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08:登録:一つ星が多い理由

 沙月の質問に頷いたグウィンは、事も無げに言った。

「ちまだろう? 先日召喚(ヽヽ)されたのは」

「あああ、あの、な、何でそれを?」

 沙月の存在は秘密に、必要最低限の人間しか知らない筈では無かったか? 其れともグウィンも秘密を知る内の一人―――?

 ぐるぐると思考が廻る中、グウィンは首を反対側に傾けた。


「…………何となく?」


 何となくで異世界人だと判るなら、隠す意味が無いだろう、と沙月は声を大にして言いたい。

 パクパクと戸惑うままに口を開け閉めしていたら、グウィンが肩を竦めた。

「冗談だ。まあ俺がそう言うのを感知し易いからってのと、アンタ俺が日本語使ってたの……気付いてなかったろう?」

 感知し易い、と言った事に気付かず、沙月は他の重要な言葉に引っ掛かり呟きかえす。

「日本語……? いつ?」

ちんまいの(ヽヽヽヽヽ)、此れはこの国の、世界の何処にも無い言葉だ。判るとしたら、日本人の転生者か、異邦人だけだろ」

 日本人でも知らないかも、と言うのは飲み込み、グウィンはそう言うと、茫然としている沙月の頭を撫でて言う。

「俺が日本語を知っているのは、育ての母が日本人だからだ。その関係で【異世界言語】のスキルも持っている」

「日本人……?」

「ああ、だからアンタの纏う雰囲気が、ハハと似ているのに気が付いた。平和な場所で育った、てのが丸判りな雰囲気だ」

 髭の向こうでニヤリと笑った気がするが、訊かずにはいられない情報もある。

「グウィンさんの育て親って、今は……?」

「他国にいる」

 あっさりと返された内容に、ガッカリする。

 若しかして日本に帰っていたなら、その方法や還る手懸かりを掴めるかもと思ったのだが、やはりそう甘くは無い様だ。

 沙月は気を取り直すと、元々の目的を思い出す。


 冒険者ギルドに来たのは、冒険者として登録する事は勿論だが、商工会への登録が一番の目的だった。魔術師協会の方は、恐らく身分証を作った時に登録されている筈。

 必要かどうかは判らないが、錬金術師として工房を開き、日々の糧を得る為に商売をするなら、此処はやはり商工会に登録すべきだと思う。わざわざ商工会本部に行かなくても、登録出来ると言うなら其れに越した事は無い。

 沙月は其処で、既に作ってある身分証の扱いはどうなるのか、と何故か目の前で食事をし始めたグウィンに訊く事にした。

 因みにグレイプスとラウルスは一頻り騒いだ後、ラウルスだけ戻り、グウィンの世話を甲斐甲斐しく焼いている。グレイプスはどうやら邪竜種の解体や、其れに伴う素材の鑑定の手配をしている様だった。

「あの、グウィンさん。質問が有るんですけど、良いですか?」

 燻製肉を齧りながら頷くグウィンに、沙月は自分の身分証を見せながら訊ねた。

 身分証を受け取り、クルクル回しながら内容をさっと見ると、直ぐに返して言う。

「…此れは此の国限定の、身分証だ。他国では使えないし、冒険者登録証(ギルドカード)とはまるで違う。見た所魔術師協会にしか登録されていないが、コレに冒険者登録するつもりか?」

「そのつもりです」

「止めておけ」

 別に他国に行くつもりは無いし、身分証を複数作るつもりも無いので、追加で構わない、と思ったのだが、グウィンは違う意見の様だ。


「先ず、身分証でも登録するのは可能だが、冒険者として活動するつもりが有るなら、ギルドカードの方が断然良い。受注内容が全て記録されるし、ちまの持つスキルや加護も確認出来る。管理費を払えば、ギルドに金や荷物を預ける事が出来るし、依頼を受注・完了する度に更新されて、同じ内容が魔術師協会と商工会に伝えられる」


 冒険者ギルドと各組合(ギルド)は、密に連絡を取り合っているのだが、その理由は新しい技術や素材の情報共有である。各ギルドに所属している組合員から、例えば新しい魔法の理論や術式が報告されたとしたら、其れは直ぐに他の組合員に周知される。発表された魔法が重複して研究されていれば、其れを元に更に研究を続けるか、止めて違う研究を始めるかの選択の基準になる。

