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001

 

 わが家を前にして、僕は二酸化の炭素で空気を汚した。

 この僕、宛良矛利ーーーーさながらほこりーーーーが、今のように怒鳴られながら家から放り出されたというのは、初めての経験ではない。

 いやそれはもちろん、そう日常茶飯事に僕は家から出されるわけではないのだけれど、最近は特にその頻度が増えてきているのは事実だろう。

 そしてまぁ、放り出される、という表現を使ったものの、昔のアニメのノリのように僕の体が何物からか馬鹿力で窓にたたき付けられ、そのまま硝子の破片と共に家内から強制退場というわけでもなく、ましてや2階の窓から文字のごとく外へ投げ出されたわけでもない。

 2階の自室にいた僕は、自分の足で階段を降りさせられ、居間を通り、玄関から外へ出された。

 要するに、肉体的な危害は一切なかった。

 精神的な痛みはなかったわけではないけれど。

 しかしこんな風に語ってしまうと、僕が家に入れてもらえないほどの問題児、低脳DQNのようだと思われそうだが、僕はそんな言葉とは程遠い平穏を生きる人間だ。

 よく言えば真面目、悪く言えばネクラ。

 それが僕だ。

 だから、こんな純粋な心をもった高校1年男子が己のかえるべき場所に足を一歩たりとも踏み入れることができないというのは、おかしな状況であって。

 幼い頃から周りの大人の言うことをyesと鵜呑みにしてきた僕が怒鳴られるのはおかしな話であって。

 だがさっき僕を般若の顔で追い出したあの人の今の状態を考えれば納得のいく話なのだ。

 あの人は今正常な状態ではないといえる。

 傍若無人に、老若男女関係なく当たり散らし喚き散らすあの人は、もちろんのごとく危険物扱いの為、わが家で保護している形をとっている。

 危険物とは言ったものの、24時間一分一秒も欠かすことなくあの人は異常な状態なわけではない。

 逆に、正常である時間の方が長い。

 だがそんな状態であるということは、いつ異常な状態になり周りに迷惑をかけることになるのかわからないということであって、一人での外出をあの人は禁止されている。

 あの人が異常になるのは急であって、誰もそれを予測できない。 

 あの人が異常な状態に陥った場合、我が家の中は地獄絵図と化する。

 物を壊し、暴言を吐きまくり、最悪暴力をふるってくることもある。

 今の僕のように、家から追い出されることだってあるのだ。


 乾燥でかさついた手の甲の肌をいたわるように交互になで上げる。

 我が家の玄関先で、冬の冷たい空気に肌を刺されながら、隣の家からただよってくる夕食の唐揚げのおいしそうな匂いに、知らぬ間に洪水を起こしていた口内からじゅるり、と音が聞こえてくる。

 紳士的で高貴な僕も、いや、高貴な僕だからこそ美味しいグルメ的なものには目がないのだ。

 とか言ってしまうと、幼稚園、小学校、中学校、そして現在高校でもずっと一緒の道を歩んできた、あの口から生まれたようなかわいげがない女の間抜けた幼なじみは、

 「高貴な貴方様は、ご近所さんの夕食を巡るのが嗜みなのですね。そうですわね、紳士的で高貴な貴方様からすると、この匂いは幾つ星だと思われますか?」

 などと茶化してくるので、この場に奴がいないことに神様への感謝の気持ちが溢れる。

 感謝ついでに、家のドアも開けてください、と願う。

 そしてドアを睨みつけたが、ドアがひとりでに開いてくれるわけもなく。

 

