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〈壱〉4

夕方。


宰蓮寺氏乃(さいれんじしの)は、とある女の子を連れて、とある裏路地に足を運んでいた。

まさか自分の人生にこんな薄汚い場所へ訪れる機会があろうとは想像だにしていなかった彼だが、命令なので不満は洩らさなかった。

命令を下したのは、宰蓮寺が仕える人物の息子、憑物。

路地についた彼を待っていた憑物は、一人の中年の上に腰掛けていた。

憑物の視線には、宰蓮寺が連れてきた女の子、卯月えるがいる。彼女は憑物のアパートからこの路地に来るまでの間一言も喋らず、表情も変えず、宰蓮寺に従ってついてきた。そして今も同様、無表情で憑物に乗られている父親をじっと眺めている。

白眼を剥き、ぴくりとも動かなくなった父親を、無心で見ている。


「える。望みは叶えたぞ」


父親の衝撃的な姿を前にして顔色一つ変えないえるに、憑物が声を掛けた。

えるは聞こえたのか聞こえなかったのか、二人の傍まで歩み寄り、憑物を無視して卯月茂だけを見下ろす。

再起不能になった父親。

えるを殺した張本人。

今では立つことも話すことも不可能となった、憐れな男。


卯月えるは、そんな男に対しても、何も想わない。


「…こんな結末でも、駄目なものは駄目か」


意味深なことを呟いて憑物は腰を上げる。えるとすれ違って宰蓮寺に近づくと、宰蓮寺は眼鏡のズレを直しながら、


「お疲れ様です。凪臣様」


偽名で憑物を呼んだ。

憑物の本名は当然知り得ている宰蓮寺だが、間違っても憑物の名を呼ぶようなことはしない。

そんなことをすれば、卯月茂と同じ末路を辿ることになる。


「ご苦労さん。いつも通り、施設に送っておいてくれ」


「ご家族には、なんと」


「茂は親類縁者とは長く疎遠だ。俺と同様、な。消息を絶っても誰も気にしない」


「…判りました」


憑物は淡々と事後処理を命じる。

人一人の人生を破壊したばかりだというのに、罪悪感を毛ほども感じていない。

たまに宰蓮寺は、憑物に感情というものはあるのかと疑うことさえある。

心が死んでいる、卯月えるのように。


「失礼なこと考えるなよ、氏乃」


「!」


考えを視透かされた。

宰蓮寺は僅かに硬直して、その姿から怯えた子犬を連想した憑物は笑った。


「そうびくつくなよ。お前を壊したりはしないって」


「は…」


「うん。まだ壊さないから」


「………」


壊す予定はあるようだ。

リアクションの取りようがなくて困る宰蓮寺、取り敢えず今の発言は聞かなかったことにして、えるの処遇はどうするかを訊ねる。

返答は、粗雑でそっけないものだった。


「ほっとけ」


「放っておくのですか。ですがそれは」


「死にはしない。そこらをさ迷って野良暮らしするさ」


家から逃げ出したペットみたいな言い種だ。無責任にも程がある。

せめて託児所に預けるなりなんなりすべきだと宰蓮寺は考える。えるはまだ十歳にも満たない子供で、放置すれば数日内に死体で発見されること必至だ。

柄ではないが、こちらで一応の処置は取ろう、そう宰蓮寺は決めて、卯月えるに視線を移して、


「…?」


えるの姿がないことに気づいた。

卯月茂が倒れている辺りに、隠れられるような物は置かれていない。憑物と話す間に路地を出ていったのか。

諦めきれない宰蓮寺は携帯電話を取り出し、周囲に配置してある監視員に連絡を取ろうとする。常に憑物の近辺を巡回、警護する彼らは、路地を抜けたえるの動向も把握している筈だ。


