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005

 

 多凪家の食事はかなり豪華だ。

 それは、多凪家がそもそも裕福な家庭であることと、娘とは違い豊満な胸をしたおばさんの料理の腕が長けていることのコラボレーションでそうなっている。

 多凪家は単身赴任中であるおじさんしか働いていないらしいのだが、金が湧き出る泉でもあるのか、多凪家には有り余るほどの膨大な貯金がある。

 そのお金がどこからきたのかなんて、僕は怖くて聞けない。

 でも、僕はおばさんや突咲が不意に見せる上品な仕草から、おばさんの実家がとんでもないお金持ちなのではないかと推測する。

 あくまで推測だ。

 そんな、もしかしたらとんでもないお金持ちかもしれないおばさんは料理をつくるのが好きで宛良家はよく食事にお呼ばれする。

 そのため、僕の40%は彼女の料理でつくられているといっても過言ではない。

 だがそんなことを口に出してしまえば、どこぞのまな板ショートカット幼なじみが

 「いや過言だから。じゃああえてきくけど残りの60%は何でできてんの?え?まさか、水?なわけないよねぇ。まさかお前があたしのマミーの飯と水だけでできてるなんてそんなことは、ねぇ?」

 などぎゃんぎゃんと可愛いげもなく騒ぎ出すので心の奥底で僕はひっそりとそう感じているだけだ。

 

 で、そんな食事の席に僕は今いるのだった。


 「え、何?そのジャージが矛利のだって?へぇぇ、人へのプレゼント自分で着たってのかい。やっぱ馬鹿だねぇ、あんた。」


 多凪家、リビング。

 木製の脚の長い大きい机を、4つの木製のいすが囲っている。

 片方に2個ずつ。

 机にはご飯、味噌汁、から揚げ、おばさん特製のドレッシングがかかったサラダに、どこぞのファストフード店で見かけるポテトが並んでいる。

 文字で表すと、いたって普通の、ごくごく平凡のなんてことない料理だと思われそうだが、おばさんがつくることによってここが高級レストランかのような錯覚をおぼえる。

 僕が家から追い出された後、家先で突っ立っているときに口で大洪水が起きる原因となったあのいいにおいのから揚げは、なんとなく予想はしていたけれどやはりこの家が発信源だったのか。


 で、僕の前にはおばさんが座っていた。

 おばさんは机の上に広がる料理が服につかないように身を乗り出し、僕の持つコップにお茶を注ぎながら、そう言った。

 僕はおばさんの顔も、隣に座っている突咲の顔も見ることはなく、おばさんがどれだけの量のお茶を注ぐのか、コップの中、上昇してくる水面に目を向けていた。

 「寝ぼけてたんだよ、あたし。だってこの服着た記憶ないんだよね。」

 おばさんはコップ7分目で注ぐのをやめた。

 僕にとっては、絶妙な量。

 軽くおばさんに頭を下げて、おばさんの手から麦茶ポットを受け取り、次は僕がおばさんにお茶を注ぐ。

 「じゃあ寝ぼけて自分で飾ったラッピングまで解いたと?酔狂なお人ですね。」

 「………………………………。」

 おばさんの言葉に突咲は黙った。

 おばさんには、少し多めにお茶を注いであげると満足げな表情を浮かべるため、僕に注いでくれた量より少し多い8分目まで注いであげた。

 ちらりと上目でおばさんの顔を確認すると口元が綻んでいるのが見て取れて、思わず僕もニヤついた。

 次は突咲の前に麦茶ポットをつきだす。

 口を尖らせて味噌汁を箸でぐるぐると不規則に掻き混ぜていた突咲は、目を伏せてコップを僕に傾けた。

 少し高めの位置から音を立ててお茶を注いでいく。

 突咲は食事中はあまり水分を取らない。

 そのため、4分目までを注いであげる。

 二人分を注ぎ終わって麦茶ポットを机に置き、僕がする準備が終わり落ち着くと口を開いた。

 「いや、まあ僕は突咲が先に着た服だろうがラッピングがビリビリに破かれてようが、多少シワができた服だろうが気にしないけどね。」

 「いやいや気にしろよ。そこは気にしとけよ。しかもあまり突咲を甘えさせんといてよ。矛利は甘いんだよ。甘すぎる。致命的なぐらいに甘くて酔いそうになるね。植物の種子に含まれる、植物性タンパク成分のタウマチンより甘い。」

