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柊探偵の事件録  作者: 丹路和
1章「マーブルにミルクを溶かして」
2/5

探偵の登場

 楓達が背後から突然響いた声に振り向くと、そこには1人の男性が立っていた。この店にいた残りの2組の客の内の1人だ。


 楓はこの客にも見覚えがあった。喫茶マーブルの常連客で、不定期だがかなりの確率で来店し、いつもブレンドコーヒーを頼むのだと、前に黒崎から聞いたことをぼんやりと思い出す。

 店で働き初めて日が浅く、学校がある為働ける時間の限られている楓も2、3回ほど見たことがあった。何故2、3回見ただけの客をこれ程しっかり覚えているのかと言うと、それは彼の特徴的な容姿のせいに他ならないだろう。

 細長い体躯を茶色で固め、いかにもな帽子とマントを身につけているその姿は物語に登場する探偵を彷彿とさせるような装いだった。赤みがかった茶色の前髪は目元にかかるくらい伸ばしており、遠くからでは表情を読み取れない。

 そんな1度見たら忘れられない風貌の常連客が、今日もいつものように窓際のテーブル席で1人コーヒーを啜っていた訳なのだが。


呆気に取られる当事者達を見回すと、彼は妙に芝居がかった仕草で一礼し口を開いた。


「これは失礼しました。

私はこの辺りに事務所を構え、私立探偵を営んでおります、柊冬哉と申すものです。

今何が起きているのか、よろしければ私に話してみませんか?」


 探偵。

 誰もが知っているが現実では馴染みの薄い職業の代表格だろう。驚きや戸惑いの表情を浮かべる彼らの瞳を順番に見据え、柊冬哉と名乗ったその男は唇の端を釣り上げて薄く微笑んだ。それこそがこの物語の始まりの合図だった。


 探偵というのは本当に小説の中の登場人物のように事件を解決してくれるのかはさておき、ひとまずは彼に頼ってみよう、というのが楓達の総意となった。このまま押し問答を続けていてもどうしようもないことに気が付いていた為でもあるだろう。

 代表して喫茶マーブルの店主がこれまでのいきさつを説明した。彼らは期待と不安と、その他形容し難い感情を抱きながら探偵が話し出すのを待つ。


 柊の口から細い息が漏れた。それを皮切りに彼はゆっくりと話し出した。


「なるほど、皆さんの話はわかりました。

確かにこの事件、一見したら実に簡単なことだ。彼女がサンドイッチに具材を挟む時に周りの目を盗み金属球を入れた。それだけの話でしょう。」

「待って下さい!!あたしはそんなことー」

「君の主張はわかっている。それに私の話はまだ終わっていないよ。

そう、表面だけ見れば簡単なことだ。

しかし、これにはいくつか不自然な点がある。」


 不自然な点?と、楓が思わず首を傾げると、柊の長い人差し指が伸びた。


「まず1つ、やはり動機が薄い。まず被害に遭った方と彼女との面識は一切ないようだし、彼女や他の店員を見るに、彼女がこの店での人間関係にトラブルを抱えていたようにも思えない。マスターの説明も、どこか彼女を庇うような口ぶりだったように感じました。」


 次に、と柊は続けて中指を立てる。


「あまりにも露骨すぎる。

店員の少ない喫茶店、誰が何を作ったのかすら把握されている状況で、こんなことをしたら一瞬でバレることくらい小学生でもわかるでしょう?もし自分が犯人だったら、間違えなくこんなことはしません。

例えば店に恨みがあって復讐したいのなら、誰がやったのかわからないような、はたまた他の人に罪を擦り付けられるような、そんな方法を探すでしょうね。」

「他の人に罪を擦り付ける。」


 小声で復唱すると、ぞわり、と肌が粟立った。そんなこと考えもしなかった。

誰かが、あたしを嵌めようとして…?

 そこまで考えて、楓は堪らず身震いをした。しかし、その時彼女を覆っていた感情は恐怖だけではなかった。

この人は、自分か犯人ではないと考えてくれている。その直感めいた確信が、楓に幾ばくかの安心感を与えていた。


「あのっ……」


 なんだい?と首を傾げる柊。

 表情は相変わらずわかりづらいけれどよく見ると結構整った顔立ちをしてるな…なんて、筋違いなことを考えながら、


「あなたは、あたしがやってないって信じてくれるんですか?」


 震える声で問うた楓に、食えない笑みを浮かべながら柊は答えた。


「僕が信じているのは自分の推理だけだ。そして、まだ証拠が集まりきっていないから何とも言えないけれど、現段階では僕は君を犯人とは見ていない。」


 直接的なものではなかったにしろ、楓が何よりも望んだはっきりとした肯定だった。


「とにかく、君から話を聞きたい。

シャーロック・ホームズの遺した言葉を知っているかい?

曰く、「ありうべからずものを除去してしまえば、後に残るものがいかに信じ難いものでも、真実に違いない。」

僕はこの言葉に全面的に賛同していてね。いくら現段階で僕が君を犯人ではないと考えてるとはいえ、この先どれだけ考えても君以外に犯行が不可能だという結論がひっくり返らなかったら僕はその結論を支持さぜるを得なくなるんだ。

さぁ、注文を受けてからこの男性の元に料理を運ぶまでのことを、なるべく細かく私に話してくれるかい?」


 なるほど。楓は推理小説には全く詳しくなかったが、彼の言わんとすることは理解していた。

はい。と短く返事をする。声が硬い。

 さあ、落ち着け。落ち着けあたし。今から始まるのだ。秋沢楓にかけられた容疑を晴らす為の大切な証言が。どんなに細かいことでも見落としてはいけない。さあ、思い出せ、詳細に、確実に。

 楓は8つの瞳に囲まれながら静かな声で話し始めた。

ただ一対、長い前髪の向こうから見透かすようにこちらを覗くダークブラウンの瞳を見据えて――。

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