魅力値カンストで行くラブ至上主義世界クエスト
この小説には下ネタ的表現が含まれております。
いろいろ想像しながらお楽しみください。
〈あちらの男性に注目してください。はい、通りを警備している大柄な方です〉
脳内に響く無機質な声に従い、日焼けした筋肉をプレートアーマーに包んだ男を見る。
(あの人がどうかしたのか?)
〈スキルの実験です。心の中でステータスオープンと唱えてください〉
(ス、ステータスお、おーぷん)
気恥ずかしい想いを抱えながら念じてみる。すると
LV:22
HP:250
MP:10
力:240
頑強さ:150
魔力:20
素早さ:50
運:35
魅力:15
スキル:剣LV5 盾LV3
へえ、本当に出たよ。
視界の隅に半透明な文字でステータスが浮き出る。
あの男性、見た目通りのパワーファイタータイプのようだ。
〈ステータスは確認できましたか?〉
(ああ、ばっちり)
〈では次に、向こうから歩いてくるカップルを見てください〉
ん……あれか。
10代後半くらいの男女が腕なんか組んで仲むつまじくラブってやがる。
「チッ」
思わず舌打ち。独り身にあの光景は毒だ。
誰かあいつらに爆弾をデリバリーしてくれないかな。
〈あの人たちのステータスを見てください〉
(へいへい)
一気にやる気をなくしながら、ステータスを覗く。
まず、男の方。
LV:3
HP:20
MP:0
力:12
頑強さ:8
魔力:0
素早さ:11
運:5
魅力:10
スキル:なし
で、女の方。
LV:2
HP:16
MP:8
力:5
頑強さ:6
魔力:10
素早さ:4
運:10
魅力:13
スキル:なし
一般人のステータスって各値10前後が相場なのか。さっきのファイター系の男性と比較すると凄くしょぼく感じてしまう。
〈では、質問です。大柄な男性とカップル2人、もし戦ったとすればどちらが勝つでしょうか?〉
分かりきったことを聞いてくるな。
いくら1対2で戦うとしても(大柄な男性に決まっているだろ)
〈違います〉
(はぁ!? なんで! ステータスの値、10倍くらい差があるじゃないか)
俺のまっとうな指摘なんぞどこ吹く風。
無機質な声はハッキリと断言した。
〈力や頑強さなどの値は些細なものです。この世界において何よりも重要なのは……ラブ〉
(ら、らぶ?)
堅い声にしてはロマンティックなことを口にする。
〈ゆめゆめ忘れないでください。ここは愛こそ全てのラブ至上主義世界なのです〉
俺が「愛があればそれでええねん」な世界に転移したキッカケはナンパであった。
その日はクリスマスイブ。
聖なる夜だか性なる夜だか知らないが、俺にとっては静なる夜だった。つまりロンリー。
まだだ、まだ終われない!
最後の悪あがきにと俺は街へ出て、手あたり次第道行く女性に声をかけまくった。
で、その結果……
「よう兄ちゃん。ワイの女に手ぇ出そうとか度胸あるやんけ。そんなに寂しいクリスマスイブが嫌ならワイが付き合ってやるわ。とりあえず車で海岸沿いをドライブしよか?」
ヤクザさん登場である。
ヤクザさんは行き先を海岸沿いと言ったが、最終的な目的地は海中となった。堤防の上から蹴り落とされたのだ。
こうして、あわよくばベッドにダイブを狙った俺のクリスマスプランは、真冬の海へのダイブに変更された。
運が悪いことに俺はカナヅチだ。
必死にもがいても身体はどんどん暗い海の底へ沈んでいく。
もはやこれまで……と思った瞬間。
〈こちらはシステムメッセージです。そこの絶命手前のあなた。今だけのビックサプライズ、魔王討伐に協力してくださるのなら救命救助をプレゼントします。先着1名様限定です。お急ぎ連絡ください〉
声が聞こえた。
そうして、やってきた異世界。
魔王を倒せとか荒唐無稽な話であるが、溺死待ったなしのあの状況では声の提案を呑む以外の選択肢はなかった。
〈魔王の討伐が完了しましたら元の世界に送ります。無論、転移先が再び海の中、などという嫌がらせはいたしませんのでご安心を〉
良かった、異世界行き片道切符だったら俺泣いてたわ。
魔王という言葉から分かるように、ここは中世ヨーロッパを土台にした剣と魔法の世界とのこと。
システムメッセージは俺を王都に召還したらしいが、世界有数の都も現代人の俺の視点からは雑多ごった煮の野蛮な街にしか見えない。
こんな所で一生暮らすなんて勘弁。
早く魔王のお命頂戴して日本へゴーホームだな。
システムメッセージの発信者は本人(?)曰く世界の意志らしい。なんでも世界の調和を担う神的な存在だそうだ。うさんくせぇ。
で、世界の意志としては世界征服を狙う魔王というバランスブレイカーを野放しには出来ない。けれど、この世界の住人だけで対処するのは荷が重い。そうだ、なら異世界から人材を連れてこよう。
という思考の下、転移を拒否しないであろう絶体絶命中の俺に声を掛けた……以上、システムメッセージ視点の説明おわり。
(ところで一般人の俺に超難易度ミッションを与えるってことはあるんだよね? チートスキル的なもの)
〈もちろんでございます。転移ボーナスとして、異世界言語理解やステータス閲覧の基本スキルの他、いくつかの特典を用意しております〉
よしよし、出来る子じゃないかシステムメッセージさんは……長いなこの呼び名。略してシッセーでいいや。
〈習うより慣れろです。まずはステータス閲覧を練習してみましょう〉
こうして、冒頭のやりとりが始まるのであった。
さて、シッセーが高らかに宣言したラブ至上主義。
それは俺が思っていた以上にえげつないものだった。
〈あの男女を食い入るように見てください〉
(おっ、なんか2人を繋ぐ糸が見える。めっちゃ光っていてまぶしっ!)
〈太さからしてあのカップルの相性度は100ですね〉
(相性度?)
〈もう一度2人のステータスを閲覧してください〉
(あいよー)
男
LV:3
HP:20(×100)
MP:0(×100)
力:12(×100)
頑強さ:8(×100)
魔力:0(×100)
素早さ:11(×100)
運:5
魅力:10
パートナーへの好感度:10
スキル:なし
女
LV:2
HP:16(×100)
MP:8(×100)
力:5(×100)
頑強さ:6(×100)
魔力:10(×100)
素早さ:4(×100)
運:10
魅力:13
パートナーへの好感度:10
スキル:なし
やだ、なにあれ……
2人とも運と魅力を除くステータスが100倍になっているんだけど。
それに好感度って?
〈好感度とは相手に向ける愛の大きさを示しています。大体こんな感じです〉
好感度表
1~2:初対面、知り合い
3~4:友達
5~6:親友、熟年夫婦
7~8:新婚夫婦
9~10:バカップル
〈自分が相手に向ける好感度 × 相手が自分に向ける好感度 = 相性度 となっております。そして、相性度が運と魅力以外のステータスに掛け算されるのです〉
待って、お願い!
なんか色々とおかしいから。
(えーと、まず好感度表から。愛の大きさが夫婦よりバカップルの方が上というのは各方面からお叱りを受けると思うんだけど)
〈この世界において、適度に温かく長続きする愛は「あっ、そういうのいいから」扱いです。大事なのは瞬間最大火力、とりあえず後先考えずに燃え上がればそれでいいのです〉
(OH……)
俺の中の常識が、世界の法則が崩れる。あかん世界や、ここ。
(そ、それで相性度がステータスに反映される……と。にしても掛け算ってガバガバな上がり方じゃん〉
世界的に有名なマンガ「龍玉」は、界○拳が出てきて戦闘力のインフレが始まったって言うけどこの世界も大概だな。
バカップルの互いに対する好感度は10。
つまり相性度は10×10=100。
元の実力の100倍になっている。
確かに相性度を考慮したステータスでやりあえば、あの大柄な男よりカップルに軍配は上がる。
彼の身体を見る限り長年鍛えてきたのだろう。それがナヨナヨなバカップル以下とは、不憫としか言いようがない。
〈他に質問はありますか?〉
(そ、そうだな。ええっと……)
その後、いくつかのQ&Aを繰り返した結果、好感度と相性度について色々なことが分かった。
・相性度ボーナスは2人の距離が100メートル内でしか効果はない。遠距離恋愛は御法度。
・2人のうちどちらかが相手に悪い印象を持っていると、相性度ボーナスは発生せず素のステータスで戦うことになる。たとえ片方の好感度が10でも相性度は無効。片想いに厳しい世界。
・相性度があるためこの世界は異性同士の2人パーティーが基本。男女数名のパーティーは嫉妬や痴情のもつれで内部崩壊しやすい。三角関係は死亡フラグ。
〈この世界における愛の重大さがお分かりになりましたか?〉
(ああ、泣きたくなるほどに)
いかん、元の世界以上に独り身の肩身が狭いぞここ。
〈それでは次にあなたのステータスの説明に入りましょう。ご自身に向けてステータス閲覧を使ってください〉
意気消沈気味の俺だが(そうだ俺にはチートがあるんだった)と思い直す。
何かな何かな、誰にも負けないパワーとか? それとも全属性の魔法使用可能とか?
