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ある小間使いの独白  作者: 七転び
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〈番外編〉変態達は擬態する

財務大臣執務室を前にして、オリバー・ジョーンズは気を落ち着かせる為、大きく深呼吸をした。

何度も訪れた事があるので緊張こそはしていないが、油断をすると慣れ慣れしい態度をとってしまうからだ。

上席とはいえ一般職でしかない平民出のオリバーが、執務室への出入りが許されているのは「大臣の覚えが目出度い」という単純な理由からだ。

それはそうだろうと、オリバーも思う。大臣とは魂と魂で結びついた、いわば同志なのだ。そこに貴賤の隔たりはないに等しい。だからといって公私混同するほどオリバーは愚かではない。

例え同志といえど、大臣は歴とした王族なのだ。

もう一度深呼吸をしてから扉を2度叩き、10秒待つ。返答のない事に「はて?」と思いつつまた2度叩き、今度は「失礼します」の声掛けと共に執務室の扉を開いた。

大臣は、執務机の前に姿勢よく座し、手元の書類を銀縁の眼鏡越しに不機嫌そうに眺めている。チラリと備え付けの書類箱見れば、未決裁の書類はほぼなく、決裁済み、再検討、棄却と、しっかり分けられていた。

「…入室を許可した覚えはないぞ」

「稟議書の決裁を仰ぎに参上いたしました」

恭しく頭を垂れたまま革製の書類挟みを頭上に掲げた。しかし何時まで経ってもうんともすんとも言わない大臣に「はてはて?」と思う。

「………話が違う…」

それは同志が大臣に就任してから、初めてこぼれ落ちた弱音だった。


そもそも王位継承権を持つ王族の大臣就任など異例中の異例だ。

事の発端は半年前に遡る。

貴族院の癌とも言えた前国主の弟君…陛下の叔父上に当たるフェンダー公が国家転覆を謀った首謀者としてアンソニー公の名の下、軍部に捕縛されたのを皮切りに、フェンダー公の取り巻き貴族数人が連座となった。口さがない貴族達の間でアンソニー公の王権を巡る闘争と、宮殿内は一時期騒然になった。だが陛下への奏聞の際、捕縛者の裁量を王太子へ委ねた為、あっさりとそれは治まった。程なくフェンダー公は永蟄居、爵位剥奪及び廃嫡となり、蟄居先である北辺の離宮へ護送。連座の縛についていた貴族達に処分が下されたのはつい先日の事だ。

更にフェンダー公の既得権益であった帝庫裁量権が陛下へと移管。功績者の一人でもあるアンソニー公がたまたま(・・・・)席の空いていた財務大臣に臨時就任したと同時に、過去30年に遡り帝庫と国庫に監査の手を入れた。詰まる所、醜聞を王族内に留めるといったところだ。

そしてここで予期せぬ事態が起こる。

横領した軍備費のみならず、フェンダー公は帝庫からも御用金として、王位継承順位第二位のフィリップ殿下へと受け渡していた事が露見したのだ。「何の為か」は重要ではない。陛下と王太子の与り知らぬ所で、王位継承権を持つ王子と前国主の弟君とが繋がっている。それだけで充分であり、理由の後付けなどいくらでもできる。

アンソニー公が内奏したため貴族院にも漏れず、フィリップ殿下は“幼少期よりの夢であった神官”になるべく王位継承権を返上、加えて同胞(はらから)である王子が「弟である私がどうして兄上が返上した座に甘んじられよう」と、周囲の反対を押し切り、同じく返上と発表した。

因みにこれら全てが前任の財務大臣、元ジェスタ卿の筋書き通りである。帳簿の数字を見れば全ての動きが解る天才だった彼は、早い段階でこの金の流れを掴んでおり、いざという時のために敢えて見ぬ振りをしていたのだそうだ。

斯くして王位継承順位第五位であったアンソニー公は、一気に第三位となり、臨時であった筈の大臣職を続投する運びとなった。

先ほど、現財務大臣にして王位継承順位第三位のアンソニー公が「話が違う」というのはこの大臣職を続投の事だ。筋書きでは監査を終えた時点で大臣を辞する手筈だった。


「話が違う…」

「陛下直々の拝命でしたのでこればかりは何とも…しかし陛下と王太子の信任を得られたのは慶ばしい事です。それに…」

声を潜め囁く。

「民政を主とする他国での話ですが、財務を司る者が首相となる場合が多いのだそうです…金の流れを掴んでおけば、(いず)れ役に立ちましょう」

オリバーをギロリと睨みつけた眼光はゾッとする程冷たい。流石、王家の血筋に連なる者と言ったところだ。

「…不敬である」

「殿下が望まれた事です」

「私はあの子を小姓にしたかっただけだ」

「はい。御随意を賜りました」

「いっその事閉じ込めてしまえば良かった…」

「ジェスタ卿」と言いかけて咳払いで誤摩化した。

「ブルク殿が黙ってはおりません。あの方は自身が謂われなき罪に問われた時、何もなさりませんでした。しかし切り札でもあった筈のフェンダー公とフィリップ殿下の曝露を、セナ君の為に使われました。殿下もそれで今の地位におられます」


