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00:序章:始まりの前

 とある王国の一室にて、或る魔法の実験が行われていた。

 立会にはその国の王太子、筆頭魔導師も加わり、ただの実験だと聞かされていた参加者達――未だ見習いの少年少女達――は、緊張しながらも次々と呪文を唱えていた。


 幾人か失敗や成功を繰り返し、やがて一人の少年の魔法が発動するや、講師役の魔導師が興奮して叫んだ。

「成功だ……!」

 その言葉に後ろで見守っていた立会人の二人が前に出て、結果を見届ける。

 ポカンとした少年の前には、召喚の魔法陣の中央に、うっすら浮かぶ弱々しい風情の精霊が居た。


 成功はしたものの、余りに儚げなその精霊をそのままにする訳にも行かず、契約はせずに少しの願い事と引き換えに、精霊の元居た場所に還って貰った。

 願い事は何と言う事も無い、次に行う実験も成功する様に、出来る範囲で幸運値を上げて貰うと言う物だった。


 少しの休憩時間を挟み、再び実験が再開された。先程よりも大きな魔法陣と、其れに見合った新たな呪文。

 呪文を紡げば、キラキラと淡く輝く魔法陣。

 大勢が見守る中、少年が呪文を唱え終われば魔法が発動する。

「成功するか?」

「判りません。ただ、彼だけが精霊を召喚出来たのは間違い無いですから、可能性は有ります」

「なら良いが。問題は召喚に必要な魔力が保つか、だな」

 ひっそりと二人の青年が話し合う中、とうとう魔法が完成したらしい。魔法陣の光が強くなる。

 期待を胸に、グイと前に乗り出してしまうのは仕方無い事か。


 長い呪文の詠唱に、少年の額に汗が滲む。

 だがもう直ぐ魔法が完成する。


 ―――そう、思っていたのに。


 その場に居た全員の期待を裏切り、魔法陣は急速に光を失う。

 失敗か、と思った矢先に、物凄い地響きが轟いた。


「何事か!?」

 グラグラと揺れる床に、倒れる者が何人か。部屋の中の物も揺れに耐え切れず、倒れたり落下したりして、細かい物は床に散乱した。

 予期せぬ出来事に、室内が阿鼻叫喚と言わないまでも、其れに近い状態に陥る。

「殿下、お逃げ下さい!」

 誰かがそう叫んだと同時に。


 ドン、ガラガラガッシャン、と何処かに雷が落ち、激しく雨が降り出した。窓から見える真っ暗な空に稲光が走る。

 再び閃光が走り、近くの樹にピシャン、と落ちた。メリメリと引き裂かれる幹がゆっくりと倒れ、揺れと共に壁が壊され雨と風が室内に吹き付けられる。


「一同の者! 此の場所は危険だ! 安全な場所に避難しろ!」

 金髪の青年が避難を指示すると、慌てて何人かが扉に向かい逃げる様に去って行った。

 壊された室内と、未だ怯えて残っていた見習い達を見比べて、講師陣も追い立てられる様に部屋を出て行く。其れなのに、指示した青年は逆の方向に足を向けた。

「殿下? 危険ならば殿下も……!」

「其方、気が付かないか?!」

 言われて振り返ると、先程光を失った筈の魔法陣が、再び―――先程よりも強く光り輝いていた。

 魔法陣の前には、呪文を唱えていた、ポカンとした表情の少年。


 若しや、失敗ではなく成功したか―――?


