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【FIRST CHARGE】

今回は仁サイド。

思ったより長くなったので土日二日で投稿します。

 


 これはまだカリファとの訓練が始まったばかりの事。


「ちょっ!? ちょっと待って下さいって! まだ話が……飲み込めましたけど状況が飲みこめかみに鋭い一撃がっ!?」


「早く剣を構えなさい。そうじゃないと、死ぬわよ?」


「これまでで一番の笑顔をこのタイミングで見せるの止めてもらえますか!?」


 首から上だけをトリミングして見せればどんな男でも一目で魅了してしまうような、それでいて本能的に恐怖を感じさせる笑みを浮かべるカリファに、ヒトシは必死で抗議の言葉を投げつけていた。


 テーマパークのキャラクターが子供に風船をあげるように手渡された刃渡り二十センチ程の短剣。一度それを握ってしまえば、それはすぐにでも始まった。


「はい首、肩、腹、鳩尾」


「ちょっ、まっ、てっ、下さいって!」


 寸分の迷いも無く次々と繰り出されるカリファの剣撃。

 一方、ヒトシは迷うどころか混乱した状態のままで地面を這いつくばってそれらを回避する。

 まさに危機一髪。そんな事を考えている間にも切り裂かれた前髪が宙を舞った。僅かに触れただけで髪が切れる、目前で起きた事実にヒトシは顔を青褪めさせた。


「あ、あの、カリファさん? 話をしましょう? 少し落ちついててててててて!?」


「言語道断。あと、“カリファさん”じゃなくて“師匠”って呼びなさい。一度呼ばれてみたかったのよ」


「そんなどうでもいい小さな夢は置いとい手首が切り落とされかけたっ!? どうでもいいなんて言ってごめんなさい!!」


 このままじゃ埒が明かない。

 そう悟ったヒトシは次の攻撃が迫ってくる前にカリファの剣の握る手を両手で押さえつける。

 咄嗟の行動であったが故に、女性の手に触れてしまった事に頬を紅潮させるヒトシ。そんなヒトシを見て、カリファはからかうようにクスリと笑う。


「あら、意外と大胆なのね」


「か、からかわないで下さいよ。恥ずかしいんですから」


「なら放してくれればいいじゃない」


「いきなり襲いかかってこないと約束してくれるなら」


「……分かったわよ。話、聞いてあげるから放してくれない? 貴方、自分が思ってるよりも力が強いんだから」


「あ! はい、そうでした! すみません!」


 カリファに指摘されて初めて自身の筋力の増強を思い出し、ヒトシは慌ててその手を放す。

 その後、手の感覚を確かめるように軽く手を振って、カリファは軽くヒトシに微笑んだ。

 どうやらそこまで気に障った訳ではないらしく、内心ヒトシは胸を撫で下ろした。


「で、何が聞きたいのかしら?」


「何が聞きたいのかと言われれば異議申し立てしたい事は色々あるんですけど……取り敢えず、その手のナイフを下ろしてもらっていいですか? これじゃあ僕が手を放した意味が……」


「冗談よ。貴方、からかうと面白いから」


「“からかう”の内容が生死に関わることだから尚更質たちが悪いですよ!!」


 流石のヒトシも堪忍袋の緒が切れて怒鳴りだし、その勢いに圧されてカリファは振り上げていたナイフを地面へ放った。

 甲高い音を立てて転がる短剣、それを見てようやくヒトシは心の安寧を取り戻すことが出来た。


「それで? 物申したいことって何の事かしら? 急に襲いかかったこと? どうして勝手に訓練する流れになってるかってこと? それとも師匠が私じゃ不満?」


「いえ、別に何が不満って訳じゃないんですけど。でも、もう少しやり方がありませんか? 刃物の扱いも知らない素人がいきなりナイフを渡されても……」


「怖い、のね?」


「…………まあ、端的に言えば」


 情けない声を上げるヒトシの姿を視界に捉えながら、カリファは鼻を鳴らした。


「いつまでも今まで通りで生きていこう……なんて、甘い考えは早めに捨てた方がいいわ。今すぐにでも生き残る力を付けないと、貴方は死ぬのよ」


「それは……分かってますが」


「いいえ、分かってないわ。イルシンクの馬鹿は無責任にも貴方達に魔物と戦う義務は無いだなんて言ったらしいけど、その言葉を真に受けるのはお勧めしないわ」


「…………」


「……貴方達にはなまじ力がある。そういう存在は本人が戦うことを望まなくても、必ず周りから望まれるものなの。そしてその時、力が無ければ、技術が無ければ、そして覚悟が無ければ、貴方は死ぬ、貴方が望んでいなくても、周りに殺されるのよ」