胸を踊らせながら
(ステータスオープン!)
LV:1
HP:18
MP:0
力:7
頑強さ:8
魔力:0
素早さ:12
運:1
おい、このクソステータスは何だ!
物理は軒並み一般人レベルじゃん。地味に運は悪いし。
それにMP0に魔力で魔法使えねー!!
〈魔法が存在しない世界出身のあなたに、魔法が使えるわけありません〉
やめてシッセー、無慈悲な正論は鋭利なナイフ!
〈それよりも最後までステータスを見てください〉
(うう……はい)
LV:1
HP:18
MP:0
力:7
頑強さ:8
魔力:0
素早さ:12
運:1
魅力:99999999
スキル:異世界言語翻訳、ステータス閲覧、全チャームLV MAX
称号:傾世の美男子
………………はい?
(あ、あの……魅力の値がバグっているんすけど)
〈お使いのステータスは正常です〉
(えっ、でも桁がどえらい事に。いつの間にか相性度ボーナスが入ったとか?)
〈魅力の値は相性度ボーナスの対象外です。その数値はあなたの素の力。そう、これこそ転移の恩恵『魅力値カンスト』なのです。魅力を十全に発揮するスキルも付けておきました。上手にご使用ください〉
(ファーー)としか言葉が出ない。
かつて8世紀の中国に楊貴妃と呼ばれる美女がいた。
その美しさは時の権力者たちを魅了し続け、彼らの国政に対する判断力を狂わせた。それが大乱を引き起こし国は傾いたという。
その事から楊貴妃は「傾国の美女」と後世で語られている。
そして、俺の称号は「傾世の美男子」、国どころか世界を壊す勢いだ。
ヤバい、俺の魅力で世界がヤバい。
(はっ!……で、でもそれほどの魅力なのに、何事もなくいられるのはおかしくない?)
さっきから人通りの多い場所にいるが、誰も俺を気にしていない。なんだ、魅力値カンストというのも大したことないじゃん。ホッとしたようなガッカリなような。
〈それは魅力防止のアイテムを付けているからですよ〉
(アイテム? あれ、ほんとだ。顔に何か付いている)
ぺたぺたと自分を触る。この形は……パピオンマスク?
通りに面した店の前に行く。
質の悪いガラス窓だけど、自分の姿を確認するくらいは出来た。
ガラスには真っ赤な蝶型アイマスクの俺が映っている。
(ダサっ!)
〈そのダサさであなたの魅力を封じているのです。あなたの能力を無闇やたらに発揮すれば魔王の前にあなたが世界を終わらせますからね。あらかじめ封印アイテムを支給しておきました〉
サンキュー、シッセー。
カユいところに手が届くサービスに感謝だな。
〈魅力の使い所はよく考えてください。あと、マスクは神聖級アイテムなのでご使用は丁寧にお願いします。これは仕様書です〉
空中に紙の束が出現し、バサッと地面に落ちる。俺はそれを拾い上げたのだが
(うわっ、結構厚い仕様書。家電製品並じゃないっすか)
こういうアイテムって、普通3行くらいで説明するもんじゃないの?
〈売れば城が建つほどの神聖級アイテムなのですよ。数行で説明とか手抜きは出来ません〉
それもそうか。
俺はパラパラめくりながらこの残念マスクについてある程度の知識を得た。
このマスクを装備している間、魅力値は10となる。そして、魅力スキルはすべて封印される。また、マスクを付けていることに対し周りから違和感を持たれない……と。ふむふむ。
(もしさ、この場でマスクを取ったらどうなんの?)
元の世界ではモテなくて死にかけた俺だ。
それが異世界ではハーレムだって簡単に作れちゃう力を手に入れた。なら、その力を試したくなるのも仕方ない。そう仕方ないよね。
〈10秒です〉
(はっ?)
〈あなたの衣類がひん剥かれるまでの時間です。もちろんパンツと靴下も例外ではありません。後は誘拐が鉄板の流れかと。いえ、その前にあなたを巡って王都を舞台にしたバトルロワイヤルが開催されますね。マスク、外しますか?〉
(さあて、そろそろ冒険に出発しようかなー)
もしかして、俺は下手なチートよりも危険な能力を獲得したのかもしれない。
(ちなみにクーリングオフは?)
〈ないです〉
ですよねー。
さて、いざ冒険と繰り出したもののどこへ行けばいいのだろう?
俺は魅力以外クソステだ。
1人では魔王どころかその辺の手下にだってやられるだろう。
〈ええ、犯られますね〉
ん、シッセー。今、言葉のニュアンス変じゃなかった?
……まあ、いいや。第一にするべきはパートナー探しだな。相性度ボーナスを狙っていかないと。
〈それでしたら、この先の広場にちょうど良い広告がありますよ〉
(広告?)
しばらく歩くと開けた場所に出た。
中央に大きな噴水があり、周囲にはベンチがちらほら。出店も出ていて、王都の民たちがのんびりと過ごしている。
なかなか立派な広場じゃないの。憩いをするには最適だ。
その広場に大きな看板が立てかけてあった。
【勇者様のパートナー大募集】
我が国の宝である勇者様がついに魔王討伐の旅に出ることになった。ついてはパートナーを身分出自に関わらず募集する。自分こそは、と思うものは王城の門を叩くがいい。
ただし勇者様はノーマルなので、募集は男で結婚適齢期の者とする。
おお、なんとも都合が良い。
勇者ならば単体でのスペックも高いに違いない。
求めているのが若い男というのだから、勇者自体は少女だろうか。可愛い子だといいな~。
俺の魅力で好感度を上げてステータスを強化、そうして戦いそのものは勇者にポイしてしまおう。
女の子だけを戦わせるなんて、と後ろめたさが……出るわけない。
こちとらクソステの一般人、俺が勇者を女の子扱いするなんて自惚れにも程がある。
世界は救われ俺は安全で素敵やん。
おっしゃ! 早速お城へGO!
城は高くそびえ、街のどこからでもその偉大な姿を見ることが出来た。なので俺は迷わず城に到着。
城門前に警備兵が立っている。若い男女だ。
「止まれ、王城に何の用だ?」
男が歳に似合わぬ重厚な声を出す。
「は、はい。勇者様のパートナー募集の件で伺いました」
さすがに緊張するな。
「分かりました。年齢の方は問題ないようですね。確認ですが、既婚者ですか?」
今度は女の警備兵が訊いてくる。
「いいえ」
「では恋人は?」
「い、いません」
「よろしい。ではこのまま、まっすぐ進んでください」
「ありがとうございます」
これだけのやり取りなのにどっと疲れた。
男女が寄ってたかって独り身男に伴侶や恋人の有無を尋ねるなんて、とんでもないイジメだ。
パートナー選別のための質問だろうけど、被害者の精神的苦痛を配慮した慰謝料を要求したいよ、まったく。
城門を通ったところで背後の警備兵達の会話が聞こえてきた。
「ねっねっ、今のやり取り格好良かったよ! 声が渋くて胸がキュンとなったわ」
「ははは、惚れなおしたかいハニー。これが大人の魅力ってやつさ」
「きゃー素敵」
ちくしょうめっ!
警備兵が男女ペアだった時から嫌な予感はしていたけど、やっぱり恋人同士だったのか。
何が相性度ボーナスだ! 何がラブ至上主義だ!
あんな万年発情期共を雇う王城なんて、カップル共々爆発してしまえばいいんだ!
