07:王都:観光ではありません
やっぱり一旦は城に戻るべきだったかな、と新居で目覚めた沙月は、強張った身体を解しながら考えていた。
元々荷物など無いも同然だったので気にしていなかったし、一通りの家具や道具が揃っていたので、安心していたのだ。
だが、夜になって寝室でさあ寝よう、と思った時に気が付いた。
寝台が……臭い。
ウィロードが魔法で軽く掃除をしてくれたし、リリフロラも気を利かせてシーツ類を洗ってくれた。なのですっかり綺麗な物と思い込んでいたのだが、シーツの下のマットレスが、黴臭かった。普通に部屋に居る分には感じられないのだが、寝台に横になってみれば判る。
洗い立てのシーツの奥から、じわりと存在感を示す黴臭さ。枕も同様に臭っていて、沙月は我慢出来ずにシーツを剥がすと、身体を包んで床に寝る事にした。
床は魔法で掃除した上、雑巾で拭いて乾かしたので、臭いはしない。そして一晩床で寝た結果、身体中が強張ってしまったのだ。
コキコキと首を鳴らしつつ、一階に降りて台所を覗く。一通りの道具は揃っているが、肝心の材料―――食材が無い。此れでは朝食は作れないな、と思いどうしようかと考える。
元々朝は食べたり食べなかったりで、食べなくても良いのだが、この世界に来てから毎日ヴァルクラウトから少しだけ朝食を分けて貰っていたからか、何となく小腹が空いている気がする。
何か食べに行こうか、でも何処に?
そう考えていると、敲子が鳴らされた。
朝から誰だろう、と思いそっと扉を開けると、両手に紙袋を抱えたリリフロラが立っていた。
「お早うございます、タティアナ様。お食事をお持ち致しましたわ」
ニッコリ笑ってそう言うと、てきぱき机を片付け、あっと言う間に朝食の準備が出来上がっていた。
「リ、リリフロラさんわざわざ有難うございます」
「いいえ、とんでもございませんわ。昨日の内に気が付けば手配出来ましたものを、今朝になって思い出して……食材も何も無く、ご不便でしたでしょう?」
申し訳無さそうに言うリリフロラだが、手は休まず動き続け、台所に備え付けの棚に次々と食材を仕舞っていく。
「不便と言うか、何が必要で、何を足して、何をすれば良いのか、ちょっと考えようかな、と思っていた所です」
「でしたら朝食後に街をご案内致しましょうか? 昨日の説明では覚えきれませんでしたでしょう?」
「や、そんな悪いです……」
遠慮する沙月に、リリフロラは笑い掛ける。
「いいえ、悪くはございませんわ。私が案内できる場所と言えば、精々が日用品店や食材店、市場程度ですもの。お気に為さらないで下さいまし」
詳しく話を聞けば、リリフロラは今日は休日で、元々買い物をする予定だったと言う。其れなら余計に自分の予定を優先させて欲しいと言った所、怒られた。
沙月が遠慮するのは判らないでも無いが、慣れない街で途方に暮れていたらと、余計な心配をさせる方が余程迷惑だ、と言われる。
其れを聞いて沙月も自分がリリフロラの立場なら、そう思うかもと納得し、案内をして貰う事にした。
早速外に出る―――前に、リリフロラに手伝って貰い、マットレスを窓際に動かして風が当たる様にする。此れで黴臭さが少しは抜ける筈。同じ様に枕も曝す。
其れから予定通り出掛ける事にする。
工房を出て直ぐに曲がると、表通りに出る。その通りを城の方向に進むと、直に円形の広場に出た。
「此処が中央広場です。大通りには三つ似た様な広場がございますが、王城に一番近い此処が一番大きい広場ですわ」
噴水が有るのが目印で、此処にしか御座いません、とリリフロラが説明した。
中央に噴水があり、その周りは通路になっていて人が行き交っている。さらにその周りをぐるり円を描く様に露店が立ち並び、リリフロラは此処で沙月の朝食を買ってきたのだと言う。
「そうだ、代金! 支払わないと……」
「心配ご無用ですわ、お嬢様。殿下より御銭は頂いております。気付かなかったお詫びだそうですわ」
「あー……。じゃあ後で自分でも言いますけど、先にお礼をお願いして良いですか?」
「承りました」
微笑むリリフロラは説明を続けた。
昨日の説明より判りやすいと思うのは、多分一緒に歩いていたリリフロラが、あれでは説明不足だと思ったからだろう。それに必要と思われる物を選んで説明しているのも判り易く覚え易い一因かも知れない。