「無駄だけどな」


発信履歴から監視員の一人に通話を繋げようとし、憑物の言葉で手を止めた。

宰蓮寺は憑物を見て、


「アレはもう亡霊だ。お前達一般人には手に負えない。良いから、大人しくしておけ」


「……はい」


『視通す者』の言葉に気圧され、従わざるを得なかった。


「じゃ、後を頼む」


忠告を素直に聞いた宰蓮寺に満足げに笑んで、憑物は家路につこうと踵を返す。


「………凪臣様。一つ聞いても宜しいでしょうか」


「んー?」


歩き出して間もなく、宰蓮寺から呼び止められた。

憑物はそうなると予め視っていたのですぐに止まり、宰蓮寺に耳を貸す。


「彼女、卯月えるは、心を亡くしているんですよね」


「そうだ」


「ですが、先程凪臣様は卯月えるに対して、望みを叶えたと仰いました」


「言ったな」


「矛盾していませんか? 心が亡いなら、何かを望むことも出来ないのでは」


「その通りだよ」


あっさり認めた。

もう少し渋られるかと気構えていた宰蓮寺は拍子抜けして、


「それともう一つ」


折角なので、さらに疑問に思うことを打ち明けた。


「わたくしはこれまで凪臣様の生活、動向を逐一把握していましたが、今回の凪臣様の行動には、これまでのような一貫性がありません」


「…」


「凪臣様は全てを“視通し”ます。視通して、その上でその身に起こる出来事に自身の意思を介入させずに、流れに身を任せていました」


起こった事柄に必ず沿って動く、それが憑物だと宰蓮寺は言った。

例を挙げるなら、先月、憑物になんの縁もない女性が、憑物が原因で悪霊に憑き殺された一件。

女性が殺されることを視通していた憑物は、視りつつも止めようとはせずに見殺しにしてしまった。

結局その後、第三者の手によって自縛霊となった女性と憑物は接触、否応なく女性を成仏させることで救ってやったのだが、

女性が殺されると視った時にそれを避ける手段を講じていれば、そもそも悲劇が生まれることはなかった。

憑物が動いていれば、女性は死なずに助かったかも知れない。いや確実に助けることが出来た。

なのに憑物は動かなかった。

それが“流れ”に反する行動だったから。


「何故、凪臣様がそんな生き方をしているのかは私には判りませんが、そうすると本日の凪臣様の行動にも矛盾が生じてしまいます」


「矛盾なんてあったか?」


白々しく、憑物はとぼけてみせる。

宰蓮寺は緊張した面持ちで、もう一歩踏み込んでみた。


「昼に出会った少女をわざわざ追い掛け、事故に遭わせたのは不自然です。いつもなら、対人恐怖症と偽ってやり過ごすでしょうに、何故少女に関わったのですか? 卯月家族の問題にしても、自ら足を運んで解決するのはおかしい。“卯月えるは貴方に何も頼んではいなかったのに”。…何故、今回に限ってこのようなことを?」


運命を運命のままに受け入れ、その為に自分とは違う誰かを演じてきた憑物。

それが、この日だけは自分を偽らずにいた。

自らの意思を率先して、積極的に赤の他人と接触している。

それは何故なのか。

特に深い意味はなく、単に興味本意なだけの宰蓮寺だったが、知りたかった。

その問い掛けに、憑物は。


「そうだな…」


しばし考える仕草をして、考えるまでもなく決まりきった答えを出した。


「所詮、口約束だから守る義理はない、てところか」


「は……?」


省略し過ぎで意味は伝わらなかった。

なのでかいつまんで判りやすく、宰蓮寺も納得のいく理由を付け足した。


「その前に、氏乃はどうして俺にそんなことを聞くんだ?」


「それは、ただの興味ですが」


「正直だな」


「嘘を言っても視破られるでしょう」


「それはそうだ。じゃあ俺も正直に言おう。氏乃と同じ理由だよ」


「同じ?」


「氏乃が疑問に思ったことは、つまりなんとなくだろ? それと同じってこと」







「ただの、気まぐれだ」

〈壱〉日常的な非日常、終わりです。




頭のネジを百本ほど締め直し、錆び付いた部品を七百余り取り替えて書き直しました。今までよく壊れなかったな、自分。


〈壱〉は憑物の普段の様子を書いてます。憑物は作中のような行動をいつもやっているんだよー、と。一つ違うのは、憑物が妙に積極的ってところです。


書き直し前の〈壱〉は、キャラに焦点を置きすぎて長くなっていたので、要らないところを省いて省いてチョイナチョイナとしたらこんなに短くコンパクトに。持ち運びに便利ですよアラ不思議。


では、〈弐〉赤紙と招待状 に参ります。累李を先に出したので、こちらも内容がかなり変わりますよ。ではでは、今しばらくお待ち下さい。

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