 僕が今この状況になっている原因。

 祖母のことである。

 祖母と一言にいってもこの祖母は母方の祖母で、痴呆が進んできたため4ヶ月ほど前から僕の家、宛良家のお邪魔になっている。

 彼女の痴呆は日に日にひどくなっていっている。

 今回のように、実の孫を全くの他人だと思い込み、閻魔が聞いたのだったら目を輝かせ手を叩きながら称賛するであろう数々の罵声を浴びせてくるほどには。

 さらに知性がはじけ飛び異常と化した祖母がそれだけで済むはずがなく、厄介なことになんの罪も侵していないのに、祖母の手により僕は外界に放り出された。

 家から追い出されるというのは、僕が生きてきた15年間で一度もなかったのだが、祖母がこの家に居座りはじめてからは稀ではないことになっていた。

 どんなことにも初めてというのは存在するのであって、僕も3ヶ月ほど前に祖母によって家に入れてもらえないという体験を初めてした。

 結果、僕は焦りも悲しみも怒りもせず、謎に深い感銘を受けてしまった。

 謎に感動してしまった。

 その後は、ひたすら家の前で恍惚とした表情をしていたところを例の幼なじみに目撃され、奴の家に避難させてもらったはいいものの、ひたすらに「気持ち悪い」「お前の方が異常」と引かれることとなった。

 今となっては、僕がなぜあのとき家から出されて感激していたのかよくわからない。

 だが、幼なじみの奴のスマホには、

 「え!?え!?家から出されたのだけれどもwww初めて体験したんだけどwこんな感じなんですね、はじめて知りましたwうわー、何か新しいものに出会った気分ですw感動ですわーw感動の瞬間に立ち会ってしまいましたわーwいっそ清々しぃぃぃぃぃwwwww」

などとキャラ崩壊で奴の家でころがりまわっている僕の姿が動画化されている。

 なるほど、確かに僕の方が異常な状態だ。

 話が、僕が壊れた時のどちらかというと思い出したくない記憶に逸れてしまったが、要するにいつ暴れ出すかわからない獣を僕の家、宛良家で飼っている。

 今回は家にいたのが僕だったので僕が追い出されたが、それは僕に限った話ではなく、母が対象とされることも、父がされることも、姉がそうなってしまうことだってある。


 数10分前のことである。

 冬休みが明け、学校という名の監獄に箱詰めされていた僕は6時頃に帰宅し、押し付けるような形で出された課題を早急に終わらせるべく、自室でいつもと同じ場所、同じ時間帯、同じ姿勢で、控えめに鼻歌でも鳴らしながら課題をしていると、大きな音を立てながら祖母は部屋のドアをあけた。

 そのまま祖母は驚く僕の前に立つと、学習机の回転椅子に座ったままの僕の肩を揺さぶり目を見開き、さらに真剣な顔をし、僕の顔面に唾をとばしながら、早口で僕に怒鳴った。

 正直なところ祖母の迫力や真剣さにばかり目が向いてしまって、どんな怒鳴られ方をしたのかよく聞いていなかったけれど、「お前みたいなゴミクズ、とっとと死んでしまえばいいんだ。」とか「あたしがこうなってるのはお前のせいだ。身の丈を知って生きるか、いっそ死ね。」とか言われた。

 あまり文字表記したくない言葉ばかりを吐かれたので、今のでもオブラートに包んだ方だ。

 一切何もしていないにも関わらず僕がこんな状況下に置かれているのを、これが僕の運命なのだと割りきったとしても、これはなかなかに面倒くさい。


 はぁ、と息を吐くと目の前に白い自分の息が見えた。

 僕は比較的物事を引きずらないで生きていくタイプの人間なのだが、突然の祖母の暴走により少しネガティブモードのスイッチがONになってしまった。

 このスイッチをOFFに戻すには、わが家の玄関先で、寒さに凍えながら孤独に突っ立っている現在の僕には不可能。

 あーぁ、ものすごく面倒くさい。

 こんなのあまりにも不格好すぎるだろ。

 なんだこれ。

 誰が望んだ展開だよ。

 何、カミサマとかいないの、僕を救ってくれないの?

