夜陰に紛れて
「いました!! あとは任せましたよ、ちょーかんっ!」
「お前も追え! 仕事しろ!」
「勤務時間外っす!!」
背後から、本気で取り押さえるつもりがあるのか分からない怒号が響く。
その声を少しでも遠ざけるかのごとく、夜陰に紛れて疾走する1人の男。小脇には一抱えの木箱。荒い息を吐いては吸い、吸っては吐きを忙しく繰り返す男は、痛む足を叱咤して速度を上げた。
全身にまとわりつく夜風がわずらわしい。先ほどより過ぎ去るのが遅くなった周りの景色は、男の体力が限界にさしかかりつつあることを物語っている。
けれど休むわけにはいかない。追手はすぐそこまで迫っているだろう。彼らから逃れるためには、街の外へ出なければ。
ほとんど無我夢中で突っ走っていると、ようやく検問所の門が見えてきた。今は真夜中だから、夕暮れには閉まってしまう門は当然開いていない。だがどうにかよじ登れたら、外へ抜け出せる。追手はそれを悔しい思いで見届けながら諦めるはず。検問所から向こうの道は、トゥルネイの領主の権力が及ばないのだから。
激しい呼吸に笑みをにじませて、男は木箱を持ち直す。
あれを、あの門を越えれば身の安全が保障される。そんなわずかな希望だけが、男を奮い立たせていた。
裸足の指先が角ばった石を蹴飛ばしても、もう痛みは感じない。男の命運がかかった鉄の門が、すぐ目の前にそびえているのだから。
男は門の錠前目がけて思いきり腕を伸ばす。
肌を伝ったのは、冷たい門の柵ではなく、男の手首を掴む強い握力だった。
「残念。惜しかったな」
ちっとも哀れんじゃいない声音は、膝蹴りとなって男の腹に食い込んだ。