第1話 高校1年生 春
ドクンッドクンッドクンッ
心臓が耳元で鳴り響く感覚に襲われるほどに緊張していた。目の前にあるのは四桁の数字が大量に並ぶ大きな掲示板。俺はそこに張り出されている数字を上から順に見ていく。周りも俺と同じ境遇だろう。制服に身を包み、片手に受験番号を携え、汗を握る。周りには喜んでる者。悲しいのか嬉しいのかわからないが泣く者。落ちたのだろう、足早に帰る者。いろんな人がいる。ちなみに俺の番号は2121。よし2100まで行った。2104。2107。2111。2113。2115。2116。2118。2119。2121...。
「あった!あったあった!」そう叫んだのは俺の隣の坊主頭。くそ、俺が言おうとしてたのに。先を越された。なにも言わないのもあれなので
「あった...。」と小さい声で呟いといた。
すると「おおっ!お前も合格したのか!」なんだこいつ。
「実は俺もなんだ!よろしくな!」無理やり手を取られ握手を交わした。
「お、おう...。」
これが俺と光輝の出会いだった。
光輝はとても良い奴だった。坊主から連想できるが野球部に入部し、男女問わずモテる。勉強は野球部の割にはできるやつで馬鹿ではない。入学してからというもの移動教室の際にはいつも二人で移動する。
「なぁ、奏は部活入んないの?」歩きながら喋る。
「ああ。俺は入んないぞ。」
「なんで?」
「だるいから。」
「ふーん。....趣味とかねーの?」
「楽器が少々...」
「えっ、すげぇじゃん!なんの楽器?」
「サックスかな。」
「じゃあお前、吹奏楽入ればいいじゃん!」
「うーん...」ふと窓の外を見る。
2階からでも遠くまで見渡せる高台にある高校で、なかなかの眺めである。ここは片田舎の田園風景広がる町にある高校だ。この町の周りは山で囲まれており夏になるとセミの大合唱、秋の夜は虫たちの演奏会、冬には白銀の世界の中、降り積もる雪の足音が楽しめる。
部活には入らない。俺はあんな経験はもうしたくない。サックスはもう吹かないとあの日に決めたんだ。
「考えとくよ…」できるだけ期待させないような笑顔で答える。
「おう!!」
「なんで俺に部活してほしいんだよ。」
「い、いや〜、なんか...」
「なんかなんだよ。」
「一緒に頑張れるものを、見つけたいってゆうか〜。」
「はぁ?」
「そうゆうのって青春だろ?」
ああ、なるほど。こいつは少年漫画のような高校生活を望んでいるのか。
「確かにな。」
人生約80年、何かと不幸なこの世の中で、せめて輝けるような経験をこれからの3年間でしてみたいという考えは自分も同じだ。光輝といれば少しは楽しい日々を送れるかもな。部活に入るかはまだ考え中だけど。
俺と光輝が出会ってからというものの、何かと楽しく過ごしている。テストの時はお互いの家に出向き、教え合う...いや俺が一方的に教えるような仲となった。
「なぁ、奏〜。」
「なんだよ気持ち悪ぃな。」
「どっか遊びに行こ。」
「はぁ?この間ゲーセン行ったばっかじゃねーか!」
「そんな事言うなよ〜。部活が近頃オフが多くて暇なんだよ。」
「あの野球部がオフ!?何があったんだよ。」
「コーチのお母さんの方だったっけな?体が悪いみたいで、いつ死んでもおかしくない位の危篤状態だとよ。」
「ああ〜、そりゃ仕方ねぇわ。」
「だろ?だから遊びに...」
「今日はわりぃ、用事があんだ。」
「なにぃ!私とその用事どっちが大事なの〜?」光輝が体をくねらせながら俺に詰め寄る。
「ああ!だから気持ち悪ぃって!!」俺は光輝を避けて距離をおく。
「とにかく今日は無理だかんな!」
「いけずぅ〜。」
「わぁぁっ!」追いかけてきた!逃げよっ。
教室のドアを勢いよく開け廊下をかける。足音と笑い声が廊下中に響いていた。
今日は火曜日だ。毎週この日になると俺は途中の駅で降りて寄り道をする。光輝とはじめて遊んだ時に降りた駅だ。俺らが通う高校の最寄りとは全くの別世界。言わば都会だ。夕方5時。街には灯りがともりだし、ネオン街が顔を出す。商店街を歩けばパチンコ店の自動ドアが無造作に開き、騒音が耳を叩く。そしてこの前見つけた小さな喫茶店。大通りをいくつか抜けたところにある。隠れ家のような外観で、一見店だとは気づかない。
「はぁ、ついた…」
チリンチリン♪
ドアを開けると同時にコーヒーの匂いが漂う。アンティーク調に整えられた店内は柔らかい照明で照らされている。なかなかいい雰囲気だ。なのにいつも人がいない。前に来た時も誰もいなかった。外観がああなのも理由の一つだろうが口コミすら有名にならないのが不思議だ。
「おお、また来てくれたのかい。」
「ここのコーヒー美味しいですよ。」カウンターに座る。
「にしても何度目だい?」
「5回目ぐらいでしょうか。」
「5回も来てくれるお客さんなんて初めてだよ。まだまだやめられないねぇ。」
ここの店は今喋っているマスター1人だけで営んでいる。他に店員は見当たらない。マスターは気のいいおじいさんである。白髪をポマードでしっかりと固め、黒いメガネをかけている。金の腕時計が似合いそうな服装からは日頃からオシャレにしているのがわかる。
「で、ご注文は?」
「今日のおすすめお願いします。」
「かしこまりました。」ニコッと微笑み作業を始める。カチャカチャと食器と器具を棚から出しコーヒー豆を取り出す。さっきまで香っていたコーヒーの匂いがいっそう強くなる。
カチッカチッカチッカチッ
大きな振り子時計の音とマスターの作業する音だけが鳴り響く店内。落ち着いた雰囲気とコーヒー豆の香りが漂う。レトロな雑貨で敷き詰められた棚は中世ヨーロッパを思わせる。
「はいどうぞ。ジャワ・ロブスタだ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
熱いまま口に運ぶ。唇に液体が触れたと同時にすすり、入ってきた液体を舌の上で転がす。
うん、美味しい。
一息ついてボーッとしていた。壁にかけられたカレンダー。あれ?今年って…
「マスター。今年2018年ですよね。」
「うん。それが?」
「そのカレンダー...」
奏が指さすカレンダー。2019年と書かれていた。