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12:洞窟:隠者の住処に白い豹

 新しい調合による石鹸作りは、成功だった。オレンジの香りのする石鹸は、置き香としても使えると好評で、然も沙月の店でしか売っていない。

 多少高価――其れでも従来の物と比べれば破格である――でも欲しいと注文待ちの状態であった。


 此処で普通なら注文を捌き切れずに泣く羽目になるのだが、其処は魔法が当たり前に有る世界。そうはならなかった。


 完成したレシピを魔法陣に組み込み、道具にセットして呪文を唱える。すると、自動的に道具が動き始め、蒸留器は橙花油と橙花水を、すり鉢その他は石鹸を作り始める。

 用意した材料が無くなるまで続けられる自動運転(オートマ)なので、必要なのは材料、道具、魔法陣と魔力だ。その魔力も魔石で代用出来る。

 自動化された作業のお陰で、新しいレシピの研究や調合、ギルドの依頼を受ける事も出来る様になった。


 倉庫(ストレージ)道具袋(アイテムボックス)を確認し、必要な材料をピックアップする。

 暫く冒険に出ていなかったので、材料が足りない。

 オレンジの花はそろそろ摘めなくなるので、今度は実から精油を取り出す事になる。そうするとまたレシピが変わるだろうから、調整に時間が掛かって面倒だな、と思いつつ口元が綻んでいるのに気付いた。

 面倒だと思っているのに笑っていると言う事は、其れすらも楽しんでいると言う事だ。鬱々と作業をするよりはずっと良い。


 パタンと倉庫の扉を閉め、出掛ける準備をする。朝早くから冒険に行く為の準備をして、工房に置く商品の補充の用意もした。お陰で今日は時間もあるし、出来れば珍しい素材を手に入れたい。

 元の素材、原料の品質が良ければ、出来上がるものも品質の良いものになる率が高い。

「今日はグウィンさん居るかなぁ……?」

 ここ数回、ラウルスと冒険に出ていたが、経験の差なのか安心感が違う。ラウルスと一緒だと敵との遭遇率も高いし、説明もあやふやな時がある。

「亀の甲より年の功って言うしね」

 頷きながらもう一度振り返る。


 工房に備えられた設備の中で、最近頻繁に使っているのは倉庫である。初めから使っては居たのだが、つい先日初めて工房を訪れたグウィンが倉庫を見て、「改造しないのか?」と訊いてきた。

「改造? どうやって……って言うか何で?」

「単なる物置だろう? コレは。道具袋同様、亜空間収納にしない、のか?」

 ぱちくり。と目を丸くした。


 グウィンに言わせれば、折角倉庫があるのに亜空間収納にしないのは、宝の持ち腐れだそうだ。

 道具袋同様、指定した物を倉庫に出来ると言われ、其れは便利だと早速実行した。

 どうやったら良いのかとグウィンに訊いたが、「自分で考えろ」と言われて、かっとなった。

 確かに甘え過ぎていたかも知れないが、突き放す様な言い方に、ムキになって調合書や魔法書を片端から調べたのだ。

 グウィンは続けて「ちまなら出来る」と言ったのだが、頭に血が上った沙月には聞こえていない。クツクツ笑いながら、グウィンは沙月を見守っていた。


 倉庫が作れたのは翌日だったが、その頃には沙月の頭も冷えたし、それ以上に倉庫の便利さが嬉しかった。

 道具袋と違う点は、直接出入り出来て複数の荷物を一度に持てる事だろうか。後は容量。

 今は元々の倉庫の持つ容量分しか入らないが、道具袋同様沙月の魔力が増えれば、それこそ無限収納になるらしい。

 倉庫の一番の利点は、在庫管理(インベントリー)能力だろう。扉に付いた目録で、何が何処に有るか一目で判る。そして見た目は変わらないが、倉庫の中は亜空間だ。中に入れた物はその時点で時間が止まる。品質管理が楽で良い。

