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1-2 爆弾の魔法使い《ショーン・アイルランド》

魔法使いが公的な業務で自らの住居を離れ国外に滞在する際、その絶対的安全を滞在先国家が保障するために、各国、その魔法的及び政治的重要性、人口など、国ごとの状況に応じた収容数の宿泊施設が指定され、そこに宿泊することが義務付けられている。これは、今から二百年ほど前、日本がまだ鎖国していた時代に、アメリカの独立、フランス革命を経て、王権による魔法使いの支配が終了し、国家間移動がある程度自由になったことで成立した『魔法使いの旅行・交通・移動に関する条約』――いわゆる『イスタンブール条約』――によって規定された国際的に重要視されている事項である。『イスタンブール条約』に規定された宿泊施設は魔法を全て打ち消す効果を持つ特殊な建材を用い、魔法使いの安全を保障している。概ね、魔法使いの攻撃は魔法によって行われるため、魔法が使えない状況を作り出すことが最も適切である。無論、非魔法的な襲撃に対しても、その国における最高の警備体制を布くことが通例だ。

 分かっていたけれど、やはり、十九歳の学生には、帝国ホテルのスウィートルームは肩が凝る、と二人しかいない日本国籍保有魔法使いの一人である嵯峨(さが)(しま)(しょう)(すけ)は考えていた。

 今摂っている食事にしても高級なフランス料理。同席している二人が和食に不慣れな貴族階級とあっては仕方がないことではある、と諦めてはいても十七階の鉄板焼き屋に行きたいと純日本人である彼は欲していた。片方は日本国籍を保有しているはずだが、父親が外国人であること、長い海外生活に慣れていることが、日本の文化を忘却させていた。

 「先生、スウィートルームは気疲れします。僕だけでももっと狭くて安い部屋に移れませんか? いっそのこと、ホテルごと変更したいのですが。いかに年末といえどもどこか空いているでしょうから」

 彼は不満を表明する。それに対し、先生と呼ばれた男――事実としてその男は嵯峨嶋の留学先であるロンドン王立魔法学院の教授だ――は面白そうに抗弁した。

 「君は相変わらず面白い男だな。このような高級ホテルに宿泊できる希少な機会を自らの意思で放棄したいと考えるとはな。だが、諦めるがいい、これは仕事だ。ユーコを見ならえ。君とは異なり極めて格調高い食事作法で美しくオマール海老を食べている。海老は日本人の好物ではなかったかね?」

 これは海老というより、ザリガニだ! 彼は日本人としてそれを主張したいという強烈な欲求を持った。

 「まあ、あなた、ロンドンでも酷いホームシックに(かか)っていたから、やっと日本に帰ってきて畳の部屋で寝たい、とか、和食が食べたい、とかそういう気持ちはわかるけど。我慢しなさい」

 ユーコと呼ばれた女性が嵯峨嶋に対して追撃を掛けた。

 「何度も言っているが、我々三名は休暇ではなく、仕事でこの国に来ている。君としては帰郷のついでに仕事をするという考えを持ってしまうのは仕方がない、と言えるが、我々には相応の危険性を持つ公的な業務があるということを忘れてはいけない」

 ユーコも嵯峨嶋も双方ともに学生の身分である。魔法の存在が認識されていない社会にあってもそうであるように、魔法が重要視されている魔法使いの社会においても、通常、学生の身分で何らかの責任ある立場に立たされることはない。しかし、ユーコと嵯峨嶋は極めて特殊な例外であるがゆえに、英国(スコットランド)警察(ヤード)と日本政府によって、仕事へと駆りだされていた。

 ユーコは慣れた手つきで白インゲンをフォークで食べる。

 「そもそも、なんで、僕と(まさ)(りく)は折角の冬休みに、仕事を命じられているのですか?」

 嵯峨嶋がイライラとした様子で抗議している。本来的には嵯峨嶋は短気ではない。しかし、英国での留学生活によるストレスが彼の精神を蝕んでいた。ようやく、一時的であれ、日本に帰ることができる。九月以降抱き続けた唯一の目標が瓦解したのは二日前であり、今回の命令に関する詳細をいまだ嵯峨嶋は確認できていなかった。しかし、その焦燥は案件の大きさを確認するとともに消滅することになる。

