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トゥルネイ検問所の長い一日  作者: 惟織
第1話 ブラック検問所
4/16

検問所の朝



 午前中の門の出入りは激しい。正直4人では足りない。本当はあと2人いるのだが、1人は戦力外だし、一方はまだ夢の中に違いない。


 ようやく人足(ひとあし)がマシになってくると、心持ち余裕ができた。


 トゥルネイを訪れる人々が通行証や身分証を差し出す中、派手な衣装を着た女が平然と門を通り抜ける。呼び止めかけて、胸元を飾るブローチにオスティンは目を留めた。


「ああ。国内旅行者か」


 国内旅行者は、通行証も身分証も必要としない。代わりに、国の支配者の紋章を刻んだブローチをつけることが義務づけられている。トゥルネイが属するソフィア王国なら、オリーブの枝をくわえたフクロウの紋章がブローチのデザインだ。


 オスティンは女たちのブローチを一瞥しただけでやり過ごし、門の傍に立ち続ける。


 人の出入りが少ないといっそう眠たくなる。あくびを噛み殺した若葉色の瞳が潤み、キュッと結ばれた唇と相俟(あいま)って気だるげな色気を誘った。

 自らエサを釣り下げているような青年を見逃すことができず、女たちの1人が彼ににじり寄った。流し目を送るその裏で、虎視眈々とした覇気が宿っている。


「やだー長官さんってば、やらしい。乙女の胸を見るなんてー」

「じゃあそこにブローチをつけるな。さっさと行け。通行の邪魔だ」


 にしてもこの青年、口が悪い。にもかかわらず、見た目と真逆の性格がかえっていいのだと妙な好感を得ている。その上頭が切れるとの評判も手伝って、未婚女性を中心に人気が高い。

 彼にすり寄って来た女も、そんな(たぐい)の人間だろう。邪魔だというに、細くとも鍛えられた彼の腕に巻きつく。


「ねえ長官さーん。あたし月一(つきいち)でここに来てるっていうのに、他人行儀すぎない? 顔馴染みなんだからさ、もうちょっと仲良くしてよ。名前教えるとかさー?」

「いちいち顔なんか覚えていられるか面倒臭い」

「んもう、つれないわねぇ」


 女が嫌そうにしかめたオスティンの眉間を押す。

 澄んだ虹彩は透明度の高い宝石を思わせるのに、そこに灯る魅力は深く暗い。消したい感情か何かを、必死に隠そうとしているかのようだ。そんな人を寄せつけたがらない態度が、逆に惹きつけられる。もっと彼を知りたいと、求めさせるのだ。

 そうした魅力じみたモノを垂れ流している自覚のない青年にとっては、迷惑極まりなさそうだが。


「いいなぁ。オスティンってモテるよね~。ね、テオ」


 青年の様子を少し離れた場所で観察していた、15、6歳とみえるクセ毛の少年が、隣で訪問客と話していた三十路(みそじ)そこそこの男の袖を引く。髪の毛と同じくりくりとした茶色の目は、じっとオスティンの周りにとどまっている。


「チャロ君、あんなものばかり見ているとロクな大人になりませんよ。長官の周りが静かになるまで、おいとましましょうか」

「やったあ! はーい」


 商人の集団を街へ送り出した灰褐色の髪の男は、保護者の口調でチャロに言い聞かせる。大きな声で話していたわけではないのに、オスティンは耳ざとく拾っていた。


「聞こえているぞテオ。暇なら手伝え! 俺に押しつける気か!」

「ちょーかん、俺を忘れちゃいませんよね?」

「ウォーデン、お前はいたところで何もしない」


 だいたい昨晩、盗人を見つけたあと上司に丸投げしたのはどこのどいつだ。

 言い放つと、訪問客の1人を応対していたウォーデンはギョッと振り向いた。日焼けした肌と筋肉質な身体。検問所の役人よりも、肉体労働の方が似合っていそうな風体(ふうてい)である。


「俺ちゃんと仕事してますけど!?」

「そうか。ならもっと働け」

「殺す気ですか!」

「だからやれ」


 オスティンはつんと突き放す。


 盛り上がる男たちと、なかなか順番が来なくて苛立っている訪問客。そんないつもの光景を、少し離れた場所から眺める女性。引き上げられた検問所の鎧戸(シャッター)の陰に身を寄せ、検問所の壁にあてがわれた長椅子に腰かけて笑っている。年齢を分からせない謎めいた微笑みだった。


 チャロは駆け足で彼女の許へ行き、しなやかな身体に飛びついた。


「サーシャ!」


 甘えた声ですり寄る少年の頭を、紅髪の女性は優しい手つきで撫で()かした。あとからついてきたテオが、灰色まじりの髪を困り顔で掻く。


「すみません、お嬢」

「なんともありませんよ? チャロ君は可愛らしいですし」


 穏やかな声色とゆっくりとした口調。にこにことテオに向けた表情も大人びている。

 検問所では最年長のテオより16歳も年下のはずなのに、なぜか祖母と話しているような気分だ。

 いつもカサンドラはこんな調子で喋るのだ。若い見た目と相応の話し方をすればいいのに。


「ねえねえ、さっきアーネストじいちゃんがオスティンのトコ来てたよ。昨日の逃げたお兄ちゃんのこと、ありがとうって言いに来たんだと思う」

「チャロ君、じいちゃんはちょっと……」


 テオのたしなめを無視して、チャロは熱く語る。幼いとは言いがたい年齢なのに、チャロはこんな調子でずっと無邪気だ。カサンドラも彼の問題ある言い方にいちいち咎め立てをせず、静かに頷いて聞いている。


「でもサーシャのおかげだよね! 僕らはサーシャの言う通りに走ってっただけだもん。オスティンもちゃんと言えばよかったのに。【薄明(はくめい)の女神】のおかげだって」


 チャロの賞賛に、カサンドラはぎこちない笑みで応じた。



すみません。再掲です。


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