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02:説明:彼女の思い、彼等の思惑

「今直ぐ君を還す事は出来ないんだ、お嬢さん」


 ウィロードのその言葉に茫然としたのは一瞬だった。

 彼は『今は』と言った。と言う事は、『その内に』還る事が出来るのでは無いか? と考える。

 それが伝わったのか、ウィロードの表情が僅かに曇る。

「君が何を期待しているかは判る。だが、難しいんだ、其れは―――」


 召喚魔法に必要なのは、対象とするもの、対象の場所、召喚に相応する魔力。それらの条件を緻密な術式で呪文として練り上げ、魔法陣に刻む。

 緻密にする理由は、その方がより成功する確率が上がるからだ。

 そして生物を召喚するなら、よりきめ細かく指定しなければ、失敗して召喚出来ないだけなら未だしも、対象に生命の危険が有るかも知れない。


 生命の危険と聞いて、沙月はゾッとした。

 誤って召喚されたのに、五体満足で息が有ったのは幸運でしかない。

 そう言うウィロードを睨んでしまうのは、仕方の無い事だろう。


「君を還す事が難しいのは、そもそも何故君が召喚されたのか、其処から調べなければならないからだ。我々が召喚しようとしていたのは、今迄の説明で判るだろうが、精霊界に居る精霊だ。異世界の人間では無い」

 それは良く判った。

 だが、話の途中で気が付いたが今迄の召喚が悉く失敗し、成功しても召喚されたのが幻獣では、そもそもの召喚の呪文が違うのでは無いだろうか?

 沙月の指摘に、ウィロードは苦笑しつつ首を振る。

「そう思われても可笑しくは無いが、術式は間違えては居ないのだよ。何せつい一~二年前迄は、同じ呪文で召喚出来たのだからね」

「でも、それなら同じ呪文でその、幻獣?が召喚出来るのはおかしいんじゃ無いですか?」

「いや、魔力の質と量によって精霊か幻獣が召喚される様になっているから、おかしな事では無いよ」


 気紛れな精霊を召喚するには、運も必要だ。

 その為に、全ての召喚が空振りにならないように、術式の中にはある程度の条件が組まれている。

「細かく設定するのは、召喚の条件に合ったものを瑕一つ無く呼び出す為であって、個々を特定しているのでは無いのだよ」

 今回の場合、設定されていたのは精霊界に存在している、魔力を持った主従契約出来る存在。精霊と特定している訳では無いので、当然同じ精霊界に存在している幻獣も含まれる。

 精霊を優先しつつ、幻獣も候補に入れるのは、成功率を上げる為だ。幻獣を召喚したい場合は、その逆を。

 曖昧な条件な分、安全に召喚が行われる様に、呪文は複雑になる。

 指定する条件が多いと、その分呪文も長くなるが複雑化はしない。条件を挙げていけば良いからだ。挙げた条件分ピンポイントで召喚が行われる。


 然し精霊の場合は、細かく設定した所で、気紛れにでも応じてくれなければ跳ね返されて失敗する。だから曖昧に条件を設定し、その代わり無事に召喚出来るように、術式が複雑化していく。

 失敗続きになる以前は、この方法で召喚して、成功率は八割を越えていた。その内、精霊召喚が七割、残り三割が幻獣と、先ず先ずの結果だった。

 それがこの一~二年は失敗続き。何が問題なのか確認する為に実験を行っていたが、まさか異世界から生きた人間を召喚する事になるとは夢にも思わなかった、と溜め息を吐く。


 溜め息を吐きたいのは、巻き込まれた此方だと沙月は言いたかった。だが打ち拉がれてしょんぼりとしているアイヒェを見ると、彼も有る意味被害者なのだと思い直す。


 その後、更に詳しく説明されて判った事は、兎に角魔法陣を調べ直さない事には埒が明かないと言う事だった。


 沙月の居た世界が何処に有るのか、魔法陣に刻まれた術式と、『歪み』と呼ばれる沙月が通ったであろう、異世界と異世界を繋ぐ隙間、その関係が判れば元の世界に戻す事は可能だと言う。

