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【神国での邂逅】

 





 神国ディオパエーゼ。

 蛇街道を抜けて少し行った所にある国だった。

 勇者のいる九国が存在する大陸、その南東部に支配を置く一国である。


「――ここの国境を越えられないのか?」


 神国ディオパエーゼは、北方から南方にかけて流れる川が、本流ピューリ川へ注いだ巨大な河川の下流域に建国された。多くの森林がその側にあった。


「そうだ、越えられぬ――」


 ディオパエーゼの成り立ちは、当初運営されていた修道院である。幅の広いピューリ川のそばにあった修道院。そこの修道士たちが、土地を管轄していた有力な貴族に掛け合ったのだ。「架けよ。さらば開かれん」と。そうして、敬虔な信者でもあった貴族の出資により、さまざまな手法で、岸から岸へ巨大な橋が架けられたのだった。


 それからというもの、神国ディオパエーゼは神こそが法である宗教国家となり、加えて、架けられた橋により流通の要所へと変わっていった。それが現在のディオパエーゼである。


「ノーミンのギルマスの言葉では、俺たちはすでに教皇に紹介されているとのことだったが」


「……うーむ。現状では、いくら紹介があるとはいえ、無理なものは無理なのだ。分かってくれ」


 神国ディオパエーゼには城塞が存在する。広大な河川を展望するように建設された石造の建造物だった。要塞を兼ねた堅固な城壁が取り囲んでいた。城塞には訓練施設が充実している。しかし、基本的には国のトップ、教皇の居館となっていた。


 神国ディオパエーゼの石造城塞。

 その城塞の内部にある一室での、問答だった。


「いや、こっちにも事情がある。早急にオクタグラム=マギへ向かわないとダメなんだって言ってるだろう」


 そう言い放った男は、眼前の、なかなか首を縦に振らぬ人物にあきれたように、片手でボリボリと頭を掻いた。


 身丈が一八〇センチメートル。筋肉のバランスが非常に良く、均整のとれた肢体。髪は黒。清潔だが無造作な髪形に、パーツの整った顔が、妙な色気を出している。少し彫りの深い顔立ちだった。


 異世界転移した悲運な日本人、具貂タクである。


「……グテン・タクよ。オクタグラム=マギへ行くのは、なおさら許可できかねるぞ。あの周辺は現在、非常に危険な状態にある」


 タクに否定を返した正面の男が、強い意思の籠った顔で、首を横へ振った。

 この男は、神国ディオパエーゼの教皇、すなわち国王である。金色に白いものが混じった長髪が、肩の下まで伸びていた。顎にだけ白く髭があった。玉座とも言えぬ、質素なイスに腰掛けていた。


「諦めよ。これも、神がお定めになった出来事だろう。われらは、主神であるディーオ様の加護を受けた身。運命に抗おうとせず、世の中の流れに棹さすことが美徳なのだ」


 教皇は目をつぶってうんうんと頷いた。


「……一応言っておくが、俺は神というものを信仰していない」


 無表情でタクは言った。


「そんなことよりも、だ。オクタグラム=マギが危険だとか、いったいどうなっているんだ?」


 話を戻して、タクは急かすような調子で教皇に投げ掛けた。

 目下、旅の目的地である魔法大国オクタグラム=マギの妙な話題が耳に残ったからだった。


「……魔力の暴発だ」


「はあ。魔力の暴発? 聞いたことがない」


「うむ、そうだろう。よくあることではないからな。その中でも、オクタグラム=マギのケースは特異な稀さを誇るのだ」


「特異……」


「オクタグラムの工場から城の方向へ魔力弾が撃たれたのだ。……それも、飛びきり濃厚な暗黒魔力だったと聞く。今では、オクタグラムの地域一帯が歪みを生じさせ、魔物が旺盛になって大変な被害だそうだ。撃たれた城内に勇者が四人いたらしいが、一人は行方知れずという」


「そんなことが起こっていたのか……」


 タクは窓から視線を外へやった。

 この青くどこまでも続く空に、遠いオクタグラムを見たのだった。それは仲間を思い出す手段だった。遥か遠方を望むことで、郷愁の念のような感情が浮かんでは消えるのである。