 勿論報告しないで秘匿する事も可能だが、報告・公開した場合初めの報告者に対し報酬が支払われる為、余程の事が無い限りは利益(メリット)の方が不利益(デメリット)を上回るので、秘匿は余り無い。

「ちまが此の国(セフィーラス)でしか活動しないなら、確かに要らない機能だが、そもそも其れは身分証であって、国内の移動でしか使えないし、其れも犯罪歴が有るかの確認程度で、用途が違う。直近三件程度の最低限の情報しか表示出来ないのが身分証だ。冒険者として活動するなら、ギルドカードで登録した方が良い」

 ギルドの依頼を受注するのに身分証を使うのは、ギルド登録出来ない12歳以下の子供だけ、と言われ、沙月も漸く諦めた。別にカードを複数持つのが嫌だっただけで、冒険者登録自体はするつもりは有ったのだ。然しそうすると、二枚の使い分けはどうなるのだろう。そう考えている所にグウィンが追加する。

「其れに。そっちの身分証、魔術師団の入城許可証だろう。妙な書き換えをしたら入城出来なくなるぞ」

「あっ、其れはダメです」

「だよな?」

 斯くしてカードの2枚持ちが確定した。


 その後も何となく、グウィンの目の前で冒険者登録申込書の必要事項を記入していたからか、彼に色々と教えて貰えて沙月としては非常に助かった。

 ただ、沙月は気付かなかったのだが、周りは驚きの目で二人を見ていた。二人と言うより、グウィンを。

 他人に興味を持たないグウィンが、やや投げやりながらも初対面の少女の世話を焼いている。其れがどんなに珍しい事か、知らないのは沙月のみである。


 申込書を書き終えて思ったのは、果たしてコレで本当に受理されるのか、だった。

 グウィンに言われるまま日本語で書いたのだが、冗談だった、などと言われては堪らない。しかしドキドキしながら受付に渡すと、「あら、珍しい文字ね」で済んでしまい、ホッとした。

 言った通りだろう? と言わんばかりに頭を撫でる巨漢(グウィン)を見て、沙月は不思議な人だなぁ、と思う。

 彼が日本語が判ると言うのは、名前を記入している時に良く判った。

 久し振りに書いた自分の名前。漢字で書かれた其れをグウィンに見せると、彼は言った。

「沙漠の月……旅人を照らす蒼き月、か。良い名前だな、ちま」

 フワリと微笑んだグウィンの蓄えた髭の奥で犬歯が光った……気がする。

 そしてそんな彼に沙月は驚いた。沙月の名前の意味を言い当てられて、目を丸くするしか無かった。


 大抵の人は沙月の名前を耳で聞いて、五月生まれ? と訊いてくる。九月生まれを明かすと、一様に首を傾げられるが、両親が中東に滞在していた時に見た月が印象的だったかららしい、と言うとそれで済んだ。

 その話には続きが有る。皓々と冴え渡る月の美しさを話した後、遊牧民(ベドウィン)から聞かされたと言う話。等しく照らす月の光は、砂漠の恵み、オアシスへの道標。

 綺麗な蒼い月だった、と語られた光景は、童謡の歌詞も相俟って、沙月の幼い頃の夢想に良く登場したものだ。


 そんな説明を一切省いて、グウィンは意味を言い当てたのだ、驚くなと言う方がおかしい。

「グウィンさんて……漢字が読めるんですね」

 つい頓珍漢な話をしてしまったのは、仕方無い事だろう。


 申請書は無事受理されたので、次は適性検査、と言われる。

「私、魔術師団で魔力測定を受けましたけど、それじゃダメなんですか?」

 沙月の質問に、受付の女性―――ミモザが「ギルドの検査器の方が最新型なんですよ」と教えてくれた。

 すい、とプレート状の物を出され、言われるままに手を置くと、先日城の中庭で魔力測定をした時の様な、不思議な感覚。

 掌と触れた水晶板(プレート)に光が集まり、淡く発光して消える。

 もう結構ですよ、と言う様にミモザが微笑み、手を離すと透かさず水晶板を手にして机の上で作業を始めた。沙月の申請した情報とたった今測定した情報とを繋ぎ合わせ、一つに纏めている様だった。

