが事実である。光を発するものが星と駅ぐらいしかないため、遠くから見ると駅が浮遊しているように見える。
まるで『銀河鉄道』だ。
俺たちは本館の教室から、南館の音楽室まで移動し、いつものように音楽室の扉の前に荷物を並べる。既に30個近くのバックが並べられていた。ちなみに部員は45名である。
「なんだ。まだ大丈夫じゃん。」
「そうゆう問題じゃないの!ほら行くよ。」
瑞希を先頭にドアを開け教室へと入る。
「失礼します!」と声を合わせていうと。
「こんにちは!」とほかの部員がいう。
「あなた達遅いわよ!」現部長の稲垣先輩である。
「すみません、帰り学活が終わるのが遅くて...」
「あなた達の担任の先生は?」
「坂本先生です。」俺が答える。なんで聞くのだろうか?先生にクレームをつけるつもりなのだろうか。
「ああ、あのサッチーね!」
ん?
「あの人ほんとに話長いから。困っちゃうわよね。」『うふふ』と上品な笑顔を向けながら喋り出した。どうやら怒ってはいないようだ。俺たちは安堵のため息を吐く。
「まだ全体練習は始まってないわよ。適当に個人練しといて。」バックにまるでバラが写っているような錯覚におちいる笑顔である。
俺が見とれていると「鼻の下伸びてるよ」と瑞希に指摘された。
「さーて始めるか〜。」
「いいよ。合わせる?」
「瑞希下手だからなぁ。」
そう言って譜面台に楽譜を開き、お互いの楽器を構える。目で合図をし、楽器に息を吹き込む。そう、“息を吹き込む”のだ...。
命を宿した楽器たちは、時には楽しそうに、時には悲しそうにメロディを奏でる。音楽室、ほかの部員が同じように自主練をする中、2人の演奏はひときわ目立った。部員の練習する手が止まり、視線が集まる。『メロディの魔術師』...今思い返しても馬鹿げた異名だが、その異名を持つサックス奏者、そしてこの強豪吹奏楽部の期待のルーキー高橋瑞希。この2人が演奏すれば、路上で演奏してもたくさんの人が足を止めるだろう。
「さぁ、全体練習にしましょう。」
パンパンっと手を叩き、ざわざわしていた音楽室内を統一された場所へと変える。空気が変わっていくのがわかる。ほんとに部長さんはすごい人だ。
俺たちはサックスの決められた立ち位置へと移動し、譜面台に楽譜を広げる。
ほとんどの部員が同じように定位置につく。
部長は前の指揮台に乗り、全体を見渡す。
「それじゃあGの9小節目から...。」
部長が言ったと同時に周りから紙をめくる音が聞こえる。
「でははじめます…。」
いっせいに息を吸う音が聞こえた…。