 ジェイニー・スコット教授は呼鈴を鳴らして、(ヴィ)料理(アンドゥ)を要求した。

 「これから行う業務は、捕物だ」

 レストランの客室係が肉料理を持って扉を開けた。それらをテーブルの上に配膳した。レストランとはいえど、個室を用いているために、配膳が終われば従業員は部屋を後にする。

 「君は第一級国際指名手配魔法使いであるショーン・アイルランドは知っているか?」

 その問いかけに対して嵯峨嶋は付け合わせのバスマチ米を口に入れながら首を横に振った。

 「では、IRA――アイルランド共和軍――は?」

 嵯峨嶋はその問いに対しても首を振った。政陸が呆れたような顔をしている。

 「あなた、現代魔法史の講義を聞いてなかったの? というか、ショーン・アイルランドはあなたとも関係のある人物よ。なぜ知らないのよ」

 「どういうこと?」

 嵯峨嶋は素直な反応を政陸に返す。

 「ヨーロッパの地図はイメージできるわよね? イギリスの地図は? イギリスの版図にはアイルランドの北部も含まれているわよね? 1998年のベルファスト合意まではそのアイルランド北部をイギリスが領有するか、アイルランドが領有するか、で揉めていたのよ」

 そこまで話し、政陸はグラスに入った野菜ジュースを一口飲んだ。フォワグラを食べていたスコット教授が政陸から説明を引き継ぐ。

 「で、だ、それまでアイルランド北部をアイルランド共和国と合併させるべく活動していたのが、IRA――アイルランド共和軍――だ。彼らの一部はそのベルファスト合意によってイギリスがアイルランド北部を領有することが正式に決定してもそれらを認められなかった。その結果、IRAの中でも過激派のメンバーが活動を継続した結果、作られた組織がリアルIRAであり、その組織の実質的なトップがショーン・アイルランド。保護魔法言語の一つであるアイルランド語を用いる魔法使いだ。アイルランドには現存する魔法使いの家系が二つしかないが、双方の家系において直系と認められている」

 スコット教授はビールを豪快に飲んだ。彼もヨーロッパ系民族の多分に洩れず、〝ビールは水〟と考えている口である。

 「よくわかりませんが、テロ組織なのですか?」

 「とても微妙な判断であるから教員の立場では発言を控えるが、少なくとも、爆弾事件は起こしている。その中でも最大のものがオマー爆弾事件だ。ベルファスト合意から四ヶ月後の一九九八年八月一五日に北アイルランドを構成している州の一つであるティロン州都オマーのショッピングモールで、自動車の下に仕掛けられた爆弾が爆発。幼児やスペイン人留学生を含む死者二九名を数えた大事件だ。その主犯であり、爆弾に魔法的な処置を施して殺傷能力を大幅に高めた張本人がショーン・アイルランドだ」

 その発言を受けて、黒トリュフを初めて食べた時のような苦い顔をしている政陸が説明を続けた。

 「その後、欧州(ヨーロッパ)を脱出して、逃亡を続けたショーン・アイルランドが最後に目撃された場所が日本の東京よ。それが六年前ね」

 「当時も今も日本語を話すことができるイギリスの魔法使いは私だけだ。まだ、私は軍人だったから、追跡隊の一人として私も派遣されていた。何を隠そう、最後に奴を目撃したのは私だ。だから、今回も私が政府に要請されて派遣されたのだ。私は今でも非常勤扱いの臨時任用軍人として登録されている」

 説明の間に、嵯峨嶋も肉料理に手を付けた。短くないイギリスでの留学生活中に食べられなかった米が使われており、特にそれを重点的に食していた。それはインディカ米ではあったが日本における米食を想起させるものであり、嵯峨嶋の郷愁を充分に満たした。

 「せっかくの高級な肉料理が冷めてしまう。説明の続きは食事が終わった後にしようか」


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