第2話 高校1年生 春②
キーンコーンカーンコーン
「はい、じゃあ号令。」英語の坊主頭の先生が生徒に呼びかける。
「起立。礼。」号令係の生徒は適当に済ませ、全員やる気のない声で「ありがとうございました。」と言う。そしてほとんどの生徒が机に突っ伏して寝始めた。お前ら授業中も寝てたろ。はぁ、なるほど、これが自称進学校か。
そりゃそうだ。こんな田舎の高校からじゃ、そう何人も超有名大学なんて入れるわけがない。授業はしっかりしているが設備が整っていない。この校舎は木造だ。梅雨のこの時期には大打撃を受ける。湿気がひどく雨漏りも大変だ。生徒会が色々と奮闘し学校の改良化を計っているらしいが無理だろう。何しろ金がないらしい。もちろんいいところもある。それは部活がとても活発だというとこ。野球部を始め、サッカー、陸上、バスケなど運動部のほとんどが過去に全国大会に出場している。そして何より吹奏楽部が強い。文化部に強いという表現があっているかわからないが、ほとんど毎年全国マーチングコンテストで金賞をとっており、過去に出た甲子園では応援賞を受賞した。
部活が充実しているからか生徒は馬鹿なことは一切しない。先生に対しても陰口は言うこともあるが反抗はしない。だからだろうか。この高校に入りたがる中学生は多い。
「かっなで~。」俺が席に座って携帯をピコピコしていると1人の女子が邪魔するようにやってきて、一つ前の席に座った。
「よう、瑞希。」
ロングの黒髪を後ろでひとつ結びにし、スカート短めのこいつの名前は高橋瑞希という。
吹奏楽部に所属しており、1年の中でもトップクラスの実力らしい。ちなみにサックス奏者だ。
「今日どっか行かない?」
「わりぃ、今日はあれだ。えーっと…光輝と街に出る。」
「ええ〜、じゃあ私も連れてってよ。」
「それは...光輝にき..」
「いいよ。来てよ。」お前いつからそこにいた。俺の後ろから光輝がひょっこり顔を出す。
「光輝もいいって言ってるし、一緒に行くか。」
「えっ、いいの?」
「当たり前でしょ!それを奏は『ダメ』って言ったんですかい?」
「お前、俺を悪者扱いしたいのか?俺は光輝と話してから決めようと思っていただけで...。」
「そうなんだよ光輝〜、奏が『お前は邪魔だから来んな!』って」瑞希がニヤニヤしながら言った。
「いや〜、サイテーだな」光輝もケラケラ笑っている。
「お前らぶっ飛ばすぞ…」
結局瑞希も参加し騒ぎ立ててる。全く、楽しそうだなおい。
俺らがいるのは、よく光輝と一緒に遊びに行く少し都会の街だ。夏が近いからだろうか、もう5:40ぐらいなのに空が明るい。オレンジ色の光に照らされるビルは、まるで燃えているように見える。思えば空が狭くなった。幼い時からこの街を知っているが、その時にはまだ、空を見上げれば自分の小ささを感じられた。車通りも多くなり、子供が遊べる場所が少なくなった。道行く人は地面ばっか見て歩いている。
これが「都市開発」ってやつか。
俺らは駅前のでっかい横断歩道を渡り、正面の大きなデパートに入る。車の走る騒音が、ガヤガヤといった人の騒音へと切り替わる。光輝と瑞希は何やら地図を取り出し悩み始める。
「で?、結局光輝。何しに俺を呼び出した?」
「ああ〜、楽器選び〜。」ん...?