 パソコンを操作しているみたい、と内心で思う。水晶板はタブレットの様だし、意外とファンタジーとSFは似ているのかも知れない。『少し不思議』とか『スペースファンタジー』とも揶揄される位だ、強ち間違いでは無いかも知れない。

 そんな事を思いつつ暫く待つと結果が出た。

「おめでとう、無事に受理されたわ。これで貴女も今日から冒険者よ」

「有難うございます」

 ミモザがカードを差し出し、受け取る。名刺より少し大きめのカードには、沙月の名前――日本語では無い、きちんと此方の世界の文字で書かれている――と年齢、職業と所属ギルドの他、星が一つ表示されていた。初心者冒険者の印である。

「カードは依頼を受ける度に提出してください。依頼内容が記録されます」

 ミモザはそう言ってカードの使い方を軽く説明した。

 必要最低限の情報しか表示されていないカードだが、裏面を見ると隅に模様が三つ刻まれている。ギルドの紋章と記号なのだが、其れをタップすると、先程提出した書類の内容がカードの裏一面に表示され、持ち主の情報が変わる度に、自動的に内容は書き換えられる。

 スキルや加護も記録され何時でも確認出来るが、此れ等の情報は本人以外、ギルドの職員でも見る事は出来ない。職員がカードを使い見る事が出来るのは、飽くまで依頼内容とギルドの設定する罰則に抵触している項目のみであり、例外はギルドの各支部長となっている。

 スマートフォンの画面の様だ、と沙月は説明を聞きながら実際にカードを確認する。表示されている文字を指で触れて動かすと、上下にスクロールされ詳細な情報が目に飛び込む。ギルドの紋章で情報を呼び出し、記号で情報の種類―――依頼内容の確認か個人情報の確認か選ぶ事が出来る様だった。

「犯罪歴無し、申請書に何ら問題無し、検査でも職業は魔法使いに適正が有ったから、錬金術師で大丈夫よ。其れと錬金術師は店舗販売も前提にされるから、自動的に商工会に登録されるけど、此れは御存知?」

 はい、と頷き質問する。

「…適正が無い場合はどうするんですか?」

「勿論ギルドからお勧めの職業を紹介するわ。此方だって可惜(あたら)新人冒険者を死なせたくは無いもの」

 そう言ってミモザは幾つかの注意事項を書いた用紙を渡しながら、口頭でも伝える。


 曰く。

 依頼の受注は掲示板を確認後、受付にて行う事。期日を過ぎた場合は、延滞金として過ぎた日数分が受注額から引かれる。

 採集依頼は期日までに規定数を持ち帰る事。依頼品以外の採集物及び余剰分はギルドで買取り出来る。

 討伐依頼も同様に、期日までに討伐を済ませる事。討伐証明はカードに記録される為、実物を持ち帰る必要は特に無いが、正確を期す為出来得る限り、持ち帰って欲しい事。

 護衛依頼は其の名の通り、護衛である事。商隊の護衛の他、個人の護衛も有る。

 その他、簡単なところで届け物や仕事の手伝い等、依頼は多岐に及びその内容で報酬が決まる事。

 どの依頼も遂行出来ない場合は速やかに連絡する事。その場合、違約金は発生しない――往々にして若い冒険者は自分の力量を過信し、依頼を受け失敗する事が間々有る。その為報酬が支払われず、金に困る者が多い中、違約金まで発生するとしたら目も当てられない状態となる。そうならない為の救済措置でもある――が、ペナルティとしてランクアップポイントが減らされる。但しギルドの情報が正確では無かった場合は此の限りでは無い。

 ランクは一ツ星から始まり六ツ星まで、依頼をこなしてポイントを貯めるとランクアップして星が増える。

 ―――等々。


 基本的にゲームや小説で説明される事と、そう変わりは無いな、と思う。

 ただ一つ沙月には引っ掛かった点が有る。

 冒険者ランクが六ツ星まで、とミモザは言ったが、其れならグウィンは? 自己紹介した時、気のせいで無ければ彼は七ツ星(ヽヽヽ)と言った気がする。

 思わず隣の男を見上げる。

 何だ? と言う風に沙月を見下ろす彼の表情は、前髪と髭のせいで判らない。ただ、チラリと見えたアイスブルーの左目は、思いがけず優しい色を帯びていた―――様な気がする。

