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 「朝から俺の目が腐るような顔しないでくれねぇか。」

 「これが真顔なのだと言ったらお前はその額を床にこすりつけて泣き叫びながら謝ってくれるのかな?それともその軽い頭を文字の如く地面に突き刺さるような勢いで下げてくれるのかな?」

 「そんなことをするわけ、ねぇだろ。俺の頭は、お前にほいほいと下げられるほど軽くねぇぜ。お前にこの頭を下げるくらいなら、つやつや黒光りしてかさかさと動き回る、あの気持ち悪い虫に下げるね。」

 「結局、ゴキブリに頭を下げるほどにはお前の頭は軽いんじゃねぇか。」

 「うるせぇ、お前は人の揚げ足ばっかりとりやがって。俺が言いたかったのはなぁ、俺にとってお前の存在はゴキブリ以下なんだってことだ!」



 翌日、学校が始まる時間に余裕を持って家から出た僕は、一緒に登校している普段通り準備の遅い突咲のおかげで普段通り3分前とギリギリの時間に教室に滑り込んでいた。

 そして筆記用具を準備しようやく、というように一息ついた時に話しかけてきたのがこの男、可成滝良ーーーーかなるたきらーーーーなのである。

 彼にいたって、僕は説明をしたくないというのが本音なのだが、仕方がない。

 彼は、俗にいうイケメンだ。

 さらっさらの黒髪に、動物的なかおりを感じさせる、鋭い目付き。

 鼻筋は整っており、気の許した者だけと親しくするようなスタイルで彼の人間関係は非常に狭いなかで成り立っている。

 今現在で彼がこのクラス内で気を許すのは、僕と突咲だけなのではないだろうか。

 せまく深く、という人間関係の究極が彼なのだと言っても過言ではない。

 だがそういった、あまり人と接触したがらないという彼の性格は女子に萌え要素を与えるようで、彼の周りは常にアイドルのライブ中のような女子がいると思ってくれて構わない。

 学ランをはだけさせ、だらしなく着崩された制服も彼がすることによって更にかっこよさを際立たさせているだけで、その恰好はだらしなさよりちょい悪なヤンキーっぽい。

 そのくせ頭は良いし、しかも努力型だというのだから、それも萌え要素だ。

 まぁ、そんなぐあいには、男目から見ても彼はイケメンだ。

 全く僕の姉や突咲、この男といい、僕の近くには顔面偏差値が高い奴しかいないというのは、喜ばしいことなのだろうか、それとも比較されるという恐怖があると考えて妬むべきことなのだろうか。

 正直僕は、僕だけを見てくれる人が世界中には少なくとも一人はいると考えている楽観主義者なので喜びもしなければ妬みもしない、強いて言えばこいつらがいる、あぁ幸せ、みたいな頭が空な男だと言われても否定できない発想をしているので、どうとも思っていないのだが。

 というか、僕はよくチート属性だのなんだのといわれるが、顔がよく運動も得意、勉強もできる滝良のほうがよっぽど僕よりチート属性だ。



 「今日も遅刻ギリギリだなぁ、矛利サマ?学年1位と優秀な矛利サマは夜遅くまでお勉強ですかぁ?それとも、突咲と一緒にギリギリ登校でラブラブな姿を見せつけたかったんですかぁ?」

 「おいおい滝良、学年1位サマに向かってなんて無礼だよ。もっと弁えた言葉を使うべきなんじゃあないのか?あぁ、そっかごめん、2位の滝良にはそんな言葉は使えないし、そこまで頭が回らないか。何も詰まってない、カルイ頭なんだからな。」

 「あぁ?大体なんでお前みたいな基本的な勉強しかしない、一般的な少ねぇ勉強時間の奴が学年1位までのぼりつめられるんだ。俺みたいな努力型には不公平な世界だよなぁ、ったく。」

