【かつての背中は遠く】
長らくお待たせしました。
数ヶ月落ちぎみだった執筆意欲、最近になってジワジワ蘇ってまいりましたとも。
とは言え、またも週一更新! と言い切れるほどのペースではなく……。
保険に保険をかけて二週に一話の更新だと思っていてください。
基本作者のテンションで書いてる物語なので、長い目で読んで頂けると幸いです。
社会科教師――、伏峪レキシは自身の眼前に広がる光景に驚愕していた。
「なんやねん、コレ。ホンマに混沌やわ」
今まさにこの瞬間行われているのは、オクタグラム=マギにおける御前試合だ。他国からの使者を招いた上で行われるそれは、他国に対して自国の実力を思い知らせる意味合いを持ち、相応の規模をもって開催されている。
オクタグラム=マギに伝統そのものとも言える魔法を駆使して会場や客席を一から建設し、更には発展の過程で生まれたテクノロジーをも利用して結界を張り巡らせるまでする始末。
レキシとしてはてっきり、御前試合言うてもちょっとした見せもんやろ、とか思っちゃっていた分、想像以上の真剣な感じに一度は腰を抜かしかけた程だ。
その気合いの入り様は、即席のオリンピックが開かれていると言っても過言では無いだろう。
受け入れ難い現実を前にして、呆然としながらレキシはゆっくりとまた席に着く。
誰かが「これは夢ですよ~」などとおどけた声で種明かししてくれるのが一番なのだが、レキシの腰元から伝わる異様に心地の良い客席の感覚が何よりも現実を証明している。
思わず、深い溜め息が漏れた。こんな気分は一晩考えた渾身のギャグを授業中に披露したものの、絶対零度の如く冷たさで生徒たちに無視されたあの日以来だ。
はて、それはいつの事だったか。
そんな風に改めて過去を振り返ってみると――、
「そういや、この世界に転移する前日の授業やったっけ?」
なんと、思いのほか最近の事だった。
とは言え、実のところそんな最悪な気分を週単位で次々と更新してきた過去をもつレキシ。かれこれ二ヶ月以上更新されなかったのはこれが初めて。思わぬ記録更新である。
と、そんな自嘲めいた思考を巡らせていて、ふと気が付く。
「――そか、もう二ヶ月近くか」
二ヶ月。短いと言うにはあまりに濃密過ぎる、長いと言うにはあまりに短く感じてしまう、そんな月日だった。
受け入れがたい現実も多々あった、目を逸らしたい光景も幾度となくその両目で目の当たりにしてきた。
今更ながらこれは夢ですよ、と耳元で囁かれれば、レキシは何の疑いもなく信じるだろう。それほどに信じがたい事ばかりだった。
だが同時に、夢であったとしてもレキシの血肉となっている実感も残るのだろう。それほどに、この世界での出来事は自分に影響を与えてくれる事ばかりだった。
今の自分があの教壇に立てば、生徒たちにどんな話をするのだろう。
人の命の尊さ、生きることの難しさ、そして当たり前に友が居ることのありがたさ。話したい事は山程あるのだ。
どれもこれも元の世界では経験することの出来ない事ばかりで、それを愛しい生徒たちに話してやりた――、
ドゴッ! ジジジジィッ! バシュゥ!!
まるで快晴の下の野原で風を受けているかのように、喧騒などとは程遠い心地よさそうな表情で今までの二ヶ月を振り返っていたレキシの耳に、喧騒そのものが届いた。
初めの衝撃音は拳大ほどの岩が客席の結界に触れた音で、続けて聞こえた音がその岩を結界が分解していく音、最後の何かが弾けた音が岩が完全に消滅した音だ。
改めて現実に引き戻されたレキシは溜め息と共に舞台上を見やる。そこにはかつてのレキシの教え子で、現在は共に戦場で戦う戦友である清宮ハレと御幸ミユキの姿があった。
恐らく、先ほどの岩はミユキが魔法で生み出したものだろう。戦闘スタイルを後方支援に徹しているミユキは魔法の扱いに長け、約一メートルほどの杖を用いて戦っている。
対するハレの得物はグローブだ。拳を守るためだけでなく、その威力を底上げするために鉄製の甲の部分には魔方陣が刻まれており、射程距離を犠牲して生まれた身軽さに加えて、その一撃の威力は計り知れない。
無論、ハレもミユキも全力を出しているわけでは無いだろうが、素人目で見てもその動きは人間業では無い。
と、レキシが二人の動きに呆然としていると、風に乗って二人の会話が聞こえてくる。
「なあ、ミユキ。どうやらレキシ先生は退屈しているらしい。何かを諦めたような目で私たちを見ているぞ。これはどうやら……本気を出すしか無いようだな」
「清宮さん清宮さん。多分それ間違ってると思いますよ? あれは何というか、二十歳過ぎて大きくなった娘が彼氏を家に連れてきた父親みたいな目で、自分の知る誰かがどこか遠くに行っちゃったなぁって感じの目だと思います」