広場の露店は毎日店を開いているが、日により場所や内容が変わり、光竜曜日は露店が増えるとか、掏摸には気を付ける様にとか。
街は大通りを挟んで東西に分かれて居るが、騎士団側の東には武器屋や鍛冶屋、馬具を扱う店が多く、魔術師団側の西には、防具屋や魔導具等を扱う店が多い、とか。
その他の店は満遍なくバラけていて、東西に分かれていても問題は余り無いとか、まぁ色々と教えてくれた。
「野菜や肉、魚等はお店でも売っていますけれど、毎朝広場に市が立ちますから、其処でお求めになられた方が新鮮でお得ですわ」
そう言いつつ、食料品店は此の界隈、と教える。
大通り沿いの店は大型店が多く、貴族御用達の店が多い。仕立屋はその最たるもので、何軒もが軒を連ねている。大通り沿いなのは、馬車で乗り付ける客が多い事も理由に挙げられる。
大通りから一本奥まった道は、職人通りと呼ばれその名の通り、職人達が店を構えている。店舗を構えない職人は更に奥に作業場を設け、其処で日がな一日作業をするのが主だ。因みに店舗を構えない職人の収入源は、大型店や同業者への卸売である。
沙月の工房は外れた場所に有るので、錬金術で商売をするなら、客商売は難しく、出来た品物を卸売する形になるだろう。
そう考えた所でふと気付く。
錬金術の材料は、何処で仕入れれば良いのだろう?
毎月一定額が支払われるが、それは生活費だと思っている。
錬金材料を仕入れるとなると余計な金が掛かるが、沙月としてはこれ以上出して貰うつもりは無い。何せ工房を手に入れた理由が自立する為だ。此処で安易に頼っていては、自立も何も無い。
然しそうなると先立つ物が必要で、何処から其れを捻出するかと言う話になる。
そう言えば、ヴァルクラウトが冒険者ギルドの話をしていた。
其処で材料の入手を依頼する? 其れともいっそゲームや小説の様に自分で手に入れる?
色々考えて結論は出ないが、一応聞くだけ聞いてみようと沙月はリリフロラに声を掛けた。
「ねえリリフロラさん、冒険者ギルドの場所って判りますか?」
教えて貰えないかと思ったが、リリフロラは「ああ」と簡単に教えてくれた。
「そうですわ、工房を開くのですもの。商工会か冒険者ギルドに登録しなくてはいけませんわね」
そう言うと、リリフロラは冒険者ギルドの場所を教えてくれた。
何でも商売を始めるなら、必ず商工会に登録しなくてはならないが、冒険者ギルドに登録すると、職業が職人系の場合は商工会に、魔法使い系なら魔術師協会に自動的に登録されるのだそうだ。だから当座は必要無いと思っていても、登録だけはしておいた方が良いと言われる。
それではご案内致します、とリリフロラが先に立ち歩いていく。結構歩くなぁ、と思いつつ後を追って付いていくと、再び大通りに出て、中央広場へと戻る。
冒険者ギルドは中央広場に面した場所に有った。此処には魔導師協会、商工会も有るそうだが、一番大きな建物は冒険者ギルドだろう。
「此方がセフィーラスのギルド本部ですわ。大きいのは、冒険者向けの訓練所や解体施設、倉庫や資料室等が有る他に、ギルド運営による酒場と宿泊施設が併設されているからですの」
「…そう聞くと逆に小さい気がしますね」
「ふふっ、そうですわね。でも以前はもっと小さい建物で、場所も違いましたのよ。殿下が此方への移転をお決めになられて、三年ほどかけて整備したのですわ」
「殿下が? そう言えば昨日の説明の時、やっと活発に活動する様になったとか言ってた気がしますけど、移転の関係で、ですか?」
「…其れも有りますけど、他国と比べて我が国の冒険者ギルドは、少々冷遇されておりまして……。殿下が準成人の前に遊学された際に色々お調べになられて、戻られてからギルドの地位を押し上げて今の様になりましたの」
リリフロラの説明によると、冷遇していたのは貴族で、王都の住民や冒険者はギルドを活用していたので、運営には問題無かったそうだ。ただギルドへの税が他国と比べて厳しかった為、資金繰りが難しかったと言われている。
冒険者への冷遇は、有り体に言えば冒険者は『野蛮』で『学の無い』『無法者』の集まりだと言われた事に因る。勿論全ての貴族がそうだった訳では無く、あくまで一部の貴族の考えだったのだが、悪い事に議会で発言力が強い貴族達で有った為に、冒険者の地位が他国から見て低いものとされてしまったのだ。
