【ひとときの入国】
そこは近未来だった。
いや、詳細をいえば近未来ではないのだが。
オクタグラム=マギの扉を潜り抜け、一歩を踏み出せばそこは銀色の光沢で覆われた都市であったのだ。
見るに、道は入り組んでおり、高い立地にある建物に何故か降下階段を使うという設計だった。
そこらにある建物は至るところから白い煙を噴出しており、視界の色彩が薄い。しかし煙に臭いは無く、どうやら水蒸気のようである。
「この辺りは防衛技術の集合で、仕組みは言えないのですが誰でも即座に使えるような魔道具が作られているんですよ。そして戦の時にはそこにある排出口から完成品の魔道具が排出されるんですぅ……ふう…」
褐色のエルフが、重々しい音を出しながら動いている機械らしきものを指差して言う。
彼女はカリグラフラという名で、妙齢の女エルフである。銀色の鎧を装備して、髪は白く透き通っている。そのせいで蒸れているのか、はたまた暑いのか、苦しそうに汗を流している。
カリグラフラは道中案内役のエルフだ。
王に謁見するという事から正装としての鎧で身を固めている。つい先程まで彼女は革と金属で覆われたドレスアーマーなるものを着用していた。部下のエルフたち数名の手を借り、国に入る前に隠れて装備を整えていたのである。
カリグラフラは顔に張り付いた髪を鬱陶しそうに払った後、軽く喘ぎながらも説明を続ける。
「私たちの国は外側から、防衛機関区、住宅区、商業区に学園区、そしてまたさらに防衛区を挟んで、王城があります。詳しく言えばもう少し区画が分かれるのですけど、できるだけ早く王の元へ行かなければならないので……」
「そうだな……じゃあ、行くか」
ここは閑静な住宅区だ。特に催しが無い時は井戸端する女衆や子供たちの声、魔法の音が僅かにするのみである。
次に、商業区だった。人で混み合う店舗のクロスロードは、先程までとはまた違う種類の喧騒で溢れている。
「じっくりと見ていただきたいんですが、何しろ時間がないもので。なので、また今度見に来ましょうね!」
そう言ったカリグラフラに四人が様々な表情を見せるが、反する意見は出る素振りもない。この短期間でタクたちの忍耐力もある程度鍛えられているのである。
タクの一行は六人組だった。
しかし、現在は二人が抜けた状態で、四人である。
タクとレキシを中心に構成された四人だ。
残り女子生徒二人。
御幸ミユキと清宮ハレである。
元の世界のクラスで、アイドル的な存在だったミユキ。
髪色は黒で、身長は並程度。佇まいが麗しく、大和撫子を思わせる。しかし話し言葉は案外気さくで、その事からあらゆるヒエラルキーで有名で、人気も高い。
クラスのムードメーカー的立ち位置であったハレ。
快活さが窺える少女である。首にかかる程度の短い髪が映え、より快活さが出ていた。髪が光を受け、青くきらめいているように見える。
誰にでも親切であり、優しくもある。しかし同様に、自分と他人に厳しくもあった。
「ミユキ、ハレ。さっさと行くぞ」
「は、はい」
「うーん……そうだね」
「二人とも、急がなあかんでー!」
そして誰も止まることなく、そのまま商業区は過ぎていった。
「今大体、昼前くらいだよな。なんだかまた静かになってきたような気がするぞ。人の影も殆ど無いし……カリィさん、ここは二次防衛区か?」
「ふぁい……そうですぅ、お城を取り巻くように設計された万能防衛区なんです。それに備品など整備用品、食糧備蓄、魔武器庫などなど様々な役割を担ってます。ここも、説明しようと思えば日が沈みそうな程に最新装甲盛りだくさんなんですが……話すことはやっぱりできないんですぅ……すいません」
「まあ、そんなもんだろ。大体、国の重要機密事項的なものを初っ端から見せられてもこっちが困る」
「ですよね。では王城へ向かいましょうね。もう少しで王様に会えますよぅ、長かったですぅ……」
巨大な八角の城がそびえ立っていた。
それはもはや城などという現在の代替的な言葉で形容しきることは、もはや出来ない。塔だった。塔も塔、巨塔だった。
頂きはどこかと眺め、仰ぎ見るだけでは十分ではなかった。
繊細にツタが絡み合ったその巨塔は、荘厳な格を備えている。塔の根本は大樹の様にずっしりと、動く気配など微塵も感じさせない。
そそり立つ外観は、ピサの斜塔すら置いてけぼりにしてしまう程だ。
そんな塔の内部にタクたちはいた。
王の間は塔の上層部に位置している。
一つのフロアだけでも長距離走出来そうな程に広大である。
塔の端には窓らしきものがあり、透明な何かで覆われていた。
部屋の至る所に機械らしきものが置かれ、気体か何かを噴いている。
その王の間中央付近に王の象徴たる玉座がこれでもかと王の存在を引き立たせた。
周囲に兵が配置されているが兵の数は意外にも多くはなく、むしろ少ない。精鋭だけを選りすぐり、集めているらしい。
王は当然エルフであった。身丈はそれほど高くもなく、低くもない。身体の見た目の若さ故に視覚的には伝わって来ないが、千年単位で生きている事は威圧される感覚的に十二分に伝わってくる。
長く雪の様に白い髪が特徴的であり、肌は餅の様にきめ細やかで触ると蕩けてしまいそうだ。
目鼻立ちは整い、コーカソイドの少女を思わせる。
そして胸元には大きく、しかし張りのある胸があった。
王様は女性であった。
そこで、タクは目の前が暗くなるのを感じた。
体がどこかにいったように、意識が遠くなった。