【TRUTH】
ちょっと遅くなりました。思ったよりも膨らみまして、すみません。後半は勢いで書いた感があるのですこし雑かもしれません。気になったら、感想にでも一言くれると嬉しいです。
では、どうぞ。
初手は、横薙ぎだった。
武器を持たぬはずの男が繰り出す、間合い外からの神速の回し蹴り。半月の軌道を描きながら殺到する一撃は容赦なくヒトシの胸を抉る。
刹那、直撃の寸前に両手の短剣を割り込ませ、その場で飛んで衝撃を殺す。しかし、あくまで辛うじての防御では全ての勢いは殺せず、その場から後方に身体が吹き飛ぶ。
背中からの着地は死に直結する。確信にも近い直感が耳元で囁かれ、空中で強引に身体を捻って足からの着地を試みる。
「悪くねぇ判断だが、それで?」
宙返りの要領で地面に向かう中、視界に映ったのは間髪入れずに接近する男の姿。地に足が着いていないヒトシには為す術が無く、防御する余裕もなく更に追撃を腹に受ける。
全身に響き渡るような痛み。諦めたい、投げ出してしまいたい。そんな弱音を噛み殺して、突き出された男の拳を左脇で挟み込む。
これで、動けない。
速さは相手が上手。だが、転移者であるヒトシの膂力は男と五分かそれ以上。
「――らぁ!!」
ならば、動けなくすればいいだけのこと。
腕を引き絞り、拳を勢いよく放つ。
腹の痛みを堪え、体勢を崩した上での腰の入っていない突き。威力はまちまちであるが、ゼロ距離からの攻撃ならば避けられない。
その思惑通り、ヒトシの拳は男に命中し、男は数歩後退した。
「ちっ、おいおい。口が切れちまっただろうが」
「知るかよ。お望みとあらば次は奥歯を引っこ抜いてやる」
口に溜まった血を吐き出す男に、中指を突き立てて煽るヒトシ。
一瞬瞬きすれば、それはまた始まった。
男が視界から消え失せ、数瞬後に襲いかかる右後方からの男の拳。
対して緩慢な動きで前方に飛び出てそれを避け、視線を移さずに右の刃を振り抜く。
しかし、男は慌てた様子もなくヒトシの手首を手で受け止め、ねじ切らんとばかりに手首を捻る。
その場でようやく後ろを振り向いたヒトシは捻られる方向に合わせて身体を回し、僅かな隙を見つけて左の短剣を降り下ろす。
しかし、男はそれすらも容易に反応し、ひらりと身かわした後にヒトシの腹に乱暴な前蹴りを叩き込んだ。
地面を転がる身体、最小のダメージで抑えられるように身体に染み着いた受け身を取り、追い打ちをかけられる前に立ち上がった。
不味い、と心の中で呟く。
目の力によって辛うじて捉えられてはいるが、速さが劣るヒトシは必ず後手に回ることになる。カウンターを狙って攻めに転じようとはするが、それ以上の速さでねじ伏せられる。
それに、今は反応出来ているが、それがいつまでも続くとは限らない。現状を打開する策が必要だ。
「どうした? 俺の奥歯は健在だぜ? 『ミモネルも時には陸に上がる』って言うが、お前はどうなんだ?」
「うるせぇよ。分かる言葉で話せ、猿が」
心だけは折れてたまるかと大口を叩き、ヒトシは打開策を探す。
現状打破に必要なものは、第一に速さだ。いくらヒトシが相手の動きを捉えることが出来ようと、ヒトシの攻撃が入らなければ話にならない。男に匹敵する速さを手に入れるか、男をヒトシ程度の速さまで貶めない限り、ヒトシの刃は男には届かない。
以前のカリファとの立ち合いのように、煙幕を使ってこちらのみの優位を作ることも考えたが、それも現実的ではない。ここは野外、ヒトシの手持ちの物では十全に効果を発揮する可能性は低く、無駄打ちになる可能性が高い。
何より、先程の奇襲を難なく避けたことから、男には視覚以外でもヒトシの位置を把握出来るのかもしれない。
それらを踏まえれば、あまり煙幕を使うことは得策ではないとも思えるのだ。
「なぁ、お前」
必死で思考を回して打開策を探す中、男は不意に手を止めて口を開いた。
「もう一回だけ聞くぜ。お前、名前は何だ?」
「……多田野ヒトシだ」
正直、答える気などなかった。が、今は数秒でも考える時間がほしい。それを稼げるなら、不本意でも会話に乗るしかない。
「……ただの人、ねぇ」
意味深に、男は噛み締めるようにもう一度その名前を口にする。
言いたいことは分かる。何度も言われてきたことだ。
お前にお似合いの名前だ。平凡で、未熟で、貧弱で、何一つ気概の感じられない、どこにでも居るような人間だ。