セナを小姓にするのを諦める事と引き換えに、アンソニー公が望んだのは玉座だ。

恐らく無理難題を吹っかけたつもりだったのだろうが、滲んだ本音をジェスタ卿は見逃さなかった。玉座に対する執着は王家の枷だ。小姓一人を諦める程度で玉座に手が届くなら、熨斗をも付けるだろう。

実際問題、王太子を蹴り落とす事など、成り上がりの貴族風情ができる筈もないのだが、そこは海千山千。“敢えてそうした”とばかりに、実質的の王権争いを王太子とアンソニー公の一騎打ちの形に整えた。周囲に担がれるより自身の実力を持って玉座につきたいという、更に隠れたアンソニー公の矜持までも見抜いていたからだ。

ジェスタ卿にとって幸運だったのが、第二位に繰り上がった王子は根っからの学者肌で“色々と都合がいいから継承権を持っている”だけの方だった事だろう。

更に、アンソニー公が正式に大臣に就任する事も織り込み済みであったと、オリバーは踏んでいる。現に辞任間際に、ジェスタ卿自身すら面倒臭がり然程重要ではないのをいい事に、後回しにしていたいくつかの案件を優先するよう指示を残している。それはセナにちょっかいを出した事に対する報復が大部分を占めるが、解決すれば玉座への道が拓かれる程、長年王家が抱えている懸念事項のものだ。

偶然と必然を織り交ぜ謀略を巡らせる。

つくづく、この御仁だけは敵に回したくないとオリバーは思ったものだ。


「全て殿下が望まれた事です」


ぐっと口を噤んだアンソニー公は大仰に溜め息を吐き、左手の平を上に向けオリバーに差し出した。書類挟みを献上すると、優雅に一礼して退室のため踵を返す。

ふと見上げると執務室の扉の上には仰々しく大臣就任の承諾書が飾られている。公文所で発行された正式な公文書にはアンソニー公だけでなく、陛下と王太子の署名と捺印、血判もされていた。例え玉座への道が閉ざされたとしても、この承諾書がアンソニー公の楯となる。外野がいくら騒いだところで反故に出来る程、王家の血は軽いものではない。

実の所オリバーは、アンソニー公の身の安全さえ確約されれば、王権がどうなろうと構わないと思っている。いざという時は前任の大臣仕込みの謀略を巡らすのも吝かではない。オリバーはほんの少しだけ口角を上げた。

「…其方に訊きたい事がある」

背中から掛けられた声に、把手に伸ばした手を引きその場で臣下の礼をとる。

「何なりと」

「以前より気になっていたのだがその態度…離宮で会見の折りにはもっとその…」

言い淀む語尾に、オリバーは納得した言わんばかりに頷いた。

「官庁とはいえ、此処は宮殿です。本来ならば職務とは言え小職が殿下への拝謁すら憚らねばならぬところです」

「……無理をさせているのか?」

「滅相もない。離宮で会見した折りに拝聴いたしました殿下のご高説、今も心に金言として刻まれております。その殿下に仕える栄誉は何物にも代えられません」

「うむ。私も其方とは話が合うと思っている。浅からぬ縁としたい程だ」

「勿体ないお言葉です…時に殿下、私にも野心というものがございます」

「…ほぉ」

「個人的な趣味ではございますが、昼休憩の折りに宮殿内の庭園の散策をしております」

「うむ。其方をよく見かけるな」

「庭園には四季折々に花が咲き誇り草木も多く、癒しを求め老若男女が集います。外交で我が国を訪れた諸外国の方々は家族連れが多く、謁見中の親を待つ多くの御子息御息女もお見かけました。されど子供にとって草花の鑑賞など老人の道楽に等しく、詰まらぬといった顔ばかりでした。遊具があれば、それはそれは可愛らしい笑顔となると以前より考えておりました」

