【LUCID DREAMING】
ヒトシサイド二章開始です。
夢を見た。
それは過去の追憶であるようにも思えたが、夢に現れた彼女の姿と言動が一致していない事から察するに、やはりそれは夢だと言えた。
場所は施設、かつて自分が預けられていた、いつかの養護施設。記憶が薄れてしまっているのか、所々靄がかかっていて全容はハッキリとしない。
けれど、直感した。冷たいコンクリートの上に立つ自分とその正面に佇む彼女との位置関係が、まるであの頃と同じだったから。
目前に立つのは、おおよそ小学校高学年くらいの背の黒髪の少女。背は高い方で、その当時からも僕は彼女に背が負けていた。背中には赤いランドセルがあり、その手にはリコーダーが握られていた。他の風景は朧気ではあったけれど、確かにそれだけは明確に映った。
彼女はいつも快活で人を惹き付けるような魅力を振る舞いていたが、その時に限って彼女は笑っていなかった。
(どうして、君はそんな顔をしているんだ?)
幼い少女の口から出てきたのは、そんな大人びた口調の問いかけだった。これこそが、これを夢だと判断出来る要因の一つ。少なくともその口調は幼かった彼女のものではなく、もっと先の彼女が使っていたものだったから。
何も、答えなかった。
二人しかいないこの世界で、自分に向けられたはずの問いかけに言葉を返すことはなかった。
(君のその表情は、妙に私の胸に突き刺さる。どれだけ覚悟をしていようと、私は恐怖を覚えずにいられない。一体、君は何を見ているんだ?)
彼女の言葉に、小さく首を横に振った。
それをどう受け取ったのか、数秒間睨み付けてきて、やがて溜め息を吐いた。そして明確な意志を宿した瞳で僕を睨み、手に持っていたリコーダーを僕に向け、そう口にした。
(それでも答えないと言うなら、いいだろう。君がその感情を誰かにぶつける時、君が誰かを本当に殺めたいと思った時、必ず私もそこに居よう。そして、必ず私が君を殺そう)
殺す? 君が、僕を?
そんなの、本末転倒じゃないか。たとえ僕が誰かを殺さなくても、君が僕を殺してしまうのなら意味が無い。何故なら君は、僕を殺した後に必ず自分自身も殺すのだから。
(そうだね。君の言う通り、もしも誰かを殺してしまったなら、私は自殺を選ぶだろう。でも勘違いはしないでくれ。それは償いなんかじゃない。自分の死があらゆる罪の免罪符になるなんてあり得ないのだから。私が自殺を選ぶのはあくまで、君のためだ)
僕のため? どうして、君の死が僕のためになる?
そもそも、君が死ぬ頃には既に僕は君に殺されている。たとえ何をされたとしても僕は喜ばない。
(それはそうだ。これはあくまで予防策、事が起きる前に君に聞かせることで意味を為す行為だからね。もう、分かっただろう? 要するに、君が誰かを殺せばおまけで私の死体も付いてくる、と言うわけだ。これは中々、君には有効な策だと思うけどね?)