この人生で、そう何度言われてきたことか。
もっとも、今更それを悔しいなんて思わない。その評価は寸分違わず自己評価と一致しているし、更にはそう在ろうとさえ思っているのだから。
……だが、続けられた男の言葉は、予想外のものだった。
「ったく、ふざけんなって話だよなぁ? お前みたいなのがただの人な訳がねぇ。お前みたいなのが人間の基準だとしたら、この世界なんてとっくに滅んでらぁ」
「――――っ!?」
「なぁに意外って顔してんだ。……もしかして、気付いてねぇのか? ……そうだな、あの別嬪さんとの話を聞いた限り、お前はただのチキン野郎だった訳だしな。ったく、無自覚は免罪符にゃならねぇが、ここまでくると憐れだな」
「……何が、言いたい?」
「いんや、何でもねぇ。無自覚の奴にわざわざ教えてやるほど、俺は親切じゃないんでな。どうしても知りたいなら、次に戦場に出たときに鏡でも持ってくといいさ」
「良く言うぜ、次の機会を与える気なんて更々無い癖に」
「ん? ……ああ、いや、そうだったな。お前はここで俺に殺される。そうだそうだ、忘れてた」
「……はあ?」
忘れていた? 何を?
どこか引っ掛かる男の発言に、思わずヒトシはその疑問に思考を割いてしまう。
そう言えば、前にも気になることを言っていた。
(ここには殺生を嫌う奴が来るって聞いてたんだけどよ)
聞いていた? 何を? 誰に?
訳が分からない。国家側であるヒトシでさえも相手の情報を手に入れてはいなかったのに、どうして“村”にいるはずの男にヒトシの情報が流れるのか。しかも、ピンポイントにヒトシの情報が。
そこまで思考して、唯一の心当たりが見つかる。
囚われているはずの彼が、イルシンクが話したのか、と。
だが、それもすぐに霧散する。何故なら、捕縛されているはずのイルシンクにそれを知る術はないのだから。
ならば、何故、どうして。
もう少しで頭を抱えそうになっていたところで、ヒトシはハッと顔を上げる。
視線を上げた先にあったのは、今まで一度も構えずにいた男が、構えを取っていた姿だった。
「さっきも言ったが、俺に構えはねぇ。少なくとも、生きている奴で俺の構えを知っている奴はいねぇ。どうしてか……分かるか?」
「…………」
「俺の構えを見た奴は、誰一人として生きて帰れねぇからだ」
言外に、男は告げる。次の一撃が、最後になると。
今まで垣間見ることすらなかった男の本気が、今この瞬間に集約されているようにヒトシには思えた。
逃げることは叶わない。背中を見せるなど言語道断だ。少なくとも、ウタがカリファを連れて戻ってくるまでは。
しかし、自分には次の一撃を捌けるだけの技量も無い。食らえば最後、待っているのは死。無惨にも腹を貫かれている光景が、いとも簡単に脳裏には浮かぶ。
そんな死の予感を振り払い、ヒトシも男へ向けて短剣を構える。
可能性は一か八か程度の話では無いが、やらなければ死が待っているのみ。ならば、何もしないほど愚かな選択は無いのだから。
息を吸い込み、吐き出し、また吸い込み、止める。
何かを行うとき、ただ意識して呼吸を止めるだけで、僅かにでも動きが加速する。カリファから教わった、付け焼き刃の戦闘技術だ。恐らく、男の攻撃は一撃で終わる。ならば、それをこの一合に用いない手はあるまい。
息を止めて、ヒトシはただその時を待った。
風が吹く。巨木が僅かに揺らぎ、その大きな葉を一枚枝から放す。
構える。周りに立っている巨木のように、ドッシリと。決して揺るがぬ決意のように。
ゆらゆらと、枝を離れた葉が地面へと向かって舞い落ちていく。
『負けないで。皆はエッジを応援してるけど、私だけはアナタを応援してあげるんだから』
そんな時、ふと幻聴が聞こえた。幼い少女の声であったが、その言葉からは何故か長い年月を経た者のような力強さも感じられる。
普段なら到底信じられないことではあるが、不思議とその瞬間には信じられた。
誰かが、自分の背を押してくれているのだと。負けるなと、囁いてくれているのだと。
無意識に、ヒトシの身体に力が滾った。
「行くぜ、タダノ、ヒトシ」
宙を舞っていた木の葉が、ようやく地面と抱擁する。
その瞬間、男の姿が消え失せた。
右か、左か、前か、後ろか。まるで動きが読めない。ヒトシの目の力をもってしても、その影を捉えることすら叶わない。
ならば、と。ヒトシがとった行動は――、