 ただ発酵や熟成は出来ないので、そういった事が必要な物に関しては、別途地下室が有るので其処に保管する事にした。必要に応じて倉庫に移すのだ。



 冒険者ギルドに着いて真っ先に探すのは白い巨体、とパターンが決まってきた。その次に獣耳付きの赤い髪だ。

 朝早いと冒険者でごった返すギルドの中だが、今日は入って直ぐに白い色が目に飛び込んだ。忙しさが落ち着いた時間帯に、丁度当たったらしい。

「グウィンさ……」

 小走りに近寄った所で、グウィンが一人で無い事に気が付いた。グウィンの様子も何時もと違う。


 沙月の知るグウィンは、何時だって眠そうなボンヤリとした昼行灯の様な男だ。冒険の最中でさえ其れが崩れるのは見た事が無い。その分沙月の様な初心者冒険者でも話し掛けやすい雰囲気なのだが。


 そんなグウィンが明らかに不機嫌な様子で、手紙らしきものを読んでいる。何時もの緩い雰囲気は無く、声を掛け辛い。

 だが沙月が一番気になったのは、グウィンの隣で微笑んでいる美女だ。遠目から見ても判る傾国級の美女が、グウィンの隣に寄り添い微笑んでいる。

 チラチラと二人の様子を窺う冒険者の目を気にする事無く寄り添う二人の姿に、沙月の中で何らかの感情が動く。


 この感情を何と呼んで良いのか、沙月は知らない。

 胸が痛い様な気もするし、寂しい様な苛立つ様な? 不思議な感情に戸惑う。


 声を掛け倦ねて立ち止まった沙月を、フイと顔を上げたグウィンが気が付く。その途端に雰囲気が一変し、何時ものグウィンに戻る。

「あらん?」

 その変化に美女が愉しそうに笑い、グウィンを見上げた。

「朱帝……。伝言を、頼む」

 ボソリと低く呟いた内容は聞こえなかったが、美女は肩を竦めて頷いて……そのまま、消えた。


 謎の美女が突然消えた事でギルド内が騒然となる。沙月もポカンと口を開けて固まっていたが、グウィンが目の前に来て我に返る。

ちま(沙月)。同行、か?」

「あ、はい。す、水晶石が欲しいんですけど、丁度良い依頼って判りますか? それと今の女の人は?」

 グウィンに問われ、素直に目的を話すが、素直過ぎてうっかり訊かなくても良い事を言ってしまい、慌てて口を押さえる。

 詮索していると思われたらどうしよう、と思った所で、何故そう思われたら困ると思うのかに気が付いた。別に何を訊いても彼は答えてくれるし、今までも彼是訊いていた。なのに何故? と困惑する。

 沙月の戸惑いに気付いているのかいないのか、グウィンが沙月の頭を撫でながら答える。

「今のはハハの契約神獣だ。愚痴と惚気の手紙を持って来ただけ、気にするな。水晶石なら河原か洞窟、だな。割りが良いのは洞窟だが……どうする?」

「珍しい素材も欲しいので、洞窟で」

 沙月の返事にグウィンが頷き、二人で掲示板を見に行く。訊きたい事は山程有ったが、気にするな、と言われた手前それ以上訊くのは躊躇われた。何より彼の美女が『契約獣』と聞いて、胸の痞えが取れた。


