飛行機雲
とある曲を聴いていたら突発的に思いついたお話です。
私以外には誰もいない道路。両脇にきちんと歩道が整備されていて、私が小学生の頃は通学路だった。
「小っちゃいころはよく縁石に乗って遊んでたっけ」
そんなことを思い出して縁石の上に立つ。持っていたポーチのヒモを肩まで上げて、両手を広げる。周りに誰もいないことを確認して目を閉じ、ゆっくりと足を動かす。
小学校の下校中は幼馴染の男子と一緒になって「先に落ちた方が負けゲーム」をよくやっていた。たまにこの遊びをしている子供を見かけると、車が横を通るたびにヒヤヒヤさせられるものだ。でも私も昔は同じことをしてたんだと思うと、縁石には子供を引き寄せる魔力でもあるのかな、なんてバカみたいな考えが浮かんでくる。
「――っとと」
軽くバランスを崩してしまい、足を縁石から降ろしてしまった。昔は五十メートルは行けたのだけど……。長いことやってなかったから鈍ってしまったのだろうか。
「ガキかお前は」
そんな声が頭上から聞こえた。頭を上げるとそこには呆れた表情で私を見ている幼馴染の顔があった。そう、登校中に「先に落ちた方が負けゲーム」で勝負をした幼馴染だ。
今の言葉とタイミングから考えるとつまり……こいつは私が「先に落ちた方が負けゲーム」を一人でしているのを見ていたということだ。それを理解すると同時に顔が熱くなる。
「う、うっさいわね……見てたんなら声ぐらいかけなさいよ」
「いや、あんまり楽しそうで邪魔するのが申し訳なくてさ」
私の睨みに怯むことなく笑いをこらえながら言う幼馴染。
腹が立ったので無言でローキックを幼馴染のふくらはぎに叩き込む。幼馴染は悲痛な叫びをあげながらうずくまった。ざまあみろ。
「ちょ……不意打ちは無いわ」
「調子に乗ったアンタが悪い」
私は腕を組みながら言い捨て、うずくまったまま足をさすっている幼馴染を見下ろす。
「だいたい女の子の蹴りで痛がるなんて、アンタ本当に男なの?」
「いや、お前が馬鹿力すぎるんだおぐはぁ!?」
なにか失礼な事を口走った幼馴染の顎を蹴飛ばす。幼馴染は見事に背中を反らせて仰向けに倒れた。コイツにはデリカシーというものはないのだろう。きっとそうに違いない。
「舌噛んだ!」
「女の子に馬鹿力って言ったアンタが悪い」
幼馴染は口元を抑えて無様に転げまわる。この幼馴染とのやり取りは小学校の頃から高校生である今までずっと変わらない。幼馴染は何度も痛い目に遭ってるはずなのに、どうして懲りないのだろうか。もしかすると所謂「マ」から始まって「ゾ」で終わる趣向の持ち主なのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、不意に幼馴染が小さく声を出した。視線を下に向けると幼馴染は動きを止めて上を見上げていた。
「どうしたの?」
「ん、あれ」
幼馴染が腕を持ち上げ空を指さした。その動きにつられるように視線を向けると、青いキャンバスの様に澄み渡った快晴の空を、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。
「飛行機雲がどうしたの?」
「いや、懐かしいなって思って。もしかして覚えてないのか?」
「……ああ、幼稚園のころのあれね」
それは幼稚園で外にお散歩に出かけた時のこと。幼馴染を引っ張って元気よく歩いていると、当時は名前も知らなかった飛行機雲を見つけたのだ。
『みてみて! お空に白い蛇さんがいる!』
そんな私の言葉に幼馴染は飛行機雲を見るなり『ホントだ!』と言って目を輝かせ、この事件のきっかけとなる言葉を放った。
『頭はどこにあるんだろ』
この一言に好奇心が爆発した私は、幼稚園の保母さんが目を離した隙に幼馴染の手を掴んだまま駆け出し、白い蛇さんの頭を探す小さな冒険に出た。
空に一直線に伸びていた飛行機雲を、無我夢中で追いかけた。ある時は自分の身長の倍はあるフェンスを乗り越えて、またある時は今の私の身長ほどはあった草むらをかき分けた。