「…………はい」


 否定は、出来なかった。

 カリファの言葉は全て正しく、加えて全てがヒトシの今後を案じて生まれたものだったから。

 自分が望んでいなくても、他人に望まれる。他人を尊重した結果として、他人に殺される。自分を殺した上で、他人に殺される。

 それがどれだけ恐ろしい事なのか、今のヒトシには皆目見当もつかない。つかないが、一つだけ確かに分かることもあった。


 ――それが、いつか必ずヒトシに訪れる未来だということは確かに分かった。


 その事実に、無意識にヒトシの拍動は激しくなっていた。


「ヒトシ、顔を上げなさい」


 カリファに促され、ヒトシは徐に視線を上げる。自身の影に覆われ、すっかり暗くなってしまっていた視界が明るく開けた。

 そこには、先ほど床に投げたナイフを握り、真っ直ぐにヒトシを見つめる、カリファの姿があった。


「貴方は死なないためにも力を付けなければいけない。でも、私が貴方に渡すものは単なる技術だけじゃないわ。私は貴方に、もっと大切なものを渡してあげられる」


 そう告げた後、カリファは手に握る短剣をヒトシの首へ向けて振るった。

 光を受けて煌めく剣閃、流れるように空を裂く致命の刃。その一撃を、ヒトシは目蓋一つ動かさず、ただ見守った。

 寸前、異様な軌道を描きながら揺らめく刃先。常人には捉えられないその剣撃は遂にはヒトシの頬を掠めただけでその勢いを納めた。


「やっぱり、怖いです。絶対に当たらないと見えて(・・・)いても、誰かに刃を向けるのも、向けられるのも」


 幻覚か、ただの気のせいか、ヒトシはカリファに切られた頬が燃え上がるように熱くなるのを感じた。大した傷ではない、ただの切傷だ。それもほんの数ミリ掠めただけの。けれど、それは確かに熱く、痛かった。


「怖くたっていいのよ。寧ろ、恐怖を忘れることよりも恐ろしい事はないわ。だから、貴方はそのままでいい。そのまま、強くなりなさい」


「……無理ですよ。臆病者は、一生臆病者です」


「貴方一人じゃ、ね。貴方を貴方のまま強くする、その為に私が居るの」


 そう言うとカリファは立ち上がり、ヒトシへと手を差し伸べる。ヒトシはその手に掴まり、引き上げられる力に逆らわず立ち上がった。

 膝を払い、尻を叩く。無論、土などは付いていないが、払わずにはいられなかった。

 そうして立ち上がったヒトシに、カリファはまたナイフを差し出す。

 まるで幼い頃に母親に飴玉を与えられるように、差し出された一本の短剣。大して華美な装飾も無く、目立った特殊な形状をしている訳でも無い、ただの(・・・)短剣。

 ヒトシは、握り締めるように、確実に、それを受け取った。


「受け取ったわね。じゃあ、始めるわよ」


「よろしくお願いします」


 そうして、ヒトシは訓練の日々に身を置くこととなった。




 ◆




 カリファは極めて冷静な目でその少年を見つめていた。

 身長百七十前後、中肉中背、容姿は中の下、至って普通な少年だ。それこそ、多少口が達者なことくらいしか特徴が無いと言える程に。

 それでも、カリファはその少年を見つめていた。見つめられずにはいられなかった。何の変哲もないただの少年から、どうしてか目を離さずにはいられなかった。


 それらしいものを探そうと思えば、理由は色々あるだろう。臆病な真性に対して時折見せる大きな口が釣り合っていない点、そもそも文字通り生きる世界が違っている点、それらを挙げようと思えばきりがない。

 が、ある一点――否、ある一言がカリファの視線をヒトシに釘付けにさせた。


(格好悪いのは、嫌なので)


 実に青少年らしい本音を曝け出した、ヒトシの言葉。その言葉はカリファにとある言葉を思い出させた。


(格好だけの見かけ倒しじゃあ意味が無ぇ。格好だけ良いくらいなら、形振り構わず身体張ってる方が断然良いに決まってらぁ)


 まるで正反対な二人の発言。

 しかし、そのどちらも目前で耳にしたカリファには、そう言った二人が不思議と似通っているような気がしていた。


 片や、自身の体裁を気にする少年。

 片や、その在りかたを語っている大男。

 本来交わるはずの無い二人が、カリファの視界には重なっていた。


 いや、きっと同じなのだ。

 自分の格好だけを考えている臆病な少年の主張も、それはある種自身の在りかたを考えていることに繋がり、自分の在りかたを誇っている豪胆な大男の主張も、それはある種自身の体裁を誇っていることに繋がる。