ただ、唯一の対抗策といえる目を、閉じることだった。
◇
「貴方、まだ力を自在に扱えないのかしら?」
冷たい床が背中の熱を奪っていく中、見上げる先の天井との間に割り込んできたカリファは、呆れ半分疑問半分というように問いかけてきた。
「未来を見る貴方の力が本物なら、そこらの魔物なんて相手じゃないのだけど」
「僕だって使えるなら使いたいですよ。床に叩きつけられるのはもうこりごりですから」
「受け身の上達だけは早かったものね、貴方」
もう何度目かも覚えていない床との一体化を現在進行形でしているヒトシを見下ろし、カリファは蠱惑的に微笑む。
ここ数日投げ続けられて、ヒトシは既に学んでいる。あれは本気で愉しんでいる時の笑みだ。
今日は後何回天地の境をさ迷えばいいのか、思わず不安になり、大きな溜め息を吐いた。
「それに、変なんですよ。この目」
「……変?」
「未来を見るどころか、何だか調子が悪くなっていく一方で。さっきも投げられる寸前におかしくなっちゃったんですよ」
「おかしくなったって、具体的には?」
「いつもはこう、腕を掴まれて、足が浮いたと思ったらもう師匠の胸元が見えてて――」
「……はあ、道理で学習せずに何度も投げられると思ったわ」
「――って、違いますから!? 誰もそんな邪な気持ちで挑んでませんからね!?」
確かに豊満なカリファの双丘を臨めるその光景は至福の一言に尽きるが、にしてもそのデメリットが大き過ぎる。あんなものを何度も受けていれば、いずれ身体がバラバラになってしまうだろう。かくいうヒトシの身体もじわじわとカウントダウンが始まっていたりする。
必死なヒトシの弁解のおかげか、カリファから話を続けるように促される。これでヒトシの身体が爆散するのは免れた。割と、本気で。
「それで大概は投げられる寸前まで地面や師匠の腕が見えてるんですけど、調子が悪い時にはそうじゃないんですよ。えっとですね、なんと言えばいいのか……そう、なんだか、自分を俯瞰してるっていうか……」
「俯瞰……ね。つまり、その瞬間貴方には自分自身が見えているのかしら?」
「そう、ですね。でも、ハッキリとって訳じゃないんですよ。こう、景色がダブって見えるんです。今自分が見てる光景と、自分を見てるどこかの光景が」
「……なるほど。ちなみにヒトシ、貴方一人で居るときも調子が悪くなったりはするのかしら?」
「…………? いえ、訓練の最中だけですけど?」
「そう、なら見当が付くわ」
ヒトシ自身でも理解出来ていない状況にも拘わらず、カリファは確信を得たように自慢げにそう言い切った。
「時々動きが急に良くなるから、おかしいとは思ってたのよ。貴方は多分、無意識なんでしょうけどね」
「…………? 勿体振らずに教えてくださいよ。僕の目、調子が悪いんじゃないんですか?」
「いい、ヒトシ。貴方のその目は多分――」
◆
不思議な感覚だ。目を瞑っているのに、異様なほどに良く見える。
視線の位置、焦点の動き。そして、その視界に映る自分自身の立ち姿。
それらの情報を元に、答えを出す。
「……ここだろ?」
目を瞑ったまま、自分の顎の手前に手を置いていれば、パシンと良い音を上げて男の右の拳が吸い込まれてくる。
続く左脇腹へのボディブロー。肘を下げて受けて対応する。
屈んだ後の足払い。軽くその場で飛んで回避。
浮いた身体めがけた両足での蹴り上げ。空中で身体を捩り、紙一重で躱す。
絶え間無い男の連撃。時には受け、時に回避し、それらを一つ一つ処理していくヒトシ。それらの攻防はおおよそ三十秒にも及んでいく。
やがて、互いに無呼吸での動きに限界が訪れ、一度後退するかと思われた時、動いたのはヒトシの方だった。
この息のもつ間に片付けなければ、勝機は無い。そう直感し、後退しようとした男に飛びついた。
ここで初めて、ヒトシは攻め手に回ることが出来た。長い立ち合いの中でようやく生まれた好機を逃すことなく、男に負けんとばかりに無数の連撃を繰り出す。
だが、両者共にもう息がもたない。絶え間無く繰り出しているヒトシの攻撃も、それを受けている男の防御も、やがてボロが出始める。
このままでは不味い。そう悟った男は強引な行動に出る。
避けられることを承知での大振りの前蹴り。それをヒトシは容易に避ける。が、男はヒトシの避けた先で、拳を握って待っていた。
明らかに大振りの右の拳。だが、動きの鈍っているヒトシにはそれすらも避けられない。そう読んでの男の攻撃を――ヒトシは読んでいた。