〈どうどう、どうどう。落ち着いてください。あなたもすぐにパートナーが出来ますよ。勇者という最強のパートナーが〉
(はっ、そうだ。俺のリア充ライフはもう目と鼻の先にあるんだ。見てろよ、この世のカップル共! テメーらが裸足で逃げ出すほど勇者とアツアツイチャイチャするからな)
城の従者に案内されつつ、パートナーを審査する部屋の前に来る。すると
「おやおや、君もパートナー志望で?」
扉の前にいた順番待ちらしき小太りの男が話しかけてきた。
そんなに暑くないのに、汗をかきまくっていてシャツが透けている。誰も幸せにならないサービスやめろ。
「そうだけど」
「うっふふう、それは残念、無駄足でござるよ。王女のパートナーはこの僕なんだぞな」
「王女のパートナー? 勇者の間違いじゃないのか」
「あららおおふふぅぅ、これはとんだモグリがいたねぇ。ひょっとして君は国外から来たのでげすか?」
うぜえええ、語尾くらい統一しろよ。どんなキャラか把握しにくいだろうが。
「王女は16歳の誕生日に世界から勇者と認められたんだワン。勇者となった者は魔王討伐の任に就かなければならない、この国ではずっと昔からそう言い伝えられているんだニャン」
愛犬家と愛猫家に喧嘩を売る小太り男の発言だが、その情報は悔しいが有用だ。
「勇者で王女か。きっと国民からの支持も絶大なんだろうな」
何気なくそう言うと、小太り男の顔が曇った。あれ?
「ふ、ふん。世間の奴らは見る目がないでありんす。あんな素晴らしいお方がパートナーを欲しているのに名乗り上げないとは」
「えっ、なに。王女って人気ないの?」
「失礼な! 一部で話題でニッチな層にバカ受けで知る人ぞ知るナイスガールなんだぽよ」
そんな人気が微妙なものを宣伝する時に使う文句を並べられても反応に困る。
「ちなみに、あの広告が立てられたのっていつ?」
「今朝からなり」
初日なのに順番待ちしているのは俺と小太りの男だけ。これはお察しの人気っぷりだ。
「とにかく! 僕が来たからには王女のパートナーは僕に決まりアルよ」
小太りの男が、そのまま焼き豚になるほど燃えている。俺は奴のステータスを見てみた。
LV:1
HP:15
MP:0
力:12
頑強さ:5
魔力:0
素早さ:1
運:2
魅力:1
酷いステータスの中に異彩を放つものがあった。
パートナー(一方通行)への好感度:20
(おい、シッセー)
〈なんですか?〉
(好感度の上限って10じゃないの?)
〈そのような事は言っておりません。愛に限界があるなんて悲しいではないですか?〉
(けど20はないだろ。バカップルの倍じゃん)
〈好感度10は常識的な範囲内での最大値です。しかし、何事にも常識外はあります。豚のスキル欄を見てください〉
(ふえっ?)
スキル:ストーカー体質
(110番ものじゃないっすかヤダー! つかストーカーってスキル!?)
〈ストーカー体質を持つ者は好感度の上がりっぷりが一般人より遙かに上です。その分、相性度ボーナスもザクザク、文句なしの強スキルですね。歴史に名を残す兵士や冒険者の多くはストーカーでした〉
(ストーカーとバカップルが上位に来る世界か。もうここはダメかも分からんね)
俺が嘆いていると
「次の者、入れ」
扉の向こうから声がした。
「にょほほほ! ではこれにて失礼ざます」
意気揚々と小太り男は室内に消えていった。
まさか、あいつが勇者のパートナーに……
そうなったら俺はどうすればいいんだ。他に強そうな女性を探すか、それとも小太りの男と勇者が魔王を倒してくれるのを信じて待つか。
どちらにしろ良い未来像は浮かんでこない。
なんてこった……
と、俺はそこまで悲観してなかった。だって
「ぎょわわあああああ!! なぜだわさあああああ!!」
一分も経たないうちに小太りの男の悲鳴が、ぶ厚そうな扉を越えて聞こえてきた。
(いくら好感度が高くても、あの男が採用されることはないよな)
〈ないです〉
「次の者、入れ」
部屋に入ると「もう一度チャンスをくれだっちゃ」と駄々をこねる小太り男が、反対側の扉から衛兵に無理矢理連れ出されるところだった。
部屋には他に王冠を被った壮年の男性、それに豪奢な鎧を纏った少女がいる。王様と王女兼勇者だろう。
小太り男が強制退出される前に俺はステータス閲覧のスキルを発動した。
王女と小太り男を繋ぐ光る糸が……
(まったく見えないぞ)
〈目をこらしてください。ほら、髪の毛ほどの糸がありますよ〉
(ほっそ! 男の好感度は20あったのにほっそ!)
〈あれは相性度1ですね。王女が男に嫌悪感を持ったので相性度ボーナスが無効になったのでしょう〉
片方がどんなに想っていても、片方が悪い印象を持っていると相性度ボーナスは付かない。なるほど、残酷だな。
「また平凡そうな者が来たの」
王様が首を隠すほど伸ばした顎髭をさすりながら俺を観察する。
「やれやれ、これではまた相性度1か」
「また、ですか?」
「そうじゃ。今日、来た者全員1だった」
おいおい、それは変じゃないか。
さっきの小太りの男が相性度1なのは、まあ外見や言動から納得できる。
でも、もっとマトモな人もいただろう。仮にも王女で勇者のパートナーに立候補する人達だ。容姿だったり地位だったりで、ある程度自分に自信があるはず。
その人達がことごとく相性度1だって?
パートナー志望の男性達の好感度が低いはずがない、ということは……
俺はチラッと王女を見た。
そして、腑に落ちてしまった。
王女は10代後半くらいの幼さとセクシーさを両立した顔立ちをしていた。鼻や唇は実にキュート、町中を歩けば男達の首がクルクルするだろう。
戦いやすいように短くした髪は艶やかで、さぞ触り心地が良さそうだ。
胸当てをしているのでバストサイズは判断出来ないが、腰と足は花丸もの、ごっつぁんです。
と、誉め言葉を並べてみたが、そのすべては無駄になっていた。
王女の目つきによって。
怖っ!
一言で言えば、ドス黒い。
この世のすべての憎しみを内包し、この世のすべてを恨んでいますって目だ。
ヤンキーのメンチ切りが可愛く見えるぞ。
「なに? なんか文句ある? タマ潰すぞ」
ひぃぃ、言葉遣いも攻撃的だ。
「これ、パートナー志望者を脅すのはやめなさい」
「ちっ! 別にパートナーなんていらねえよ。あたし一人で魔王なんざ楽勝だし」
なかなか自信家の王女様だ。どれ、ステータスを覗いてみよう。
LV:45
HP:1200
MP:1100
力:900
頑強さ:720
魔力:800
素早さ:1000
運:500
魅力:1
スキル:剣LV8 小剣LV7 槍LV5 四属性魔法LV8 幻術LV9
称号:王女 勇者 目つき怖っ ラブ否定主義者
(さすが勇者。優秀なステータスだな、魅力以外。それに称号がツッコミ待ちだけど)
〈『目つき怖っ』は魅力を1にしてしまうものです。厄介なのは『ラブ否定主義者』ですね、あれがある限り相性度ボーナスは得られません〉
(ちなみに相性度ボーナスなしの素のステータスで魔王は倒せるの?)
〈無理ですね、四天王クラスにも負けるでしょう〉
おうおう。と、なると俺の魅力でラブに目覚めさせないとダメってことか。
いけるのか、王女は見るからに愛を知らぬ狂犬だぞ。
「どうしてこんな子に育ってしまったんだ。ラブラブな私と妻の姿をずっと見てきたじゃろ。愛の素晴らしさを体現してきたはずなのにのぅ」
「ああそうさ、見せられてきた。吐き気が出るほどにな!」
おかしいな。
夫婦仲が良い家庭の子どもは、恋愛や結婚に対してポジティブな認識を持つ、そんな話を聞いたことがある。でも、王女の反応はその真逆を行っている。
「ど、どうして愛がそんなにお嫌いなんですか?」
なるべく刺激しないようやんわりと尋ねてみる。
「はっ! 当然だろ。見せられてきたんだよ、こいつと母さんのラブラブな所をよ。四六時中だ、もちろん夜中もな! 人が寝ている隣でこいつらは盛りやがって」
「こ、これ。よその者の前で何て事を言うのだ」
王女の言葉と恥ずかしそうな王様の様子で、俺はすべてを察した。
「お、王様。さすがにそれは不味いですよ」
「いやのぉ、見られるかもしれない、というスリルは良質なスパイスで……な。さすがに配下の者の前では出来ないので娘の前で……な」
……な、じゃねえよ! とんでもない変態夫婦だ。そりゃあ王女が歪むってもんだ!
