表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/42

【ENEMY ATTACK】

 


「……来たわね」


「ああ、嫌な予感が当たりやがった」


 敵襲を告げる鐘の音に周囲がざわつき始める中、カリファとエッジは一切の動揺を見せずに甲板に立っていた。


 海上にて戦闘状態に陥る。これは出航以前より想定された事態であり、船にもそれなりの防衛手段は備えられている。だが、言わずもがな海上の戦闘では場所を選ばずに戦える魔物に利がある。

 こちらの戦力を考えると、思わずカリファの顔が強張った。


「だが、これで推測は確信になった。間違いねぇ、敵には有能なブレーンがいる」


「……憎たらしいことに、ね」


 この船に戦闘員と呼べるほどの人員は数えるほどしか乗せられていない。それは偏に、こういった敵襲が起こる可能性が低いと想定された上での人員配置が行われたからだ。


 その理由として真っ先に挙げられるのが、敵対勢力である魔物の知能の低さだ。今までの経験上、魔物が狙うのは人の集まる首都ばかりであり、力だけで主要都市を狙うそのやり方は決して賢いものとは言い難かった。


 ところが、今回はどうか。

 オクタグラム=マギへの襲撃によって減少した戦力の補給船への襲撃。もしもこれがオクタグラム=マギ襲撃以前より計画されていた行動だとすれば、今までの行動傾向とは異なるのは明白。今までは無意味な特攻だと気にもしなかった襲撃が、この日この船を落とすためのものだとしたら、敵に頭の切れる先導者が居ることは明らかだった。


「もしもこの襲撃が意図されたものであるのなら、必ず次がある。どうやら私たちを同行させたイルシンクの判断は正しかったようね」


「……分からねぇな」


 二度目のオクタグラム=マギへの襲撃を確信するカリファとは対照的に、エッジは遥か遠方を睨んで目を細めた。


「たとえそれを読んでいて俺達とあのガキを派遣したのはいい。……が、分からねぇ。どうしてイルシンクはあの娘まで同行させた? それもリィン抜きで、だ。同盟国に対する礼儀ってだけなら俺達だけでも十分過ぎる」


「…………」


「イルシンクは、どこまで大局を見据えてやがる?」


 僅かながらも不信感が生まれたエッジの胸中。その視線の先にあったものは、今や遥か遠き自国の空だった。




 ◇




 海上の景色というものは、如何とも捨てがたい魅力があるとヒトシは思う。


 延々と異世界の澄んだ水の上を揺られ、時折視界の端に大陸の欠片を捉え、またいつもの青空へと視線を向ける。

 言ってしまえば、船から見える光景などそれだけで、数日もすれば味気が無くなるものだと思っていた。変わらない景色に飽きて、部屋の中に閉じ籠もるものだと思っていた。


 ところが、現実はそうはならなかった。

 朝、昼、夜、そしてその日の波の大きさや空の晴れ具合。ヒトシが甲板から覗いた景色には一日として同じ景色は無く、一日として退屈だと思える日は無かった。気付けば、港を出て以来ヒトシはほとんどを部屋の外で過ごしていた。


 海は穏やかで、空は大らか。そんなイメージが、ヒトシの脳内には既に生まれていた。


「……これが」


 ゴクリ、と唾を飲む音が頭を巡る。口から吐き出される息には様々な負の思いが籠められている。そして、その瞳はすっかり変わり果てた甲板からの景色を捉えていた。


「……魔物」


 海には百を越える不穏な影が波の合間にちらつき、空には青を塗り潰すように白い翼が一面を覆い尽くしている。

 今や、完全に姿を変えてしまった海と空が、ヒトシの前に広がっていた。


 眼前、そこに立ちはだかるは人型の魔物。全身を青い鱗のような皮膚で覆った、いわゆる半魚人のような生き物だ。

 四肢に備えられているヒレのような器官を見る限り、海を渡ってきているあの影と同じ生き物だろう。武器らしき物は持っておらず、その実力は読めない。


「ヒトシさん! そちらはどうです――って、うおわぁ!?」


 相手との間合いを計りあぐねていると、背後からウタが駆け付けてくる。一瞬、気味の悪い魔物の姿に驚愕の声をあげるも、すぐに冷静さを取り戻してヒトシに並んだ。


「遅くなりました。何分、装備が大きいもので」


「大丈夫。どうしてかは分からないけど、まだ襲いかかってくる気配は無いから。……それより、桐崎さんは?」


「魔物の数の多い前方に回りました。とりあえず前方の様子を確認して、問題が無ければ駆け付けてくれるそうです」


 そう、と頷き、ヒトシは改めて自分に迫る敵を確認した。


 目視出来る数を数えれば切りが無いが、今現在で戦闘態勢に入っている魔物は五体といったところだ。それ以外は海で待機しているか今まさに船を登ってきているかで、今すぐに脅威にはならないだろう。

 船の後方部はそこまでの広さは無く、ヒトシと魔物とはおよそ五メートルほどの間合いがある。間合いを保ちながら乱戦にならないように各個撃破するのが理想だが、上空を舞う鳥型の魔物の動きが読めない以上下手に動けない。