 おばさんは無表情のまま『甘い』を連発いた後、僕にとって聞いたことのない単語を発した。

 「な、何?何て?たうちん?」

 と、僕が問えば

 「タウマチン。最も甘い物。砂糖の3250倍。」

 「あっま!そんなのがあるの!?なんか、すげぇ。」

 話に食らいついたのは、突咲の方だった。

 おばさんは突咲とは話す気がないらしく、一つため息を放つと、そのまま黙り会話を終了させた。

 「なんだよー。」と口を尖らせて不満げな顔をした突咲は、再び箸で味噌汁をぐるぐる掻き回し出してしまう。

 話題が一つ終わったところで、僕は料理を見たときから抱いていた疑問を口に出す。

 「このポテトもおばさんがつくったの?なんだろう、このにおいとフォルムにものすごく見覚えがあるのだけれど。」

 「つくったに決まってんだろーが。あたしが家庭の夕食に誰がつくったのかもわからないようなファストフード商品を堂々と並べるわけ、ねぇだろ?そんな主婦がいたら、ちょっと顔を見てみたいね。全く、くだらないこと聞きやがって。なんか今日矛利くだらないことばっかり聞くね。何、いつのまにそんなくだらない人間になっちまったんだよ、お前は。あ、もしかしてお前、実はくだらない星から来たくだらない王子だろ。むしろそうじゃないとこのお前のくだらなさは他に説明がつかないぜ。ったくもー、愚か者ですねー、あなたは。」

 この人、今全世界の主婦を敵にまわましたよ。

 それがいるんだよ、僕の母みたいな、ファストフード店のチキンを堂々と食卓に並べる主婦が。

 「申し訳ないですねー、くだらないことばっかり聞いてー。僕はおばさんが思ってるほどできた人間じゃないんですよー。だからそんなにイライラしないでくださいよー、おばさーん。あれですかー?更年期ですかー?」

 「え、なにお前。あたしを煽ってんの?もしそうなら、なにその下手な煽り。そんなん小学生のノリじゃん。お前はそのくだらなさといい、下手のな煽りといい、幼児化が着々とすすんできているようでちゅねー?」

 「ごめんおばさん、その煽りも小学生のノリだから。」

 そう冷静且つ的確なコメントをすると、おばさんは「はぁ」ときちんと発音しつつもため息をつき、そのまま口を閉ざし、黙ってしまった。

 それからは誰も口を開こうとせず、居間に沈黙が挨拶もなしにのしかかってくる。


 おいおい、ため息をつきたいのはこっちだというのに。

 一体、なんなんだこの間は。

 何故、こんな美味しそうな料理を前に誰も箸をつけようとしない。

 お預けされている気分だ。

 というかもう、お預けされているんじゃないのか。

 もしかしておばさんと突咲の悪企みかなにかで、誰も料理に箸をのばせないような空間を、意図的につくっているのではないのだろうか?

 いやでも違うだろう、そんなことをする意味などない。

 なんだろう、これ。

 どうすればいいんだ、これ。

 まさか二人ともあまりお腹がすいていないというのか。

 それともあれか?

 誰か客でも呼んでいて、その人が来るのを待っているのだろうか?

 いやしかし今机に皿に盛られて並べられている、日本人の主食である米は確かに三人分しかない。

 誰かくるなんてことはないのだろう。

 じゃあ何か?やっぱり誰かが食べ出すのを待っているのだろうか?

 けれども僕は多凪家の人間ではないから、最初に食べ出すのも気が引ける。

 だがそんなことは今更な話だ。

 僕が何回多凪家の食事をこの胃にぶちこんできたのかなど数えだせばキリがないし、そんなに何時間もかかるような事をしようとするほど、僕は暇な人間じゃあ、ない。

 まさか、もしかして、モデル体形の二人にかぎってダイエット中とかあるわけないよな?

 もしそうだったら、ンなことすんなよ突咲、食べて胸をつけろ。

 

 おばさんは机をじっと見つめて何やら考え事をしているようだし。

 突咲も突咲で味噌汁をぐるぐると掻き混ぜながらぼっーとしているし。

 こいつも柄にもなくおばさん同様に考え事でもしているのだろうか。

 脳みそが詰まってるのか不安になるような突咲でも、考え事なんてするんだな。

 こいつこそ脳容量200ccくらいだろう。

 どうせしょうもないことしか考えつかないだろうに。

 問題:突咲の頭の中身について幼なじみとして真剣に答えなさい。

 なんて問題が出てきたら、それはもう一字でたりる。

 解:空

 したり顔でそう答えてやるよ。

 

 そんな、知性をおばさんの腹の中に忘れてきた突咲のために僕は口を開く。

 決して自分自身の為ではない。

 自分の為なわけがない。

 さあ、僕の口から先手の言葉を言い放ってやんよ。

 「そろそろ食そうぜ。」

 「そろそろ食べたらどうよ。」

 「そろそろ食いたい。」

 3つ同時に重なった言葉に、これまた同時に顔を見合わせる。


 どうやら、考え事の内容は、皆同じだったらしい。




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