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【NUISANCE】

 


 ――デオグリント群木地帯。


 名称から読み取れる通り自然が豊かであり、至るところに木々の生い茂っている地域で、リ・エリーゼ・モンタニア王国の西端に広がっている。また、面積としては国土の五分の一を占めており、国内資源の宝庫として扱われている地方として名高い。

 だが、資源面において注目されている反面、全く別の意味で注目を集める地でもあった。


 リ・エリーゼ・モンタニア王国は隣国と比べればまだ歴史の浅い国家である。そもそもは各国を股にかけていた巨大な商会――モンタニア商会が一部国家の土地を買い取り、その地でまつりごとを始めた事から国が生まれた。

 そもそもが商会であるために港さえあれば経済的な問題は解消され、また商会を取り仕切っていた者の絶大なカリスマにより国家としての枠組みも形勢されるのは難しくなかった。

 経済は潤い、まつりごとによって秩序が保たれ、他国からも多くの民が訪れ、歴史は浅けれど国家としての存在感は大きなものであった。


 ――だが、そんな国家にも唯一大きな問題があった。


 それは他国から買い取った国土が決して潤ったものでは無かった事。

 当然の事であるのだが、幾ら大規模な商会とはいえ他国の潤沢な土地など買い占められる訳がない。そこでモンタニア商会が買い取ったものは、あくまで大して資源の育たない粗悪な土地であった。


 しかし、それは商会として他国に接してきた経験と技術によって解決される。粗悪な土地は植物を植えて土壌から改善することによって徐々に人の住める程度の環境まで整え、切り立った崖の多い海岸沿いは数ヶ所を強引に開拓して港を作った。

 そうして、何とか国家としての体裁は整えられていた。


 ならば、そんな土地にどんな問題があると言うのか。その答えは、その地に住まう先住民の存在にあった。


 先住民の中には商会の主に素直に服従する者もいたが、当然反抗する者も多かった。そもそも他国が格安で商会に土地を売ったことも、それが起因していた。

 自然が豊かで資源も多い。だが、肝心のその地に住まう者達が侵略を拒む。

 そうして手のつけられない土地であったばかりが、モンタニア商会の手元には集まっていた。


 そして、そんな土地の筆頭となるのがデオグリント群木地帯であった。


「――すげぇ、やっぱり異世界だ」


 感嘆の声を漏らすヒトシの目前に広がるのは、元の世界ではまず見ることの無いまさに異世界ならではの光景だ。


 全長一〇〇メートル未満、幹の太さは三メートルを優に超える大木。それが十メートルほど伸びたあたりでうねり始め、周囲の他の大木と絡み合い、更に巨大な大木として天を衝く。

 中には『お化け杉』などと名前を付けたくなるような異形の物もあり、その状態に至るまでの自然の重みを感じさせる。

 そんな大木が一本や二本――では無い。そのどれも周りから頂きを突出させることなく、全てが巨木と呼ぶ他無い木々の集まり。『森』などという表現では余りに稚拙。それはまさに、言葉通り『巨木の群れ』と呼ぶに相応しい光景であると言えた。


 また、デオグリント群木地帯の異常性はそれだけに留まらない。むしろ、この地帯の恐ろしさはこれを前提としたものであった。

 先程述べた『巨木の群れ』。それは半径一〇キロメートルの円形に広がっており、それ以上とそれ以下の範囲には決して広がることは無い。その範囲から一歩でも外に出れば、広がっているのは緑一つ無い荒野だけ。


 そうした『巨木の群れ』が何もない荒野の上に点在しているのが、このデオグリント群木地帯の何よりの異常性。空からこの地を見下ろした場合、まっさらな荒野のキャンバスに水玉模様の『巨木の群れ』が見える形となるのだ。


 ヒトシ達は今まさに、『巨木の群れ』の間に存在する空白の荒野を駆け抜けている途中であった。


「お! ヒトシさんの男の子っぽい口調初めて聞きました! 貴重ですね、メモっておきましょう」


「メモらなくていいから。あ、ウタさん。段差来るから気を付けて」


 ヒトシが声をかけると、間もなく馬車の車輪が地面の小岩にぶつかって跳ね上がる。車輪と共に馬車の荷台の縁から足を垂らしていたウタも悲鳴を上げ、思わず隣に居たヒトシに抱き着いた。

 ふにっ、と身体に伝わる甘美な感触にヒトシはポーカーフェイスを心がけ、一方ウタは急激に頬を紅潮させてその場から後ずさった。


「やっ!? あっ、そ、その!? 他意は無いですからね!? こういう事誰にでもする訳じゃありませんからね!?」


「大丈夫、抱き着かれたくらいで好意を持たれてるとか思うほど自惚れてないから。そんな事より、大丈夫? 怪我とかしてない?」


「そ、そんな事ですとっ!? 私の同年代男性に対する初ハグをそんな事ですとっ!? と言うかヒトシさんは落ち着き過ぎじゃないですか? 私ってそんなに魅力無いですか? 確かにカリファさんよりはありません(・・・・・)けど……って、何言わせてるんですかぁっ!!」