外敵から王都を守る為に冒険者の力を借りる等とんでもない、歴とした『清廉』で『潔白』な『忠誠心溢れた』騎士がいる、とされ、魔獣や盗賊の討伐は騎士団や魔術師団に因って行われた。そして今までは其れでも充分間に合っていた――騎士にしてみれば魔獣相手は不得手であり、出来れば冒険者と共闘したかったのが本音である――のだが、近年の魔獣の大量発生や凶暴化、其れに伴い魔獣に襲われ廃村となった村民の盗賊化等、騎士団だけでは対応に苦慮する様になり、漸く冒険者ギルドへの依頼をする様になったのである。
ギルドにしてみれば何を今さら、と言う感も有ったが、住民に非が有る訳で無し、冷遇してきた貴族は責任を取らせ閑職に追い込んだと聞いて、依頼を受ける様になった。
そして其れに合わせギルドの位置を移し、活動が活発になったのだと言う。移転に掛かる費用は、冒険者ギルド総本部からの特別予算とヴァルクラウトの私費、国からの補助金で賄われた。
「そんなにお金を使って、大丈夫なんですか? 殿下は」
「ええ。殿下の持つシルワ侯爵領は、領と言うより荘園ですけれど有名な穀倉地帯で、殿下は其処で畑作から果樹栽培、畜産など行い、それらを加工して販売しています。結構有名で高額取引されているので、資産が目減りしても直ぐに取り返せると仰せられましたわ」
成る程ヴァルクラウトは、ただの金髪碧眼の王子様、優男では無く、遣り手なんだな、と沙月は納得した。
そう言えば毎朝剣の稽古は欠かさない様だし、時々執務室で見掛ける大量の書類が、気付くと無くなっている。
「凄い人なんですね、殿下って」
沙月の感想にリリフロラは嬉しそうに頷いた。
その後、沙月は一人でギルドの入口に立っていた。
リリフロラは付き合ってくれると言ったのだが、これ以上休日を潰させるのは申し訳無い、と沙月が断ったのだ。
そんな事は無いと言いつつも、私用もあったのか、最終的には沙月の言に従った。
「まぁ、むくつけき男の巣窟とはいえ、職員もいますし、明るい内ですから……」
その言葉に少しだけ不安と勇気を貰い、沙月はそっと扉を開けた。
「うあーーっ! 何でっ!! 何で置いて行くんだよぉぉっ!!」
「五月蝿いぞ、ラウルス」
「だって、だってぇぇぇ!」
一歩足を踏み入れた途端、此れである。
沙月は目をぱちくりと瞬かせ、声の主を探した。
ギルド内は思っていたより人が少なかった。部屋の半分は机と椅子が並び、中程からカウンターで仕切られていた。カウンターの此方側、つまり出入口側の壁には掲示板が有り、其処に沢山の紙が貼られている。向こう側は何故か酒瓶の並んだ棚があり、更に奥に人が動いているのが見えるが、手前のカウンターでは男女二人が働いている様に見える。
そして男の前にはカウンターに俯せになっている人物がいて、先程の叫びは恐らくこの人だと沙月は思った。
どうしよう、入るなり訳の判らない事を喚いている人が居る。出直そうか。
そう迷っていると、沙月に気付いた女性が声を掛けた。
「いらっしゃいませ。お使いかしら?」
「いえ、登録をしに来たんですけど……」
「登録? 冒険者として? 失礼だけど、お嬢ちゃんは12歳は過ぎているのかしら?」
沙月の身長を見て子供と判断したのか、そう訊いてきたので素直に年齢を伝える。
「あら! ごめんなさい。来年成人なのね、なら問題無いけど、珍しいわねぇ。冒険者を目指すなら、もっと早く登録するものだけど」
「色々有りまして……」
言葉を濁すと良く有る事なのか、それ以上は訊かれず、書類を渡される。
「この書類に必要事項を記入して、渡してちょうだい。色々と説明が書いてあるから良く読んで……って読み書きは出来る? 出来ないなら代わりに読むけど?」
「大丈夫です。向こうで読んでも良いですか?」
「良いわよ、ちゃんと確かめてね」
許可を取って壁際の席に移動しようとしたところで、持っていた書類を取り上げられた。
「何するの!?」
「ラウルス!」
沙月とカウンターの中の男が同時に叫ぶ。取り上げたのは、先程まで俯せになっていた青年だった。
ラウルスと呼ばれた青年は、沙月をジロジロ見て首を傾げた。
