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01:召喚:新学期は異世界から

 その日、彼女は非常に急いでいた。

 新学期初日、始業式だと言うのにうっかり寝過ごし、遅刻しかけていたからだ。


 ―――いくら何でも、不味い。


 最終学年、今年で高校生活も終わりを告げ、受験一色に染まる年だと言うのに、初っ端からこれでは先が思いやられる。先生に何と怒られる事か。

 必死になって走り、ギリギリ間に合う時間に校門を走り抜けた所で、漸く彼女は走る速度を緩めた。


 良かった、これなら何とか間に合う。


 そう考え掲示板に貼られたクラス分けを確認し、教室に向かう。

 未だ時間が有るからか、教室からは賑やかな声が響く。担任も未だ来ていないのだろう。

 安心して教室の扉を開いた所で、彼女は異変に気付く。


「…え?」


 一歩踏み出した先を中心に、光り輝く円陣が彼女を取り囲む。目を凝らせば見知らぬ文字が文様となってクルクルと回り、彼女を絡め取るかの様に幅を狭めて行った。

 驚きで硬直していた体は、いつの間にか全く動けなくなる。恐らくこの光る円陣のせいだろう。

「な、に、これ?!」

 搾り出す様に出た声が終わる頃、円陣は強く輝いたかと思ったら、急速に光を失い小さくなり、彼女を取り込んだまま影も形も無くなった。


「あれ? 今誰か来なかった?」

 教室では開け放たれた扉を不思議そうに見詰める生徒が居たが、続いて教室に現れた担任の姿に気をとられ―――そのまま忘れてしまった。



「すみません、すみません」

 ふと目が覚めたら見知らぬ場所に横たわり、その脇で必死に泣きながら謝っている少年がいた。

 何だ、これ。と、フラフラする頭を廻らして辺りを見回せば、高い天井に広いベッド。肌触りの良いシーツが、サラサラと心地好い。

 気力を奮い起こして起き上がると、別の場所から声が掛かる。


「其方、言葉は判るか。名は何と言う」


 上から目線の物言いにムッとしたものの、状況も判らないので仕方無く答える。

立花(タチバナ)沙月(サツキ)。…貴方達は?」

「タティアナ・サトゥーキ? ふむ、言葉は判る様だな」

 沙月の質問を無視し、二人の青年が話し合いを始めてしまう。

 置いてきぼりにされた沙月は、内心憤っていたものの、迂闊な発言で相手を怒らせては不味いと思い、大人しくしている事にした。

 名前を間違えられた事に気付いたが、下手に本名を知られても、と思い黙っていたが、明らかに日本人の自分の名前を、タティアナ等と間違えるものだろうか? と疑問に思う。本気であれば随分と豪快な間違いである。


 ベッド脇では沙月に謝り続けていた少年が、泣くのは治まったものの未だぐすぐすと(しゃく)り上げていた。

 体格は沙月よりも大きいし、年上かと思ったが、案外年下かも知れない、と思い直す。

 そしていきなりだが違和感に気付いた。

 彼の髪の色。明るい亜麻色ともミルクティ色ともつかない色は、少なくとも沙月の通っている学校ではお目にかかれない色合いだ。少しお洒落な子は髪を染めたりはしているが、此処まで明るくは無い。精々が栗色程度。

 着ている上着は赤い縁取りの茶色のローブ、としか言い様の無い物。

 不安になって沙月は再度、辺りを見回す。


 高い天井から続く壁は華麗な装飾が施され、柱も白と金に彩られているが、決して派手さや華美さ、況して下品さは感じられない。寧ろ趣味の良さに落ち着きさえ感じられる。

 沙月の寝ていたベッドも、良く見ればこれは天蓋付、と言う奴では無かろうか。レースと天鵞絨(ビロード)のカーテンが重厚さと優美さを与えている。


 そして。


 話し合いが終わったのか、近付いて来る二人の青年。

 幾らボンヤリしていたとは言え、初見で気が付かなかったのは何故だと思う程、二人の姿は普通では無かった。


 先程沙月に名前を尋ねた青年は、金髪碧眼の整った顔立ちの、まるでお伽噺の王子様のようだった。顔だけならば違和感を感じなかっただろうが、問題は彼が腰に佩いた物。どう見ても剣に見える。鞘から柄が見えると言う事は鞘に中身、詰まりは剣が収まっていると言う事だ。

 ぶるり、と体を震わせてもう一人の青年に視線を移せば、更なる違和感に沙月は顔を蒼くした。


 ―――知らない。あんな。

 緑の髪に赤い眸。

 あんな色は、私は知らない―――!