「……待ってた。ほんの一瞬、アンタの気が緩むのを」
何度も、何度も何度もこの身体に受けた、彼女の技。受ける度に瞬きすることなくその動きを観察し、身体に染み込ませてきた。
全ては、この一瞬のために。
大振りになった男の腕を両手で掴み、肩に背負う。そのまま身体を屈ませ、あとはその重みと勢いに任せて、投げるだけ。
「らぁ!!」
「かはっ!?」
男を地面へと叩きつけ、空かさず腰に差していた短剣を男の首筋に当てる。
刃物の冷たい感触に、男は諦めるように笑った。
「俺の負けだ。殺せ」
「ああ、殺すよ。でもな――」
力を抜いて抵抗すらしようとしない男に、ヒトシはその首筋に当てていた短剣を投げ捨てた。そして、誰も居るはずのない背後を振り返り、
「もう茶番は終わりにしましょう。師匠」
「……あら、気付いてたの?」
ヒトシの背後に広がる無数の巨木。その内の一つの影から現れたのはカリファ。そして、ヒトシが逃がしたはずのウタの姿と、別の“村”で危険な目に遭っているはずの――武田イサムの姿だった。
「貴方の失言のせいで気付かれたんじゃないかしら、バカ猿?」
「ああ? 何だよ俺のせいかよ。高みの見物してただけの女狐がよく人のせいに出来るなぁおい」
「黙りなさい、バカ猿」
「黙れよ、女狐」
疲れでヘトヘトなヒトシを尻目に、カリファと男は口争いを始める。そんな光景に周囲半ば呆れる中、ヒトシに声をかけてきたのはウタだった。
「ヒトシさん! 大丈夫でしたか!?」
「ああ、ウタさん。無事だったん――痛い! その力で飛びつかれたら流石に痛いって!」
砲撃さながらの勢いで突貫してきたウタの腕に肩を揺さぶられ、振り千切られるとばかりに首をガクンガクンさせるヒトシ。そんな光景を見て、また一つ影がヒトシに近付いてくる。
「おっと、珍しくモテモテだな、ただの人」
「――――っ、その嫌味に安心させられる日が来るとは思わなかったよ、イサム。それと僕はただの人じゃない、多田野ヒトシだ」
馴染みの軽口を叩き合い、ヒトシは視線を目前のウタからその人物に移す。
「いつから気付いてたんだ? 俺が無事だって」
「ついさっき。それと、イサムが無事だって確信があった訳じゃない」
「へぇ、聞かせてもらっても?」
イサムの問いに、深い溜め息を吐いて説明を始めた。
「所々、ヒントはあったよ。師匠が僕達二人だけで“村”に入るように促したこととか、あの人以外に人が全く居なかったこととか、ウタさんが何故か発煙筒を使わなかったこととか、ね。まあ、確信したのは本当に最後の最後だったけど」
そう言って、ヒトシはつい先ほどまで戦っていた男を睨んだ。
その視線に気が付いたのか、口論していた二人もヒトシを見た。
「最後だからこそ分かった。あの人、ずっと手を抜いてた。それが分かって、繋がった」
「ほら、やっぱり貴方のせいじゃない」
「あー、マジか。気付かれるとは思わなかったわ、クソ」
数分前とは打って変わって軽い口調でそう言う男を見て、ようやくヒトシの肩から力が抜けた。これで本当に、終わったのだと安心することが出来た。
「積もる話は後で良いかしら。今はとりあえずここを離れましょう。ヒトシもウタも、疲れているでしょう?」
断る理由もなく、ヒトシはカリファの言葉に頷いた。その一瞬だけ、カリファが女神のように見えたのは気のせいではないだろう。
その後ヒトシは“村”の中に建てられているコテージに戻り、あらかたの説明を受けた。
そもそもイルシンクが行方不明になった時点からこの一連の話は始まっていた事、訓練の修了試験としてこの戦いが予め仕組まれていた事、イサムは一足先に合格しヒトシの試験の協力者として参加していた事、など。
想像していた事以外にも多くの事を教えられ、安堵したり驚愕したりなど、一喜一憂したヒトシは遂には疲れ果ててすぐに眠りについたのだった。
今回も読んで頂き誠にありがとうございます。
誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。
一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。
終盤に書いていた試験云々に関しては次話でまた触れるので、ご安心を。次回もお楽しみにしていただけると幸いです。