「ほら、無駄話ばっかしてないぜ、さっさとやるぞ」
王女が部屋の中央に鎮座している水晶に手を載せた。
「それは?」
「ごほん、相性度を測る魔道具じゃ。君と娘が同時に触れると表面に相性度が表示される」
〈ステータス閲覧を使える者はこの世界にも多くいます。しかし、好感度や相性度まで測れるのは転移者ボーナスをもらった者だけです〉
へえ、俺のスキルってそんなに凄かったんだ。儲けもんだな。
その上位互換版ステータス閲覧を使ってみたところ、王女は俺に対し、嫌悪感を持っている。このままでは、相性度は1と出るだろう。
じゃあ、そろそろ外させてもらいますか。この蝶マスクを。
俺の魅力値カンストを封じるマスク。それを取った時、どうなるんだろう。
この部屋には俺と王様と王女だけだ。
警備の面で衛兵くらい部屋の中にいても良いと思うが、相性度というプライバシーなものを測るので極力人の目を排除しているのかもしれない。まあ、王女自体が強者なので多少の凶行はすぐさま鎮圧されるだろう。
人が少ないのは好都合。
この場にいる女性は王女だけ。俺の魅力は王女だけに伝わるから安心だ。王城内で俺を巡ったバトルロワイヤルなんて勘弁だからな。
「どうした、早くしろよ」
「少々お待ちを」
俺は生唾を呑み込むと、蝶マスクに手をかけ……一気に外した。
「!!」
俺としては、目の辺りがスッキリしたな、くらいの感想だったが周囲の反応は明らかに変わった。
「なっ!」
王女が目をあんぐりと開け、固まる。
やった!
ラブ否定主義者の壁を、俺の魅力が突破したんだ。
それで終われば良かったんだけど
「ぐぅ!」
王様も固まった。おい、なぜあんたが頬を赤らめる。
〈当然です。魅力値カンストの前に性別や年齢など意味を持ちません。女好きは瞬時に「男もええやん」状態になり、性能力が枯れていた者は瞬時に往年の力を取り戻します〉
(シッセー! バカ野郎! そんな大事なことは最初に言えよぉぉ!)
〈セクシーアイビームにより王様の理性に120のダメージ。残り理性HPは250〉
(なんか始まった!?)
「い、いかん。私には妻が」
〈王様は精神防御壁『愛しのワイフ』を発動。ダメです、セクシーアイビームの攻撃が通りません〉
「いいぞ、王様! 超頑張って! 俺なんかに負けるな」
思わず声が出た。
「ふぉおお、ら、らめええぇぇ!! 妻が、け、消されるのおおぅぅぅぅ」
〈エンジェルボイス発動。さらなる魅力攻撃により『愛しのワイフ』は粉みじんになりました。さらに王様の理性へ100のダメージ。王様の理性HPは残り150〉
あかん、余計なことをしてしまった。
このままじゃあ、王様がイケナイ道へ入ってしまう。
そ、そうだ。
蝶マスクを付けなおせばいいじゃないか。それで俺の魅力放出は収まる。焦ってこんな簡単なことにも気づけなかったぜ。
よしっと。
俺は再び蝶マスクを装着。これで王様の様子は元に
「ぐぅうう、お、おとこぉぉ」
戻ってないぞ。どうなってんだ!
〈魅力値カンストに影響された者に蝶マスクの効果は発動しません。一度知ったらもう純粋だった頃には帰れない、人生と同じですね〉
(き、聞いてないぞおお! そんなこと!?)
〈ちゃんと仕様書に書いてありましたよ〉
あのやたらページ数がある仕様書にか。しまった! もっとしっかり読み込んでおくべきだった!
と、ともかく!
目をつむり、口を塞ぎ、これ以上王様の理性を傷つけないようにしよう。
で、退出するんだ。刺激を与えないようゆっくりと!
俺がジリジリと後退を始めた時。
シッセーの無情な声が響いた。
〈インキュバスフェロモン発動。王様の理性にダイレクトアタック! 300のダメージ、王様の理性はオーバーキルされました〉
(ごめん、うちの地区じゃあフェロモンは反則だからノーカウントな)
〈ダメです〉
(ちくしょおおお!! フェロモンなんて防ぎようがないだろ)
〈しっかりファブってまた挑戦してください。コンテニューはありませんけど〉
シッセーったらマジ鬼畜!
〈王様の理性が死に絶えました〉
そんな報告聞きとうなかった!
「……ふう」
あれほど葛藤していた王様が憑き物が落ちたようなスッキリ顔になった。落ちたのは理性という落としてはいけない物だったんだけど。
「君を娘のパートナーにすることは出来ないのぉ。すまんな。だが、このまま帰すのも悪い。どうじゃ、私の部屋で今後のことを熱く語り合おうじゃないか」
ピィ!
手をニギニギしながら近づくのやめぃ!
「さあ! さあ! 今夜はホットな夜に……ぐほっ!」
王様が倒れた。興奮のし過ぎかと思ったが違う。後頭部にコブが出来ている。
「ゲスが! その人に触るんじゃねえ」
暴行犯は娘の王女だった。身内に容赦のない一撃だ。
大丈夫なのか……ステータス閲覧で見るとHPが1となっていた。瀕死じゃん、これ!
「い、急いで医者を!」
「そんな奴のことはほっといて、ねえ、早く相性度を測りましょう」
親が生死の境にいることなど心底どうでも良いように、王女が俺の腕を取った。
あれ、口調変わってね? ヤンキー口調からお嬢様っぽくなっている。
「……う、うん」
実力的に拒否は無理だ。俺は引っ張られるままに水晶の前へ進んだ。
「じゃあ行きますわよ、せーの」
王女の合図で同時に水晶を触る。
すると、カタカタと水晶が震えだし、真っ赤なオーラが放たれ出した。大気すら縮み上がっているのか、洞窟の入口を風が通る時に鳴る人の叫びのような不穏な音も聞こえてくる。
「ふふっ、こんな反応初めて見ますわ。さすがあたしとダーリンね」
ダーリンってなんぞ?
王女の楽しげな声と裏腹に俺の肝はどんどん冷えていく。なんつーまがまがしい光景だ。絶対ラブラブとかそんな言葉で表せないぞ。
映し出された数値は……『1100』
バカップルの100を圧倒的に越えるものだった。
そして、水晶は己の職務を全うして力尽きたのか「バリンッ!」と砕け散った……
「ようこそ、いらっしゃいました。お部屋はどうなさいますか?」
「あの、1人部屋をふた」「2人部屋で! ベッドは大き目で頼みますわ」
「かしこまりました」
「っし! 今日は初日ですし、ダーリンも疲れましたよね。早く風呂に入って休みましょう……夜も疲れるでしょうし」
最後の言葉は聞かなかったことにしたい。
俺が勇者のパートナーになった翌日。
俺は王都近辺の村にやって来ていた。
魔王討伐の旅が始まったのだ。
今頃、王都は大変なことになっているだろう。
王様が倒れ、政治経済に深刻な影響が出ている。
倒れた理由は、娘のパートナーが決まって狂喜乱舞して足を滑らせ後頭部を床に打ち付けたから……となっているが、王城に勤務する者は誰でも真実を知っている。
なにしろ「みなさん聞いてください! あたしのパートナーが決まりました! どうですか、素敵な男性でしょ! 唾付けようとする方はぶっ殺しますから。ふふふ」と俺を自慢げに紹介する王女の剣の鞘が血で湿っていたのだから。
「じゃダーリン、あたしは先にお風呂に入ってきます」
鼻歌を鳴らしながらご機嫌に部屋を出ていく王女。
俺はその背中をステータス閲覧で見た。
LV:45
HP:1200(×1100)
MP:1100(×1100)
力:900(×1100)
頑強さ:720(×1100)
魔力:800(×1100)
素早さ:1000(×1100)
運:500
魅力:564
パートナーへの好感度:1000
スキル:剣LV9 小剣LV9 槍LV8 四属性魔法LV9 幻術LVMAX
称号:王女 勇者 ストーカー体質 ラブ至上主義者
もう好きにして、というステータスだ。
相性度ボーナスでスキルレベルまで上がっている。
愛を知ったためか称号から「目つき怖っ」が取れて、その美貌に違わぬ魅力値となっている。数字の並びが不吉だけど。
小太り男と同様に王女も立派なストーカーになってしまった。俺を見る眼光は補食者のものだ。
そして、『ラブ否定主義者』はたった1日で『ラブ至上主義者』に鞍替えした。
恐るべきステータス。
あんまり恐ろしくて俺のパートナーに対する好感度は1.1しかない。
嫌いじゃないギリギリのラインだ。
それでも王女の好感度が1000あるため巨大なボーナスが発生している。
〈それにしても良かったですね。彼女が『ラブ至上主義者』に目覚めて。そうでなくては大変なことになっていましたよ〉
(大変なことって何さ。今だって十分大変だよ)
〈疑問に思いませんか。人間は好感度10でも人目をはばからずイチャイチャします。それが王女の好感度は1000です。普通なら理性など吹っ飛び己の本能のままに相手を蹂躙してしまいます〉
王女が勇者パワーで俺を押し倒せば、抵抗は無駄だろう。せいぜい悲鳴を上げるのが精一杯だ。
〈それを押し止めているのが『ラブ至上主義者』です。これは『出来るだけ』相手と愛を育みたいという気持ちになる称号です。だから逆レを『出来るだけ』しないようにします〉
(でもでも、この部屋を見てくれよ。絶対、今夜犯るつもりだよ!)