 但し『歪み』は時間を置けば置くほど小さくなり、半年から一年もすれば影も形も無くなると言う事だった。無くなる前に沙月の世界を探し出せなければ、戻る確率はグッと低く―――戻れない可能性の方が大きい。

「そんな! 勝手に呼び寄せて、戻れないなんて、酷い……!」

 思わず叫ぶと、流石に酷い話なのは自覚していた様で、ウィロードが宥め賺すように言う。

「酷いのは判っている。だからそうならない様に我々も出来る限りの努力は惜しまないし、便宜も図る。だから君も、出来る事が有れば協力して欲しい」

「それは……戻る事に必要なら、私で出来る事なら協力しますけど……」

 魔法の協力など出来るのだろうか? と疑問に思う。

 沙月の疑問に、ウィロードとヴァルクラウトが頷き合う。

「タティアナ、君には歪みを出来るだけ引き留める為、その手伝いをして貰いたいのだよ」

「ど、どうやって?」

 戸惑う沙月に、ヴァルクラウトが畳み掛ける。

「有り体に言えば魔力の提供だ。其方には魔力が有ると、ウィロードが言っていた」

「えぇ、冗談でしょ? 超能力なら兎も角……って、そっちも嘘臭いけど」

「いや、気を失っていた君を抱き上げた時に、魔力の流れを感じた。恐らく、界渡りの贈り物(ギフト)だよ」

「界渡りの贈り物?」

「一々説明しなければならないのは、手間だが此れも仕方無いな」

 そう言うとヴァルクラウトは、異世界人の特質について話し始めた。



 異世界人は大きく三種に分けられる。

 召喚された者、迷い込んだ者、転生した者、だ。

 前者二つは異邦人、又は迷い子と呼ばれ見付け次第、国なり個人なりに保護される。

 転生した者が異世界人と言えるか厳密には疑問だが、稀に転生前の記憶を持つ者が産まれる。多くは同じ世界からの転生者だが、本当にごく稀に、異世界からの転生者が混じっているのは、幾つか記録に残されている。

 大概は幼少時にその記憶を忘れてしまうが、持ち続けたまま成長する者も居て、その場合は記憶持ちとして、一旦国の保護対象となる。


 異世界人の多くは、特に此の世界の人間と変わらない――寧ろ魔法が使えない場合、苦労する場合がある――が、時に突出した技術や知識を持つ者が現れる為、其れが害あり又は有益で有れば保護又は拘束をし、そうでなければ自立出来る手助けをした後、自由にさせる。記憶持ちもその記憶によって保護対象となるか決まる。尤もその場合、保護と言うより公的機関への就職扱いだが。

 そして界渡りの贈り物だが、此れは召喚された、若しくは迷い込んで来た人間に共通するもので、界を渡った時に何らかの加護が付く。其れを『界渡りの贈り物』と呼んでいる。

 大体一人平均三つ程。多ければ五つ程加護が与えられ、一番多いのは言葉の翻訳。次いで文字の翻訳。異世界で意思の疎通が図れる様になるものが多いのは、別世界に迷い込んだ異邦人たちを哀れに思う世界の意思だと言われている。

 その他は魔法の使用や肉体の強化と言ったものが多い。此れも慣れない世界で不自由の無い様に、と言われ、異邦人は別名『世界に愛される者』とも呼ばれる。

 特に顕著なのは目的を持って召喚された勇者や巫覡(ふげき)(巫女や神官)で、彼等は強大な魔力や身体能力、癒しの力を与えられると言う。


 そんな彼等異邦人だが、帰還には一定の法則がある。


 召喚されたのならば、召喚した側が送還するか、目的を果たした時。迷い込んだのであれば、同じ条件が整った時。

 例えば事故に遭いかけたら異世界に来た、と言うなら同じ状況になれば元に戻れる。その場合、戻る時間が同じとは限らない。同時刻に戻る場合も有れば、数年後に戻る時も有る。何故それが判るかと言えば、同じ人間が数回迷い子として現れる場合が稀に有るからだ。