 「おいおい、僕が1位の座に常に着いていられるのは、僕を超える人がいないからじゃないか。早く僕を超えてくれても、構わないんだぜ?2位さん?」

 「いつか、俺に向かってそんな口を利けてたことを後悔させてやるよ。そう遠くない未来にな。」



 そう捨て台詞を残すと滝良は彼自身の席の窓際一番後ろという、僕が『教室の特等席』と呼ぶ場所へと戻っていった。

 僕の席、廊下側一番前とは真逆だな。

 滝良の言う通り、僕はもう少しもしたら彼に成績を抜かれるだろう。

 当たり前だ、僕の2倍以上滝良は努力をしているのだから。

 むしろ僕は抜かれないといけない。

 そうじゃないと、あまりに滝良がかわいそうだし、努力は報われないといけないとおばさんが僕に耳にたこができるほど言ってきた言葉に反してしまうから。

 僕がこの先滝良に抜かれて落ち込むことは、絶対にない。

 彼ほどの努力をしていない僕に、落ち込む権利なんてない。

 僕が滝良に抜かれたところで、僕はそうか、としか思わないだろう。

 僕は自分の成績に対してなぜだろう、他人事のように思っているところがある。

 今まで生きてきた人生、あまり勉強に苦を感じることがなかったからなのだろうか、理由はよくわからないけれど。

 でも、抜かれるのなら僕は誰よりも努力を知っているから、滝良に抜かれたい。

 『友に選ぶなら容姿の優れた者を、知人には性格の優れた者を、敵には知能の優れた者を』と、かつての詩人、オスカー・ワイルドは言葉を残した。

 僕がこの言葉を聞いて最初に思ったのは、友と知人は逆なんじゃないのか、という疑問だった。

 そしてその疑問は、自分のなかで未だに解決できていない。

 なぜなら、解決する手段がないからだ。

 滝良と僕が高校で初めて出会ったとき、彼は既に容姿、性格、知性の全てにおいて優れていた。

 そんな滝良を自分の友とするのか、知人として見るのか、はたまた敵という位置に定めるのか僕は迷ったけれど、気づけば彼は僕の友だった。

 だけれど僕は彼の『容姿が優れている』部分だけを見てとって友にしたのではない。

 もし彼の顔面偏差値が30未満でも、僕はおそらく彼を友にしただろう。

 僕は人を友にするのに容姿など、関係ないと思う。

 自分にあう性格ならば、誰が誰とでも友になれるのだ。

 偉人の言葉はなかなかに馬鹿にできないと聞くが、偉人の言葉に囚われて窮屈な人生をおくるなど、僕はしたくなかった。

 



 「だからさぁ、突咲はさっさと矛利と付き合っちまえばいいんだよ。それで万事解決。」

 「しねぇよ!?」

 昼休み、三人で輪になるようにくっつけた3つの机に各々座り、昼食をとっていた。

 3人の中で一番最初に出た言葉は、口を尖らせて不機嫌な突咲に向けた、滝良の言葉だった。

 突咲は右手で持ったおにぎりを頬張りながらも、左手に持った手紙ばかりを見、悩ましげに眉をひそめている。

 「っつか、あたしの何処に魅力を感じるの?お前ら男子だろ?教えろよ、一つずつ直していくから。」

 彼女が持つ手紙の内容は、『言いたいことがあるので放課後教室に残ってて』というものだ。

 この文章だけで、告白されるのだと予想がつく。


 今までにも、突咲は何度も告白をうけてきた。

 最初はずっと乱暴な断り方をしていたのだが、中学1年から2年の中間までの一時期の間、告白をされたら誰にでもOKをし、僕の傍から離れていったときがあった。

 そのときはそのときで、僕も全くモテないというわけでもないので、告白してくれた子をとっかえひっかえ彼女にしていたのだが。

 だが突咲は僕以上に付き合っている相手に対して薄情だった。

 5日すらもたなかった人もいる。

 そんな突咲の行動が落ち着くと、また僕の傍に戻ってきた。

 『やっぱここが一番だって気づけたわ。』と言って。

 それからすぐ僕も当時付き合っていた子に別れを告げ、僕も突咲もそれきり相手をつくらなくなった。

 だから、そんな突咲にとって異性からの告白など、煩わしいことこのうえないのだ。


 「お前の魅力なんか僕は知らないが、滝良よ、僕と突咲が付き合っても何も解決できないぜ。多分、滝良と突咲が付き合ったら全ては解決するだろうけどな。」

 「いやいや、突咲の隣は矛利の席だろ?ずっと思ってたんだけどなぁ、それでお前ら2人が付き合ってねぇってのがおかしいんだよ。突咲の一番の理解者は矛利で、矛利の一番の理解者は突咲。そんなお前らが付き合ってない理由を俺は知りたい。」

 「付き合ってねぇもんは付き合ってないの。そして、あたし達はこれからも付き合う予定なんてないの。もちろん滝良、あたしはお前とも付き合わねぇけど!」

 「こっちだってお前みたいなまな板な女願い下げだバカヤロー。お前の胸、逆に凹んでるんじゃね?月のクレーターじゃね?」

 「あんだと!?胸がないのは認めるけどな、クレーターはないんじゃないの、クレーターは!何それ、えぐられてんじゃん!胸えぐられてんじゃん!世の中にはなぁ、貧乳を好みとする男もいるんだよ!あたしはそういう奴が現れるまで、誰とも付き合わねぇ。」