「僕は何にも言ってないんだけど……ほとんどウタさんの自爆って言うか――」

「言い訳は結構ですっ! 謝罪! 謝罪求ムですっ! このままだと色んな意味で私だけ恥をかかされてますからぁっ!!」


 声を荒らげて迫ってくるウタに気圧され、不本意ながらヒトシは頭を下げた。正直悪いなどとはこれっぽっちも思っていないが、ここで引かなければ荷台に積んであるグレートソードを降り下ろされかねない。そうなれば、ヒトシだけでは役不足は明らかだった。


 ちなみに、二人の身に纏っている物にもはや元の世界の物はほとんど無い。ヒトシはカリファとの訓練中に服を失っており、着用しているのは下着だけ。後は王国で手に入る旅衣で間に合わせている。

 それはウタも同様で、更にウタは下着さえも王国の物を使用している。何でも制服と下着は可能な限り清潔な状態で保っていたいらしく、少しでも汚れる可能性のある場合は王国製の物を使うとのこと。

 その話をヒトシが訝しげに聞いていると、「女の子って生き物が分かってませんね!」って何故か怒られたのは苦い思い出である。


 閑話休題。


 そもそも何故ヒトシ達はこんな場所を訪れているのか。事の発端は先日の緊急会議にある。

 国王であるイルシンクの生存確認が出来ない。会議の内容は非常に端的で、それでいて事の重大さがヒトシにも分かるほどだった。

 一晩丸々費やして会議を行い、夜が明けてようやくヒトシ達の前に姿を現したカリファがヒトシ達に出した指示が『デオグリント群木地帯における国王の探索』だったのだ。


 カリファの話によれば、デオグリント群木地帯を占拠している先住民――タンダム族との和平交渉や暴動の鎮圧のための遠征として、イルシンクはここ数日城を留守にしていたとのこと。その際、タンダム族の支配域にて行方を眩ませ、今に至る。もしもの事を考えて、動かせる人員総動員でデオグリント群木地帯に足を運ぶことになった。


 そして、カリファ監視の元で遊撃隊としてヒトシ達もこの地を訪れることになった。


 見たことのない風景に僅かな冒険心をくすぐられながら二人が他愛の無い雑談に興じていると、やがて馬車はとある『巨木の群れ』の前で止まった。


「着いたわ。ここが目的の“村”よ」


 御者台に座っているカリファの声に応じて、二人は改めて自身の装備を確認する。日頃の訓練から使っている得物とロープや松明などの必須道具セット。その他諸々入った大型の革のバッグをウタに背負わせて、二人は荷台から地面に降り立った。


「えっと、ごめんね。本当ならそういうのは僕が持つべきなんだろうけど……」


「良いんですよぅ! 私とヒトシさんでは役割が違う訳ですし、むしろヒトシさんには身軽でいてもらわないと困るんですから」


 現状、自分の装備以外の荷物は全てウタに持たせている。当初の話し合いではヒトシが持つ手筈になっていたのだが、出発直前にカリファに注意されたために斥候であるヒトシは荷物というものをほとんど身に付けていない。

 もっとも、単純な筋力面で言えばウタはヒトシを軽く上回っているため、それほどの負担でも無いらしいが。それでもヒトシは言葉に出来ぬ罪悪感を感じてしまうのは必然だった。


「貴方達、リラックス出来ているのは構わないけど、もう少し緊張感を持ちなさい。“村”はタンダム族の居住区域、ここから先は危険地帯よ。あくまで目的はイルシンクの捜索だけど、部外者の私達はいつ襲われても文句なんて言えないんだから」