その時の私の頭は『蛇さんの頭を絶対つかまえるんだから!』という思いで一杯だった。手を伸ばせば届くと信じて、こけて血が出ようが草が髪の毛に絡まろうが、ただただ飛行機雲を追いかけた。
「お前が無理やり引っ張ってくもんだから俺まで親にげんこつ貰うし」
「嘘つけ。アンタ、目をこれでもかってくらい輝かせてたじゃない」
私が無理矢理つれていった幼馴染は、最初こそ『先生に怒られちゃう』とか『早く帰ろうよ』とか言ってたけど、いつの間にか一緒になって走っていた。男の子は冒険が大好きなのだ。
「で、結局白い蛇さんの頭は見つからなくて、二人して大泣きしたんだよな」
そう。夕暮れまで飛行機雲を追い続けた私達は、蛇さんの頭を見つけられず飛行機雲はいつの間にか消えていて、私と幼馴染は『蛇さん逃げちゃったー』と大声で泣いた。今考えれば、地球上で最速の乗り物に子どもの駆け足で追いつけるはずがないのだ。まあ、当時は飛行機なんてものは名前しか知らなかったのだけど。
その後、抱き合って泣いている私達をパトロール中だったらしい警官に見つかって家に帰された。警察に連絡が行くくらいには大事になっていたらしく、家に帰るなり母親の平手打ちと父親のげんこつ。さらに妹のタックルのコンボに遭った。後で聞いた話によると、幼馴染も同じ様な制裁を食らったらしい。
「どうしてあんなに夢中になってたんだろうね」
いくら幼稚園時代の私が男勝りで好奇心旺盛だったとはいえ、あんなにがむしゃらになる理由がよくわからない。
「子供って未知の事柄を見つけると異常なまでの行動力発揮するだろ。俺らの時もそれだったんじゃないかな」
そういうものなのだろうか。今となっては思い出せないし、よくわからない。
幼馴染と私は一緒になって考える。子どもの頃の私は好奇心旺盛で髪も短く、活発な女の子だった。思い立ったらすぐ行動、一度はまるとなかなか抜け出せない、そんな性格だった。
そこで私はひらめいた。
「……何してんだお前」
「いや、当時と同じことをしたら思い出せるかな~って」
幼馴染の呆れたという視線を無視して飛行機雲に手を伸ばし、当時の気持ちを考える。
あの時はただ飛行機雲の頭を捕まえるために必死だった。走っている間もいつの間にか隣町まで行ってしまうくらい無我夢中だった。飛行機雲が消えてしまい、白い蛇さんが逃げちゃったと大泣きしたのは、ちっぽけな自分に悲しく思えたからなのかもしれない。
「駄目だわからない。お前は分かった? あんときの気持ち」
「全然思い出せないわね。でも――」
――――大切な、初めての冒険。とてもとてもいい思い出だということはわかった。
「そういえば、今日は買い物に行こうと思ってたんだっけ」
今になってそれを思い出し、言葉に出す。幼馴染は用事がなければ家でぐうたらしているはずなので、なにかしらの用事はあるはずだ。こいつも買い物に行こうと思ったりしていたのだろうか。
私の言葉に、寝っころがったままだった幼馴染がいきなり立ち上がる。
「どうし……」
「あぁー!」
いきなりどうしたの、と聞こうとした私の言葉を遮って幼馴染が叫ぶ。大声で叫んだあと頭を抱えた幼馴染に改めてどうしたのか聞いてみると、どうやら母親からお昼の材料のお使いを頼まれていたらしい。それを聞いた私は携帯を取り出して今の時刻を確認する。
「一時半……もうとっくにお昼の時間過ぎてるわね」
「やばい、早くしないと姉ちゃんに締められる……」
顔を空の青に負けない位に真っ青にした幼馴染は、またな、とだけ言い残して走り去っていった。
「……今日はもう帰ろうかな」
もともと二時に始まるワイドショーまでの時間つぶしに可愛い小物類でも物色しようかと思っていた程度なので、特に未練はない。私はなんとなく上がったテンションそのままに、進路を家へともどして歩き始めた。
連載中の小説があるってのにやってしまいました。