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トゥルネイ検問所の長い一日  作者: 惟織
第1話 ブラック検問所
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一風変わった通行人


 お昼時が近づくにつれ、門を通る人数もかなり減っていく。その時間帯は役人1人でも充分間に合うので、交替で監視することにしている。


 最初の見張りは長官のオスティンだ。本人の気性に合わず明るく澄んだ瞳は、たとえ通行人の影がなくても常に注意深く()らされている。なまじ顔立ちが整っている分、その目つきには凄みがある。


 オスティンが門の周辺に目を光らせている(かたわ)ら、5人の役人はのほほんと昼食をとっていた。カサンドラが作ったもので、多種類の野菜やベーコンを薄焼きパンで巻いている。ベーコンにまぶした塩が野菜にもしみついていてとてもおいしい。料理が趣味ということもあって、カサンドラの作る食事はたいてい役人たちの舌を虜にする。


 2つ目のパンを頬張りつつ、ノエルとウォーデンは直立不動の長官を遠目で観察する。


「ずっとあの目つきでよく疲れないな。長官」

「つーかあんなので睨まれたら、たまったもんじゃねぇぞ」

「そういえばついこの間の………不良品を売りに来た細工師だっけ? 『大魔王』とか言ってた」

「ぶはっ! なんだよそれピッタリじゃねーか! じゃあ俺、これからちょーかんのこと『閣下』って呼んでやるよ」


 長官が立っている地点と距離が離れているのをいいことに、ノエルとウォーデンは好き勝手にしゃべりまくる。


 しかし2人は忘れていた。オスティンが地獄耳であることを。口を出さず、振り返ってもいないが、彼の肩は小刻みに震えている。アレを怒りと言わずしてなんと呼ぼう。


 あとでとばっちりを食らわないようにと、テオとチャロとカサンドラは長椅子の脇に避難して昼食を楽しんでいた。

 チャロの頬についたレタスの切れ端を、カサンドラが掬い取って自らの口に含む。一瞬ぽかんと呆けた顔をしたチャロだったが、やがて照れ隠しなのかはにかんだ。隣でテオも表情をにこやかに崩していて、まるで仲睦まじい親子のようだった。


 ふとカサンドラは食べる手を止め、門の外へ視線を向ける。


「人が来ますねぇ」

「人? 人ならいつも来るよ?」


 当然のように言い返したチャロへ、カサンドラは静かな笑みを降らせた。


「いいえ。今日は一風変わったお客のようですよ」






 羊毛商が気になっていた2人組とは、こいつらのことだろうか。


 一見して明らかな、上質ななめし革のベスト。丈夫そうな長いブーツ。蔦文様(つたもんよう)で裾を縁取った長衣も、たくましい脚にぴったりそった脚衣も、庶民では到底手に入らないお値打ち物である。


「アトローパから来ました」


 丁寧にお辞儀までしてくれた2人は、担いでいた箱を大儀そうに下ろす。


 この大陸では多くの国々が国境を連ねており、それぞれが創世神にちなんだ国名を冠している。たとえばソフィアなら知恵の女神からとった、という具合にだ。

 アトローパは、人々の運命を決める女神だ。伝説によるとソフィアと姉妹神であるとされ、それを由来としているのか両国は隣り合っている。旅行するのも、少し遠い街へ足を延ばすような感覚とそう大差ない。


 時間がきたのでウォーデンと交替しかけたオスティンだったが、ついでということで一緒に点検することにした。


 鎧戸(シャッター)の奥の壁に取りつけられた長椅子でまったりしていたカサンドラは、これから面白いことが起きると言わんばかりに彼らを指差す。


「ああ、あれです。あの箱を運んできた人たち。あれが一風変わったお客です」

「どうして? ああいう商人なら毎日見てるじゃんか」

「運んできたお2人もそうですけど、問題はあの箱の中ですよ。よく聞いておきなさいな」


 チャロは目を細めて商人2人に食いつく。カサンドラに言われた通り、耳に神経を集中させて。

 何かを悟ったのか、テオが腰を浮かせた。命令が下さればいつでも駆けつけられるよう、体勢を構える。


 オスティンたちの間では詰問(きつもん)が矢のごとく飛び交っていた。


「身分証がない? 通行証はあるのにか? どういうことだ。商人じゃないのか」

「い、いえ。そういうわけではありません。お恥ずかしい話ですが、失くしてしまったみたいで………」


 どうも歯切れが悪い受け答えだ。

 オスティンは片目を細め、2人組を見据える。


「………テオ、ウォーデン! 箱の中身を調べる間、こいつらを取り押さえておけ」

「はい!」

「了解ーっと」


 瞬時にテオが長官の許へ()(さん)じた。言いつけに従い、ウォーデンと若い商人たちを後ろ手に縛り上げる。もがく2人組であったが、最後はオスティンのひと睨みで怖気づいてしまった。


 (ふた)を開けると、女が好みそうな色合いの服がぎっしりと敷き詰められてあった。オスティンは1枚1枚の品質を確かめ、同じく呼びつけたノエルに持たせる。


 黙々と同じ作業を続けるのも精神的に辛いので、時間節約も兼ねて2人の商人に質問し始める。


「新品に見えるな。仕立屋か?」


 丁寧に折り畳まれた衣服を広げ、状態を注意深く熟視するオスティン。

 自分で確認しているくせに、なぜそのようなことを訊くのだろう。怪訝そうに顔をしかめつつも、2人は頷いた。

 ふうん、と受け流し、オスティンは赤みがかった黄色の服を摘まみ上げる。

 ところどころに、細かいほつれを見つけた。




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