〈ですから言っているじゃないですか。『出来るだけ』と〉
(ぐぬぬぬ)
王女の目つきは柔らかくなり、その美しさは俺がこれまでの人生で出会った(知り合ったとは言っていない)女性の中でもピカ一だ。
そんな彼女からの熱烈アプローチ。昨日までの俺ならホイホイと受け入れていただろう。
そう、昨日……あの後、自分の魅力スキルをきちんと知っておこうとステータスを熟読する前なら。
セクシーアイビーム、エンジェルボイス、インキュバスフェロモン。
他にも、相手の理性を殺し尽くすのに特化したスキルを俺は数多く持っていた。
その中に特大ヤバいものを見つけてしまったのだ。
『メイク・ラブ』
相手とドッキングした時に発動。魅力スキルの中でも超強力なスキル。
これにかかった者は相手と100メートル離れるだけで発狂する。発狂すれば最後、二度と離れまいと相手を監禁してしまう。
どこに逃げようが、たとえ別の時空に行こうが根性で追いつき監禁する。
これどう見てもデメリットしかないスキルじゃねえか! 地球まで追いかけてくるとか最悪じゃん。俺への嫌がらせか!
そういうわけで、王女に俺の初めてを捧げてはいけない。断じてダメだ。
(俺さ、この世界から無事帰還したら人の、特に女のいない山村でスローライフしたいな)
〈メイク・ラブしてもスローライフ出来ますよ〉
(監禁はスローどころか身動き取れねえだろ! そんな人生ゴメンだあああ!!)
しかし、このままこの宿に泊まればメイク・ラブは避けられない。
よし、逃げよう!
今ならまだ間に合う。離れても王女は発狂しない……はず。
どこか遠い所へ行って、魔王が倒されるのを待とう。
この世界で暮らすのは嫌だが、監禁よりはずっとマシだ。
そうと決まれば即行動。
俺は旅立ちの資金を少し頂いて、気配を殺し宿を出た。
走る、とにかく走る。
俺はクソステータスだが相性度ボーナスで1100倍の力を手にしている。これなら道中、モンスターに襲われても……うっ!
風のように駆けていた身体が急に重くなる。
〈相性度ボーナスの圏外に出ました〉
(やっちまった! 相性度ボーナスはパートナーから100メートル離れると効果が切れるんだ。って待てよ、なら王女のステータスも低下したはず。まずい!)
俺が逃げたのがバレた!
慌てて村の入口近くの畜産小屋に隠れる。
この辺りは草原だ。見晴らしがいいため、遠くまで視認出来てしまう。
今は夕方。
闇夜に紛れて逃げるしかない。それまでは相性度ボーナス圏内に入らないようにして王女を撒かないと。くそ、それって滅茶苦茶難しいじゃないか。
俺が頭を抱えていると、ドタドタとけたたましい足音が聞こえてきた。
まさか王女か! と身構えたがそうじゃない。
足音は複数だし、村の外から聞こえてくる。
「なんだ?」
小屋から顔を出し、村の入口を見ると
「ヒャハアアアーー!! 盗賊様のお通りだぁ!!」
モヒカンの肩パット集団が襲撃してきた。お前ら、世界観くらい合わせろよ。
あっ、でも集団に女盗賊もいるところから相性度ボーナスを計算しているみたいだ。
「食料、貴金属、馬、奪える物はすべて奪ええっ!」
「お頭、女はどうしやす!?」
「男は!?」
「パートナーのいない奴だけ襲うのを許す! 浮気はすんなよ! 好感度ダダ下がりだぞ!」
妙なところでモラルのある集団だ。
うう、くわばらくわばら。
今の俺じゃあ太刀打ち出来ない。畜産小屋の藁の下に身を隠そう。
俺がモゾモゾと藁の山に頭から突っ込んでいると
「おうおう、なんだい? この尻は! 誘ってんのかい?」
早速、女盗賊に見つかってしまった。
俺は足を引っ張られ、藁の山から引きずり出される。
目の前にいるのは、盗賊ってパワーよりスピードだな、という偏見を打ち砕くマッチョな女だ。
「ひひ、こんな村だから若い男は少ないと思ったが案外いるじゃないか! 楽しませてくれよ」
「く、くるな!」
こんな女ゴリラとメイク・ラブするくらいなら、まだ王女の方を選ぶわ!
俺が必死に抵抗しているのが気に食わないのか、女盗賊が吠えた。
「ぎゃあぎゃあうるさいんだよ! 男なんだから潔く受け入れなっ!」
そうして放たれた拳で俺の顔面は弾けた……ような衝撃を受けた。
い、いてぇぇえええ……あっ!
いいのをもらった拍子に蝶マスクが、取れた。
「!!」
女盗賊が一瞬硬直し、ワナワナと震えだす。
それ以上いけない!
俺は全力で畜産小屋から逃げ出した。外は他の盗賊達が暴れていて大混乱状態だが知ったことか!
「!!」
「!!」
「!!」
蝶マスクは畜産小屋の藁の中。今の俺は素顔を晒している。常時魅力拡散状態だ。と、なればどうなるか?
盗賊はみんながみんな俺を注目して、ポカンとした表情になる。
だが、それも数秒。その後は
「「「「「「URYYYYYYYYYYUYY」」」」」」
言葉にならない叫びを発し、涎を振りまきながら俺を追跡し始める。そりゃそうなるよな!
「ひいいいい!!」
俺が奴らに嫌悪感を持っているので、相性度ボーナスは付かず人間的な追いかけっこが出来ているが、盗賊達はどいつもこいつも素のステータスが俺より上のようで差は縮まるばかりだ。
先頭を走る盗賊の手が俺の背中をかすめる。ここまでか、と思った時だった。
俺の身体がまた軽くなり、盗賊達が吹っ飛ばされた。
どういうことだ……と振り向くと
「その人は私のもんだああああ!!」
「いや俺だあああ!!」
「とにかく盗賊には渡せねええええ!!」
今の今まで逃げ惑っていた村人達が、盗賊をチギっては投げチギっては投げしている。
そ、そうか!
村人も俺の魅力に取り憑かれた。俺は少なくとも村人に嫌悪感を持っていない。だから相性度ボーナスは発生する。
ボーナス付きならステータスの低い村人でも盗賊を撃退出来る……おお、素晴らしい展開じゃないか。
あっという間に盗賊達はスタボロにされお縄についた。
よかった、これで村も平和に……
「続きといこうぜえええ!!」
「あの人はわたしのもんだあああ!!」
「てめええ、俺の妻のくせに堂々と不倫宣言かああ!!」
「そういうあんただって股間が臨戦態勢じゃないのおおお!!」
「あたちだって愛に目覚めたばかりだけどやるですううう!!」
「若いもんがいきり立ちおって、熟練のテクニックを持つワシこそがふさわしいんじゃあああ!!」
〈さすがは傾世の美男子、村一つをバトルロワイヤル会場にするのは朝飯前ですね〉
(やめて! 俺のために争わないで!)
