〈弐〉5
情報屋ははてな? という顔で眼を逸らした。
判りやすい反応だ。完全に憑物を馬鹿にしている。
「やっぱりな、そうなると判っててもイラッとくるんだ。…意味なく変な奴を寄越すな」
憑物が怒りのオーラを放ちながら凄むと、
≪意味ならありますよぅ。屍さん、俺のエリスと同じ年頃で、不運な境遇を背負ってたから不憫で不憫で………ウ、ウ、ウ≫
これまた判りやすい嘘泣き。
憑物は取り敢えず、もう一発分の霊力を右手に込めた。
最後に、情報屋の弁解を聞き届けてやろうと笑顔で訊ねる。
「それが、えるを俺のところに連れ込んだのとどんな関連性が?」
≪お憑かれさんだったら、かあいそーな屍さんを救ってあげるだろぅなー、と思いましてねぃ。ほら、彼女の時だって助けて上げてたじゃないですかぁ≫
「あれはまた別件だ」
≪お憑かれさん、ロータリーコンサルタントじゃないですかぁ≫
「…」
≪判りにくかったですかね? 直で言いましょぅか、ロリータコンプレックスですよこぉのロリコォン♪≫
「…………」
憑物は肺の中の空気を全部吐き出し、首をゴキゴキ鳴らして体勢を整えた。
もう充分だろう。
ここまでだ。
それだけ話せば未練もあるまい。
その下卑た面を凸凹にして起伏に富んだバラエティ豊かな顔に仕立てあげて遺影に華々しく飾り葬式は活火山の近くで直ぐ様遺体を入れた棺桶を火口に投げ捨てて骨という骨を髄々まで焼きつくし情報屋という虫けらにも劣るカスをこの世とあの世とどの世からも抹消して端的に述べるならそうブチ殺
≪おっとそういえばぁ、お憑かれさんに渡さなければならないものがあったんですよぅ≫
すという絶妙のタイミングで話題を変えられた。
いや、話題が変わったくらいで止まる憑物でもないが、同時に情報屋は憑物から離れるだけ離れ、拳の届かない天井に貼りつくという狡猾さを見せていた。
「………別に良いけどな。で、渡すならさっさと渡せ」
ここでグタグタ言うと余計疲れると判断し、憑物は怒りを抑える。…実はまだ拳に力を溜めたままで、油断して近づいた情報屋を撲殺しようと狙っていたが、察しの良い情報屋は天井を離れず、渡す品だけを落とす形で放った。
≪はぁい、プレゼンツ・フォー・ミィ〜≫
「やらねえぞ?」
情報屋の茶目っ気はさらりと受け流して。
落ちてきたのは、先程まで情報屋自身が口にくわえていた、煙菅だった。
「………」
≪はいはぁい、これで依頼達成でぃす≫
一仕事終えて喜ぶ情報屋から放られた煙菅を無言で受け止める。
憑物は煙菅をざっと眼を通して、
「…せめて拭いてから渡せよ」
唾液がベットリ付いていた。
ちょっと気恥ずかしそうに情報屋が、
≪ウフゥ。それをお憑かれさんがくわえたら、俺とディープキスをしたことに≫
「間接の域を出ねぇよ」
一蹴された。
馬鹿は放置しておくとして、憑物はベッド脇にあるティッシュを十数枚抜き取り、念入りに煙菅を拭く。だったら水で洗えば良いだろと言われるだろうが、そんなことをしている暇はない。
拭き終わり、これから一服でもするのか、憑物は煙菅をくわえる。
煙菅の火は渡される前に情報屋が消していたので、火をつける為には刻み煙草とライターが必要だ。憑物は情報屋から二つともくれるよう催促する。
…ようなことはしなかった。
そんなことをせずとも、煙菅から薄紫の煙が吹き出て部屋を漂よった。
「…不味」
≪最初はそんなもんですよぅ。煙くて咳き込まないだけマシじゃぁないですかぁ≫
一服した憑物は渋い顔をして、それを見て情報屋があけすけに笑う。独りでに煙菅から煙が出たことに、二人は何ら疑問を抱いていない。
当然だ。
情報屋も憑物も、この煙菅がどういうモノなのかを知っているし、視っているのだから。
≪それじゃぁ、そろそろ良いですねぃ。お憑かれさんにも『器』を渡しましたしぃ≫
グッと背伸びをして情報屋が天井から降りてくる。依然、憑物からは離れたまま、用を終えたので帰りますという空気を醸し出して、
一言。
≪サクッと、殺しますねぃ≫
サクッと。
それじゃあさようならとでも言う風に。
歩いて五歩の距離も、間にあるベッドも関係なく一瞬で憑物の背後に回り。
特に何かをしたようにも見えないのに、既に何かをしたらしく。
ゴトリと。
憑物の頭が、首から切り離されて畳の上を転がった。