 期待を膨らませ、室内に残った三人は、光る魔法陣の粒子がゆっくりと形を変えるのを見守っていた。

 次第に集まる金の光が形を成し、現れたその姿に息を飲む。

「まさか……?!」

 愕然とする三人の前に現れたのは―――



 ザクリ、と刃を立てて引くと血が噴き出す。其れに頓着せず、グイグイと肉を切り、目的の物――魔石――を取り出すと、直ぐに其れを道具袋(アイテムボックス)に仕舞い込み、序でとばかりに今しがた倒したばかりの巨大な魔獣も入れる。


 冒険者の彼が依頼されていた対象とは違うが、折角なので討伐証明としてギルドに持って行くつもりだ。

 魔石を取り出したのは、直ぐに使うかも知れないし、ギルドへの討伐証明に使用出来るからだった。若し魔石を使ってしまったら、魔獣本体を討伐証明に使えば良い。

 そもそもギルドカードに戦闘記録が記載されるので、いざとなったらカードを確認すれば済む事だ。単に実物が有れば、精算時に報酬が増えるからに過ぎない。

 亜空間に繋がっている道具袋、特に彼が使っている物は個数制限は有るものの、大きさの制限は無い。時間の流れも止まる為、倒して直ぐに入れてしまえば、処理は後でも充分間に合う。


 白い髪が魔獣の血で赤く染まっていたが、特に気にするでも無く、付近を見回すと、とことこと幼い少女が寄って来て彼に語り掛けた。


「おわった?」


 コクリと頷き、男が腕を差し出すと、少女は直ぐにしがみ付いて抱き抱えられる。

「ケガはない? 養い子」

「大丈夫だ、問題無い」

 少女の問いに短く答えて歩き出したが、ふと何かに気付き足を止める。


「…………?」


 得体の知れない気配に、眉を顰める。

 この近辺では無いが、然程遠くも無く―――


「界がひらかれたわ」


 少女がポツリと呟いた。

 その言葉に再度歩き始めていた男が「落ちたか?」と訊ねると、少女は首を振る。

「だれかが魔法をつかったわ。召喚魔法。…近くのばしょよ。たぶん、このくに」

「勇者とやらでも呼び出したか?」

「ん、んん? たぶん、ちがう。そういう術式じゃない。ゆがみ、があるわ」

 歪みと聞いて男は大仰に眉を上げた。

「歪みが出る様な不完全な魔法か。玄帝、このままにしておくか?」

「うん、主様のしじまち。でもたぶん、ほうっておいてもだいじょうぶ」

「なら、良い」

 そう言いながら歩みを止め、背中の大剣の柄を掴む。

「コッチの方が優先事項、だな」

「そうね」

 血の臭いに惹かれたのか、彼等の周囲には魔獣化した狼の群れ――魔狼――が取り囲んでいた。その数凡そ百二十頭。

「予定より、大分多いな」

 そう言いながらも顔は嬉々として、少女を抱え直す。下ろすと言う選択肢は無いらしい。

「わたしのちからはひつよう?」

 少女が訊ねると、彼は首を振って嗤う。

「楽しくない、だろ?」

 言うなり彼は跳んだ。


 魔狼の群れに飛び込み、少女を抱えたまま大剣を振る。と思いきや、何か仕掛けを施していたのか、彼が手にしたのは刀だった。抜いたと同時に何匹かを斬り倒す。

「ギャン!」

 悲鳴を上げた魔狼がよろめき倒れた所で腹を踏み潰す。傷口と口から血と内臓が飛び出るが、魔石が出ていない事を確認し、再度腹を掻っ捌いて魔石の位置を確認する。その間、襲い掛かる魔狼も次々と倒して行く。

 心臓か、と位置を確認した所で、腕の中の少女に話し掛けた。

「玄帝、前言撤回だ。血の臭いに惹かれて、余計な奴も寄って来る。何より足元が邪魔だ。斬った奴等を、袋に詰めてくれ。魔石は、心臓部」

「いいわ」

 とん、と地上に降りると、早速一頭を袋に詰める。勿論きっちりと心臓に有る魔石を回収してから。

 黙々と作業している少女を魔狼が襲い掛かるが、飛び掛かる前に男に倒されるか、少女自身が軽く手を振るだけでばたりと倒れる。

「玄帝、俺の獲物を盗るな」

「ふかこうりょくよ」

 無傷なら毛皮も高く売れるから良いけどな、と独り言ちると、少女から離れて魔狼を次々と狩って行った。


 彼が受けた今回の依頼は、異常発生した魔狼を討伐する事。その数の多さに、恐らく魔王種と呼ばれる、突然変異した魔狼が発生した事が原因と言われている。

 本来、ただの獣が魔獣化した場合、原因は魔界から漏れ出る瘴気に犯された事に因る。数も一頭から数頭、その群れの数に因るが、異常発生と呼ばれる程の群れともなると、魔王種の存在が疑われる。