「グウィンさんの……」

 ランクは? と訊こうとした時、不機嫌に唸る様な声が脇から飛んだ。ラウルスだ。

「お前、サチュ……サツキ? グウィンさんに馴れ馴れしぎるぞ。この人はなぁ……」

「黙れわんこ。遊んでやらんぞ」

 笑いを含んだ声でグウィンが咎めると、ラウルスは面白い様に口を閉じた。

「ちまの聞きたい事は判る。ランクについては説明通りだ。但し、俺はもう一つ星を貰っている。七ツ星は今の所俺だけ、だな」

 ぽふぽふと頭を撫でられ、言われた内容に沙月はグウィンを二度見した。

 少ししか一緒に居ないが、この男の緩い雰囲気は直ぐに判る。眠そうで怠そうで、欠伸交じりの態度に歴戦の冒険者らしさは無い。だが体型は無駄な筋肉が一切無い、しなやかな大型の猫型の肉食獣の様な躰だ。其処だけ見れば、確かに優秀な冒険者に見える。見えるが雰囲気が其れを台無しにしている。

 複雑な表情の沙月を見かねたのか、いつの間にか戻ったグレイプスが言う。

「ソイツは『隻眼の白豹』の二つ名が有る災害級の冒険者だ。勝手気儘な奴だが、新人には割と甘い。お嬢ちゃんの事は気に入った様だから、此の国にいる内はグウィンに甘えてみるのも手だ」

「甘えて……?」

「一緒に組んで依頼を受けてみろって事だ。どうする?」

 グレイプスの提案に、グウィンとグレイプス、二人の顔を交互に見詰める。

 其れは確かに願っても無い事かも知れないが、本当に彼と組んでも大丈夫なのかと言う不安は残る。何せ未だ沙月は半信半疑なのだ。

 本当にこんな小汚い髭面の巨漢が優秀な冒険者なのか。確かに体つきは立派だが、髪の白さから見て相等な年齢じゃ無いかと不安になる。若い時はその妙に格好付けた渾名から判る様に、ランクも相応だったのかも知れないが、現在はどうなの? と言うのが沙月の感想である。

 然し沙月に戦闘能力は皆無だし、無理さえしなければ大丈夫かな、と思いグウィンに訊ねた。

「グウィンさん、私が依頼を受けたら手伝って貰えますか?」

「ダメだ!」

「……良いぞ」

 同時に返事が返る。前者はラウルス、後者がグウィンである。



 ラウルスの憧れの冒険者、隻眼の白豹(グウィン・レパード)がフラリとセフィーラスギルドに現れたのは、春も未だ始め、肌寒い時期であった。

 初めての出会いは、彼の印象は単に図体のデカいボンヤリした男であった。その為、その時にギルドに居た他の冒険者が彼を、偽者と嘲った――有名な七ツ星、隻眼の白豹はその二つ名と白髪、眼帯が有名だがそれ以外の情報は余り無く、その為名を騙る者も多かった。騙らないまでも姿を真似る者も少なくない――のを横目で見ていたのだが、直ぐに間違いに気が付いた。

 飄々とした態度を崩さず、のらりくらりと嫌味を躱すグウィンの姿に、焦れた男たちが酔いも手伝い――ギルドは情報収集の為の酒場も兼ねている――グウィンに殴りかかった。流石に不味いと思ったラウルスが腰を浮かせた直後、グウィンが動く。

 其れまで纏っていた茫洋とした雰囲気は霧散し、代わりに現れたのは鋭利な刃物の様な、獰猛さを湛えた噂通りの姿。突き出された拳を躱し、そのまま引き倒すと、其れを合図に次々と襲い掛かる男たちを纏めて相手にして昏倒させる。余りの早業に、止めようとしたグレイプスやラウルスが手を出す隙もなく、呆気なく勝敗が決まってしまった。