 救ってくれないならカミサマ、せめて一発殴らせろください。

 あ、申し訳ない間違えた、殴らせてください。   

 というか寒い。

 まさか僕が今日、1月24日午後7時前後に自身の祖母から外にしめだされるという現象を予測していたわけでも、予言できていたわけでも、予知ができていたわけでもないので、僕はこの寒い冬の夜の中、薄手の一枚のパーカーを羽織っているだけの状態である。

 7時とはいえ、1月なのだ、日が落ちるのが早い。

 もう真っ暗だ。

 パーカーの袖を最大限まで伸ばし、既に冷えきっている手を袖の中に収納する。

 所謂、萌え袖。

 女子にかわいいとされる、萌え袖。

 かわいいを追求した到達点の、萌え袖。

 僕のような高身長で威圧感のある男がしてもかわいいのだろうか、萌え袖。

 まぁ、身長が高いだけで顔は全く怖くなどないけれど、そんな僕の萌え袖。

 高校一年の萌え袖。

 学校でしてたらモテるだろうか、僕の萌え袖。

 モテるだろうか、萌え袖。

 モテるかな、萌え袖。

 モテたらいいな、萌え袖。




 …………………………………………萌え袖

 

 いやだが僕はモテたいわけではないぞ。

 断じて違う。

 変な誤解はしてくれるなよ?

 そりゃ高校1年にもなると所謂思春期というやつで、それなりに周りの評価は気になるだろう。

 しかしそれは一般ではの話。

 僕はそんな王道のレールなんか走っちゃいない。

 自分の価値は自分で見出だすべきなのだ。

 自分の存在意義は自分で見出だすべきなのだ。

 天才画家の描く絵が周りからは高い値がつけられても、画家本人が納得できる出来栄えなのか。

 どれだけ、歌が上手いと、実力派だ、と讃えられようが、歌手自身が満足できる歌いをしたのか。

 周りが決めることではない。

 自分がどうかだ。

 だから僕がモテるとか、モテないとか、結局は周りが勝手に盛り上がることで、周りから押し付けられる存在意義のようなもの。

 故に、つまらないもの。

 大きく言ってしまえば、自分で自分自身をかっこいいとか思っていれば、それだけで僕がここにいる理由は創られるということだ。

 我思う、故に我有り。

 つまりモテたいとか、周りを気にしながら生きていくことは賢くない生き方なのだと、僕は。

 本当にモテたいわけじゃないからな。

 嫉妬とかそういうのではないからな。

 世の中のイケメン爆ぜろなんて思ってないからな。

 

 ってか全然温かくねぇな、萌え袖。

 これ、かわいげはあるかもしれないがポケットに手を突っ込んでいるほうがまだ温かいんじゃないか。

 世の中の女の子はこれを我慢してかわいさをアピールしているのか。

 大変だなぁ、割りと肉食系社会なんだな。

 なんだろう、正直少し、引くわ。

 こんなことせずに自分を大事にして手を温める女性の方が好感を持てる。

 いやでもちょっと待て、萌え袖ってそんなにかわいげを感じるか?

 特別かわいいなんてものではないだろう、これは。

 きっと多分、これは

   する人によっては、かわいくなるんだろうな……………

 悲しい世界。

 厳しい世界。

 世界が悲しいから、厳しいから、同性同士でも差が生じたり、僕のように祖母からゴミ扱いされたりするのだ。

 ああ、そうだ、世界のせいだ。

 僕が悪いんじゃない。

 『世界を、世の中を、思う存分に嫌って、呪えばいい。そうやって自分の中で何かにケジメをつけられるなら、絶対そうしろ。そしてな、その腐った世界に自分が生かされているんだって気づいて、嫌悪感でいっぱいいっぱいになればいい。そうやってのたうちまわった末に強さを見つけられるなら、絶対そうしろ。そしてな、あたしみたいに人生も半分を超えたら気づくよ、あぁ、間違ってなかったんだ、ってな。でもその時にな、激しい憤りを感じたら、そしたらそいつは大物だ。きっと、あたしみたいな奴になるさ。まあ、あたしがあんたから見てどんな人間に見えているのかなんて知ったこっちゃあないけどね、そうさね、あたしみたいな奴ってのは、救いようのない馬鹿ってことだね。』

 なぁ。

 あの日、あんたは僕にそう言ったんだ。

 なぁ。

 おばさん、あんたは、人間がどう生きていくのが正解かを知っているのか。

 ああでも、あんたはこう言うはずだよな、

 『生き方も、幸せの在り方も、なり方も、一人だけで何百通りもあるのさ。』

 なぁ。

 あんたには、僕はどう見える?



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