「分かったろう。これがオクタグラムに行けない理由だ。客人をむざむざ死地に追いやるわけにもいくまい。しばらくはここ神国ディオパエーゼで骨を休めることだ」


 言って、教皇は腕を組んだ。


「だが、金が尽きてるんだ。休むにも金がいる。こうなっては、働くしかないわけだが、職もない。なら、留まるにもそれなりの対価を頂戴しないとな」


 困った顔で、タクは吹っ掛けた。

 タクは今、手持ちがない。いわゆる素寒貧だった。

 許可が下りない理由もはっきりした。すると、これからの動きを明確にしなければならなかった。


「よし。仕事を手配してやろう」


 教皇が組んだ腕を下ろした。


「金ではないのか」


 タクは予期しない展開に思わず目を見張った。

 相手は国の長。あっさりと大金でも寄越すものだと想像していたのだった。


「直接与えてはためにならん。働くことで対価が得られるのだ。おまえがやることは簡単だ、国の魔物対策部隊として働いてもらう。今まさに、ここで出来たばかりの部隊だがな」


「魔物対策部隊……危ない香りがプンプンするんだが」


「平気だ。適当な者を上司につける。そして、二人で魔物を倒すのだ。おまえは武芸をやると聞いているぞ。実戦もでき、良い訓練になるだろう。現在のオクタグラムに跋扈する魔物は強力に過ぎるが、この地域は間引きがされていて、強敵などは移動してこない限り現れん」


「おお。それならなんとかなりそうだな」


「やってくれるか。ならば、聖騎士をつけてやろう。ここ最近でめきめきと頭角をあらわしてきている紅髪の女聖騎士だ。おいっ、グテン・タク殿を、聖騎士フラメアのいる訓練所まで連れていってやるのだ」


 安堵の声を洩らした教皇は、大声で、近くにいた神官に命令した。


「承知いたしました。グテン殿、こちらです」


「分かった、行こう」


 頷いたタクは、痩身の神官のもとへ歩み寄った。


「頑張りなさい。神は見守っている」


「だから、無信仰だって言ってるだろう……」


 言って、タクは神官の後を歩き始めた。

 神官が王室の扉をくぐって廊下に出た。すでに教皇の姿が見えない。後事は件の女聖騎士に任せたといったふうである。


「それにしても、聖騎士フラメアですか。彼女に当たるとはあなたも運のない……」


 角を折れたとき、前を行く神官が抑揚なく言った。


「聖騎士フラメアとは誰なんだ」


「本当につい最近、武者修業から帰還した人です。なにか、修業の旅の道中で経験したのか、行きと帰りで大違い。人が変わったようでしたよ。男性が苦手だそうで、グテン殿も苦労なされるでしょう」


「うわ、大丈夫なのか、それは」


「男性が苦手だったのは以前の話ですから、どうでしょう。もしかすると、鍛えられて帰ったかもしれない。分からないですね」


 突然、神官の足が止まった。

 中庭のような広場、恐らく、訓練所の前に到着したからだった。


「あ。あの人です、長くて赤い髪の、軽装で槍を持っている」


「どれどれ、ん。あれか」


 石の城壁に取り囲まれた広場で、女が長い槍を振るっていた。訓練の最中に違いなかった。

 その人物がフラメアなのだろう。他にも女がおり、一緒になって武器を振るっていた。


 槍の女――フラメアの腕がしなうたびに、美しい深紅の長髪がその腕の反対側へさらりと流れた。少女らしいあどけなさのある顔にわずかな汗を浮かせていた。


「ん……ん? あいつは、蛇街道のとき助けた、紅い髪の……」


 神国へ続く、蛇街道。

 随分と懐かしい響きであった。タクが半月ほど前に通った道だった。

 ノーミンから二〇〇キロ北西へ進むと、例の蛇街道へ辿り着く。蛇街道は全長五〇キロの北進道程であり、道中にはいくつか宿場のような場所が点在していた。


 蛇街道でタクは確かにフラメアを助けている。腰の巾着にあった強力な薬を患部に塗り込んだのであった。薬をかけた、のほうが正しいのかもしれない。それほどにひどい状態で道端に投げ出されていたのである。恐らく、タクが応急処置を施したおかげで、近在の方々に救護されるまで生きていられたのだろう。


