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【銀竜は白刃に溶けた】



【これまで】

▼高校の教室から急に転移したタクを含む教師と生徒一同は、異世界で九国へ分配されてしまった。


▼タクは四人で魔法大国、オクタグラム=マギに無事到着する。


▼しかし、突然、ノーミン地方という見も知らぬ場所へ一人っきりで飛ばされてしまった!


▼人の住むノーミンで職を探すタクだったが、仕事の斡旋所で不思議な受付嬢と出会い、不思議な白刃の剣を譲渡される。


▼斡旋された狩りのお仕事を行う外出先の道中で、謎の人物から仕向けられた巨大な怪鳥を打ち倒すも、その戦いの疲労で動けなくなり倒れていたところ、なぜかギルドのマスターによってノーミンの教会に搬入されたタクは、優しげな修道女のティシュリーと出会い、少しの間語り合った。


▼そして、その翌日、タクはせわしない足音に目が覚めたのだった……。



 





 せわしない足音が固い床をかつかつと移動してくる。

 既に朝方、というのも遅いほどに日が昇っているようだった。


「――くん……、ちょっとグテンくん!」


 夢の深淵にうずもれた意識が、現実に呼応して輪郭を帯びた。意識がはっきりとする。


 ――誰かに呼ばれているのだ。


 タクは目蓋をゆっくりと持ち上げ、被さるように覗きこむ人面の影に目を向けた。

 かなり急ぎのようである。切羽詰まった、急かすような調子で声をかける様子から、それが伝わってきたからだった。


「やっと起きたっ!」


 金髪の女が寝転がったタクの真横に立ち、腰を曲げて顔だけを近づけていた。

 無論、彼女はこの教会の修道女、ティシュリーその人である。


「ん、どうしたんだ……」


 両手を握り合わせているティシュリーを横目で見遣り、寝床から起き上がりながらタクは答えた。


 耳を働かせると、この教会だけでなく、他の場所からも様々な声が飛び交っているようである。何か事件でも起こったらしかった。


「もしかして、何かあったのか?」


「ええ!」


 やはり何かが起こったらしい。


「場所は――」


「斡旋所よ」


「なにッ――!」


 斡旋所。例の受付嬢が勤務する職場のはずだった。

 これは否が応でもタクが動かねばならない。タクとしても気が気でないのである。


「案内してくれっ。多分、ギルドマスターらしいのもそこにかかりっきりなんだろうな」

「ええ、こっちよ!」


 ティシュリーが外へ向かって駆けた。タクはそれの真後ろについて走る。


 ノーミン区内にはいくつかの川が流れている。

 途中、分岐した小川をいくつもまたいだ。

 川の近くには背の高い野草がある。

 鬱蒼と繁る草を掻き分け、飛ぶように移動する。

 先の教会はノーミン郊外に位置していたらしく、斡旋所に着くまでかなりの距離を行かねばならなかった。


 ようやく斡旋所に到着した頃には、日がやや高くなっていた。恐らくもう昼に届く時間帯だろう。人の往来はなかなかに多く、それも空気がせわしないせいか、アリがせっせと働くようにわらわらと動き回る。


「邪魔だ」


 タクは人だかりを鞘で小突いて、崩して分け入った。斡旋所戸外の群衆は、何かを恐れるように、大きく空間を作っていた。そのお陰か、斡旋所の周辺はぽっかりと人波が引いている。