村が壊滅するのは時間の問題となった。
家族やご近所同士が睨み合い、牙を向け合っている。
これなら盗賊に荒らされた方が救いがあったのかもしれない。
誰か、誰か、この戦いを止めてくれ!
俺は心から願った。
それが天に届いたのか
「あれ……き、霧?」
一触即発の村の中を深い霧が襲った。急に霧が出るなんてありえない。これは……はっ!?
奴が歩いてくる。
「雑草共が、身の程知らずにもダーリンを奪おうなんて、あはっははは……はぁ、愚かすぎて笑っちゃいます」
そんな不吉を呼ぶ笑いと共に奴が来る。
しかも両手で足りない人数で。
(どうなってんの、王女はクリソツな姉妹でサッカーチームなの! ねえ、シッセー!)
〈幻術ですね、あれは〉
そう言えば、王女のステータスのスキル欄に幻術ってあったな。しかもLVMAXの。
(じゃあこの霧は)
〈幻をよく見せるための舞台装置でしょう〉
ただ村人を倒すだけでは飽きたらず、恐怖演出までするなんておっそろしい人やで。ぶるぶる。
「1人も逃がしません。後悔しながら果てなさい!」
一方的な最後通牒を吐き、王女達は四方八方に跳んだ。
うん? でも本体は1人だよな。それじゃあ散会してもあまり意味がないんじゃ……
「きゃあ!」
「ぐわっ!」
「ほへっ!」
悲鳴があちこちで上がり出した。村人達が王女の幻に襲われている。物理的なダメージを与えられている、だと!
〈驚きました。質量のある残像ですか〉
(なんとぉー! シッセーでも知らない魔法なの!)
〈おそらく王女のオリジナルでしょう。歴史上、幻術LVMAXの者はおりませんでしたから、極めればこれほどのことが出来るのですね〉
それってヤバくね?
たとえ俺が逃げても王女は複数に分かれて追跡出来る。これって詰んでね?
村に静寂が訪れるまで5分もかからなかった。
村人は等しく地面に這いつくばり、立ち上がっている者は……
「ふふ、ごめんなさいダーリン。あたしが念入りに身体を洗っている間に怖い目に合わせてしまって。でも、もう安心ですよ」
夕焼けをバックに王女は微笑んだ。
血のように真っ赤なバックグラウンドに、彼女の姿はよく似合っていた。
俺は逃亡することを諦めた。
だが、メイク・ラブは受け入れられない。
「ねえ、ダーリン。今夜いいでしょ?」
「しゅ、宗教上の理由で。結婚していない人とはで、出来ません!」
「じゃあすぐに式を」
「ま、魔王を倒すまで結婚はしません。もし、旅の途中で俺が力尽きたら残された家族が悲しんでしまう。だから、俺はこの使命を果たすまで不埒なことはしないと誓ったんです!」
「そ、そんな……」
王女が落胆してうつむく。その口から「……いっそのこと……」とかデンジャラスな言葉が漏れてくる。これはいけない。
「で、でもキスくらいなら」
適度なガス抜きは大事だ。
「ほんとう! 頬だけじゃあ許しませんよ。マウストゥマウスは基本です!」
「は、はい」
「あと、下着もいいですか!?」
「下着?」
「ちゃんと使用済みをお願いします。それを毎日ください。心配ありません、洗うだけですから」
「あ、はい」
こうして、俺と王女の間で不純異性交遊の協定が結ばれた。
それからの旅は苦難の連続だった。
いや、魔王の軍隊や四天王達幹部は問題じゃない。
「ぐははは、我こそは四天王が一人、鉄壁の……ぐわあっ!!」
鉄壁さんペラペラじゃないっすか。と、いう具合で王女が瞬殺していった。
そりゃあ、王女のステータスは
LV:93
HP:3240(×3300)
MP:2690(×3300)
力:2200(×3300)
頑強さ:1980(×3300)
魔力:1730(×3300)
素早さ:3100(×3300)
運:1200
魅力:3756
パートナーへの好感度:3000
スキル:剣LVMAX 小剣LVMAX 槍LVMAX ステゴロLV8 六属性魔法LVMAX 幻術LVMAX
称号:王女 勇者 ストーカー体質 ラブ?至上主義者
と、人外通り越して神に至りそうだもんな。敵が可哀想になる。
それより大変だったのは、街や村での騒動だ。
俺の蝶マスクだが旅を続けるうちにだんだん粘着性が弱まり、時々ポロリすることがあった。
そうなると、その街や村は一時的に壊滅する。王女の手によって。
彼女の新スキルのステゴロがLV8なのは、8つの人々の営みが破壊された証でもある。
魔王軍より悪質じゃね?
それに
「も、もうダメ。限界ですわ」
「待って! ほら、脱ぎたてのパンツだよ」
「すーはーすーはー」
「どう? 落ち着いた?」
「……つぅ、無理。あたし止まりません。いざ!」
「舌まで許すから何とか静まって!」
こんなやりとりを続けた結果、もう俺はメイク・ラブ以外の全スキルを王女に叩き込んでしまった。
そのため相性度は3300まで上がっている。もうどうにでもなれ~とすべてを投げ出したい。
ちなみに俺の王女に対する好感度は旅立った時から変わらず1.1。我ながらよく嫌わずやってこれたものだ。
そうして、俺達はたどり着いた。
「よく来たな、勇者よ」
魔王城の最奥、魔王の間へ。
不気味なオブジェクトに囲まれ、床には気味の悪い魔法陣、天井は開けてどんよりとしたな曇り空が見える。
そこに魔王はいた。
凄まじい妖艶さの美人だ、銀髪な長い髪にグラマラスな胸が下腹部に悪い。
だが奴の下半身は蛇のそれと同じだった。
ナーガという魔物が魔王と名乗っていたのか。
「さあ魔王、歴史上最高カップルがあなたを成敗しに来ましたわ、あたしとダーリンのラブラブな結婚生活の礎となりなさい!」
「愚かな」
あんまりな口上を吐かれて魔王は眉をひそめる。
「歴史上最高カップルはわらわとあの方に決まっておる。小娘の妄言でも許さんぞ」
えっ、不機嫌になるポイントそこ?
それにあの方って誰よ。
俺はステータス閲覧で魔王を見た。
LV:95
HP:3120(×4500)
MP:3200(×4500)
力:2600(×4500)
頑強さ:1880(×4500)
魔力:2340(×4500)
素早さ:2200(×4500)
運:1150
魅力:4545
パートナーへの好感度:3000
つ、強い。
素のステータスもそうだけど、相性度ボーナスが俺達を越えている。
魅力値カンストの俺がパートナーだからこそ到達出来た相性度、その上を行くなんて嘘だろ。
「わらわとあの方の愛の巣を荒らすゴキブリ退治と参ろうか」
魔王が動いた。
その豊富な魔力を使い、鳥や獣の形をなした炎を作り、俺達に放つ。
それらは不規則な軌道を描きながらこちらへ突撃してくる。回避は困難だ。
「そんなものっ!」
王女が水属性の魔法で対処するが、魔力やMPの差から劣勢に立たされる。
かつてないピンチに生命の危機を感じる。
ここにいると俺の身が危ない! という本音を
「王女、俺がいては不利です。俺は一旦後退します」という建前で隠す。
「分かりました。お気をつけて!」
よし、王女の許可も出たし、さっさと逃げるぞ。
俺は魔王の間を出て、スタコラサッサと相性度ボーナス圏内のギリギリの場所まで下がった。
あーどうっすかなぁ。
あのステータス差だと、王女負けそうだな。
それじゃあ不味い。魔王を倒せば元の世界に戻れるんだ、あと一歩のところまで来ている。是が非でも王女には勝ってもらわないと。
俺に出来ることはなんだ?
俺のステータスでは直接的な援護など焼け石に水。
なら、やるべきは魔王の相性度ボーナスを下げること、これしかない。
俺は推理した。
魔王のパートナーと思わしきあの方。
そいつはどこにいるのだろう?
1、相性度ボーナスは100メートルまでしか適用されない。
2、あのお方を熱愛する魔王が、手下達がいる魔王の間より手前のゾーンにパートナーを隠すとは思えない。
2つの事から、あのお方がいるのは魔王城の最奥と思われた魔王の間よりもさらに奥、となる。
よしよし、我ながら冴えているな。
俺は廊下の窓から外に出た。
古びた石を並べて作られた巨大な魔王城。その壁面をロッククライミングと洒落込む。これも相性度ボーナスの賜だ。
戦闘は出来なくても身体能力は常人よりもずっと優れているんだぜ!