 尚、迷い込みに『歪み』は関係無い。歪みは飽く迄も召喚に限った事で、術式の不備が歪みの原因となっている。

 迷い込みの原因は、強いて言うなら『穴』だろうか。穴に嵌まった人間(又は動物)が迷い込む。穴は短い時間ではあるが同じ場所に留まるので、直ぐに穴に戻れば還る事が出来る。間に合わない場合は、条件が整うのを待つしか無い。

 消えた穴を待つと言うのも可笑しな話だが、実際は消えたのでは無く、迷い子本人に一時吸収されているらしい。条件が整って初めて、穴として出現するのだ。

 実際、十年以上経ってから元の世界に戻ったと言う話もある。穴と歪みは別と考えた方が良い。


 因みに、異邦人はなるべく元の世界に還すと言うのが、此の世界の暗黙の了解となっている。

 元の世界への未練や、元の世界からの干渉――異世界に居るとは知らなくても、親子の情や友人、恋人、家族の想いが干渉となって現れる――に因り、天変地異や魔獣の異常発生などが少なからず起こった事が有った為、其れを踏まえて極力還すようにしている。

 例外としては元の世界と縁が薄い、又は元の世界からの想い以上に、此の世界に愛着が沸いて戻りたくないと思った場合は、此の限りでは無い。更に言うなら、戻したく無いと思う人間との想いが通い合った場合――つまりは恋愛の成就――か。


 元の世界に戻す事が大前提だと聞いて、沙月は胸を撫で下ろした。帰れるのなら早く帰りたい。

 正直に言って、保護を申し出てくれた二人には申し訳無いが、この先王立魔術師団なり王宮なりで暮らすとしたら、落ち着かない事甚だしい。幾ら趣味の良い室内だとて、所詮は庶民には向かない部屋だ。夢の様だと浮かれても、三日が限度で後は落ち着かず戸惑うばかりだろう。

 若しも希望が通るなら、もっと地味でコンパクトな部屋にして欲しい。

「そう言えばお二人が後見する理由を聞いてないのですが?」

 ふと気になり訊ねると、ヴァルクラウトが呆れた様に答えた。

「言っただろう、異世界人は見付け次第保護すると」

「でも元の世界に還す協力をするって事ですし、王子……王太子殿下に後見されなくても良いんじゃ無いですか?」

「殿下だけで良い。…確かに協力をするだけなら、魔術師どもと部屋に籠れば良いのだがな。そうも言えないのが現状だ」

 ハァ、と溜め息を吐き話を続ける。

「其方が召喚されたのは昨日だ。昏々と眠り続けてやっと目覚めた。お陰で其奴(アイヒェ)もずっと責任を感じて泣き続けて、大変だったぞ」

「そ、そんなに?!」

 制服のままだったので、まさか丸一日寝ていたとは思わず、目を白黒させるとヴァルクラウトがふと笑う。

「冗談だ。一晩寝かせて未だ目覚めないと知って、泣き始めた。物の30分もしない内に目覚めたから、然程でも無い」

 金髪碧眼の王子様に間近で微笑まれ、急に恥ずかしくなった沙月に、ヴァルクラウトは「然し」と続けた。

「箝口令を敷いていたにも拘わらず、其方の存在を確認してきた者が居る。はぐらかしたが、何処かで接触を謀るかも知れん」

「箝口令って何故ですか?」

 疑問ばかり言って申し訳無いと思うが、今は判らない事だらけだ、訊ける内に訊いておきたい。そう思って訊ねれば、直ぐに答えが返る。

「異邦人が持つ技術や知識を得ようと、接触を謀る連中だ。保護前提とは言え、保護先が決まっていなければ、後見を申し出て、あわよくば囲い込んでその技術・知識を独占しようと目論んでいる。未だ其方が召喚されたとは発表されていないから、今の内に私なりウィロードなりが後見として立てば、利用される事は少なくなる」