「ちょっと待って、グテンくん――」


 タクはそこから中に入った。背後からティシュリーの声が聞こえたが、それも人だかりに飲み込まれていった。

 古ぼけた木戸を掴んで開き、転がり込む。


 内部は静寂を保っている。恐ろしく冴え渡った雰囲気が内にはこもっていた。

 何人もの影がある。

 中にいた人間は縛り上げられ、壁側に転がされているようだった。

 あの受付の姿は見当たらない。


「――誰だおめえ、よ。おりゃあ、中に入るなと野次馬どもに言ったはずだぜッ」


 ひどく低音の濁声が場に響いた。

 タクは奥を見た。そこには、驚くほどの大男がいた。


 まず体格からして常人のそれではない。

 タクの身丈を軽く上回るほどだった。二メートルは越えているに違いない。

 体重もかなりありそうで、大男の腰かけているテーブルは音をたててたわんでいる。

 角刈りにした頭と威圧的な眼光が、大男の暴力性を物語っていた。

 極めつけはその筋肉である。

 首、腕、大腿はまるで丸太だった。肩幅は巌のように大きく、胸はこれ以上ないほど服を持ち上げていた。


「あんたが親玉か」


「当り、だがよう。なんの用があってここに入りやがった、おめえ。場合によっちゃあ――斬るぜ」


 大男は手元に刀を手繰り寄せた。曲刀であった。


「ここに、きれいな色の眼をした少女がいただろ。そいつを引き取りたいんだが」


「……ほう。じゃあ、おめえがオレの敵ってことだなあ」


 大男はニヤリとして言った。


「なんだと」


「その女なら、確かにいるぜ。だが生きてるかどうかは、な」


「あんた……」


「待てよ、交換条件だ。その風貌、おめえ、紋章付きの剣もってんだろ。そいつをオレによこしゃあ、ちったあ考えてやってもいいぜ」


 腕を組んで立ち上がった大男を見て、タクは黒塗りの鞘を持ち上げて見せた。


「――こいつか」

「たぶん、な。オレも聞かされただけだからなあ。よし、それをこっちに――」


 その時だった。奥の部屋で、何人かの声が上がった。

 慌てた叫びである。


『クソ、こいつッ』

『言われた通りに魔封じを施したはずだッ』

『がッ、不味い、逃げた――』


 幾人もの男が騒ぎ立てるのが聞こえる。何かを取り逃がしたようだった。

 タクはその方を眺め遣った。


 急に、その奥の部屋が開け放たれ、中から見た顔が現れて向かってきた。きれいな緑色の眼である。


「――ダメですッ、その剣を渡しては!」


 受付だった。髪がぼさぼさにみだれている。首には頑丈そうな石造首輪が痛々しくあった。


「――ッち。しぶとい女だぜ」


「受付ッ! 生きてたかッ」


「剣を構えてッ」


 言われて、タクは鞘を抜いて刀身を放ち、正眼に構えた。


 受付がタクに向かって駆けてきた。


「バカが! オレがいるんだよおッ」


 大男が立ちふさがる。


 隙というものがまるでなかった。

 ごつごつとした岩を相手取ったような、屈強な威圧がその場を支配した。


「タクッ。彼はかなりの手練れです。しかし、その剣ならばあるいは……」


「わかった、やってやるッ」


「へっ、このオレ、曲刀のガルバルンを倒そうなんて百年早えーんだ……よおッ」


 大男――ガルバルンは曲刀を横に倒して、思った以上の素早さで突進してきた。床を蹴る音が後からついてくるように響いた。

 瞬間、ガルバルンの横薙ぎが空を鋭く走った。


 体を沈め、タクは脇に転がった。びょう、と頭の上で風が唸った。頭上ぎりぎりを曲刀の刃が掠めた。擦過音であった。


「コォ……ッ」


 タクの口元から鋭い呼気が洩れ出た。


 タクは転がりざまに両脚をたわめ、跳ぶ勢いをそのままに、左から右に白刃を振るった。


 ガルバルンの左脚の後ろから前にかけて赤い線が走った。赤い線から血の玉が滲み、それは繋がって一筋になり、血の川のように流れだした。


「野郎!」


 ガルバルンの眼光が凶暴さを増した。眼球に血の筋が走った。


 ガルバルンは曲刀を瞬く間に手元に引き戻し、落下のエネルギーを利用するように雷電のごとき一撃を上段から繰り出した。ガルバルンの発達した筋肉から生まれた風を押し切るような重圧が、腕を伝ってその曲刀にのし掛かる。


 上から下へ、ガルバルンの曲刀が稲妻のように流れ落ちた。


 タクはその重圧を撫でるように剣でなぞり、火花を散らしつつ斜めへ流した。


 逸れた曲刀は床を強かに打った。床が割れ、石塊が四方に飛び散った。深く埋まった曲刀は刀身の半分以上が地に隠れ、用意には抜けないらしかった。


「今ですッ!」


 受付が叫んだ。


 タクは下からガルバルンの巨腕を斬りつけた。

 低い呻き声があがった。ガルバルンの口から出た声だった。


 タクは相手の懐に入り込み、小刻みに剣を動かして体内へ突きを入れた。力を込めて傷口を広げる。鈍い色をした血飛沫があたりに飛び散った。


「畜生!」


 ガルバルンである。


 出血していない脚でガルバルンは重い蹴りを打ち込んできた。


 タクは一旦、銀の長物を抜き取り、後ろに回り込んでびっと血を払った。その時にタクは銀を一閃させ、その脚を二度、刻んでいた。


 ガルバルンが叫んだ。狂犬の叫びだった。

 全てをなげうち、ガルバルンは素手で立ちはだかった。熊のような巨躯が覆い被さるように襲いかかる。


 タクは寸前で体を引いた。

 標的を捉えきれなくなったガルバルンの両腕が虚空をさまよった。


 その隙を逃すタクではなかった。


 銀線が二度、中空を駆けた。


 血煙がばっと吹き出た。


 重いものが倒れる音が響いた。

 ガルバルンが倒れた音であった。


 その背に、銀が突き立てられた。


「終わりだ」


 ぐしゃりと、何か分厚く水っぽい音が鳴った。

 タクがその両手で背に渾身の一刺を喰らわせた音だった。


 固い床を、止めどなく溢れる血の奔流が、しとどに濡らした。


 タクは歩き出した。

 その先には受付がいる。


「やったぞ」

「ええ、やりましたね」


 受付は笑みをこぼした。確信の笑みである。


「じゃあ、その剣でこの首に巻かれたの斬ってください」


「斬れるのか?」


「ま、やってみればわかりますよ」


 タクは切っ先を受付の首にある石造首輪に押し当てた。すると、かきんと何かが落ちた。小気味良い音をたて、首輪が外れたのである。


 すると受付の体が白い光を帯びて輝いた。

 体はついに光玉のようになった。

 光が、視界を塗りつぶした。眩しさのあまり、タクは眼を手で覆う。


 次にタクが眼を開けたときには、受付の姿形はどこにもなかった。


「おい!」


『タク。ここです』


 手中にタクは鈴のような受付の声を聞いた。


『これが私の本来あるべき姿』


 力強い声音で、受付はきっぱりと言い切った。


『私とこの剣、名は銀竜といいます。この剣は聖剣の一つ。そして、私は――剣の精霊』






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