 魔王種が発生した場合、その魔王種が瘴気を発生させ、其処から次々と眷族が生み出される。詰まり元を絶たなければ駄目だと言う事である。

 因みに魔石の位置は、心臓か胃、又は頭部に有る事が多いのだが、個体によって位置は違う。然し魔王種から生み出された魔獣は、その魔王種と同じ場所に魔石がある。男が魔石の位置を確認したのはその為だ。


 次第に少なくなる魔狼に対し、血の臭いに惹かれて新たにゴブリンやオークが寄って来る。

 だが肝心の魔狼の群れのリーダー、魔王種を倒せていない。

「お前等と遊ぶのはまた今度だ」

 男はそう言うと、新たな敵を一刀両断し、瞬く間に数を減らした。生き残ったゴブリン達は慌てて逃げ出す。

 今回の討伐対象では無いので、無理に追い掛けるつもりは全く無い。なので再び魔狼ばかりに戻った所で、漸く魔王種に近寄れた。


 群れの中から現れた魔王種は、他の魔狼と比べて一回りも二回りも巨大であった。幻獣の氷大狼(フェンリル)の疑いも有ったが、爛々と輝く紅い眼の瞳孔が白濁している事を確認し、魔獣だと断定する。

 魔獣の特徴は、撒き散らされる瘴気や異形化した体も挙げられるが、一番はその眸だ。紅い眸に白濁した瞳孔。程度の差は有れど、共通した特徴だ。

 若しも瘴気に犯され魔獣化したばかりなら、聖属性の浄化魔法で元の姿に戻る場合も有るが、魔獣を生み出す程の魔王種ともなると、討伐以外は有り得ない。

「コレが終わったら、寝るぞ」

「いつもじゃない」

 軽口を叩きつつ魔王種に刀を向けると、斬り掛かる。

 流石に魔王種だけ有って、動きは俊敏、力も強い。固い体は少し位の傷なら直ぐに治るし、然程痛くも無いのだろう。斬りつけても怯む事無く襲い掛かる。

 魔王種と闘いつつ雑魚も斬り伏せて行く内に、底無しの体力の魔王種もそろそろ疲れて来たらしい。動きが鈍くなってきた。

 好機とばかりに強化魔法を自身に施し、魔王種の前に躍り出ると袈裟懸けでバッサリと斬り捨てた。

「ギャアアアアアッ!」

 斬られて地面に転がる魔王種を、続けざまに魔法で攻撃する。

「雷撃、氷刃斬!」

 短い呪文を唱えると、先ず雷が魔王種を襲い、続いて氷の刃で切り裂かれた。すっぱり切られた断面は、氷によって凍結されているので血も出ない。

 倒れた所をすかさず少女が回収し、袋に入れて―――魔狼討伐が終了した。


「ああ、クソ、眠い。腹減った」

「ほうこくまでが依頼でしょ、がんばりなさい、養い子」

 励まされながら残党を狩り尽くし、もう限界だと結界を張って野営をする。

 短時間の睡眠ですっかり英気を取り戻すと、直ぐに街に戻り依頼達成の報告を済ませ、暫く情報収集をしてから馴染みの宿で寝台に横になる。少女は街に戻る前に姿を消した。

 頭の中には、討伐中に察知した気配と情報収集の結果。今現在、魔導師団に動きが有るらしいが、詳しい事は判らないままだ。恐らく情報規制がされているのだろう。

 思う事は多々有るが、自分には関係無いか、と男は考える事を放棄した。

 瞼を落とせば、直ぐに眠りが訪れる。

 翌日、惰眠を貪ったツケで頭痛を抱えつつ、今度は単身、依頼抜き、趣味で迷宮に潜る男の姿が有った。



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