石の継ぎ目に指を置きながら、せっせと魔王の間を迂回してその先に行く。
相性度ボーナス圏のことは頭の中央に置き、絶対にそこから外れないようにする。ボーナスなしなら自分の体重を支えきれず真っ逆さまだ。間違いなく死ぬ。
こんなことが出来るなんて、あの王女と過ごした日々で俺も随分たくましくなったものだ。
そう自嘲しながら魔王の間を外から突破する。
やはりと言うか、魔王の間より向こうにも壁は続いていた。この壁の反対側にあのお方はいるのか。
小さな窓が1つだけある。人が通れるほどには大きくない。
窓周辺の壁を壊そうか迷ったが、下手に音を出せば魔王に気づかれるし、叩いた衝撃でここから落下してしまうかもしれない。
過激な手段は控えよう。
俺は窓枠に手を置き、中を覗いた。
薄暗い部屋だ。
やたら大きく派手な赤いベッドが目に入る。
魔王の寝室だろうか……そのベッドに誰か座っている。
薄暗くて顔は見えないが、あのお方に違いない。
「おい、聞こえるか」
俺が声を掛けると、そいつはあからさまに肩を震わせ反応した。
「だ、誰や!?」
ん、この声。どっかで聞いたような……まあいい。それよりも。
「あんたを助けに来た」
「ほ、ほんまか!」
心底嬉しそうな声が返ってくる。それで俺は自分の予測が正しいことを確信した。
魔王の相性度ボーナスは4500だった。驚異的だが、魔王のパートナーに対する好感度は3000もあったのだ。
あのお方と魔王がラブラブなら相性度ボーナスはもっとあって良かったはず。
だのに実際のあのお方が魔王に抱く好感度は
4500÷3000で1.5しかなかった。
とても好き合っている間柄じゃない。
同じモンスターや魔族なら魔王に忠誠を誓っている。好感度が1.5しかないのはおかしい。
そこまで推理すれば、自ずとあのお方の正体が見えてくる。
そう、それは……
「俺は勇者のパートナーをしている人間だ」
「人間……良かった~同じ人間と会うのは久しぶりや。ここは化けもんばかりでワイ恐ろーしくてのぉ」
魔王のパートナーは人間だったのだ。
あのお方が窓の近くまで来る。
窓から指す弱い陽光が、その顔を照らした。
「あ、あんたは!?」
「お、お前は!?」
そこで俺達は驚きに目を疑った。
「けったいなマスクしているけど、お前はあの時の男か! ワイの女に声を掛けたクソ野郎!」
「そういうあんたは、俺を冬の海に蹴り落としたヤクザ! あんたのせいで俺はとんでもない目に合ってんだぞ。クソ野郎!」
俺達はしばらく罵声を浴びせ合ったが、互いの悪口ボキャブラリーが尽きてきたことで冷静さを取り戻す。
「で、どうしてあんたが魔王の城にいるんだよ?」
「ワイが聞きたいわ! お前がワイの足を掴まなかったらこんな事にはならんかった」
「足、何のこと?」
「ワイがお前を蹴り落とした時、お前は咄嗟にワイの足を掴んだ。覚えてへんのか?」
そうだったっけ?
あの時は必死で、四肢をバタバタしていたからな。たまたまヤクザの足を手に取ったのか。
「そのせいでワイも冬の海にドボンや。何とか浮上しようと、もがいていたらいきなり知らん荒野にいたちゅうわけ」
〈どうやら近くにいたため、あなたの転移に巻き込まれたみたいですね。転移座標はランダムになってしまったようですけど〉
ざまぁ!
「そしたら化けもん共に囲まれてな。奴ら、ワイの服をビリビリに引き裂いたんや」
〈転移者には魅力値カンストのボーナスを設定していました。どうやら彼もあなたと同じ能力を持っているようです〉
(でも魅力を防止する蝶マスクはイレギュラーの転移のため与えられていなかったのか。よく生きていたな、この人)
「もうダメか、と思った時にな。ごっついナイスバディなヘビの姉ちゃんが現れて助けてくれたんや。荒ぶる化けもん達をケチらしてくれてな」
魔王はどうして荒野にいたんだろう。
軍事行動中でたまたま居合わせたのか、ヤクザったら悪運だけは強いな。
「で、そのまま魔王城に連れてこられたのか」
「最初は感謝したんやけどあの姉ちゃん、ワイをずっとこの部屋に閉じこめてんねん。窓は狭いし、ドアは変な力でビクともせんのや。ワイ、もう窮屈な生活にうんざりや!」
あー、これは監禁ですわ。
十中八九メイク・ラブしちまったな、可哀想に。
「あんたをここから出すには、そのヘビの姉ちゃんこと魔王を倒すしかない」
「そう、なん? なあ、あいつには借りがあるさかい、殺すのは勘弁してくれんか」
ヤクザが弱気になって頼み込む。
監禁されたものの、ヤクザは魔王を嫌悪していない。それはこいつの好感度からも伺える。
ストックホルム症候群だっけ?
魔王以外話し相手がいなかったから、依存心や情が湧いているのかもしれない。
(なあシッセー。魔王を倒すのが帰還の条件だけど、それは殺すってこと?)
〈いいえ、正確には魔王の世界支配を止めればいいのです〉
(そっか。なら……)
「魔王は殺さない。ただ痛い目にあってもらう。んで、金輪際人間を襲わないことを誓ってもらう」
「ほっか」
ヤクザがホッとした顔になる。その表情はまだ早いぞ。
「それにはあんたの協力が必要だ」
「わ、ワイ? む、難しいことは出来んで。この部屋から出られんし」
「簡単なことだよ。今までの魔王との思い出の中で、されて嫌だったことを思い返して欲しい」
「なんやそれ?」
「いいからほら、それが魔王を倒す方法なんだから」
ヤクザに魔王を嫌悪させる。これこそ必勝法だ。
相性度ボーナスのない魔王なんて、今の王女にとって雑魚同然。結果は見えている。
「う~ん、う~ん」
目をぎゅっと閉じて、ヤクザが頭を働かせている。
俺はその様子をステータス閲覧で確認する。好感度は
1.4……1.3……1.2……いいぞ、その調子だ。
「ふへへへ」
と、ヤクザの顔がだらしなくニヤケた。
ヤクザの好感度が急に上がって2.4になった。
その瞬間、魔王の間から凄まじい爆音が響いた。
「おわわっ!」壁が震え、危うく俺は手を滑らせてしまいそうになる。
「きゃああああ!!」
「ぬははは! ついに決着の時だな、勇者よ」
いかーん! 王女が負けそうだ。
「ばっか! なに好感度上げてんの! 勇者がやられたらあんたは一生その部屋で暮らすことになるんだぞ」
「か、堪忍な。ちょっとヘビの姉ちゃんとのくんずほぐれずを思い出してな」
「そういうの後にして今は徹底して魔王を嫌うんだよ! 時間がない、急いで!」
「うーん、うーん」
よしよし、また好感度が下がりだしたぞ。
だが、遅い。悠長なことをしていたら王女が死んでしまう。
〈あの、ずっと気になっていたのですが〉
(なに! いま忙しいんだけど)
〈あなたの好感度を上げれば、勇者は勝てるのでは?〉
(………………………………………………………………………………あっ)
どうしてその考えに至らなかったんだろう。
俺の好感度は不動明王ばりの1.1で固定されていたから、上がったり下がったりする意識がなかった。
シッセーの言うとおり、俺が王女に好意を抱くのが一番手っとり早い。
「うーん、うーん」
ヤクザと同じく、俺も目を閉じ王女のことを思い浮かべる。
窓を挟んだ内と外で大の男達が伏し目になって「うーん、うーん」と唸る。なんだこの光景。
勇者との旅の中で、勇者に好意を持ったことが少しはあったはずだ……そこをピンポイントで思い返せば……うっ!
〈いけません! 好感度が1.01まで低下。このままでは相性度ボーナスが無効になります。真面目にやってください〉
(そ、そんな事を言われても嫌な思い出ばかりで、どう好意を抱けばいいんだよ)
〈旅の前はどうですか? あなたがまだ王女をよく知らなかった頃です。その時ならまだ苦手意識もあまりなかったはず〉
(旅の前。それでいて王女と知り合っていた頃。それって……あの時しかないじゃないか)
俺の脳裏を強烈な光景が支配した。
これだ、この瞬間だ! 確かに俺は王女に淡い想いを持った、この一瞬だけ!