 沙月の内心の混乱(パニック)を余所に、緑髪の青年が話し掛けた。

「お嬢さん、タティアナと言ったかい? 突然の事で驚いているだろうが、話をしても大丈夫かい?」

 優しくゆっくりと青年が話す。

 言われて沙月は、自分が震えていた事に気付く。

 怯えていた様に見えたのだろうか? と思った沙月だが、実際は違う。

 実は彼等は沙月の年齢を計り兼ねていたのだ。

 童顔で148㎝と背の低い沙月だが、所謂トランジスターグラマーに近く、スタイルがかなり良かった。出る所は出て、引っ込むべき所は引っ込む、女性らしい体つきだったのだが、如何せん童顔。そして低い背。戸惑うのも仕方が無い。

 何故そんな事が判ったかと言えば、気を失っていた沙月をベッドに寝かせる為、抱き上げた。その時に気が付いた、と言う訳だ。


「先ず自己紹介から始めよう。私はこの国の筆頭魔導師長、ウィロード・ヴァイデ。ウィロードと呼んでくれて構わない。サリクス伯爵家の当主でもある。今回の召喚事故の責任者の一人として、タティアナ……それともサトゥーキと家名で呼んだ方が良いかな?」

「…タティアナで良いです……」

 伯爵家の当主と言った彼に、どんな態度を取れば良いのかまごつき、小さな声で返事をする。

 ウィロードとしては家名のつもりだろうが、沙月にしてみればそちらの方が名前に近い。家名と言うならタティアナで良い。それにウィロードは自分から名前で呼んで良いと言ったのだ、実際は違うとは言え、沙月も名前で呼んで良いと言うべきだろう。

 沙月の返事に頷き、ウィロードは話を続けた。



 沙月は少し変わっている、と言われている。大人しい文学少女と思われているが、近しい友人からは、理系脳の枯れ女、と評価されている。

 実際彼女の得意科目は数学や物理で、進学先も理系の大学と決めている。とは言え読書好きも本当なので、文系の成績も良い。単に文系よりも理系の方がより得意と言う話であった。


 変わっている、と言われる理由は、彼女が幼い頃から両親に連れられ海外を飛び回って居た為だろう。

 自分よりも年上の少年少女や大人達に揉まれた沙月は、小学校に入学する為に祖父母の元に行く頃には、同年齢の日本人の子供に比べ、しっかり逞しく育てられていた。

 そんな沙月が同年齢だと言うのに、考え方が全く違う子供達と馴染める筈もなく、独りでひっそりと読書する事が多くなった。虐めを心配した――実際、沙月が気にしなかっただけで、虐めは有った。異質なものを排除しようとするのは、大人も子供も同じで、子供の方がより無邪気で残酷かも知れない――教諭陣から、無理矢理図書室から追い出され、他の子等と一緒に居るのは苦痛でしか無く、沙月は一計を案じた。

 取り敢えず話を合わせ、取り敢えず一緒に遊び、取り敢えず、取り敢えずと少しずつ沙月を理解してくれる友人を増やし―――結果、大人しい文学少女、の称号を得た。


 一度子供の輪に入れば、ある程度の付き合いさえ有れば引っ込んで本を読んでいてもどうと言う事も無い。何しろ沙月は『大人しい文学少女』なのだから。

 その流れで小学校、中学校と進学していく内に沙月も成長した。背ではなく、中身だ。限られた友人以外とも、当たらず障らず自然に付き合えるようになった。

 幼い頃の海外生活の影響か、作者の心情を読み解く国語より、数式を覚える数学の方が得意な沙月が、他人の心の機微を察する等と言う高等技術を発揮するのは容易な事では無く、そのせいで小学生の頃は苦労した。そんな彼女が人付き合いを覚えたのは、両親や腐れ縁達から見れば、かなりの成長であった。


 そんな沙月だから、突然の出来事にも慌てず騒がず、状況を確認しようと大人しくしていたのは、当然の事なのだが、ウィロード側からすれば、弱々しく怯えているようにしか見えない。