「そんなに利用価値って有るんですか?」

「そうだな、例えば此の世界の上下水道、衛生環境に関しては異邦人の知恵が大いに役立っている」

 そう言ってヴァルクラウトが例に挙げたのが、水洗トイレや浄水システムで、話を聞いて成る程と思った。それと同時に不衛生なトイレで無い事にホッとする。

 先進国随一の最先端トイレの有る日本から来た身としては、水洗トイレが有ると言うだけで助かる。ウォシュレットが有ればと思うが、流石に其れは贅沢だと思う。下手をしたら窓から汚物を投げ捨てる環境だったかも知れないのだ。其れを思えば、水洗万歳、である。

 沙月のくるくる変わる表情を可笑しそうに見てから、ヴァルクラウトは腰を上げた。

「一通り話は済ませた。未だ疑問が有る様なら、また明日聞こう。其方の世話をする侍女を寄越すから、細々した事は彼女に訊くが良い」

「あ、有難うございます。あの、明日って何をするんですか?」

 立ち去ろうとしたヴァルクラウトに、慌てて挨拶をしようと起き上がるが、手で制される。寝たままでも良いらしいが、王太子殿下の目の前で寝ているのは居心地が悪い。

 沙月の問い掛けに気を悪くするでも無く、ヴァルクラウトが答える。

「明日は私も一日空いている。朝から其方の加護の確認、魔力は有るそうだからその属性確認、王宮内と魔術師団、騎士団の案内と、今日のお復習(おさらい)と此の世界の一般常識の説明だな。忙しくなる、早く休めよ」

 畳み掛けるように言うと、返事も待たずに部屋を出てしまった。ポカンとする沙月に、ウィロードが苦笑しつつ此方も退室する事を告げる。

「今、殿下が仰った通り、明日は忙しくなります。昨日の今日で未だ混乱しているでしょう、ゆっくり休んで心を落ち着けて、明日に備えて下さい」

 そのままアイヒェを連れて出ていく。


 部屋に残された沙月は、色々な事が有り過ぎて頭痛がし始めていたが、一つだけ判ったのは、彼等が悪い人間では無さそうだ、と言う事だった。

「忙しいのに様子を見に来たって事よね……」

 ヴァルクラウトの言葉を反芻し、ポツリと呟く。

 明日は一日空いている、と言う事は、今日は違ったと言う事だ。王太子と筆頭魔導師と言う事は、其々に仕事が有り忙しいのでは無いだろうか。そんな中、彼等が責任者だったとは言え沙月が目覚めるのを気にし、状況や今後の説明をしてくれると言うのは、逆に申し訳無くなる。