 あんなに人間そっくりの使役獣が居るのか、と別の興味が湧いたが其れはまた次の機会に聞こうと思う。


 丁度良いのはこれだな、と狩猟の依頼を見つけ、受付に渡す。

クラウス窟(隠者の住処)の蝙蝠ですね。羽根と牙、各々が精算の対象となります。一体丸ごと、美品なら高値が付きますので宜しければ是非、挑戦して下さいね」

 にっこりとミモザがギルドカードを渡しながら言う。

 会釈してからグウィンの後を追い、もう一つ気になって居た事を訊ねる。

「ラウルスは?」

わんこ(ラウルス)なら別の依頼で出掛けている。…気になる、か?」

「いえ、グウィンさんの傍に居ないのは珍しいなと思って」

「俺が迷宮に隠っている間に受けた依頼らしい。擦れ違い、ってヤツだ」

 多分グウィンに置いていかれたか、迷宮のレベルが違い過ぎて泣く泣く諦めたかして別の依頼を受けたと言う事だろう。


 グウィンを尊敬しているラウルスは、沙月と居ると高確率でグウィンと活動出来るが、依頼のレベルが低いので実入りは悪い。だから折を見ては自分のランクに見合う依頼も受けているので、今回は本当に間が悪かったと言う事だ。戻って来たらさぞ悔しがる事だろう。

「…グウィンさんてラウルスの事は扱いが悪い割に突き放しませんね?」

「……わんこは可愛いからな。犬に懐かれて悪い気は、しない。ちまの世界では何て言うんだったか……可愛いは正義、か?」

 首を傾げながら言うグウィンに、沙月は躓きそうになった。

 彼はチョイチョイ義理の母親から聞いたのか、妙な知識を披露する。

 多分、不慣れな異世界で苦労していると思っているのだろう。慰めているのか、和ませているのか、今一つ狙いが判らないが、脱力するのは確かだ。

 そうこうしている内に、何時の間にか外門に着き、外に出た。

 初めての場所だが、道はグウィンが知っている。冒険に慣れる為に先頭を歩くのは沙月だが、道を間違えそうな時はその都度グウィンから待ったが掛かる。安心の道案内役である。



 クラウス窟はギリギリ日帰りで行ける場所だ。ピルツの森を抜けたボゥリス川の上流に有る。

 行きがてら川原で水晶石の欠片を拾い、休憩を挟み洞窟に辿り着いたのは、昼前の事だった。

 初めての洞窟、と言う事でグウィンから幾つか注意を受ける。


「先ず。洞窟内は暗い。灯火(ライト)の呪文は使えるか? 出来なければ松明が必需品となるが、其れだけで道具袋の枠が潰される。潰したくなければ別の袋を用意する事だ」

 沙月の道具袋は初め4枠だったが、今は6枠に増えている。一枠辺りの最大数は以前のままなので、単純に魔力量が上がったと言う事だろう。だが6枠では少な過ぎる。せめて既製品の十枠は欲しい所だ。

 グウィンの言葉に沙月は頷いた。灯火の呪文は真っ先に覚えるべき基本の魔法だ。当然ウィロードから教わった。その他にも、乾燥の魔法や浄化の魔法等、日々の生活で使用する頻度の高い魔法は習得済みである。


 因みに浄化の魔法――ほぼ全ての魔法に言える事だが――はレベルと属性によって使い分けが出来る。水を清水に変える事から、穢れた土地や生き物を元の姿に戻す事まで、使用する者の魔力次第である。


 沙月が頷いたのを見て、グウィンは次に懐から球体を取り出す。

 初めて見る其れ(ヽヽ)を興味津々で見詰めていると、説明が入る。

「此れは離脱符だ。迷宮やら何やらの奥深くから瞬時に指定場所に戻してくれる。…緊急脱出用、か?」

 ペタリ、と球体に貼り付いていた紙片を洞窟の入口に貼ると、球体が淡く光る。

「こうして離脱符を貼り付けておけば、どんなに深く潜ったとしても、此の球を足元に投げて壊せば瞬時に地上に戻してくれる。…念の為だ、お前、持っとけ」

「え? わぁ?!」

 ポイと投げられ、慌てて受け取る。そんなに大きくはないので邪魔ではないが、大事な物なら何処に仕舞おうかと悩む。だがグウィンの扱いの雑さから考えて、そう簡単に壊れたりはしないのだろう、と思い直し肩から提げた普通の鞄に仕舞う。


