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【木漏れ日に悪徳は散った】






 地を抜くように駆ける。

 とにかく、懸命に走るだけだった。すでにノーミンからは出ている。タクは明々とした陽光を一身に受けながら、道を猛進していた。


 ――これも、運命なのかもしれない。


 そう、運命である。

 このような辺境の地で、銀竜のような頼もしい仲間と出会ったこと自体が運命だと、タクは考えていた。


 タクがこの地に来たとき、常に孤独がまとわりついていた。信用しきる仲間など、新参者が容易に作れるものではないのだ。

 銀竜は初めて、軽口を言い合える相手だったのである。

 極めて重要な聖剣、銀竜を取り戻さねばならなかった。

 そのために走るのであった。


 真昼の直射日光が、タクの頭頂に容赦なく降り注ぐ。

 乾いた砂がタクの足を掬おうとした。それを防ぐように、力強く踏みしめた。蹴り上げられた黄砂が後方で舞い散った。

 汗がこめかみから伝い、顎に集まり、一滴の粒となってこぼれ落ちる。


 風景がぐんぐんと脇を通り過ぎてゆく。まばらにたつ木々が、後ろへ流れるように飛び去った。それだけの速度でタクは移動しているのだ。


 熱された空気が揺らぎ、陽炎のようになった。

 その空気がタクの口内へ流れ込む。呼吸をするたびに鼻から抜ける熱が、なんとも嫌な気持ちにさせるようだった。


 腰にあるもう一本の武器――聖剣黒蛇がうごめいた気がした。それもこの暑さのせいだと、タクは言い聞かせた。


 少し行くと、開けた場所に出た。


 そこに人影が一つあった。

 知らぬまに周囲は雑木林となっていた。

 木漏れ日の差す木陰のなかで、戦いが始まる。


「オルドルネェッ!」


 タクは肺の空気を出し切るように大きく吠えた。

 鋭く、黒蛇が抜かれた。前進するエネルギーを直接ぶつけるように、タクはオルドルネへ向かって跳躍した。


「なあっ、生きていたとは、しぶといヤツだ!」


 オルドルネは一瞬、当惑した表情を見せたが、すぐに防御姿勢に入った。あらゆる可能性を予測していたのだろう。それは、タクが万が一でも生存している可能性も含んでいるのだ。動きにためらいは微塵もなかった。


 オルドルネはしゃがみ込み、その掌をばっと地面にかざした。

 瞬間、円柱状の石棒が無数に生え、半円にオルドルネを囲んだ。


 地面から飛び出した石柱と、タクの袈裟斬りが、上段で勢いよくかち合った。

 先に割れたのは石柱だった。


 しかし、それを補うように止めどなく岩の柱が生成される。

 そのせいで、黒蛇の刀身は下方へ降ろしきれない。刀は岩の中腹で埋もれるように停止した。


「いけ、ウインド!」


 オルドルネが左手から風の刃を飛ばした。


 タクは黒蛇を岩から引き抜き、その場を跳び退さりつつ、風の腹を斬るようにして横に打ち払った。


「いけえッ!」


 もう一つ、オルドルネの掌から風圧が飛んだ。


 ――いけるか。


「コォッ――」


 タクの口元から素早く呼気が洩れ出た。


 すると、風が二つに裂け、猛る風圧は虚空に霧散した。

 タクが黒蛇の切っ先で切り返し、掻き斬ったからだった。


 タクは、腰を落とし刀を振り切ったままの姿勢で、ぴたりと動作を停止させた。


 その隙に、オルドルネが屈みつつ砂を握った。掌が淡く輝いている。

 オルドルネの手中のそれが、タクへと投げつけられた。


「喰らえ!」


 爆発音がオルドルネから発された。


 地面の砂をただ投擲しただけではないらしかった。

 煙をあげて、砂が鋭く一塊となり、真っ直ぐに向かってきた。豪速球顔負けの、音を置き去りにする一撃だった。


 タクは瞬発的に上半身を左へやり、重心の移った左足を軸に、ばっと右半身を反らした。

 すぐ右横を、轟音が通過した。服の胸元が、真横にばっさりと裂けていた。めくれ出た肌に、薄い擦り傷ができていた。

 そこから血がじわりと滲む。


 ――あいつの掛け声と予備動作がなければ、直撃だった。


 タクは背に冷たいものを感じた。無論、恐怖だった。全身の体毛がそそけたつようであった。

 突き刺されば回復するまで五分は身動きがとれない。

 それだけではない。焼けるような激痛が、胸に残るに違いなかった。


「オルドルネ……思っていた以上に、強い」


 なめてかかっていたわけではない。悪い意味でタクの予想を裏切ったわけである。


「技の質、それに量。かなりの強敵……」

「……何をぶつぶつと――ッ!」


 オルドルネが痺れをきらしたようである。

 砂の塊――石つぶてが無数に殺到してきた。爆発音が響く。手元でエネルギーを爆発させて推進力を生み出し、石柱のように、石つぶてを生成しているのだ。


 先ほどの掠り傷はすでに完治している。痛みは感じなかった。


 タクは石つぶての速度と弾道を見切っていた。

 顔と首に一つ、腹部に二つ、よけづらい下半身には、五つである。

 動きを封じに出たらしかった。


 握った黒蛇をぶすりと地面に押し込み、身体を持ち上げるように両足で蹴りあげ、タクは空で逆さになった。全体重が両腕にのし掛かる。足を前後に開き、頭を反らした。


 足の間と、頭の下方を、三発のつぶてがすり抜けた。

 さらに無数の石つぶてが、黒蛇に掠りもせず、遠方の無辺世界へ消えていった。命中率はかなり低かった。それは、オルドルネがタクから距離を取っているからだった。飛距離が長いほど、力に任せた不味い狙いになるのだ。


