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俺は今、鼻息をフンガフンガさせながらパツキン家の庭園を歩いている。迷子じゃないでプー。散歩でプー。同じトコぐるぐる回ってる気もするけど散歩でフンガー!
おわかりいただけただろうか。俺が今、モーレツに怒っていることを!
昨日…というか昨夜「寝ろ」と、ご主人が言ったから寝たのに、お腹空いてたけど寝たのに、朝起きた時、ご主人とポール爺はいなかった。ふっかふかの布団を俺が独占したからって、黙っていなくなるのは大人げないと思う。今頃もう南の国境近く別荘だろう。以前ポール爺と一緒にバカンスに行ったトコで、その時に条件に合ったいい物件があったので即買いしたという…金持ちめ。
中断したパツキン家探検を再開する気にもなれず、俺が見つけたふっかふかの布団でゴロゴロしてたら、使用人さん達が忙しそうに働いてたのでこれはいかんと飛び起き、お手伝いしようとしたらやんわりと庭園の散策を勧められた。仕事のない俺はパラサイトなの?ニートなの?邪魔ってことはわかります。
なのでもこちゃんと散歩中。
そうなのだ。もこちゃんはまだ俺の腕の中で、ご主人は持ってってくれなかった。つまり為替手形は丸々もこちゃんの中に入ったままだ。いらないのかな?結構な金額なのに。別荘買うために沢山お金使った筈なのに…金持ちめ。
金持ちへの呪詛を唱えながら歩いてたら、とうとう行き詰まった。ここ庭園ダンジョンなの?宝箱の気配すらないのはマイナス評価だ。仕方ない、転移魔法を使うか。しゃがんで生け垣の根元、植木と植木の隙間に這って入る。このまま直線に進んで抜ければ転移魔法は成功だ。おや、どうやら人語が聞こえてきたようだ。出口は近い!…迷子じゃないけど。
三つくらい生け垣を潜り抜けたらちょっと拓けた空間に出た(てれってってーん)。四阿があって、そこにパツキンとハル様がいた。ハル様は普段からは想像できない熱量で、養子云々はさておき学府行くことが如何に俺のためになるかを語っていた。パツキンはうんうん頷いている。俺もうっかり頷きそうになった。危ない危ない。転移魔法やり直し。生け垣の根元に潜んだまま方向転換する。いつの間にかタッグ組んだ二人に見つかったら長時間説得コースに突入だ。
別に俺は養子になる事も学府に行く事もやぶさかではない。ただ一言「なれ」って「行け」って言ってくれれば良かったのにご主人は言わなかった。「なりたいか」「行きたいか」「どうしたいか」と訊くだけで、挙げ句だまっていなくなった。考えるととムカムカしてくるので、ダンジョン脱出だけを考えよう。クレアちゃんに教えてもらった匍匐前進してたら庭師のおっちゃんに遭遇した(てれってってーん)。剪定のお手伝いしてたら筋がいいって褒められた。よし、取り敢えずパラサイト脱却。ニート卒業!
間引きしたお花をもこちゃんの頭に飾ったら魅力度アップした。にまにましてたらおっちゃんが新しく雇われた子かと訊いてきた。いえいえ違いますよ。俺にはちゃんとご主人がいますよ。今頃は海でキャッキャッはしゃいでるかも。ヤシの実で変な人形作りしてるかも。俺も南の別荘に行きたかったな。なんて言ったらおっちゃんは帰る家あるのかと気の毒そうに訊いてきた。なんか勘違いされてる気がしたけど、ちょっと待っておっちゃん。今、なんと言った?…………帰る家……だと?
なんで気付かなかった俺!今の俺はパラサイトでニート。つまり自宅警備員!お屋敷が閉門されたままとはいえ、自宅を警備してこそ自宅警備員!ありがとうおっちゃん!俺お家に帰るよ!
駆け出して、すぐ戻る。ところでこの庭園ダンジョンの出口知っていますか?教えてくださいお願いします。
おっちゃんの協力で転移魔法を大成功させた俺はおっちゃんとバイバイした。目の前には王宮に続く道。城下町まで行けばそっからは慣れた道だ。足取りも軽く、心なしかもこちゃんも嬉しそうに背中でだるんだるんしてる。俺はチョー浮かれていた。だから気付かなかった。
もうちょっとで城下の街道と合流する草深い横道。向かいから人が歩いて来た。さり気なく避けようとしたら俺が避けた方に寄ってきた。よくあるよくある。反対側に避けたらやっぱり避けた方に寄ってきた。うん、これもよくある。もっかい避けようとして、あまり風体のよろしくない人だってやっと気付いた。後ろ向いたらやっぱり風体のよろしくない人が二人いた。
やばいっと思った時には蹴り飛ばされてた。地面に転がったところで一人がナイフを取り出して俺に突きつける。少し錆びていて、でも鈍色に光っていて…動いたら刺されると思って動かなかったらブチッブチッって音がして背中がすーすーした。後ろを見たらやっぱりナイフを持った人がもこちゃん持ってた。もこちゃんの頭に飾ったお花がひらりと落ちた。
返して!俺のもこちゃん!