「あんたさぁ、17歳って本当? 何かもっと小さく見えるんだけど?」
「本当です、書類返して下さい!」
言いながら書類を取り戻そうとしたが、身長差が有るので手が届かない。ピョンピョンと跳び跳ねていると、呆れた様な声がカウンターからする。
「ラウルス、返してやれ。点数減らすぞ」
「えっ、そりゃ無いよ。判ったって……」
そう言って書類を返され、ホッとするとカウンターの男が声を掛けた。
「済まないね、お嬢さん。コイツ、パーティーを組みたい相手に逃げられて、拗ねてんだよ」
そう言ってラウルスを指差して紹介する。序でに自分はギルド長のグレイプスだと伝え、慌てて沙月も挨拶し直す。
其処で改めてラウルスを見て、沙月は目を丸くした。
目立つ赤い色彩の髪に、新緑の様な眸。未だ若いからか、細いが筋肉質な身体。そして一番目につくのが、頭の上で存在感を主張する耳と、同じ様に後ろで揺れる尻尾。
獣人だ、と吃驚して上下に目を走らせた。
ラウルスは獣人とは言っても、耳と尻尾にその性質を受け継ぐ程度で、隠そうと思えば隠せる容姿だ。仲間の中には、獣が直立した様にしか見えない者も居るし、人族にしか見えない者も居る。持つ魔力によっては、自在に獣と人と姿を変えられる者もいるので、ラウルスは人族寄りの一般的な獣人と言えるだろう。
今ラウルスの前には目を丸くしている人族の少女が居る。余りに小さくて子供かと思ったが、本人の主張する通り子供とは違う、少女特有の匂いがした。
獣人であるラウルスは、人族よりも力が強く鼻が利く。耳も良く聞こえるので斥候に重宝される。
その利く鼻が少女―――沙月を子供では無いと判断させた。
「何? お前そんな成りで冒険者になりたいの?」
何となく興味を持ってそう訊くと、沙月は暫く悩んでいた。
「私、錬金術師のタマゴなの。錬金に必要な材料なんかを手に入れるのに、一番手っ取り早いのは冒険者になる事かなって」
そう言う沙月を笑ったのは、グレイプスだ。
「考え方は悪く無いが、一番手っ取り早いのは、出資者か支援者を作る事だぞ。そいつ等から金を貰って、依頼を出せば良い」
「あー……居ない事も無いんですが、余り頼りたく無いと言うか……」
言葉尻を濁す沙月に、何か訳有かと推測した二人は、それ以上は追及せずに話題を変えた。
「然し錬金術師となると、お嬢ちゃんは若しかしてカイエン爺さんの工房に入った子か? 確かつい最近魔術師協会が、工房が売れたと言っていたが?」
「名前は知りませんけど、多分それです」
ギルド長ともなるとそんな事も知っているんだ、と感心すると共に、これは若しかして買い主がバレているパターンかなと少し疑う。然しそれについては触れず、グレイプスは前の持ち主の事を説明する。
「あの爺さんは錬金術師としては今一だったが、回復薬を作らせれば右に出るものが居ないって言う位の腕前でな。良くギルドに回復薬を卸してくれてたんだが、辞めちまってなぁ。お嬢ちゃんが爺さんの後を継いで、回復薬を作ってくれると此方としても有り難い」
其れだと錬金術師と言うより、薬術師みたいだけどな、とグレイプスは笑った。
そして邪魔をして悪かった、と各々が作業に戻ろうとした所でラウルスの尻尾と耳が変化した。
真っ直ぐ立った耳と、忙しなく動く尻尾に気付き、ラウルスを見ると期待に満ちた表情で扉を見ていた。つられて沙月も扉を振り返る。
何の変化も無い扉に、誰も居ないじゃない、と言おうとした所でゆっくりと扉が開く。その向こうに、人が居た。知り合いなのかラウルスが嬉しそうに叫ぶ。
「グウィンさん!!」
叫ぶなり駆け寄って飛び付こうとした所で、グウィンと呼ばれた男に素っ気なく頭を掴まれ脇に押し遣られる。
その様子を沙月はポカンと口を開けて見てしまった。
先刻まで沙月を子供扱いしていた男が、子供扱いされている。
つれなくされているのに、嬉しそうに男に纏わり付く姿は正に『犬』であった。
纏わり付かれている男は、邪険にしつつも迷惑そうでも無い。ゆっくりと歩いている姿を見て沙月が思ったのは、むくつけき男ってこういう人なのか、と言う事だった。
扉との比較で考えると、多分身長は二メートル近い。