 それに、タクがサーカスのような避けかたをしたのには、理由があった。


「残念、はずれだ!」


「はッ、は、だ、黙れええッ!」


 オルドルネは息を乱していた。精神力を削られているに違いなかった。それに加え、タクの挑発行為である。タクはわざと奇妙な動きで石つぶてをかわしたのだ。


 相手の思考能力を奪うことがタクの目的だった。

 オルドルネは恐らく、魔術のような攻撃がメインとなっている。育ちが良いせいか体格は悪くないが、魔術抜きの体力面ではタクが圧倒的に上手である。つまり、無計画に魔術を放たせ、精神力を先に尽きさせる方針である。


「クソッ、僕の魔術は、最強なんだ! お前のような、肉体技しか使えないような凡人とは、格が違うんだッ」


「その凡人に命中させられないあんたは、凡人未満さ」


「殺すッ!」


 オルドルネは完全に激昂していた。


 オルドルネを中心とした暴風がうなり声をあげた。


 ――不味い、挑発には尚早すぎたかッ!


 言語に絶する負の魔力が、可視現象となって現れた。オルドルネの掌に、どす黒い風圧が集まった。

 周辺の木々が、吹き荒れる風に、しきりと梢を鳴らしている。鬱蒼とした下生えが、がさがさとざわめいた。


「ウインドウインドウインドウインドウインドウインドォォォッッ!」


 オルドルネの掌から、圧倒的なパワーを孕んだ空気圧が、次々に飛び出した。


 六層の竜巻が圧縮され、砂岩を砕き、それを巻き込みながら地を這ってタクへと走ってくる。


 凄い風圧が一挙にタクの眼前に迫る。


 ――でかすぎる。


 タクは瞠目した。これを全て打ち落とすのはどうにも不可能だと即座に悟ったからだった。回避する時間もないに等しかった。


 ――南無阿弥陀仏……!


 だが、その時であった。

 聖剣黒蛇が妖しくうごめいた。

 ぼこぼこと、蠢動を始めるのを、タクは捉えた。


『ビイィッッオ』


 刀身が振動し、おぞましい音が生まれた。


 黒蛇が、瞬く間に四方八方へ長く広がってゆく。それは、巨大な黒い蛇が絡まり合うようだった。黒蛇のツバを起点とし、円のようになった。まるで盾であった。


 ――ヤツを殺せ《お前なら》


 ――突き殺せ《後は》


 ――一撃だ《一人で》


 ――殺れ!《殺れるのだろう?》


(殺れるぞ……!)


 盾となった黒蛇に、風の弾丸がしたたかに衝突した。タクの足が数メートル後退した。黒蛇が再度変形し、先がつきだした形になる。蛇のような溝を、風が滑った。受け流すことで完全に風圧は消え去った。


「――お前はぁ、お前はなんなんだああ!」


 オルドルネは叫んだ。立ち上がり、さらなる魔術を使おうとする。


 タクは一気に距離を詰めた。


「銀竜の契約者さま、だッ!」


 言い放った声が、同時にぶれた。風が止むと同時に、黒蛇は元の頑丈な刀に戻っていた。


 その重苦しい刀身を、何の捻りも加えずにつきだした。


「あ、かひゅ――」


 オルドルネの首を、黒いモノが強く叩いた。


 捻りを加えない一撃は、無駄な過程を極限まで省いた技であり、あり得ないスピードで繰り出されたのだった。


 切れ味があまりよくないせいか、オルドルネの首は中途半端に割れ、血煙を飛び散らせていた。


 オルドルネは力なく崩れると、全身を地面に沈めた。ずんと、固い地面に肉を打たれる音が響き渡った。


 木漏れ日に、澄みきった風が一陣、吹き抜けた。


 そのときすでにオルドルネは、息を引き取っていた。


「死んだか」


 オルドルネが背負っていた袋があった。


 タクは近寄り、中を探った。


 果たして、そこには銀竜の姿があった。鎖のようなものが絡んでいる。そこには鍵がかかっていた。


 鍵はオルドルネの腰元につけてあった。それを使い、開けた。


 そして、鎖を取り外す。


 刀身が、震えだした。


『……やっと来ましたか』

「やっと、来たぞ」

『もう一人、仲間が増えたようですね?』

「これから、もっと増えるかもな」

『じゃ、行きますか』

「ああ!」


 一歩を、踏み出した。


『私たちの冒険は、始まったばかりです!』

「……おい」


 タク一行は、この調子で旅を続けるのだった。


 先は案外、長いのかもしれない。






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