「……………遊具か」

「しかしながら外交にそれ程関係のない上、小職の浅慮で庭園の美観を損なってはと…」

「熟考が必要だな……職務外となるが、今晩離宮で忌憚のない其方の意見を訊きたい」

「謹んでお受け致します」

「では今夜離宮で」

軽く手を払う事で退室を促され、今度こそオリバーは執務室を辞した。










「昼間、野心とか言い出すから驚いたよ。もぉ紛らわしい言い方しないでよ」

「だって絶対誰かに盗み聞きされてるし。野心とか言っとけば勝手に憶測してくれるでしょ?」

「あ、こいつ出世のため殿下に近づいてるってか」

「趣味仲間なんて言ってもどうせ理解されないし…所詮は身分違い…ヨヨ」

「…爵位いる?」

「いらね」

「ぐはっ!即答!」

「欲しいなって思った時期はあったよ。でもトニーとブルク殿見てたら、なんか色々大変そうだし。あ、でもセナ君付きならブルク殿と入れ替わり希望」

「そこだよ!そこ!なんでセナきゅんはティモシーばかりに懐くの!?ずるいっ!」

「ブルク殿の後をてとてと追いかける姿は萠えましたわぁ~御馳走でしたわぁ~」

「羨ましいっ!おのれティモシー()…玉座に座った暁には下知で呼び戻してくれる…」

「やめてっ!その頃セナ君きっと大人!でもそれはそれで滾るっ!」

「力をっ…私に時間を止める力をっっ!」

「いける!トニーならいける!できるなら昨日みかけた子にもその呪いをっ!」

「呪いじゃない!祝福だ!全ての子供達に祝福を!」

「なぜなら?」

「なぜなら!」


「「子供天使!!!!」」


大理石の床に高級絨毯を敷き、二人で勝手に聖なる食べ物と位置づけたベリーベリーパイとフルーツサンドイッチを置いたお盆を器用に避けながら、ゴロゴロと転げ回ったり時に雄叫びを上げるいい歳こいた男が二人。因みに酒は入っていない。


「今セナ君は幸せなのっ!元気に学府で勉学を励んで、ブルク殿を嫁にするとか言い出す阿呆な子になってるけど…もっとやれ!脳内補完は任せろっ!」

「…なんでセナきゅんの近況を知っている?」

「手紙貰ってるから…セナ君に」

「ずるいっ!私も欲しい!」

「無理ですぅ~セナ君平民だし。平民が王族に手紙なんて出したら不敬だし」

「ぐぅっ!でも、でもっ!ティモシーが折々に私に手紙を寄越すのが筋だ!その時にセナきゅんの手習いの一つや二つ…ついでに何かこう…私が喜びそうなものを添えて!」

「ブルク殿だって爵位返上したから平民だし。大体喜びそうなものって…使用済みの下履きとか?」

「ばっちこーいぃ!」

「いやぁ~変態っ!この豚野郎がっ」

「ノルに言われても嬉しくもなんともないんですぅ~子供に罵られるから嬉しいんですぅ~」

「なぜなら?」

「なぜなら!」


「「子供天使!!!!」」


月に2~3度の割合で開催される二人だけの会合…普段は誰にも言えない魂の叫びの交遊。

意見に多少の齟齬はあるものの、根底は一緒であり、同じ穴の狢なのだ。

オリバーはそこから“萠え”を見出し、アンソニー公はそこから“愛”を求める。


「遊具必要!めっちゃ必要!入れ替わり立ち代わり常に子供!天国万歳!執務室から見えるとこ希望!」

「振りかざせ権力!素敵っ!抱いてっ!!」

「私のこの腕は子供を抱きしめる為だけにある…但しつり目に限る。つり目こそ至高。見下げて欲しい」

「…………」

「ノルにやられても嬉しくない!大人じゃん!子供に見下げられるからいいの!」

「なぜなら?」

「なぜなら!」


「「子供天使!!!!」」


今後、国家の中枢に立つ事になるであろう二人を見て、国の未来を憂う者はいない。長年アンソニー公に仕えている侍従長すら「こんな楽しそうな殿下を見るは初めてだ」と滂沱するばかりだ。


「ノルとはもっと早くに会いたかった…」

「過去を嘆くな同志よ、未来を共に歩もうぞ」

「同志か…ふふ」

「ふふふ」











財務大臣執務室を前にして、オリバー・ジョーンズは昨夜の…正確に今朝まで続いた魂の交遊の余韻を断ち切るよう大きく深呼吸をした。

官庁とはいえ宮殿内である此処では、誰がどんな聞き耳をたてているか解らない。オリバーにもそれなりの野心はあった。だがそれを投げ打っても構わないと思う程の得難い場所を手に入れた。

ここ最近、執務室の隣室で耳をそばだててる輩には理解できないだろう。理解されようとも思わない。理解してくれる同志はこの執務室の中にいる。

己を偽らず本能のまま存分に語り合える、魂と魂が結びついた同志を失わない為に必要な仮面ならいくらでも被ろう。

きっと同志も、同じ事を考えている。

澄まし顔で扉を2度叩くとすぐに中から「入れ」と返され、オリバーは執務室の扉を開く。


「失礼いたします。殿下、本日の予定表をお持ちいたしました」

変態殿下:アンソニー → トニー

変態部下:オリバー  → ノル


愛称で呼ぶ合う仲になりました。

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