〈参〉3
「距離すら断つとは、聞きしに勝る居合だな」
殺人を命令した李稔は感心混じりに言って、傍らの搭燈は誰にも気づかれずに眼を伏せた。巨体は説明するまでもなく、目の前で達人技を見せられたカティルは、李稔に二言三言聞く。
「李稔、つったか。さっき数を減らすか枷をつけるかって言ったがよ、枷をつける方の選択はねぇのか」
「というと?」
「順番でいやぁ、次に殺されんのは俺だからよ。それが駄目なら、俺はさっさと帰らせて貰う」
「そうか…。では遭馬達、お前はそれでいいか? 複数人雇えば、報酬も分配することになるが」
「構わない」
「ふむ。では、問題がなければ依頼について説明しよう」
そうして境内に集まった面々は声低く話し始めた。
一つの死体を築き上げて、その異常を正常として受け入れ平然とする闇の住人達は、包み込む霧の内側で囁きを交わした。
話は長くも短くもなく、一時間程で終わった。
催し物の行われる時間、其々に行って貰うこと、全て終わった後に報酬を支払うということ、加えて、付ける枷についても多少論議した。
仕事の話が終わると、三人はさっさと階段を降りて帰っていった。三人を境内の片隅から見送った李稔と搭燈は、しばらく無言の後に、搭燈から疑問の声が上がった。
「李稔様。本当にこの方法で『視通す者』を殺せるのでしょうか」
主に対して不信を抱くのは式神として失格だが、搭燈は聞いた。“本当にこんなやり方でアレを攻略出来るのか。運命すら操れる力を持つ存在に、打ち克てるのか”。
その問いに李稔は、
「お前が懸念する通り、私の考案した企画は不安材料が多い。もっと考えを煮詰めて、策略を張り巡らせれば良いだろう」
「それなら」
「だが奴は『視通す者』だ」
獰猛な笑顔で、血走った眼で、宣言する。
「策略も、戦術も、視通されればそれまでだ。奴に勝つには、そんな陳腐なものなど足下にも及ばない、厳然たる“現実”でなくてはならない。誰しも、現実には抗えないものだ。それはお前が一番良く知っているだろう、搭燈?」
「…」
搭燈は黙る。
李稔が言うのは“あの少年”との過去のことだ。搭燈と、搭燈の片割れが初めてあの少年と出逢い、現実を教えられた時のこと。
どうやって調べたのか、李稔は両者の関係を知り得ていた。その上で、意地悪く聞いてくる。
「久しぶりの再開だったのだろう? 諸々の報告は受け取ったが、お前自身の感想は聞いていなかったな。どうだった、懐かしの視通す者は」
その返答に、搭燈は感情の色を見せず、
「…御変わりありませんでした。昔のまま、何処も変わってなどおりませんでした」
「変わりない? 報告には、アレは流れに身を浸すのを止めたとあったが」
「そうではありません。そうでなく―――本質は、何処も変異しておりませんでした。アレは、」
超然なる存在のままでした、と言い添えた。
畏怖の念を込めて。
畏敬にも取れる、口調で。
昔も今も、あの少年は変わらず達観して搭燈を視ていた。搭燈の髄の髄まで視通して、選択を与えた。
恐ろしく、それ以上に“嬉しかった”。
“彼は私に選ぶ権利を与えてくれた。選べる余地を残してくれた。それは過ちを犯した搭燈にとってどうしようもなく救われる、神からの慈悲に等しかった”。
「―――最悪です。最悪のままです。あの方は今昔変わらず、最悪に最悪を重ねた“災悪”でした」
「災悪、か」
搭燈の告白に李稔は薄く笑う。
何を想像しているのか搭燈には判らないが、正常なものでは無いだろう。
彼は過去に視通す者によって裁かれた人間だから。
視通す能力によって精神を壊された、狂乱者なのだから。
「明日だ………明日に、全てが決着する………そうだ、明日………奴を死に追いやるのだ………」
ブツブツと精神の糸を千切るような呟きで李稔は己れの世界に閉じ籠ってしまった。こうなると誰が話し掛けても無反応になってしまうので、搭燈は憮然としながら主を置き去りにし、茶髪の男の死体を片付けて社の方へ引き返した。