 ポカンとするラウルス達を余所に、獰猛な豹は再び姿を消し、欠伸をしながら宣った。

「何か。旨いモノ無いか?」

 ―――であった。

 其れだけで安易に傾倒する程、ラウルスも莫迦では無い。だが元々グウィンに憧れて冒険者になったラウルスだ。彼の活躍を直に見る機会が増え、同じパーティで依頼をこなす事も数える程だがあった今、憧れはそのまま続き尊敬にも繋がった。

 以来、グウィンの廻りを侍る様になったラウルスは、全くの初心者どころか冒険者などまるで不向きに見える沙月が、グウィンの事を知らないのに簡単に仲間に誘うのを良く思う事は出来なかった。

 新人は新人らしく、大人しく簡単な依頼をすれば良い。七ツ星の至高の冒険者を詰まらぬ依頼に誘うな、自分の力量以上の依頼を受けるな、と思う。だから「ダメだ」と言ったのだが……。


 ポン、とラウルスの頭に手が置かれてグリグリと撫でられる。

「わんこ。お前、新人の補助はやった事無い、だろ? 良い機会だ、やってみろ」

 グウィンの言葉に、沙月もラウルスも一瞬だが眉を嚬めた。

 沙月として見れば、先程からやたらと突っ掛かってくる様な男と行動したくは無いし、ラウルスにしてもぽっと出の少女と関わりたくは無い。それでも一応はグウィンの顔を立てるか、と頷き、沙月も独りよりはマシ、と頷いた。

「よし、なら行くか」

 言うなりグウィンは掲示板から依頼書を二枚掴んでグレイプスに渡した。

「ソコのちびどもが受ける。問題無いな?」

「薬草の採取と羽兎(ハト)狩りか……。常駐依頼だ、問題は無いが……報酬はどうする。三人分には足りないぞ」

「問題無い。言ったろう? ちびどもが受ける(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)、と。俺は単なる付き添いだ、金はどうせ腐るほど有る。報酬は要らん」

 グウィンの言葉に驚いたのは横で聞いていた二人だけで、グレイプスは「そうか」と言うと、そのまま手続きを進めてしまった。

「い、良いんですか、グウィンさん?! タダ働きですよ?!」

 余り自分に都合の良い話なだけに、沙月はグウィンに詰め寄った。だが其れに対してグウィンは事も無げに言う。

(はした)金に興味は無い、ランクも上がり様が無い、此れで依頼を選ぶ意味は有るか? …暇潰しだ、気にするな」

「でも……」

 幾ら暇潰しだからと言われても、仕事は仕事だ。恐らくグウィンに掛り切りの世話になるのは目に見えているのに、無報酬は沙月の心情的に落ち着かない。

 どうしたら、と思いグウィンを見上げると、首を傾げるグウィンと目が合った―――気がする。

「どうしても気になる、と言うなら……お前、料理は出来るか?」

 意外な台詞に目を瞬かせた後、頷く。


 料理と言っても沙月が得意なのは菓子作りの方だ。正確な分量と手順に従わなければ失敗し易い菓子作りは、或る意味実験に似ていると思う。主食の方も似た様な理由でそこそこ作れるので、出来ると言っても問題は無い筈だ。

 何故『そこそこ』かと言えば、菓子と違って惣菜関係は、つい家族のやり方、好みの味付けにしてしまうので、分量通りでは無い。毎回味付けが微妙に変わるので、グウィンの求める味付けになるのか、非常に微妙であった。


 そんな沙月の心配を余所に、グウィンは嬉しそうに笑った。

「作れるんなら、其れを喰わせろ」

「……味の保証はしませんよ?」

「構わん。…自分で作るのは、厭きた」

 冒険中は自炊か携帯食になるのだが、其れを代わりに作れ、と言われたのか。そう沙月は理解し、もう一度頷いた。

「よし、じゃあ行くぞ」

「ちょ、いきなりですね!?」

「こう言うのは思い立ったが吉日ってな、習うより慣れよ、だ。ちま、わんこ、来い」

 そう言うと、グウィンは足取りも軽く建物から出ていく。慌てて其れを追う二人は、唐突に始まった成り行きに、ついて行くのがやっとだった。



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