 今の所、説明を聞いておかしいと思った所は無い。還す努力をして貰えると言うなら、此方も出来るだけ手伝おう。

 そう決心すると、寝て起きたばかりだと言うのに、どっと疲れが感じられた。お腹も空いているし、顔くらいは洗いたい。

 侍女を寄越すと言っていたのだから、その時洗面所や食事の事を訊けば良いか、と沙月はベッドから降りて椅子に座って待つ事にした。



 執務室に戻ると、二時間不在だっただけだと言うのに、既に書類が積まれていた。

 人手不足も甚だしい。

 そう思うが代わりが居ない以上、自分がやるしか無い、とヴァルクラウトは端から仕事を片付ける事にした。

 暫くすると護衛官からウィロードの来訪を伝えられ、入室を許可する。早速現れた彼は、机を見て眉を上げた。

「仕事を残すとはお珍しいですね、殿下。そんなに彼女が気になりましたか?」

「タティアナか。気にならないと言えば嘘だろう。彼女はお前から見てどうだ、ウィル?」

 愛称で呼ぶヴァルクラウトに、ウィロードも口調を少し砕けたものにする。

「…そうだね、意識が無い時は子供なのか大人なのか判らなかったが、話してみれば普通の少女だ。多分成人前、アイヒェと同じか下くらいかな?」

「年齢を訊いた訳では無いのだが……その割には弁が立つな。貴族について尋ねた時は、痛快すぎて噴き出すかと思ったぞ」

 クツクツと笑うヴァルクラウトに、ウィロードも肩を竦める。

「異邦人ですからね。まぁ彼女に失望されないよう、頑張りますか、お互いに」

 そう言って、侍女と食事の手配を済ませたと伝えると、ヴァルクラウトはそう言えばそうだった、と済まなそうにした。

「考えてみれば、昨日からほぼ丸一日飲まず食わずか。嘸かしひもじかったろうに、悪い事をしたな」

「いや、起き抜けで混乱していた様だし、多分空腹に気付くのは落ち着いてからでしょう」

「其れでも、だ。何しろ此方の都合で勝手に呼び寄せて、還りたいなら協力しろとは……」

「然も歪みは関係無い(ヽヽヽヽ)しね」

 ウィロードの言葉に、ヴァルクラウトは憮然として睨む。

「お前が考えた事だろう。還すまでの間、出来るだけ魔力を溜め込ませよう等と……」

「諾としたのは殿下ですよ」

 しれっと指摘するウィロードに、思わず反論する。

「其れも判っている! だから彼女には出来得る限り、便宜を図ろうとしているでは無いか」

「籠の鳥と知られぬ様に、ね」

「ウィロード。言葉が過ぎる」

「申し訳御座いません、殿下」

 表情を固くするヴァルクラウトに、流石に言い過ぎたかと直ぐ様謝罪する。


 彼等が沙月に説明したのは、全て真実では有ったのだが、態と説明しなかった事も有る。其れに因って沙月の誤導(ミスリード)を誘ったのだが、まんまと彼女は引っ掛かった。

 歪みを引き留める為に魔力が必要なのは本当だが、沙月に手伝って貰うまでも無く、実際はウィロード一人でも余裕であった。其れを態々、手伝って欲しいと言ったのは、沙月の魔力を欲したからだ。


 実は沙月が気を失い眠っている間、沙月に魔力が有ると感じたウィロードは、彼女が眠っている間に魔力量を調べていた。意識が有る方が確実だが、ある程度は把握しておきたいと調べたのだが、その結果、沙月に宿る魔力は質、量ともにかなり良いと判った。

 他国の人間と言う可能性も有ったが、歪みが其れを否定し、状況から見て沙月が異邦人だと断定したのはウィロードだ。ヴァルクラウトは其れでも可能性は捨てきれないとしていたが、目覚めた沙月との会話で其れは無いと判断した。

 出た結果を踏まえ、沙月に魔力の提供を求める様に訴えようと考えたのはウィロードであり、許可したのはヴァルクラウトだ。其れには彼女を手元に置く必要があり、自分達が後見すれば其れが理由になる。

 異邦人の後見を申し出る輩は未だ出るだろうが、王太子と筆頭魔導師長が後見人となっていれば、早々手出しはされない筈だ。迂闊に一貴族に後見人を任せて、奪い合いにでもなったらそれこそ沙月が気の毒だ。

 面が割れていないのだから、異世界人と言うのを伏せていても良いのだが――実際、当面は異世界人だと知らせるつもりは無い――そうなると何故傍に置くのか、後見するのかと言う話になる。