 胸の張り方、前の向き方、一挙一動、期待への応え方、そして意地の張り方。それらのどれもまるで異なっているけれど、その胸の中にある想いだけは、同じなのだ。


 そう、目前で自分の元へ駆けてくる少年――多田野 仁の姿を見つめて、カリファは確信した。


「行きます!」


 己を鼓舞しているのか、ヒトシは声を張り上げてその身を弾丸の如く加速させる。対して、カリファもそれに応えるように更に地面を蹴った。


 徐々に縮まる二人の距離。爆発的な加速で向かい合う二人は、その衝突の寸前にほぼ同時に剣を構える。そして、数秒後の衝突のために神経を研ぎ澄ます。


 五歩、四歩、三歩。

 相手の間合いに入るまで残り二歩という位置で、カリファは深く息を吐き出す。呼吸に神経は使わない。ほんの僅かでも削り取り、全神経をその一瞬に注ぎ込む。


 二歩。一歩。

 あと一歩。そこまでくれば、もう準備など必要無い。全ての思考を破棄して、ただ単純に、そして鋭敏に、自身を刃に変えた。


 そして、交錯する。それぞれ意志を持った、二つの刃が。

 その瞬間、カリファは見た。極軽微ではあるが、ヒトシが最後の一歩を踏み出すのを躊躇ったのを。


 熟練の戦士、カリファはその隙を見逃さない。

 その躊躇いが生み出した一秒にも満たない時間の中で、縦横無尽にその刃を振るう。

 反撃の余地など与えず、首、胸、腹、腿、その全てを刹那の間に切り裂いた。

 あくまで浅く、それでも血が飛び散る程度に。ダメージは与える必要は無い。与えるのはただ恐怖だけで十分。今までの訓練で血に慣れさせていないがために、それだけで心は容易く折れる。


 無論、それだけでは終わらない。

 ヒトシの目的はあくまで扉に触れる事、カリファを倒す事ではない。攻撃を潜り抜けて扉まで辿り着かれてしまえば、目も当てられない。

 故にカリファはヒトシを突き放す。短剣を振り抜きながら、そのまま右足を軸として身体を豪快に捻り、回し蹴りをヒトシの腹へと叩き込んだ。


「――――ッ!?」


 全力の加速の勢いを加えた上での渾身の回し蹴り。その威力は想像絶し、六十キロ余りのヒトシの身体が宙に舞う。今度は千本を投げる余裕は与えない。それどころか、ヒトシは受け身を取ることすら出来ずにそのまま地を転がっていった。


「――――!? ……かぁっ!」


 遂には壁にぶつかって止まり、数度もがくように地を這いつくばった後、ようやく呼吸が出来るようになったのか、荒い呼吸を繰り返した。


 そんなヒトシの姿を見て、カリファはまたいつかのような冷たい眼差しをヒトシへ送った。


「今、どうして躊躇ったのかしら?」


「…………」


 ヒトシは応えない。

 ただダメージの大きい身体を揺らめかせながら立ち上がり、カリファを睨むだけ。

 まだ、諦めていない。

 そう言外に告げているその眼差しに、カリファは更なる言葉を投げつける。


「やっぱり、その程度なのかしら。どれだけ格好を気にして大見得を切ったところで、結局貴方は力不足で地に膝を付ける。教えてあげるわ。今の貴方は臆病者なんかじゃない、ただの負け犬よ」


「う、らぁぁぁぁぁ!!」


 カリファに発破をかけられて、ヒトシは激昂して再度突進する。

 だが、考え無しにただ相手の間合いに入るのは明らかな自殺行為だ。先ほどの衝撃を身体に残したまま無理矢理動かした足はふらついている。それを見逃すカリファではない。

 転びそうになりながらも前傾姿勢で突っ込んでくる無防備なヒトシの頭部に両手で固めた拳を叩き落とし、ついでとばかりに再度腹に前蹴りを叩き込んだ。


 容赦はしない。たとえヒトシが立ち上がれなくなったとしても、自身の意志で白旗を上げるまではこの勝負を止めない。

 この闘いが始まった時、カリファはそう決意していた。

 そう決意するに至ったのは、勝負の直前にヒトシが発した言葉。


(でも、ある人を見ていて、少しだけ変わろうと思えたんです。大胆で無茶苦茶な人ですけど、その人の生き方が少しだけ格好良く見えたんです)


 ヒトシが言葉の中で出した人物、それが誰を示しているのか、カリファには分かってしまったのだ。

 そして、悟った。彼をほのめかすような言葉を口にした、ヒトシの想いの強さを。

 故に、この闘いはどちらかが立ち上がれなくなったとしても、終わらない。幾度と無く交えられる刃が鞘にしまわれるのは、どちらかの意志が折れた時だけなのだから。


「いつまでそうして這いつくばっているの。もう、終わりかしら?」


「……く、そっ。まだ、終わってま、せん」


「口だけは達者ね。悔しかったら早く立ち上がってみなさい」


「言われなくてもっ!!」


 震える足を奮い立たせて立ち上がり、ヒトシは再度カリファへ突撃した。




今回も読んで頂き誠にありがとうございます。

誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。

一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。

どうか今後ともよろしくお願いいたします。

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