1-4 運命の夜
猫が一匹いる。その猫は黒衣の魔法服に身を包んだ男を見ていた。確かに、その服装は冬場の寒さに相応しいものであるといえるが、日本という文化においては不適合なものであるともいえる。
「これから四時間後にKKRホテル東京に襲撃を掛けます。完全な奇襲を装います。はい。はい。その通りです」
猫は黒猫である。黒猫が見ている男は誰かと通話しているようだ。
「わかりました。それで問題ないと思います。隠密行動ですので大きな武器は持っていきません。短刀やナイフの類を用いることになると思います」
黒猫は床の製材が僅かに色を変える場所より近づかない。ただ、その場から只管に男を見ている。寒風がビルの谷間を突き抜ける。東京の名物ともいえるそれが夜の深まることを告げている。
「その場合には、再度、私の方で、探索呪文を掛ける段取りになっています。東京都内であればほぼ全域を網羅できます。千葉や神奈川の一部も探索されます」
黒猫は鳴き声もあげない。最も世のほとんどの猫は無闇に鳴いたりはしない。常に喧騒の絶えない東京であり、その一匹と一人の様子に目を遣るものもなく、ただ流れていく。
男が耳元に近付けていた右手を下げた。星ひとつない空を眺めてため息をつく。聖夜の前日。日本人でもなく、神道文化に関心のないその男にとって、空には翌日ほどの神々しさはない。丁度、東方の三博士が見た空と同じ形をしているのだろうか。
男は煙草にライターを近づけ、火を付けた。ビルの守衛が咎めるような視線を送ったが、男が携帯灰皿を示す、と興味を失った。
男は煙草を最後まで吸うと、ビルに入って行った。いつの間にか、黒猫も去っていたが、世の闇に紛れていたそれに気がついたものはただ一人としていなかった。
遠くの空で星が一つ淡く輝いていた。
嵯峨嶋と政陸、二人の運命が動く最初の夜が始まった。