夢の中の彼女は、その時ようやく笑みを浮かべた。幼い姿で浮かべたそれは、その言葉も相まってか異様に恐ろしく思えた。
(くれぐれも、そんな事が無いことを祈るよ。私だって、まだ長生きしたいからね)
夢は、そんな一言で終わりを告げた。
ふっと周囲に散らばっていた靄が彼女を包み始め、数秒後にはその姿を消していた。そして更に靄が広がり、遂にはその世界は光だけになった。
そんな景色に僅かな名残惜しさを感じながら、僕は意識を覚醒していった。
◇
「…………野君」
声が、聞こえる。か細い、自分に向けられた声だ。
それが一体何の目的を持っているのかは定かでないが、少なくとも夢の中の彼女のものではないことは明白だった。
「多田野君、起きてください」
「……ふぁ?」
掛けられた声と同時に肩を叩かれ、ヒトシはようやく微睡みから覚醒した。寝ぼけ眼のままに伏せていた顔を上げると、そこには見知った人物がヒトシの顔を覗き込んでいた。
「おはようございます、多田野君」
「おはよう、三枝さん」
三枝チユ。ヒトシと共にこの国に派遣された女子生徒の一人である。既に入国初日に顔合わせは済ませており、交わした言葉は二三であれど知らない仲と呼べるほどヒトシは冷たい人間ではない。
彼女の印象をヒトシの主観で述べるならば、まさしく“図書委員”という言葉がしっくりくるだろう。長く伸ばされた遊びのない栗毛色の頭髪に、これまた飾りのない黒縁の眼鏡。垂れた目尻からはその温和さが感じ取られ、その豊満な胸もあってか柔かな物腰が殊更強調される。
丁寧な言葉遣いとその容姿が合わさり、本を持って佇む姿はまさに図書館司書のようであった。
同時に目に入ってきたのは、彼女が胸の下に抱える数冊の分厚い本。それを見てようやく、ヒトシはここがどこなのかを思い出した。
「そう言えば僕、書庫に来てたんだっけ。暇潰しに何か読もうと思ってここに来て、どれもあまりそそられなくて……」
「で、遂には眠ってしまったんですよね。面白かったですよ? ウトウトと頭を揺らしてる姿は」
「ちょっ!? 見てたんですか!?」
あまりにも気持ち良さそうだったので、と微笑むチユ。その穏やかさに毒気を抜かれ、遂にはヒトシも相好を崩した。
ふと、ヒトシはチユから視線を逸らし、周囲を確認する。ヒトシ達の居る書庫は円柱状になっており、壁にあたる位置全てが本棚となっている。円の半径はせいぜい十メートルが良いところだが、その高さは十数メートルにも及んでおり、その蔵書の数は相当なものだ。また、本棚伝いに三重の螺旋階段が上まで続いており、数メートル置きに三つの階段を繋ぐ橋が掛かっていて、一階から上部を見上げるとそれなりに美しい構造をしていることが良く分かる。
ヒトシ達が居るのはまさにその一階、読書用に数脚のテーブルが置かれている円の中心部分だ。
二人がそんな他愛の無い会話を繰り広げていると、不意に外へと繋がる大きな両開きの扉が開け放たれる。そこから姿を現したのは、ヒトシの師であるカリファだった。
「あら、こんな所に居たのね、ヒトシ。探したわよ」
一通り書庫を見渡してヒトシを見つけると、カリファはカツカツと音を立てながら二人のそばまで歩み寄ってくる。
訓練については一応先日の試験で終了とされており、カリファを呼び出されるような用事は無いはずだ。試験後も自主的に稽古をつけてもらったりもしているが、今日は午前中に済ましてある。故に、ヒトシからカリファを訪ねることはあっても、カリファからヒトシを訪ねることは基本的に無いのだが。
何か急ぎの用事なのだろうか、と勘繰り、僅かに身構えながらヒトシは腰かけていた椅子から立ち上がった。
「どうかしたんですか? 師匠から訪ねてくるなんて、珍しい」
「確かにそうね。余程の事でも無い限り、私自ら足を運ぶなんて面倒なこと……」
するわけないもの、と言いかけて、二人の目の前まで歩いてきたカリファは言葉を切った。
「…………?」
思わず、首を傾げるヒトシ。続けてカリファの顔色が曇り、その様子からヒトシも用件の重大さをじわじわと感じ取り始める。隣に居るチユもオロオロと動揺を露にし始め、場の空気が一変する。不思議と口内に唾液が溜まり、それはまさに自分の焦りを体現していた。
書庫特有の心を落ち着かせる静かな雰囲気が、心に波を立てる緊迫感へと姿を変えた。そんな中でカリファは物憂げな表情でヒトシの頬に手を触れさせ――、