 何回か冒険に出て判ったのは、道具袋の便利さと不便さ、だった。確かに小さな袋にどんなに大きい物でも仕舞えて、時間も止められるので腐ったり劣化したりしないのは良いが、決められた数量以上入れられないのは不便極まりない。

 なので今は必ず予備の鞄を持ち歩く様にしている。大きめで肩から提げられるショルダータイプだが、有るだけで全然違う。何種類入れようが関係無いし、パンパンに膨らむまで入れても問題無い。

 グウィンの様に256×256等と言う容量なら不便は無いだろうが、沙月は6種類。お金が有れば、道具袋を複数持つのも可能だが、生憎とそんな余裕は無い。市販品は意外と高いのだ。道々薬草を摘んだり石を拾ったり、と素材となる物を入れれば直ぐに一杯になってしまう。

 普通の鞄は沢山は入らないが、その分種類に気を使う事は無い。何十種類でも、鞄に詰め込めるだけ詰め込めればオッケーだ。


 準備も整い洞窟に入る。入り口近辺は明るいがほんの少し離れると直ぐに暗くなり、明かりが必要となる。

「『灯火』」

 グウィンが呪文を唱えると、淡い光が灯った。沙月の魔法よりも明るい光に、グウィンの魔力の強さが窺える。

 洞窟内が明るく照らされて、道が判り易くなる。細いゴツゴツとした道を暫く行くと、やがて広い空間に出た。周囲を見渡して沙月は思わず声を上げる。

「うわぁ、凄い……!」

 鍾乳石が天井から下がり、ツルリとした岩が其処彼処に転がっている。何処かに地下河川が有るのか、水の流れる音。

 見回せば、壁一面がキラキラと光っていた。

 雲母か水晶か。単に滴る水が光を反射しているだけ、と言う可能性も有るが、目の前に広がる光景は何とも幻想的だった。

「ちま、見蕩れるのも良いが、目的を忘れるな」

 呆れた様に声を掛けるグウィンを慌てて追い掛ける。

「急がなくて良い。足を滑らせ……ッ!」

「ひゃぁっ!?」

 滑り易い場所なのを忘れて駆け寄ろうとした為、沙月が足を滑らせた。

 ツルリと滑ってそのまま地面に腰か背中か、下手をしたら頭を打ち付ける、と何とか回避しようと腕を動かす沙月に、グウィンが手を延ばす。

 グイ、と腕を掴まれ下に向かっていた体が引き上げられる。突然の出来事に沙月が目を白黒させていると、ポスン、と頬に何か――グウィンの胸板――が当たる。そしてそのままグルリと視界が反転し、気付けばグウィンの肩に担ぎ上げられていた。