 どう説明しようか迷いつつも、順を追って話そうと説明を始める。



「此処は護大樹王国(セフィーラス)、王都マルクートに有る、王立魔術師団の一室だ。聞いた事は有るかな?」

「セ…フィロト? マルクト?」

 其れはカバラに表される生命の樹の事では無かったろうか。何故いきなりそんな話が出るのか、それより魔導師って何だ、と首を傾げる。

「セフィーラスとマルクートだ。…聞いた事は無さそうだね?」

 確認して頷くウィロードは、違う質問をする。

「では東大陸(エスタニア)と言う呼び名は? 判らなければ西大陸(ヘスペリア)でも良い。何か聞き覚えは無いだろうか?」

「いいえ、あの! 先刻言ってましたよね? 召喚事故の責任者の一人って。だから、一体何なんですか?」

 沙月はウィロードの質問に短く答えると、自分から質問した。

 名前の確認の前、この男は確かに『事故の責任者』と言った。では沙月がこの場に居るのは、目の前の男のせいなのか。原因を説明すると言ったのに、地名の確認を優先するのはおかしい。

 はっきりしない説明に苛々しかけると、金髪の青年が割って入った。

「良い、ウィロード。其方の説明では日が暮れる。こういう場合ははっきり伝えた方が良い」

 そう言うと金髪の青年は改めて自己紹介をした。

「遅くなったが、私の名はヴァルクラウト・フォルスト=アルボレアス。シルワ侯爵にして、この国の王太子でもある。其方の後見を其処のウィロード共々する事となった」

「王、太子……様?」

 ポカンとする沙月に、ヴァルクラウトは鷹揚に頷く。

「タティアナ、其方は我が国の魔術師達が行った召喚魔法に、誤って召喚されたのだ。この世界の二つの大陸に聞き覚えが全く無いと言うのであれば、其方は恐らくこの世界ではない、何処か別の世界から喚ばれた異世界人だろう」

 は? と言えるなら言いたかった沙月だが、冗談では無いらしい。

 情報の荒唐無稽さに頭痛がし始め、沙月は畏れ多いですが、と断って再びベッドに横になった。

 ヴァルクラウトもこの状況下では無理も無い、と枕元に椅子を寄せて説明を続けた。


 ヴァルクラウトの説明に因れば、沙月は魔術師団の召喚魔法に因って現れたと言う。

 召喚魔法の元々の目的は、精霊の召喚であり、決して異世界から人間を呼び寄せる物では無かったそうだ。

 精霊の召喚は、何故か悉く失敗を続け、筆頭魔導師長であるウィロードでさえも失敗した。然し本来精霊の召喚は普通に行えた事であり、そもそもウィロードが失敗するのは有り得ない事なのだ。

 ただ失敗と言っても全く結果が無かったと言う訳では無い。

 精霊の代わりに召喚されたのは幻獣と呼ばれる存在で、彼等にも強大と言って良い能力が有った。だから幾人かの魔術師は幻獣と契約を結び、主従の関係となったりもしたのだが、あくまでも本来の目的は精霊の召喚と契約。

 幻獣はその力を使う時、主人の魔力を糧とする為、術の執行中は魔力を吸い取られ続ける。場合によっては共倒れにもなり兼ねない。

 精霊の場合も魔力は必要だが、吸い取られ続けると言う事は無い。あくまでも呼び出した時、その目的に応じて魔力を欲されるだけだ。時として魔力を必要としない場合もある。


 其れを考えれば契約する対象は精霊の方が良い。だが肝心の精霊が召喚出来ない。


 何らかの力が働いていると考えたヴァルクラウト達は、上位の魔術師だけで無く、下位の者にも召喚魔法を試させ、今回初めて見習い魔術師であるアイヒェ――泣き続けて謝っていた少年――が召喚する事に成功した。

 ただ、呼び出した精霊の儚さに契約する事は断念し、改めてもう一度、と魔法陣を作り直した所、突然の嵐に見舞われ、避難をしている所で沙月が光り輝く魔法陣の中に現れたと言う。


 説明を聞いて沙月が思ったのは、教室に突然現れた光る円陣。あれが彼らの言う魔法陣ならば、話の辻褄は合う。

 突然異世界だの魔法だのと言われてもピンと来ないが、筋道立てて説明されれば厭でも理解する。

 誤って召喚されたと言うのは本当だろう。説明にあった新しく作り直した魔法陣。其れが怪しいと指摘すれば、その通りだと言われる。

「焦りか未熟だったか、術式を間違える等、有ってはならないが、そのせいで其方は我々の国に召喚された。謝罪してもしきれぬだろうが、済まぬ」

 ヴァルクラウトの言葉にウィロードとアイヒェも頭を下げる。


 貴族だと言った彼等が、簡単に頭を下げるのに驚いたが、室内には沙月以外はこの三人しか居ない。余計な人間が居ないから、こんな行動に出られたのだな、と沙月は思い、其れだけこの事故が彼等にとって重要な事だと理解した。