「ヒトシ、貴方……」
勢い良く、その頬をつねりあげた。
「また、新しい女の子に手を出したのね……」
「あだだだだだ!? やっぱりそれですかカリファさん!!」
「師匠と呼びなさい」
「ちょっ、やめっ!? 頬がっ、頬がぁぁぁぁ!!」
容赦ない冤罪へのペナルティに限界を迎えるヒトシの頬。そんなヒトシの絶叫は書庫内だけに止まらず、城内全域に響き渡ったという。
改めて、ヒトシは思い知る。自分の師、カリファの恐ろしさを。
ただの恋愛脳で事を見ているのならまだ可愛らしいのだが、そもそもペナルティを受けさせるためだけに発言しているのだから、本当に質が悪いのだ。
……本当に進展があれば、どれだけ良いものか。深く溜め息を吐き、紅潮する頬を擦っていると、ようやくカリファが本題を切り出した。
「こんな馬鹿らしいことしてる場合じゃなかったわ」
「今僕の頬の生死を分ける出来事を馬鹿らしいと言いました?」
「緊急で貴方を呼び出すように言われたのよ、イルシンクに」
「ああ、やっぱり無視するんですね。知ってました……何か、デジャヴ――って、え? イルシンク?」
不意打ちのように出された名前に、ヒトシの面持ちが変わる。
カリファはそんなヒトシを見て、言葉を続けた。
「貴方が頼んでいたオクタグラム=マギの状況が分かったらしいの。だから早く行くわよ、準備なさい」
「はっ、はい!」
ようやく、ようやくだ。あの予知を見てから時間が経ち過ぎた。ようやく、あの惨劇の真実を確かめることが出来る。
そう考えると、自然と拳に力が入っていた。
ならば、急いで話を聞きに行かなければ。そう走り出そうとして、ヒトシは一つ忘れ物を思い出す。
「そうだ師匠、ウタさんも迎えに行きましょう」
「……ウタ? ……ウタ。そうね、ウタね。当たり前じゃない、何なら貴方よりも先に行こうと思ってたわよ」
ウタの存在を徐々に思い出していくカリファに、ヒトシはやや諦念の混じった笑みを浮かべた。
先日の月夜の晩以降で、一つだけ分かった事があった。それはウタの存在の有無は、ウタという存在をヒトシが認識しているかどうかによって変化する、ということだ。
例えば、ウタがそばに居る場合には常にウタの存在をヒトシは認識し、ウタはヒトシ以外にも認識される。が、睡眠中や他人との会話中などヒトシの思考からウタが消え去った時、ウタはまた他人から認識されなくなってしまう。
また、先日の件のようにウタの心が著しく弱っている場合には、ヒトシがウタを思い出したところで他人からは認識されない。どうにもウタの精神面が深く関わっているらしく、不確定要素も多い。
だが、ひとまずはヒトシがウタの名を口にすることで、ウタの存在を確立することが出来ることは、二人にとって大きな進歩だった。
「行きましょう、視界を見た感じだと今は食堂に居るみたいです」
「便利ね、その目。それなら着替えや湯浴みも覗き放題……はっ、ヒトシ貴方……」
「だぁから違うって言ってんでしょう!」
妙な訛りが入ったツッコミをかますも、依然としてカリファの目は訝しげである。まさか本当に疑われてはいないよな、と内心不安になりながらも読書を続けるチユに別れを告げて書庫を後にし、カリファと共に食堂へ向かう。
道中でカリファから大量の皮肉や文句、冤罪と数々を投げつけられたが鋼の精神で何とか堪え、ヒトシはようやく食堂の入り口を捉えた。
これでこの地獄から逃れられる、ウタという緩和材があれば流石のカリファとて勢いを失うはずだ。そんな輝かしい未来を描いて食堂の扉をくぐると、
「やあやあやあヒトシさん! 今朝の私の湯浴み、どうでしたか? ヒトシさんのご要望通り、わざと自分の身体をなめ回すように見てみたんですが、満足頂けたでしょうか!」
「ああもう何かそんな気がしたよ!! グルかよちくしょう!!」
――鋼の精神、一瞬で粉末に変わりました。
数秒後、またも城内にヒトシの悲鳴が響き渡った。
今回も読んで頂き誠にありがとうございます。
誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。
一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。