「グッ、グウィンさんっ?!」

 いきなりの事に驚いたが、自分の不注意でもあったので強く抗議出来ない。腹の下で肩が揺れて、笑われていると気付く。

「急ぐなと言ったろう。…子供(ガキ)か」

「~~っ! ちっさいからって子供扱いしないでっ!!」

「あー、そうかそうか。ちまは大人オトナ」

 ポカポカ背中を殴るがびくともせず、スタスタとグウィンは笑いながら歩く。

 余裕が有り過ぎる、と無駄な抵抗を止めて大人しく担がれたままでいると、暫くしてから肩から下ろされた。岩場を抜けて、砂利道になったらしい。

「…不注意でごめんなさい」

 下ろされた頃には頭も冷えた。担がれた事は兎も角として、足を滑らせたのは完全に沙月の不注意だ。だから素直に謝ると、グウィンに頬を抓まれた。

「こう言う時は先ず、有り難う、だ。…俺も注意が足りなかった。お相子、にしておくか」

 頬を抓られてから何時もの様に頭を撫でられる。完全に子供扱いだが、グウィンから見れば沙月は子供なんだな、と甘んじて受ける。

 少しばかり拗ねた沙月に気付かないのか、さて、とグウィンが呟く。

「此処でもちまの欲しい物は採れるが、どうする? この先の難所を抜けると、また広間が有った筈だが……おかしい。蝙蝠が、居ない」

「居ない? 棲み処じゃ無いんじゃ無いですか?」

「其れか、外に餌を捕りに行っているか、としても一匹も居ないのは、おかしい」

 此処まで至る行程で、普通ならば何匹か見掛ける筈の生き物が見当たらない事に、グウィンは眉を顰めた。索敵をしても小動物等、弱い生き物の反応は有るが手強い敵の反応は見付からない。危険は無いが、逆に不安になる。

 然し依頼を達成させる為には蝙蝠が必要だ。先に進んで探す事にした。


 やや暫くグウィンの先導で奥に進むと、狭い通路を抜けた先に再び広い空間に出た。先程の場所よりもかなり広く、奥の方は上から光が射している。どうやら地上に繋がる穴があるらしい。

 今度は沙月でも判る、生き物の気配がした。ザワザワと蝙蝠が蠢いている。

「ちま、見てろ?」

 遥か上にある天井にぶら下がる蝙蝠を、どう捕まえれば良いのか考えていると先にグウィンが行動に出た。

 位置を確認してからマントを脱いで地面に広げると、真上に向かって魔法を放つ。パン、と甲高い音が天井近くで響き、反響が谺する。

「えっ?」

 言われるまま黙って様子を見ていた沙月は、目の前でボトボトと落ちる蝙蝠に目を丸くした。

 グウィンはマントの四隅を掴んで袋状にすると、手早く纏めて用意した袋に詰め込み口を閉じると、沙月に渡した。

「今のは空気を振動させて蝙蝠の聴覚を狂わせる、風魔法の応用だ。本来は音は聴こえない筈なんだが、こう言う閉所だと反響して音が出る」

 成る程、超音波かと納得する。

「落ちたらすかさず袋に入れて、シめろ。落ちた位じゃ死なないからな? 魔法でも物理でも、一瞬で仕留めてやれ」

「うぇえええ?」

羽兎(ハト)で慣れたろう? 似た様なもんだ。殺したくないとか抜かすなら、狩猟と討伐は受けるな」

「あう、はい……」

 全くの正論に返す言葉も無く、沙月は受け取った袋の中身――蝙蝠――をどうしようかと考えた。

 生きたままでは道具袋に入らないし、肩掛け鞄では途中で暴れられても困る。グウィンの言う通り、さっさと仕留めれば良いのは判るが、出来れば苦痛等与えない様にしたい。

 散々考えた末、凍らせてみた。溶けた後、息を吹き返すかも知れないが、道具袋には無事入れられたので良しとする。生き物ではないと判定されたらしい。

 ホッとした所で、次は沙月の目的の水晶石の採取である。


 水晶石は回復薬や橙花油等を入れる瓶の原料となる。幾ら有っても困る事は無いので、出来るだけ多く手に入れたい。

 以前、冒険の最中に回復薬を作った事が有ったが、その時は薬草と石で瓶入りの回復薬が作れた。その後、工房で落ち着いて作ろうとした時に気付いたのだが、グウィンの教えてくれた呪文と魔法書に載っている呪文が微妙に違う。何故だろうと調べてみれば、基本は薬草のみで、瓶には後から入れるのだと知った。グウィンの教えてくれた呪文は複合魔法で、主に冒険者や旅人が緊急時に必要となった時に使う物らしい。

 とは言え使用者の魔法レベルが高ければ、其れなりに品質の良い物が出来るので、結構良く使われる魔法ではある。

 沙月は自分が初心者である自覚が有ったので、そう言う事なら、と冒険中に必要以上に回復薬を作るのは止めた。工房で腰を据えて別々に作れば、高品質の物が各々作れるのだ、その方が効率が良い。