〈好感度2.2! いけます!〉
「あの人が待ってる、あたしとの幸せな夫婦生活を信じて待ってる! 負けられないのですわ、魔王だろうと何だろうとあたしのバージンロードを邪魔させない!」
「な、なにぃぃぃ。わ、わらわが人間ごときに」
「愛の力を舐めるなぁあああ!!」
魔王城が今日一番の揺れで震えた。そして、それっきり静かになった。
戦いは終わった。
「わらわの……負けだ」
魔王は生きていた。全身が切り傷や火傷で酷い有様だが、か細い息で呼吸している。
「これがあたしとダーリンの愛の力です」
愛の力、ねぇ。
俺が思い出した光景は、今にも俺を襲おうとする王様を王女が排除した時のものだった。
あの瞬間だけ、俺にとって王女は救いのヒーローであり、微弱ながら好感度が上がったのだ。
その後の凋落ぶりは言わずもがな。
とても愛に分類出来る話ではない。
「ねえダーリン、本当にトドメは刺さないのですか?」
「ええ、この人のパートナーと約束しましたから。それにもう人間を襲う気はなさそうですし」
「人間を滅ぼすなんぞ……あのお方と会ってから思ったこともないわ。わらわは、ただあのお方と2人で静かに暮らしたいだけ……人間との戦争は部下共に任せっきりだったわ」
「ふぅん、その部下もあたし達が倒したわけですし、もう人間とは争わないと考えてよろしいのね?」
「ああ……そうだ」
「なら命は助けてあげますわ」
意外と王女は寛大だった。魔王の助命には苦労すると思ったんだけど。
「闘って分かりました。あなたも愛に生きる者なのですね、であればこれからは純粋に愛だけに生きなさい」
「ゆ、勇者よ……」
魔王が涙を流し、頭を下げた。
魅力値カンストの影響者同士通じ合うものがあるのだろう。
感動的な場面の中で俺は内心(ヤクザさんに監禁延長フラグ入りましたぁ。プギャー!)とほくそ笑んだ。
「……あっ」
俺の身体が光り出す。そうか、魔王が世界征服をしないとはっきり表明したから俺の任務は終わったんだ。
「ど、どうしたんですか!? その光は」
王女の慌てっぷりとは反対に、俺はとてつもない安らぎの中にいた。あ~、やっと帰れる。
「お別れです、王女様」
「そんな! どうして! あたし達はこれからじゃないですか!?」
消える前にこれまでの恨みつらみをブチまけようかとも思っていたが、ここまで狼狽する彼女を見ると気が引ける。
だから短くシンプルに行こう。
「俺のことは忘れて、これから新しいラブに生きてください」
「無理です、あたしにはあなた以外いません」
「大丈夫、愛を知ったあなたならまた別の誰かを愛することは出来ます」
この辺は適当だ。魅力値カンストの効果を引きずって一生涯独身を貫かれても目覚めが悪いので、それっぽい助言をする。
俺の輝きが一層強いものになった。本当にここまでのようだ。
「王女様、さようなら。永遠に! うっしゃ」
おっといかん、最後だけ本音が漏れてしまったぜ。
「やだぁぁ!! 行かないでえええ!!」
王女の絶叫を聞きながら、実に気分良く俺は元の世界へと帰還した。
「……ここは?」
昼間の埠頭に俺は立ちすくんでいた。隣には
「おおっ! 戻ってこれたんやな、ばんざーーーい!! おうおうおう」
感極まって泣き出すヤクザがいる。
(シッセー、今はいつだ?)
〈あなたが海に落ちた翌日です〉
(じゃあクリスマスか。ははっ、まだ街は桃色ムードかな)
今の俺にはうんざりする空気だろう。ここは、自宅に戻って1人で帰還の祝杯でも上げるか。
「お前には世話になったな。ワイが帰れたのもお前のおかげや」
服でごしごし涙を拭きながらヤクザが手を差し伸べてきた。
「これからどうするんだ?」
俺はその手を握る。がっしりとした握手だ。
「しばらく女はこりごりや。仕事も控えてのんびりするわ」
「ああ、それがいいな。それが出来れば、だけど」
「ほへ?」
間の抜けた顔をするヤクザ。その後ろの風景に切れ目が入った。空間が割れる、常識ではありえない光景だ。
「見つけたぞ! われわが愛するお方よ」
時空の切れ目より出現したのは魔王だった。
まだ病み上がりなのか包帯を身体のそこかしこに巻いている。
「なっなっなっ!!!」
ヤクザは日本語を忘れたように単音しか言えなくなった。
「急に部屋からいなくなるから真に心配したぞ。しかし、わらわの魔術と根性と愛があれば出来ないことはない。別世界だろうと関係あるものか」
「う、嘘や。これは夢や」
「ほう、ここが愛するお方の世界か。うむ、なかなかに趣がある。では、ここをわらわとの愛の楽園にして暮らすとしよう」
「た、助け、助けてくれええええ!!」
魔王の尻尾に巻かれヤクザは拘束された。そのままズルズル引きずられていく。
やっぱりメイク・ラブしていたか、監禁コースにご案内だね。
ご愁傷様。
俺は去り行くカップルに合掌した。
「さあて、俺も行くとするか」
「どこへですか?」
「どこって俺の家だよ。はあ、ようやくゆっくり出来る」
「ダーリンの家!? いやん、それってあたし達のラブハウスですね」
………………………………
……………………………………
…………………………………………………………待て、それはありえない。
だって俺はメイク・ラブしていない。それだけは何としても避けてきた。
勇者がこの世界に来れるはずがない。
これは幻聴だ、マヤカシだ、俺は疲れているんだ。早く家に帰ろう。
「それじゃあ行きましょう」
俺の腕に組み付く女の腕。
確かな感触。そして、真横でこちらに微笑みを向けるのは見まごうことなき王女だった。
「なっ! なっ! なっ!」
あんなに馬鹿にしたヤクザと同じリアクションを取ってしまう。
「なんで!? どうして!? 俺達はメイク・ラブしていないはずじゃあ」
「メイク・ラブ? ああ、性行為ですね。そんな大声で言うなんてダーリンったら大胆。うふふふ、いいですよ。何ならそこの茂みでもあたしはバッチ来いです」
この反応……メイク・ラブ未経験のものじゃない。
ま、まさか!?
〈いつから自分が綺麗な身体だと錯覚していた?〉
(何……だと)
そ、そういえば!
いつからだろう?
朝起きると気だるい気分になっていたのは、隣の王女が妙にツヤツヤしていたのは。
いつの事だっただろう?
宿屋の親父が「昨晩はお楽しみでしたね」とニヤニヤしていたのは。
いつから変わったのだろう?
王女の称号である「ラブ至上主義者」が「ラブ?至上主義者」になったのは。
なぜ、思わなかったのだろう。
魅力値カンストの俺が魅了を王女に掛けたように、幻術LVMAXの王女が夜中の行為を誤魔化すために俺に幻術を掛ける恐れがあることに……なぜ、危機感を抱かなかったのだろう。
(お、俺は気づかないうちに童貞を)
あんまりだ、それはあんまりだああああああああ!!
「さあダーリン。何をモタモタしているのです、早く早く」
王女の息が荒い。いつも荒いけど、今日は度を越して荒い。
〈あなたと離れていた分、発狂して愛が暴走しています。監禁コースもう1名追加です〉
「ちっくしょうっめええええ!! 逃げるんだよおおおおお!!!」
俺は駆けだした。
埠頭を走ってもすぐ追いつかれてしまうだろう。
ならば!
「ダーリン! そっちはダメ、危ない!」
その言葉を背に俺は跳んだ。冬の海に向かって。
激しい波しぶきを上げ、俺の身体が海中に沈む。
(シッセー、頼む! 俺をもう一度転移してくれ!)
〈そんなことをしても、また勇者はあなたを追って世界を越えますよ〉
(世界を越えるにも若干のタイムラグがあるだろ。その間に姿をくらます。それしかない!)
〈そう上手くいくでしょうか?〉
(早くしろっ!)
「ダーリン!!」
近くで水しぶき。王女が俺を追って飛び込んできたのか!
もうやるしかない。
(とべよおおおおおおおおおお!!)
俺のラブ至上主義世界クエストは、まだ終わらない。
長い短編?小説をお読みいただきありがとうございます。
監禁されてもいいからラブが欲しい、切実に。