気付いたら、辺りは夕闇だった。
あれ?俺、どうしたんだっけ?ここ何処?なんで寝てんの?しばらくボッーとしてたけど、ふと横を見たら道の真中にもこちゃんの紐(別売り)の切れ端があった。
そうだもこちゃん!
飛び起きようとした瞬間、激痛が爪先から脳天に抜けた。頭と肩と足と腕とお腹と背中と…身体中のあっちこちが痛くていやな汗が出た。辺りを見渡しても人の気配はなく、どうやら俺は道端の茂みに捨て置かれたらしい。
もこちゃん、持ってかれちゃったんだ。チョー戦ったのに、レベルが違い過ぎた。取り戻ろうと伸ばした手を捻り上げられて地面に叩き付けられて、もこちゃん持ってる奴の足に噛み付いて、背中を思いっきり蹴られても噛み付いて離さなくて、いっぱいいっぱい蹴られて殴られて…持ってかれちゃった。ご主人が買ってくれた俺のもこちゃんなのに。あ、中に為替手形入ってた…あれ?いらないから置いてったんだっけ?…金持ちめ。
動くと痛いから転がろうとしたら余計痛かったからすぐ止めた。時間をかけて起き上がり、時間をかけて立ち上がる。口の中が血と泥の味がして、ペッてしたらやっぱり身体中が痛かったから1回でやめた。フラフラと道へ出て紐(ry)の切れ端を拾う。せめてこれだけはなくさないよう手首に巻き結ぼうとして、指にも手の平にも血と泥が固まってて、片手じゃうまく結べなかったから足首に巻いた。あ、靴も持ってかれてる。服もボロボロだ。もこちゃんの頭から落ちたお花は踏みにじられてぐちゃぐちゃになってた。
鼻の奥がツンと痛い。頭の後ろがズキズキして、胸の真中がモヤモヤしてる。この感じ、覚えてる。ご主人に拾われた時と同じだ。
だったら行かなきゃと、一歩踏み出したら痛い。二歩目も痛い。それでも歩き続けた。頭はグラグラするし歩いても立ち止まってもズキズキと色んなトコが痛い。躓いたり転んだりしたけど倒れたらきっともう起き上がれないから歯を食い縛って堪えた。痛い。それでも休み休みしながらヨタヨタと歩いた。途中で噴水があったから手と顔を洗って口の中を濯いだら赤黒い塊が出た。気持ち悪い。何処をどう歩いたのか、いつの間にかお屋敷の前にいた。帰巣本能スゴイ。
門は板でバッテンされていたけど、衛兵さんみたいな人はいなかったから隙間から入り込めた。玄関も窓も鍵がかかって入れなかったけど、厨房の地下倉庫の明かり取りの窓は開いていた。流石俺のヒミツの出入り口。いい仕事してる…着地失敗。痛い。ちょっと埃っぽくなったお屋敷の中はしんと静まり返ってる。遠くで鐘が鳴る。玄関ホールのバカでかい壷は中に入ったら誰にも見つからない。階段を上って三段目で踏み外した。痛い。苦しい。息できない。なんでご主人の部屋一階にないの!…仕方ない、諦めは肝心だ。ホントはご主人のふっかふかの布団がよかったんだけど、もう力が出ない。手も足も動かせない。お屋敷内って事でよしとしよう。俺頑張った。チョー頑張った。
ご主人、今「どうしたいか」訊いてくれればこたえられるよ。
家で死にたい。ってか死ぬ。ここは俺の家だよね?
ご主人に拾われる前は道端の茂みとか、路地裏とかで野垂れ死にするんだと思ってたから、死に場所が選べて、それが屋根のある自分の家で、たくさんたくさん楽しい思い出があるところで死ねるなんて、とても幸せだ。
ご主人のお陰で俺に帰る家ができた。名前もつけてもらった。
名前のない俺に、ご主人がつけてくれた大切な大切な、大切な名前を。
恩義を返さずごめんなさい。
迷惑いっぱいかけてごめんなさい。
もこちゃん持ってかれちゃってごめんなさい。
念のため、為替手形もごめんなさい。
あと、あと…何だっけ?なんかあったのに…思い出せないや…とにかくいっぱいごめんなさい。
拾ってくれたのが、ご主人で良かったです。
もう目が開けてられない。閉じたら何処かで何かが割れる音がした。
もう何処も痛くない。
黒く染まった意識の外で、聞こえたのはご主人の声。
「セナっ!」
俺の名前を…
(`ФωФ')カッ
呼びましたか!?ご主人!




