新しい町へ行こう
鎧を着た門番に入国を許され、開放されてある観音開きの入口扉をくぐったところで、二人は呆然と立ち止まっていた。
「なんだ、町をあげての祭典でも開かれるのか?」
周囲をぐるりと見回して、タクはそう言った。
巨大な城に向かって半月状に囲うようにして作られた城下町は、活気に満ち溢れていた。
町中には石造りの四角いシルエットの建造物が整然と立ち並び、その狭間を抜けるように道幅も様々な通路があちこちに伸びている。
メインストリートと思われる幅広の通路には、数え切れないほど多くの露天商が色とりどりのテントを展開し、それを見て回る地元の老若男女たちで道々は溢れ返っていた。
午後の陽光がカラフルなテントを透かして、石畳の地表に鮮やかな色彩を映している。
「すごい活気」
隣にいるカリグラは、金属プレートを当てた胸の前でそっと両手を組んで、ぽかんとした表情になっていた。
タクとカリグラの二人は、巨大な一枚大陸の南方に位置する城下町、バラドバルシャにやってきていた。
それというのも、この町近辺の地域で奇妙な魔剣が発見されたという噂を耳にしたからだった。探し求めている剣のひとつに違いない、とタクは考えていた。
数週間ほど前に、以前いた大都市を出発し、いくつかの小さな町村を経由して、森を南に突っ切り、ようやく今日ここにたどり着いたのだった。
入口を入ったところでいつまでも立ち尽くしていては他の通行人の邪魔になるかもしれない、とタクはふと我に返った。ぼうっと突っ立つカリグラを促し、タクは町の中をいっそう賑やかなほうへ歩き出した。
道を数歩踏み出したとき、どこからかじっとりとした妙な視線を感じたが、タクは特に気にはとめなかった。
二人はとりあえず、町の人々に剣の噂を訊ねてみることにした。
「不思議な力を持った剣? 知らねえな。うちは果物しか扱ってねえし」
道端の石畳に敷いた筵に座り込んだ黒ひげの男がぼんやりと答えた。
「そんな珍しい代物だってんなら、俺は王様に献上するね。それで、専属の商人として抱えてもらうんだ」
武器屋のカウンターから身を乗り出した若い商人が興奮したように語った。
「知るもんか。いったい、何の話だ」
石造りの民家の日陰で外壁に背を持たせかけた男が無気力に答えた。
これはほんの一部分だった。
ある程度の話を聞き終えて、タクは少しうんざりした。どの人物に何を訊ねても、いずれも必ず王様の話を付け加えて語る。だが、みんなに慕われるご立派な王様の話を聞きにここまで来たわけではない。
どうやらこの町の住人は誰も、遠方まで噂の広まっている剣の噂について、その一切を知らないようだった。
町中に遠く響き渡る賑やかな喧騒のなか、タクとカリグラは町の中心部にある丸い広場のベンチに腰かけ、少しの雲もない綺麗な青空を見上げた。
「水、いるかい?」
突然、死角から声がかかった。
タクが右手に顔を向けると、にこやかな笑みを浮かべた小太りの男が二人に水を差し出していた。両手に握られた、出来損ないのガラスコップのような半透明の容器に、涼しげな水がたっぷりと注がれているのが、じつにうまそうだった。それに、歩き回って喉が乾いていることもあった。
タクは軽く会釈をしながら、水の容器を二つ受け取ると、
「金がいるな。いくらだい?」
タクの問いかけに、小太りの男は納得したような表情になって、
「君ら、このへんの人間とはちょっと違った顔立ちだな。もしかして、遠方から来たのかな。言葉遣いも訛りが薄いし」
微笑ましい口調で、
「この国は湧き水が豊かなんだ。だから、金は取らないよ」
「外からやってきた人間もそうなのですか?」
タクから渡された水を両手で持ったカリグラは、不思議そうな顔でそう訊いた。男は満足げにうなずいて、
「みんな、無償で水を飲むことができる」
男は、容器を返す場所だけ簡単に伝えると、背を向けて、人混みのなかに消えた。
タクは容器の水面をじっと見つめた。どこか、不思議な感じがした。澄んだ水の隅々に、どこか薄い邪気のようなものが行き渡っているようだった。
一方、カリグラは何かに気がついたふうもなく、嬉しそうな様子ですでに水を飲み始めていた。天気が良いせいで、空気はからりと乾燥し、日差しも強いので、美味しそうに喉を鳴らしているカリグラの気持ちもよくわかった。
喉は乾き切っている。タクも容器に口をつけようとした。
だが、口に近づけかけた瞬間、容器が手から離れ、水を撒き散らしながら勢いよく地面に転がった。
タクのそばに駆けてきた人影に払い落とされたのだ。
でこぼこした表面の半透明の容器は、石畳に叩きつけられた衝撃で、ばらばらに割れてあちこちに散らばってしまっていた。
「何だい」
タクは腹立たしげなまなざしで人影をにらんだ。
灰色のローブ姿。だが、布の染色が均一ではなかった。たぶん、もともとは繊維そのものの自然な色だったのだろうが、塵芥に汚れてあちこちが暗い色合いに変わってしまったらしかった。肩幅の広さからして、女性には見えなかった。
同じく灰色のフードの奥に隠された目が、タクの視線を受け止めていた。
「その方はもう手遅れかもしれん」
目の前の男はカリグラのほうに目をやって、そう言った。
タクは男に怒りを抱いたまま、視線の先を向き、思わず目を見開いた。
カリグラは唇の片方の端からつうと水を垂らして、虚ろな視線で真っ直ぐ前を見据えていた。だが、何を見つめているのかは定かではなかった。呼吸は自然で、空の容器もしっかり握りしめたままだったが、何かに意識をコントロールされているかのような奇妙な違和感があった。
「どうなってる」
タクは男に向き直って、大声を出した。
「精神的なコントロールを受けている」
男はカリグラの目の前に腰を落とし、その顔の前で右手を振ってみせながら、冷静に答えた。
「貴方は飲む前だから助かったのだ」
「水のことか? しかし、大した邪気じゃなかった」
タクは先ほど水を飲む前に感じたわずかな邪悪な気配を思い出した。邪悪といっても、怪しく凶悪なものではなく、自然な水源からいっしょに流れ出た天然の魔力のようなものに感じられた。
「恐らく、人為的なものなのだ。巧妙に術の気配を隠してある」
「人為的だって?」
タクは驚いて、地面に砕け散ったコップをしばし見つめた。ふたたび男の顔を見ながら、
「何の目的があって? それに、あんた」
「目的は、わからない」
男は無念げに首を横に振って、
「申し遅れたが、私はロンドと言う。ひと月前まで、王の身辺を護衛していた者だ」
ロンドは右手を頭のほうに伸ばした。煩わしげにフードを振り払ってのぞいた顔には、疲労が滲んでいた。
陽光にきらめく長い金髪のなか、あらわになった精悍な顔つきには憂いがこもっていた。




