公爵令嬢に転生……って、元男なんだが!? プロトタイプ
2016/01/01追記
連載版始めました。
「とても素敵です。姫様」
赤いドレスを着て大きな姿見の前に立つ小柄な少女に、後ろに控えた黒髪の若いメイドが感嘆の息を漏らした。
鏡にはつい先日十四歳となった金髪の少女が映っている。
かろうじて櫛を挿せるほどの短めの髪は良く手入れされており、ガラス張りの窓からふんだんに差し込む朝日に照らされて、黄金の輝きを放っていた。
抜けるような白さと彫りの深さを持つ整ったかんばせに、二重の、これもまた金色の瞳。髪と相まって雌獅子を連想させる、勝気そうな美しい少女だった。
王都の公爵家邸宅における朝の一幕だ。
天蓋付きのベッドや丁寧な細工が施されたクローゼットが置かれた広い一室において、メイドの手によって行われる着付けは伝統ある貴族達の習慣そのものだ。少女達の美しさによって、一幅の絵にもなりうる場景といえるだろう。
ただひとつおかしい点を挙げるとしたら、その少女が元三十路男の俺だという事ぐらいでしょうかねっ!
◆◇◆◇◆
営業中にトラックに轢かれた。多分四トントラックだったねあれは。段々と視界が真っ暗になっていったのを覚えている。
意識を取り戻すと、妙に白い世界で美形のオッサンと二人きりだった。
「誰!?」
「神です」
「うちは仏教なのですが」
「勧誘じゃありませんよ」
冗談みたいなやり取りの後、ローブをまとったイケダンディーな神様は俺がここ(天国らしい)にいる訳を教えてくれた。
「なんとなく分かっていると思うけど、君は死にました」
「嘘だろ……」
「本当。だって過って轢き殺したの私だし」
なんと下手人は神様本人だった模様。トラックを運転してみたかったらしい。
「生き返らせてほしいのだけど」
「それは無理です。理に反するから。でも、お詫びにおまけ付きで転生させてあげよう」
そう言って神様が手をかざすと、今度は視界が真っ白に塗りつぶされていった。
◆◇◆◇◆
気付いたら赤ん坊になっていた。異邦人どころじゃない、異世界の。
しかも女の子。気づいたときはアホ神を呪って泣いたね。赤ん坊だから怪しまれなかったが。
どうやらここはライネガルドという国らしい。広大な穀倉地帯を有する豊かな国のようだ。文明レベルは十一、二世紀位。国民はゲルマン系に近い顔つきをしている。
与えられた名前はエリザベート・クラネッタ。愛称はエリザ。その穀倉地帯の半分を預かる大領主、クラネッタ公の第一子として俺は生まれた。
◆◇◆◇◆
育ちました。ええ、すくすくと。色々教育を受けている内に気付いたら六歳になってた。
流石に数年も経つと、もとの世界への諦めもついた。父上も母上も優しいしね。いっちょ新しい人生を楽しんでやろうと、色々始めてみた。
現代知識を引っ張り出して農地改革とか、教会を介して領民に衛生概念を叩き込んで死亡率を下げたりとか。その甲斐あって数年でわが領内の生産高は倍近くに。どや。周囲からの信頼もうなぎ上り、えらく領民にも慕われるようになった。
ついでにあのアホ神が言っていたおまけも分かった。
ひとつは不老。それまでは順当に育っていたのに、十二歳頃を境に俺は全く成長しなくなっていた。もう少し後でもよかったのではないか。俺の中でアホ神ロリコン疑惑が持ち上がった。
もうひとつは不死。これは一年前に毒殺されかけて分かった。農地改革を進める中で、私腹を肥やしていた代官を処罰したら、その親族に逆恨みされたらしい。毒料理を口にしてスヤァ、と息を引き取ったらしいのだが、翌朝には棺の中でグッモーニンしていた。