「ふむ、そうか。それほどにレキシ先生は私たちの成長を喜んでくれているのか。なればこそ、手加減は出来ないな」
「もうっ、どうしてそうなるんですか。……仕方無いですね。じゃあちょっとだけ本気出しますから、好きなようにしてください」
その言葉をきっかけに、ミユキの攻撃が苛烈な物へと変わる。先程までせいぜい拳大だった魔法の攻撃が、人の顔面程度なら難なく吹き飛ばせるほどの大きさに変化した。
加えて、生成する物は岩だけでなく水や炎にまで及び、まともに当たれば骨折や火傷では済まないレベルの攻撃へと昇華していく。
無論、それらが向かう標的はハレ。スラリと美しく伸びた四肢を打ち砕かんと、四つの攻撃がハレへと殺到する。
しかし、それらを目の当たりにしていながら、ハレは微動だにしない。それはまさしく、全ての攻撃を受けて見せると豪語しているようで。
会場に居る誰もが息を飲む。常人――いや、ある程度の訓練を積んだ者でもまるで避ける他為すすべのない絶体絶命の状況を、彼女はどのように切り抜けようと言うのか。
誰もが固唾を飲んで見守る中、一人ハレだけは誰にも届かぬような声でボソリと呟いた。
『精霊召喚・纏、流水』
誰も視認できない、誰も気付けない。
けれど確かに起きた、ハレの変化。
面と向かい合ったミユキだけはそれに気が付けたが、打ち出した魔法を今更戻すことはできない。ハレのしようとしている事を察して、決して自分だけには被害の及ばぬように水の防壁を展開する。
その直後、観客の誰もが目にした。ミユキの放った魔法がハレに当たる直前、まるで意志を持ったかのようにハレを避けていくという奇妙な光景を。
「…………へ?」
そんな中、間抜けな声を漏らす者が一人。他ならぬ彼らの教師、レキシである。
会場全体が全ての攻撃を凌ぎきったハレに称賛の言葉を送る傍らで、レキシだけは自分へとまっすぐに向かってくる意図して弾かれたと思われるミユキの魔法に目を向けていた。
初撃、迫り来るは岩石。人をバラバラにするのに十分過ぎる質量と速度を持った岩石が、本来無条件で攻撃を無力化するはずの防御結界にヒビを入れる。
「……嘘やん」
二撃目、迫り来るは水球。これまた人を粉々にできそうな圧力を備えた水球がヒビの入った結界にぶち当たり、その隙間から相当の量の水をレキシに浴びせかける。
「……いや、なんでやねん」
三撃目、迫り来るは風の刃。またもや人をズタズタにできそうな威力を誇る風の刃が結界に殺到し、先程の水球で更に広がった隙間から突風をレキシに向かって吹き付ける。
「……さっぶ」
終撃、迫り来るは火球。もういっそレキシを炭に変えるつもりしかないとも思える火力を宿した火球が結界に直撃し、既に野球ボール一個分ほど空いている結界の隙間から漏れ出した炎でレキシを炙る。
「……よっしゃ、これで服も乾いて万事オーケーってそんなわけあるかいっ!!」
服は洪水、顔は大火事。有名ななぞなぞを体現しているかのような自身の惨状に思わずノリツッコミを入れるも、観衆の視線は舞台の上のみ。レキシの心の叫びは呆気なく風に流されていく。
と、レキシは虚しくも一人芝居を繰り広げている内に、舞台上の闘いは幕引きへと進む。
先程ミユキの魔法を鮮やかに受け流したハレが、間髪入れずに攻めへと転じた。
『精霊召喚・纏、烈火』
「――ちょっ、清宮さん!?」
「ゴメンね、ミユキ。少し、本気を出したくなってしまった」
瞬間、消えるハレの姿。
そのあまりの速さに誰もが呆気に取られ、数瞬後ハッとしてまたハレの姿を探そうと試みる。だが、観衆の目がハレの姿を捉えるよりも早く、舞台上から悲鳴が上がる。
静まりかえる会場。困惑と不安が掻き立てられる沈黙。
しかし直後、悲鳴の理由を理解した者たちは誰もが、その沈黙をかき消すほどの大きな歓声を上げた。
そう、いつの間にかミユキの胸に拳を当てている、勝利者ハレへの賛美として。
続々と沸き上がる歓声。そんな中、レキシは教え子の成長素直に喜べずにいた。
果たして、今もレキシの脳裏を走馬灯が如く駆け巡る彼女たちはどこへ行ってしまったのか。最早あの二人にかつての面影は無く、清宮ハレに至ってはただの戦闘狂。元の世界で務めていたクラス委員長という立場とはまるで対極である。
全く、頭を抱えたくなる問題だ。
この世界に召喚された正にその日に同じ教師となった彼――具貂タクならば軽く笑ってスマートに見なかった振りをしそうなものだが、妙に生真面目な所があると自覚しているレキシにはそうは割りきれない。
故に、どれほど頭を抱えようと口から漏れ出すのは溜め息ばかりだった。
「後生やで、タッくん。今君は、どこにおんねん?」