「侍女と偽っても明らかに新人では、何時も傍にと言う訳にもいかんしな……いっそ男装でもさせて従僕とでも言うか?」

「それか殿下の伴侶か情人(こいびと)とでも言うかですね」

「は? 幾ら伴侶でも四六時中は無理があるぞ? 大体準成人も済ませていない、然も貴族でもない娘を伴侶と言うのは無理があるだろう!」

「……冗談ですよ?」

 ヴァルクラウトの喰い付きと反論ぶりに、ウィロードが戸惑い引き気味に呟いた。

 其れに気付いたヴァルクラウトは、咳払いをして話題を変える。誤魔化しきれずに耳が赤いのは黙っておくか、とウィロードも考える。

「…兎に角、明日は彼女の魔力の測定と城内の案内と、一般常識の説明と、やらねばならぬ事が目白押しだ。俺は仕事に戻る! …お前も明日は大丈夫だろうな?」

「私は大丈夫ですよ。長老方が居ますからね、代わりは幾らでも」

「そうか。…タティアナの件は其れとして、幸先の良い報告が上がっている。件の魔の森、其処の魔狼の群れが討伐された。群れのボスは魔王種だったそうだ」

 その報せにウィロードが楽しそうに笑った。

「其れはそれは。冒険者ギルド等、置く意味が無いと最後まで反対していた連中は、どう思う事やら」

「何も言えないだろう。反対派筆頭の侯爵家領地に発生した魔獣の討伐だ。此れまで彼の侯爵が、幾ら人員と金銭を注ぎ込んだと思う? 然も最終的に国に泣き付いた挙げ句、騎士団と魔術師団にも多大な被害が出ている。其れも此れも侯爵が見込み違いの適当な事を言ったせいだ」

「おまけに騎士団、魔術師団共に団長命令を無視して、討伐に向かわせる横暴ぶりだ。団長命令に従わなかったのも勿論問題だが、侯爵と言う地位を嵩に命令したと言うのだから話にならない」

 腹に据えかねていたのか、ウィロードの言葉が乱雑だ。気付いたが自分も似たようなものだとヴァルクラウトは苦笑した。


 件の侯爵領に魔獣が頻発して現れると言う報告が有ったのは、もう数年前になる。その頃は侯爵家が自ら乗り出し討伐を行っていたが、年を追う毎に増える魔獣に、とうとう国に泣き付いた。

 其れだけなら未だ良かったが、ウィロードが言う様に、侯爵家の権限を振りかざし未だ討伐隊編成もしない内に、勝手に魔の森へと送り込み、あわや全滅と言う所で遅れて派遣した国の討伐隊に保護され、帰還した経緯がある。

 これには流石に誰も庇う事は出来ず、侯爵家は蟄居の上降爵となり、勝手に討伐隊として出発した一陣は、治療の後退団とした。抵抗は有ったが、団長の命令を無視したのだ、今後もその可能性がある限り信用は出来ないと言われ、辞めていった。

 残されたのは新人と信用の置ける者ばかりだったが、次々沸く様に現れる魔獣に手が回りきらず、漸く反対派が鳴りを潜めたお陰で冒険者ギルドに依頼を発注する事が出来た。

「其れにしても良くあの依頼料で引き受けてくれたものですね」

 やっと落ち着いたのか、言葉遣いを戻して話す。

 ウィロードが言う様に、依頼料は格安だった。コボルト十匹討伐程度の依頼料で、良く魔王種が率いる魔狼の群れを討伐する気になったと逆に感心する。

 依頼料が格安だったのは、予算の都合だ。騎士団と魔術師団を使えば、余計な金は掛からないと散々文句を言われたが、流石に数年に渡る討伐にこれ以上国費は掛けられないと、渋々ギルド用の予算が出された。

 然し相場以下も良い所の依頼を受ける冒険者が居る訳も無く、依頼を出したばかりだと言うのに、半ば凍結依頼扱いになっていた所、引き受けた冒険者が現れあっという間に討伐に至った。

「詳細は書いていないが、高ランクの物好きが居たらしい。竜の行き先は(餅は)竜に任せろ(餅屋)、だな。何にせよ、一つでも心配事が無くなるのは僥倖だ」

 ホッとした表情のヴァルクラウトに、ウィロードも頷く。

「タティアナが、我々の幸運の女神となれば良いのですがね……」

 その言葉に返事は無かった。



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