「君を見た時、最初は人形(ヒトガタ)の幻獣かと思ったのだよ。若しくは他国の人間を呼び寄せてしまったのかと」

「精霊かも知れないと思わなかったのは何故ですか?」

「体重が有ったからね……いや、君が重いとか言う話では無くてね、精霊に重量は無いからだよ」

 ウィロードの言葉に疑問を投げると、大変失礼な話―――になりかけたが、誤解と判り沙月は手にしかけた枕を元に戻す。また失礼な事を言い出したら、遠慮無く投げつけよう。

 他国の人間では無く、異世界人である可能性を考えたのは、沙月の服装だと言う。学校指定の制服はこの世界では余り見掛けない組み合わせなのだそうだ。

 短いスカート丈も有るには有るが、幼い子供か酒場の女給や冒険者、足捌きの良さを求められる職業の人間が着るもので、その場合も多くは足に別の下穿きを穿いている。沙月の様に生足は珍しく、足を見せるのは娼婦に見られかねない、と娼婦云々については説明を控えた。そして短い丈はカジュアルなものなので、上着は身に着けない。

 上着を着る場合はロング丈のスカートと相場は決まっていて、かっちりとした上着と、これまたかっちりとした生地と縫製だが短いスカート丈の組み合わせは、本来有り得ないのだと説明された。

 それでも流行と言うのは、特に女性の服飾の流行は男性には判り辛いもので、今はコレが流行の先端だと言われれば、他国ではコレが流行かと信じるしかない。だから先程の説明で、沙月が大陸の名前に戸惑っているのを見て漸く異世界人だと確信した。

 どんなに学が無かろうが、自分の住む国の名前は知っているし、二つの大陸の名前は子供でも知っている。其れを知らないとなれば、どんな阿呆かと言う話なのだが、沙月との会話は知性を感じるものだ。学が無い筈が無い。それなのに当然知って然るべき事を知らないと言う事は、その知識が必要無かった、または存在しない場所だった、と言う事になる。


「ふむ、本当に異世界の者らしいな……。普通であれば貴族や王族に、その様に不躾な態度は取れぬものだが……タティアナの世界には貴族は居らぬのか?」

 興味深そうに訊ねるヴァルクラウトに、どう返事をしたものかと迷う。

 初め上から目線だったのは当たり前だ、王子様――王太子と言う事は、彼が時期国王となる――が下手に出てどうする。今はかなり気楽に話しているが、本来なら有り得ない筈だ。

 絶対王制らしき国の人間に、共和制やら象徴天皇制等、説明出来るだろうか。

 少し考えて、沙月は思うまま答える事にした。先手必勝、此方の立場が上の内に――向こうが謝るなら、沙月の方が今は立場が上だ。然しこの先、王子様やら伯爵様がいつ何時(なんどき)、権力を嵩に立場を逆転させるか判らない――言いたい事は言う事にした。

「私の国には居ませんね。何せ貴族制は、前時代的な古めかしい因習だと思われていますし、外国でも王制を敷いて居るのは少なくなりつつ有ります。だからと言って身分なんか関係無い、と言う気は無いですけど、結局そう言うのには疎いので、無意識に失礼な態度はとると思います」

「成る程、忌憚無い意見だ。其れならば予め伝えておく。其方の態度は無礼で不届き千万、罰されても可笑しくはない。私達しか居ない場合は許すが、他人が居る時は大人しくしておけ」

「何故ですか。確かに私の態度が不味いと言うのは判りますけど、別にずっと居る訳で無し、早く元の世界に戻してくれれば良い話なんじゃ無いですか?」

 召喚出来るなら送還するのも容易い筈だ。

 沙月の言葉に、全員が顔を歪ませた。

 それに沙月は嫌な予感と、彼等が説明していたにも関わらず、説明しきれていない幾つかの事を思い出した。


 泣いて謝っていたアイヒェ。

 召喚事故の責任者と言ったウィロード。

 何より、後見をする事になったと言うヴァルクラウト。


 泣いて、謝ったのは。

 事故の、責任をとるのは。

 後見が、必要になる理由。

 其れは―――?


 ドクンと心臓が音を立てる。


「今直ぐ君を還す事は出来ないんだ、お嬢さん」


 ウィロードの言葉がグルグルと頭の中を駆け巡った。



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