 その後、蛇街道を抜けた先、西へ一〇キロの歩みで神国ディオパエーゼへ入国の流れとなっていた。


「訓練途中に失礼いたしますが、聖騎士フラメアっ。こちらへ!」


 口に手を沿わせた神官が、呼ぶように叫んだ。その声は訓練所に大きく響き渡る。

 タクは、唐突な大声に驚き、神官から距離をおくように勢いよく仰け反った。神官の腹から出た瞬間の空気の振動がタクの耳を驚かせたわけだった。


「あのう、私に何か用でしょうか。あと、えっと、そちらの方は……え!?」


 二人のもとまで小走りで向かってきたフラメアは、タクを凝視した途端、まんまるい目を精一杯に開いた。

 そこでタクは左手を挙げ、


「久しぶりだな」


 と、フラメアに声を投げた。

 フラメアは胸の前で両手を組み合わせ、タクに詰め寄った。


「蛇街道の……その節では本当にありがとうございました! あなたのおかげで今の私がここに存在すると言っても過言ではないですっ」


「いやいや、あんたの生命力が異常に高かったんだろう。俺は、大したことはやってないぞ」


「さすがは神様ですね、言うことが違います!」


「え、神、なに?」


「え? どうかしましたか」


「えと、その、神様ってのは……」


「あのときのお姿が正しく神様でしたので、主神であるディーオ神になぞらえてそう呼んでいるのですが」


 鼻息荒くふんふんと、勢い込んでフラメアが言う。

 タクは頬を掻いた。 


「呼ばなくていい……。それと、俺は具貂タクだ。気軽にタクと呼んでくれ。別にかしこまる必要もないしな」


 自己紹介気味に答えた。

 神様呼びなど羞恥なのである。

 そこで、神官が口を開いた。


「グテン殿。そろそろ話を戻しましょう」


「あ……そういえば、タクはなぜ訓練所に?」


 フラメアが言った。


「えと、かくかくしかじか――」


 身ぶり手振りを交えたタクが、ことのあらましの説明をした。


「――これこれうまうま、ですか。事情は理解しました」


 フラメアは理解の早い女であった。一度言った内容をその場で即座に認識できる人間はかなり貴重な存在だが、その一人にフラメアが該当するらしかった。ふんふんと納得した顔でうなずいている。


「では……」


 現状の子細を解したフラメアは、地面に転がっていた自身の槍を引っ掴み、腰を落として構える。

 そのまま、タクへ目配せをした。タクも武器を取ってフラメアと戦えという合図らしい。


「では……って、なんなんだ」


 タクは腰にある柄の方へ指先をすっと下ろした。

 毛穴が締まる感覚が全身にあった。フラメアの顔が無表情になったからだった。思いもよらぬ対戦の開幕による緊迫感で、皮膚がつっぱるのだ。


 広場をどんよりとした重圧が、そこにいる全員にのし掛かった。


 フラメアの顔が、ぶれた。


「やっ!」


 迅雷のように大気を破って走る高速の槍がタクに瞬時に突き刺さってきた。タクは半身になって槍をよける。剣は抜かれていなかった。胸のすぐ側をひりつくような高圧の塊がひゅんと掠めた。


「これは、なんの意味がある」


 第二撃は瞬く間に襲いかかってきた。突き出されたままの槍を、フラメアが手繰り寄せるようにぐんと引き、仰け反ったタクの腹に向かって繰り出した。それを、宙返りして後方に跳んだタクは、両足を折り曲げバネのように着地した。

 わああっ、と、訓練所にいた女性集団から歓声が上がった。


「言いにくいですが、実は、意味はないです」


 言って、フラメアが武器を下ろし、その場でぴたりと立ち止まった。

 一瞬のうちに開始して終了した激闘の発端であるフラメアは、乾いた笑いを洩らし、すみません、と謝罪した。


「実は、成長した私の技をタクに見てもらいたくてですね……」


「確か、帰ってきてからめきめきと頭角をあらわしてきているとかなんとか」


「ええ。タクの力に近づけるように努力しましたから」


 空の見える開けた訓練所を、フラメアの声が静かに通り抜けた。

 フラメアはタクの肩に手をかけた。腕がタクの肩に巻き付いている。

 フラメアの身丈はかなり高く、一八〇センチメートルはあるのだ。もしかすると、タクよりも数センチは高いのかもしれなかった。モデルのような体型だった。


「頑張って一緒に魔物を討伐しましょう!」「頑張って俺たちで金を稼ぎまくるぞ!」


 声が重なりあった。


「え?」


「ん?」


「国のために魔物を駆逐するのでは……?」


「いや、当面の生活費を稼ぐだけだが」


 タクの言葉が、静寂を保った訓練所にこだました。


 フラメアが、愕然となった。


 神官は、うなずきながら奥の廊下を左に折れて去っていった。


 訓練所の女性集団も、黙り込んだままだった。


「……うん。ま、タクと仕事できるならそれでも……」


 暗い目でそう呟いたフラメアは、短時間のうちに、ある種の悟りを開いたのだった。


 白い雲を割って熱い日射しの落ちる、空に開けた訓練所を、爽やかな風がさわさわと吹き抜けた。






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