筋肉質な身体はしなやかな肉食獣の様で、髪と髭は伸び放題。顔の判別がつかないが、辛うじて右目に眼帯をしているのが判る。
全身埃塗れの汚れまくりで、むさ苦しい事この上無い。
真っ白な髪の色から判断すると、結構年齢がいっているのか。だが背中に大剣を背負っている所から、冒険者らしいのは判るので、30代から50代位かな、と予想する。勿論ヴァルクラウト達の年齢を間違っていた事を踏まえて、若めに修正しての予想だ。
ラウルスを適当にあしらいカウンターに近付く男は、ふと視線を移して沙月の存在に気付いた。気付いたと思ったら、ツカツカと真っ直ぐ近付いて、沙月の目の前に立つと、屈んで顔を覗きながら言った。
「何だ、このちんまいのは?」
ズン、と腰に来る重低音だった。
然しその内容に沙月は咄嗟に言い返した。
「いきなり小さいって失礼なっ! アンタなんかでっかいヒゲオヤジのクセにっ!!」
しまった、と思い慌てて口を塞いだが、きょと、と目を丸くしたらしき男は、次の瞬間爆笑した。やや暫く笑い続け、沙月の頭を撫でて言う。
「其れはそう、だな。だがヒゲオヤジはソコの親爺だ。俺は七ツ星のグウィン・レパード。…新人、か?」
子供扱いするな、と言いかけたが相手の年齢(仮)を考えると、子供扱いも已むを得無しかと我慢する。
きっとこの人は、独身だけど仲間には既婚者が居て、自分くらいの年の子供におじさん扱いされてるんだわー、等と妄想する。その間に男―――グウィンは受付に話を通し、沙月達から離れて別の場所に行ってしまった。
居るだけで存在感を示す男が居なくなり、沙月が溜め息を吐いた所でラウルスが話し掛けた。
「お前グウィンさんに失礼だぞ、あの人はなぁ……」
其処まで言った所で奥の部屋から悲鳴と歓声が響く。何事かと見ると、部屋から欠伸をしながらグウィンが出てきた。そこをグレイプスが敢えて訊ねる。
「今度は何を持ってきたんだ? あの騒ぎじゃただの魔獣って訳は無いな?」
「邪竜種が居たから、三匹ほど狩ってきた。凄い喜びよう、だったな」
その言葉にラウルスとグレイプスが目を剥いた。そして慌てて奥の部屋へ駆け込むと、二人の悲鳴とも歓声ともつかない叫び声が上がる。
話についていけない沙月はポカンと書類を持って立ち竦んでいたが、グウィンに声を掛けられ我に返る。
沙月が知らないのも無理は無いのだが、邪竜種と言うのは竜族の中でも人族と敵対している竜の総称である。大抵の竜は種族にも因るが人族とは友好関係、若しくは中立・無関係を貫いている。
そんな中で邪竜種は何かしらの理由で人族と対立し、討伐の対象となっているのだが、竜と言うだけあって強い。並みの冒険者では返り討ちに遭う。
此処で彼等が驚いたのは、その邪竜種を単独でしかも三頭もグウィンが狩って来たからである。然も彼等が目にした邪竜種は、殆ど傷の無い上品であった。
竜の素材は高額で取引される上、無駄な所は殆ど無い。血すら素材となる竜が、血抜きのされていない、今息絶えたと言わんばかりの新鮮な状態で出されたのだ。ギルド職員のてんやわんやの錯乱ぶりは如何程のものか。
事情を知らない沙月には、全く訳の判らない狂乱ぶりだった。
「ちま、冒険者登録は終わったのか?」
いきなり重低音が響き、何を言われたか判らなかったが、書類を指差され、未だ、と答える。それと同時に、『ちま』って私の事か? と思いつつ名乗っていないのだからそう言われても仕方無いが、失礼な男だな、と考える。
「未だ、か。何か問題が有るのか?」
「違うわ、説明を読もうとしたら、あ……グウィンさんが来たのよ」
アンタと言いかけて直す。グウィンより小さいのは本当だし、大笑いした後、一応反省らしきものはしていた気がする。
沙月の返事に、グウィンは首を傾げながら意外な事を言う。
「まぁ見た所【異世界言語】は習得している様だし、問題は無い、か?」
「え……」
「言っておくが、冒険者登録は偽名でも構わんが、母国語で書くのが一番良いぞ。仮令異世界言語だろうが、現在の登録装置なら認識されるし、逆に他人には読めないから、悪用し辛い」
「えっ、いや、ちょっと待って」
グウィンの説明に、慌てて口を挟む。
何で。私言ったっけ? この人は何故。
「私が何者か、グウィンさんは知ってるの?」
沙月の言葉にグウィンはキョトンと―――頷いた。