「……はい」「はい!」


「それとヒトシ、貴方に言っておくことがあるわ。良く聞きなさい、貴方――」

「――カリファさん!」


 ヒトシに耳打ちしようとカリファが御者台から飛び降りた時、カリファの背後にヒトシはそれを見た。

 もくもくと空に舞い上がる煙。それも人為的でしかあり得ない、赤色の煙だ。それは城を出発する前に確認した、緊急時のみ使用を許された信号の一つだった。


 煙の起点となっているのはカリファの遠い後方。“村”と呼ばれる『巨木の群れ』の中でも大規模なものの一つから、赤い煙は昇っていた。

 そして、そこの担当となっている指揮官とその弟子の名前を、ヒトシは出発前に確認していた。


「あそこって確か、イサムが向かった所じゃ……」


 ヒトシの親友であるイサムと、その師であるシャバーニ。シャバーニを指揮官として、その他数十名の兵を連れて捜索を行っているはずの場所がそこだった。


 思わず、ヒトシはその方向へと一歩踏み出す。自然と手にも力が入り、握った拳に汗が滲んだ。

 だが、それ以上進ませまいと言うかのように、ヒトシは襟首をカリファに捕まれて歩みを止められた。


「落ち着きなさい。貴方が向かったところで何かが変わる話でも無いわ」


「……でも、あれを使うってことは危険な状態にあるってことじゃないですか。なら、誰かが行かなきゃならない。そうですよね?」


「だから、それは貴方の役目じゃないわ――」

「――なら! 誰が行くんですか! 友達が危ないのに、顔も知らない誰かにそれを任せろって言うんですか!!」


 ヒトシはカリファを責め立てるように声を荒らげた。襟首を掴むカリファの手を払い除け、明らかな怒りを露にしてカリファを見た。


「……珍しいわね、貴方がそんなに血相を変えて怒鳴るなんて。そんなにあの子の事が大切なのかしら」


「気持ちの悪い言い方はやめてください。僕とイサムはただの腐れ縁で繋がっているだけです。ただ――」


 ただ、とそう一拍置いて、ヒトシは僅かにカリファから目を逸らした。その刹那、乾ききった地面を見下ろすヒトシからは怒りとはまた違った、冷たい感情が見てとれた。

 そして、その冷たい目のままで、ヒトシはまたカリファを見つめた。


「ただ、迷惑なだけですよ。知らない場所で、知っている誰かに、死なれる事が。その場に立ち会うことも出来なければ、素直に悲しむことも出来やしない。……置いていかれる方は、ただただ虚しいだけですから」


 年端もいかない少年の、冷静な独白。聞く者によれば、それは他愛の無い呟きにしか聞こえない。だが、それを目前で聞いていたカリファには、それはただの呟きにはなり得なかった。


 カリファは払い除けられた手で今度はヒトシの肩を掴み、そっと抱き寄せた。

 突然の事に反応出来ず、硬直するヒトシ。そんなヒトシに構うことなく、カリファはその口元をヒトシの耳元に寄せた。


「さっきの話の続きよ、ヒトシ。貴方は覚悟しておかないといけないわ。ここから先は訓練室の中とは違う。やり直しの利かない外の世界よ。もしもの時、剣を抜くことを躊躇わないで」


「……分かってます」


「いいえ、分かってないわ。貴方は独りじゃないのよ、ヒトシ。もしも貴方達が誰かに剣を向けないといけない時、真っ先に剣を握るのは貴方。最悪、荷物も責任も全部ウタに持たせていればいいの。貴方は、本当に追い詰められた時には剣を握っていなさい。それだけで、女の子は心の支えになるの。それが男の子の本当の役目よ」


 全てを話し終え、カリファはヒトシの背中に回していた腕を解いた。そして何事も無かったかのようにヒトシを追い越し、振り向きざまにヒトシの背中を押した。


「顔も知らない誰か、じゃなければいいんでしょう? 例えば、ここ数日ずっと顔を合わせている、貴方の頼れる美人師匠とか」


「……それって」


「私が行ってあげるって言ってるのよ。顔も知ってる、腕も知ってる、それで文句は無いでしょう? と言うより、異論反論は認めないわ。これはもう決定事項よ」


 悪戯にくすりと笑みを浮かべ、カリファはまた御者台に上がり手綱を握った。


「この“村”の捜索は貴方達だけで行いなさい。そんなに大きな“村”じゃないし、自分の身を守る術くらいは教えたつもりよ。私も確認し次第戻ってくるわ。それまで貴方達だけで何とかしなさい」


「……はい」「はい!」


「それと、ウタ。ヒトシはちょっとした事で卑屈になる癖があるわ。ウジウジしてる時は貴方が引っ張ってあげなさい。それが貴方の一番の役目よ」


「了解ですっ! 師匠!」


「良い返事ね。貴方を弟子にもてて本当に良かったわ」


 最後にウタに向けてそう告げて、カリファは馬車を引く地竜に鞭を打った。発進の合図を受けて、馬車は目的の“村”へと向けて進んでいく。その背中が消えるまで、二人はその後ろ姿を目で追った。


「格好良いですね、私達の師匠。あんなたくましい人に私もなりたいです」


「……そうだね」


「ところでヒトシさん。師匠に何か耳打ちされていたみたいですけど、何を言われたんですか?」


「えっと……」


 数秒逡巡して、ヒトシは答えた。


「ハグの代償は耳がいいか鼻がいいか、だって」


「…………逞しい、ですね」


「眼球一択じゃないだけマシだよね」


 心の中でカリファに謝罪しながら、ヒトシはそんな軽口を叩いて“村”へと足を踏み入れていった。



今回も読んで頂き誠にありがとうございます。

誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。

一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。

どうか今後ともよろしくお願いいたします。


最近ブックマークが増えていたりして作者の意欲はうなぎ登りです。どうかこれからもよろしくお願いします。

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