 面白い事に硝子瓶の形は一定では無い。歪な物から可愛らしい物、如何にも薬瓶と言った形から香水瓶まで様々で有り、其れ等は材料となる石の種類と品質で変わると知った。

 今沙月が欲しいのは、橙花油と橙花水を入れる瓶の材料だ。

 どうせ一瓶辺りに入れる量はたかが知れている。購買層も女性と目標を絞っているので、出来れば可愛らしい瓶。華奢で繊細な瓶に橙花油を入れれば売れるだろう。品質保持の為にも良い材料で作りたい。


 グウィンにもそう伝えると、ならば、と先程見掛けた光の差す辺りに連れて行かれた。少し高台になっていて、其処をグウィンはヒョイヒョイと軽く跳んで上がってしまう。

 グウィンの真似は出来ないので、攀じ登ろうと岩に手を掛けると、目の前にロープが垂らされた。見上げるとグウィンが端を持っている。

「身体に結んで端を持て。…其処を輪にして、通す……良し、良い子だ」

 言われるままにグルリと腰にロープを回し、外れない様にするとグイと引き上げられる。

「ありがとうございます」

「ん。次、もう少し登り易い場所で、練習、な?」

 グウィンの言葉に頷く。


 何時かは自力で何でも出来る様にしないと、と頭では判っている。だが改めてグウィンが、沙月から手を放そうとしているのを感じると、少し寂しい。尤も彼が手を放す前に、帰還出来るかも知れないが。


 そう考えて、沙月は内心で苦笑する。


 帰りたいのは山々だが、此方の世界に慣れてきたせいか、随分と絆された気がする。いや、気がするどころか多分完全に絆された。


 帰還出来ない場合なんか考えなければ良かった、と今更ながらに思う。ヴァルクラウト達と話し合った時は、其れ――自活できる様にする事――が最善だと思ったが、こうして離れ難いと思う様になるとは思わなかったからこその発想だ。

 いざ元の世界に帰れますよ、と言われて何の蟠りも無く帰れるだろうか。帰る事に躊躇いは無いが、多分去り難くは思う筈だ。


 ふと、ヴァルクラウト達の事を思う。

 始め。異世界召喚等と言う訳の判らない事に巻き込まれ、周囲全てを胡散臭い敵と見做した。魔法の事も半信半疑で有ったが、だからこそ、名前を訊ねられ聞き違いか、タティアナと勘違いされても訂正はしなかった。

 魔法を勉強するに当たり、『真実の名』が彼等にとっては重要だと認識し、其れならばギリギリ迄は本当は『沙月』だと明かすのは止めようと思ったのは防衛本能以外の何物でも無い。

 だが現在(いま)は、必要以上に警戒していた、と後悔している。素直に直ぐに訂正していれば良かった。今更名前が違うとは言い辛い。


 そんな事を倩々と考えながら水晶を掘り出す。掘ると言っても鶴嘴では無く、鑿と槌で、だ。コツコツと丁寧に取り出せば、結構大きな塊で手に入る。

 グウィンは、とチラリと見れば何時もの通り寝て―――は居なかった。


 珍しく天井を見上げて何かを警戒している。蝙蝠では無いらしい。

「…奴等か。だから蝙蝠が少なかったんだな……」

 ポツリと呟き、徐にマントを脱ぐと沙月の頭から被せる。

「ちま。チョイと厄介な魔物がいる。片付けるまで大人しく、してろ!」

「えっ? グ、グウィンさんッ!?」

 言うなり跳んだグウィンに、沙月は目を瞠る。

 初めてと言って良いグウィンの動きに、目がついていかないが、固唾を飲んで見守り、そして不意に気付く。彼が魔獣(ヽヽ)ではなく魔物(ヽヽ)と言った事に。

「魔物と魔獣は別物……?」

 沙月が呟いた時、天井近くで戦闘が始まった。




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