 さて、どう攻め入るか。ヒトシがそう頭を悩ませていた――その時、海を進む魔物の群れから一つの影がヒトシの立つ甲板に飛び出してきた。


 その影の全容に、ヒトシは思わず息を飲んだ。

 眼前を覆い尽くす魔物の群れ、その中心部から姿を現したその影は、


「――人、間」


 半魚人のような個体とは異なった、明らかな人間の形をしていたのだから。


 いや、と言葉にはせずに自らの言葉を撤回する。

 確かにその姿形は人間の物だ。けれど、普通の人間とは明らかに異なる点がある。


 それは、血の気の失せたその肌の色。血の気が失せていると言えば真っ先に『青白い』という表現を思いつくが、その魔物の持つ肌の場合は灰色に近い。まるで生きる事自体を否定しているかのようなその体に、少なからず恐怖が胸を蝕んだ。


「訂正、してもらおうか」


 不意に、ヒトシでもウタでもない第三者の声が耳に届いた。聞き覚えのない声に、周囲を見渡してその持ち主を探すが、それらしき影は無い。あるとすればただ一つ、眼前に立つ、魔物の存在。


「オレだよオレ、オレが話してるんだ」


 次の声で、それは確信に至った。

 目前の魔物が、人語を操っている。その事実に少なからず衝撃を受けたが、表には出さずにその魔物に刃を向けた。


「何を、訂正しろって言うんだ?」


「ああ、そんな事も分からないのか。可哀想に。……オレの姿を見て貴様が口走った言葉。それを訂正しろと言っているんだ。くれぐれも、貴様らのような劣等種と同じにされては困る」


「劣等種、だって?」


 ヒトシの言葉を受け、魔物は一瞬驚いたような表情を浮かべ、直後腹を抱えて巨大な笑い声をあげた。


「何がおかしい?」


「――いやはや、笑わせてくれる、まさか自覚が無かったとは。吹けば飛ぶような脆い体に、放っておいても息絶える儚さ。精々猿が知恵をつけた程度の頭と、何よりも脆弱なその精神。それらの一体どこを誇って、貴様らは自分達が劣っていないというのか」


「――――」


 魔物は嗤う。悠然として、ケタケタと。眼前で刃を構えるヒトシの事など歯牙にもかけずに。


 一方で、ヒトシは恐怖せず焦りもせず、ただ率直に驚いていた。

 人間に近しい容姿と言語を操る知能。それらはカリファから聞いていた魔物の特徴とは異なっており、僅かに動揺した。


「……お前は、魔物なのか?」


「――――フハッ、フハハハハハハッ! 何だ、何だ何だ何だ! もしや貴様、俺が人間であるなら斬れないとでも言うつもりか?」


「…………」


 魔物の問いかけに、ヒトシは答えない。

 そんな様子を見て、一瞬にして魔物の形相が憤怒に染まった醜いものへと変貌する。


「――ふざけるなよ、劣等種。人間共が異界の戦士を召喚したと聞いて来てみれば、なんだ、ただの腑抜けであったか。己の信念を貫くために何を滅するべきかも分からないのであれば、今このオレが引導を渡してやる」


 人型の魔物は右腕を天へとかかげ、スッとヒトシめがけて真っ直ぐに振り下ろした。

 咄嗟に何らかの攻撃を警戒するヒトシ。魔物に対して刃を向けたままで攻撃に対処しようとするが、待てどもヒトシの周囲に変化は起こらない。

 依然として警戒したまま、ヒトシはふと人型の魔物から視線を逸らす。そしてようやく、魔物の行動の意味を悟った。


「――往ね」


 初めにヒトシの目に映ったのはそれが華麗に上空を舞う姿。大きく広げられた大翼をはためかせ、空に円を描く鳥。それはやがて旋回するのを止め、青い空に浮かぶ白点に変わる。

 何らおかしい事の無さそうなそんな光景に、特殊な目を持つヒトシだけはそれに気付けた。その白点が、徐々に接近している事に。


「――っ!? ウタさんっ、下がって!」


 ――鮮血が、舞う。


 鋭い刃が喉元を切り裂かんと迫り、両者が接触する刹那、その周囲を血で染め上げた。その一合に周りの魔物でさえも動きを止め、冷静に目前の光景を静観した。


「――――ちっ」


 小さく漏らした舌打ちは誰もものだったか。

 少なくともそれは、上空より接近してきた鳥型の魔物を、たった一度短剣を振り抜いただけで喉元を断った、ヒトシのものではなかった。


「僕がお前に人間かどうか聞いたのは、それが敵かそうでないかを判断するためじゃない」


 べったりと刃に付着した魔物の血を振り払い、静観していた魔物に真っ直ぐと突き出す。余裕綽々といったヒトシの振る舞いに、人型の魔物の表情が歪んだ。


「図に乗るなよ? 今お前が斬ったのは有象無象の一体、こちらにはまだ百を超えるしもべがいる」


 再び、人型の魔物がしもべに指示を出す。

 ぞろぞろと海から姿を現す魔物達、空には鳥型の魔物が旋回し、ヒトシ達の逃げ場をたちまち塞いでいく。


 ――四面楚歌。

 不意に脳裏にそんな言葉が過り、同時にヒトシはハッとした。容易く命を奪える得物を両手で握っている状況。そんな状況に自分自身は、僅かに高揚を覚えている事に。


 けれど、そんな迷いを振り払うようにヒトシは目を瞑る。


「ウタさん、行きます」


 視界の端でウタが頷いたのを確認して、ヒトシは地面を蹴った。



今回も読んで頂き誠にありがとうございます。

誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。

一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。

どうか今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