 「いや矛利と付き合えよ。矛利なら、そういうクレーターなところも全部好いてくれるだろ。お前ら好きあってんだろ?じゃあいいじゃん、付き合え。もう口約束でもいいからさ、突咲に彼氏ができたことにしとかねぇと、いろんな虫がよって来るだろ。クレーターでも一応女なんだから、そういうのは危ないって。矛利、突咲を助ける為だと思って付き合えって。立前だけでもいいんだよ。カップルっぽいことなんて、何もしなくていいからさ。」

 「そこまでいうなら僕じゃなくて滝良が付き合ってあげろよ。」

 「だぁかぁらぁ!俺じゃ駄目なんだよ!突咲にはもれなくセットで矛利が付いてるようなもんだろ!突咲に一番お似合いなのは矛利なんだよ!」

 「お前らなぁ、黙って聞いてりゃ………………。あたしは自分が付き合う相手くらい自分で決めますぅ!勝手に喚かないでくださぁい。」

 「俺はお前を心配して言ってるんだろーが!さっさと矛利に首筋に目立つようにマークつけてもらえ!そんなんだから、お前は痴漢にあうんだよ!」

 「おい馬鹿、言うなって………………!!」

 「………………へぇ。」

 

 初耳だ。

 突咲が痴漢されただなんて。

 苛立ちだ。

 突咲が痴漢されただなんて。

 怒りだ。

 そのことを僕には言わず、滝良には言っていただなんて。


 突咲の顔が一瞬にして青くなる。

 僕はそんなことには構わずに、固まってしまった突咲を向き、表面だけの笑顔を見せる。

 突咲は顔は僕を向いているが、目を逸らして僕を見ようとしない。

 「突咲ぅ。」

 「………………………………………………………………ハ、ハ、ハイ。」

 「それはいつの話かな?」

 「……………………………………………………………………い、ぃぃぃい、いつ、だったかな、ぁ、?ぉぉぉおぼえて、な、ないぃ、かな、ぁ?」

 冷や汗がだらだらと流れ、目を泳がせて決して僕に目を合わせようとしない突咲に、僕はまた笑顔で問いかける。

 「いつ?」

 「………………………や、ゃ、ゃぁ、だ、だだだから、ぉぉぉぉ、ぉおぼえ、て、おぼえて、ぇ、ぁぅ、な、な、ない、ぃぃ。」

 「嘘をつくな。答えろ。」

 自分でも、先ほどの声よりずっとずっと低い声が出たのに驚いた。

 僕が顔にはりつけていた笑みも、気づけばもうどこにもいない。

 突咲は僕のそんな唸るような低い声にびくりと肩を震わせると、唇を噛み締めて黙ってしまった。

 その反応に僕は怒りなんか忘れて焦り、突咲の噛み締めた唇から血が出てしまうことを恐れた。

 椅子から立ち上がり、机越しに前屈みで俯く突咲の顔を見ると、固く閉じたまぶたがふるふると震えていることが見てとれ、やってしまったと後悔した。

 噛み締めている唇にそっと指先で触れてやると、突咲は驚きでパチリと目を開け、至近距離で僕と目を合わせることとなった。

 濡れている睫毛にいたたまれない気持ちになって、指先をそっと滑らせ突咲の頬を両手で包み込むと突咲が噛み締めるのをやめてくれて、ホッとする。

 「言って。怒らないから。」

 優しく語りかける言い方をするように努め、相応の声が出た。

 突咲も安心できたのか、ゆっくりと口を開き、いった。

 「に、二週間くらい、ま、前、だから。」

 「何、されたの。」

 「…………………別に、そんな、ひどいこと、なんか、されなかった、………よ。た、ぶん。」

 多分ってなんだ、と怒鳴りたくなったが一度強く瞬きをしてこらえた。

 「………………………………そうか。」

 他にも、なんで僕には言わなかったんだとか、本当に大丈夫だったのかとか言いたかったけれど、僕から出たのはその3文字だけだった。

 これ以上、突咲は何もいいたくだろう。

 そう思い、僕は突咲の頭を一回だけ撫でてから再び椅子に座り、何事もなかったかのように昼食を再開する。

 突咲も小さく「ごめんなさい。」と呟くと、大きくおにぎりをを頬張り、若干頬が赤いが昼食を再開した。

 滝良だけが、まだ呆けている。

 「え………………?いや、お前ら………………。え?」

 困惑した顔色で、滝良は僕と突咲を交互にせわしなく見る。

 「え、お前ら、付き合ってない……………んだよね?」

 「そうだけど。」

 僕がこたえると、滝良はちょっとわからないという顔をして、徐に箸を握り直した。


 昼休みはもうすぐ終わろうとしていた。



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