「お前、なんか楽器始めんの?」
「違う違う〜。」
「えっ?楽器経験者の俺と瑞希にアドバイスを求めに...」
「奏の、でしょ?」瑞希がニコニコしながら言う。
「俺の?」
「そう!お前に吹奏楽部に入ってもらう!」
「はぁ〜?」
「私からもお願い!」
「はぁ〜!?」
「お前がやってくれたらもっと高校生活が楽しくなるんじゃないかと思うんだ。」何言ってんだ。
「それは光輝へのメリットだけで、俺には何も...。」
「いいやお前もだ。」これまでヘラヘラしていた光輝の顔がキリッとなった。こいつ、こんな顔もできたのか...。野球やってる時もこんな顔なのだろうか。
「俺の...?」
「近頃のお前はどこか上の空でつまんなそうだ。」
「えっ。」
「近頃ボケーっと窓の外ばっか見てやがる。」
「別にいいじゃねーか。」
「いいや良くない。近頃は無理して笑ってるだろ。」
「いや、まぁ...。」
「だから一緒にやろう!部活!」
「そうよ!そして夢を叶えましょ!」
「は?夢?」
「吹奏楽部と野球部の夢っつったら...」
「??」
一息おいて光輝はニコッと笑い、言った。
「甲子園しかねーだろ!」
チリンチリン♪
「おおー、いらっしゃい。」
「こんちわ。」
「おっ、今日はひとりじゃないんだねぇ。」
後からついてきた光輝と瑞希もキョロキョロしながら入ってきた。
「はぁ〜、おしゃれな店だな〜。」光輝はこういうところに来るのが初めてらしい。少し緊張してるようだ。
「お前ら挨拶。」
「あっ、こんちわ。」
「こんにちわ。」
「はい、いらっしゃい。」
今日はいつものカウンターではなく四人席に座った。
「で?俺の楽器を選びに来たはいいんだが、俺はもう楽器は持ってる。」
「えっ?」
「当たり前だろ。中学の時やってたんだから。」
「えっ、奏、中学の時吹奏楽やってたの?」ああそうか、瑞希には説明してなかったからな。
「おう、そうだぞ。」
「じゃあ初心者入部ではないのね。」瑞希はそう言って少し怪訝そうな顔をし、ピタッと動きを止め俺をじっと見た。
「フルネームで言ってみて、名前。」どうしたんだろうか。俺は不思議に思いながらも答える。
「倉木 奏です...。」そういうと瑞希は目を見開き大声を出す。
「なっ、あなたってあの全国アンサンブルコンテスト銀賞の!?」そこで瑞希は1度息を置き、胸をなでおろし落ち着いた口調で言う。
「メロディーの魔術師、倉木...奏...さん...?」
「はぁ〜。」俺はその馬鹿げた異名に頭を抱えた。こいつは知ってたのか…。過去に雑誌で取り上げられた時の記事に書かれていた見出しだ。
「やっぱりそうだったのね!」瑞希を見る。そしてその異名に憧れるようなキラキラした目でこちらを見る光輝と目が合い、もう1度頭を抱えた。
「お前すげぇな!」お前は変なところで感心してんだろ。
「奏くんすごいね!」マスターまで...。いつから聞いていたのやら。
「おいおいやめろよな。部活入るのやめるぞ。」
「なんでなんでなんで!?」
「そのあだ名みたいなの嫌いなんだよ。」
「なんで!?カッコイイじゃんか!」
「おめーは黙ってろ。」
「ダメよ!光輝君!ここは…ねっ?」なんかよくわからない合図で光輝を落ち着かせた。お前らどこで打合せしてきたんだよ。
「ごめん奏!もう言わないから入って!」
「私からもお願い!」そう言って光輝と瑞希は頭を下げる。
はぁ〜、まぁ確かにこいつらが言うのもわかる。近頃の俺は夢見た高校生活があまりに思っていたものと違ってつまらなかったのだ。そしてこんなになって頼むこいつらは俺のためを思ってお願いしているのだ。
部活か...いいかもな...
「い...ぞ。」
「えっ?」
「今なんて...」
「いいぞ...。」
少しの沈黙...。
カチッカチッ
2回ほど振り子時計の音が聞こえた。
「言ったな!」光輝が叫び。
「やったー!!!」瑞希が飛び跳ねる。
わぁー!!
3人しかいない店内に歓声が起こる。まったくもってこいつらはうるさい。せっかくの雰囲気のいい店なのに…。
ああ、マスターまで一緒になってハイタッチなんかして...。
............でも...。
こんなに喜んでくれるのか…。第三者の視点からこの風景を見てみると、俺は結構幸せものかもしれない。
「絶対行こうな!甲子園!」光輝が言う。無邪気すぎる笑顔に過去の闇がすべて奪い去られていくような、そんな感覚になった。俺にも思わず笑みがこぼれる。
久しぶりの感覚だ。中学の頃、部活に打ち込んでいた自分を思い出す。
光輝が手を差し伸べた。その手は太く、強そうに見える。どこまでも引っ張ってくれそうな、力を与えてくれそうな手だ。
そして俺はその手をしっかりと強く握る。
「おう!」
思ってたよりも大きく声が出た。ああ、俺もこいつのように熱くなれるのだろうか。
見てるか?過去の自分。
案外仲間というもんはいいものだぞ。
あの日、俺がサックスをやめた日。
ここでなら...。そう思えた。
机には冷めてしまったコーヒー。大通りから外れた小さな喫茶店。
そう、ここからすべてが始まった...。
色々と遅れてすみません。
一話ごとの分量を前より多くしたのでこれからもこのくらいのペースになってしまうと思います。