この事件を知る者の中には、神聖視する者、薄気味悪く見る者が出てきたが、両親や家の者達はなんら変わらず俺を愛し、慕ってくれた。この時ばかりは涙が出たね。
他にも何かあるかもしれないが、殺し殺されの貴族社会ではこれだけでも十分な恩恵だ。感謝しておこう。そんな慌しい日々を送るうちに、俺は十四歳、社交界へデビューする歳になり、初めて王都の土を踏んだ。
◆◇◆◇◆
「ありがとう、エミリー」
鏡から振り返り、着付けを手伝ってくれた側付きのメイド、エミリーに淑女然とした柔らかな口調で礼を言う。本来ならば貴族は使用人に礼など言わないらしいが、円滑なコミュニケーションを良しとする俺は構わず口にする。
十年来の付き合いであるエミリーも俺の性格を熟知している為、ただ恭しくお辞儀を返してきた。サイドポニーの黒髪がさらりと揺れる。
親友であり、この世界に来てからの初恋の人でもあるエミリーは、俺の乳母の娘だった。
歳は今年で十九になる。俺が自我を持った(と判断された)二歳の時に、遊び相手兼世話係見習いとして引き合わされ、それからずっと仕えてくれている。
肌は白だが、その瞳と髪は黒い。そのコントラストと、少し垂れ気味だがパッチリとした目が印象的な少女である。
少女に転生してからも恋愛対象が変わることは無かった為、俺の為に懸命に励む愛らしい彼女に想いを寄せるまで、そう時間は掛からなかった。
「姫様がここまでご立派に……感無量です」
「姫様はやめてくれエミリー。いつものように呼んで欲しい」
「エリザ様……」
「よし」
前世の口調に戻り、背伸びしてエミリーの赤らんだ頬に手を当てる。
はい。攻略済みです。女同士だから清い関係だがね! 添い寝してもらっている時に、その豊満な双丘に少し悪戯する位のピュアな付き合いです。
彼女は俺の女好きを知る、唯一の人物だ。転生に関しては理解できないだろうから伝えていない。自らを男と見立てる、ちょっと特殊な性癖のご主人様とでも考えているだろう。
「むー……」
男繋がりで今日の予定を思い出してしまった。今日は俺の社交界デビューの日、すなわちうら若き公爵令嬢の、王都における初のお披露目である。いわゆる逆玉を狙った有象無象の男達が、俺に殺到することだろう。その寒気のする光景に、エミリーに伸ばした手を戻し、腕を組んでついぼやいてしまう。
「行きたくない。男に近づかれるなんて嫌だ」
「宰相閣下主催の舞踏会ですから、お断りするわけにもいかないでしょう」
「だよねぇ」
エミリーが、わがままな妹をたしなめるような口調になる。宰相閣下にお会いした事は無いが、かなりのやり手と聞く。いくら公爵家とはいえ、政治を握る権力者の誘いを無下には出来ない。
加えて俺は、現時点において男児のいないクラネッタ家の唯一の跡取りなのだ。将来の領地運営の為にも、ある程度は顔を出さねばなるまい。今までのように自領に引きこもりきりでは、あらぬ疑いをかけられる可能性もあるからだ。公爵家の威光を見せつけ、くちさがない雀達の嘴を閉ざさせる必要がある。
「よし……行こう」
「はい。お供いたします」
ドレスを翻し、俺を待っている別室の父上の元へと向かう。音も立てずにエミリーが追従する。
――――そうだ、なにも心配することは無い。無理に近づこうとする者が居ればガツンと言ってしまえばいいのだ。
柔らかな緋色の絨毯を敷き詰めた廊下を、そんな物騒なことを考えながらしずしずと歩き、俺は初めての戦場へと足を踏み出した。
その踏み出した先で、ガツンとやってしまった相手が皇太子であったり、俺の秘密を知った野心的な若き教皇と事を構えたりと、波乱万丈な人生が待っているのだが、それはまたいつの日か話そう。