さすらい超特急☆
さすらい超特急☆
国道41号線沿いのドライブイン「かあちゃん」では、今日も気風のいいトラック野郎
達が、航海中の疲れを仲間との交流で癒していた。
九州での航海を終え、東京への帰り荷を積んだイスカンダル万三郎(通称・万さん)が
ウエイトレスの尻をさわって面罵されていた。
「万さん!もう200回目よ!明日にして」
「何言ってんの、明日は東京。今が大事なのさ~」
「もう、このスケベ!」
万三郎が運転するトラックは、いわゆる白ナンバー。つまり一匹狼である。
ノルマも無ければ、ダイヤも無い。しかし、荷を見つけなければ「どうしようも無い」のである。
「万三郎、11トンの調子はどうだい!」
埼玉のビッグマウス・赤坂玉五郎が声をかけて来た。
「おお、玉ちゃん!俺の11トン?すこぶる快調よ!」
「そう思って、アンドンにハナクソ付けといたぞ」
「なに!?」
この玉五郎という男、ひとの怒りに火をつけるのが得意技で、仲間達からはチャッカマンと
呼ばれている。
「じゃあ、玉ちゃんのハンドルに味噌塗っとくよ!」
「やめて~万さん。玉五郎を許してちょんまげ」
ウエイトレスが注文の品を持ってきた。
「万さん、ニラレバ炒めに大盛りライス、豚汁に餃子ね」
「ありがとよ~」
時計の針は、23時25分を指していた。
チャッカマンは、急いで万三郎のトラックへ飛んでいくと、さっき着けた鼻クソを
拭き取ると溜息をついた。
「ああ、アイツの味噌だけは勘弁だよ・・・・ん?」
玉五郎は万三郎のフロントバンパーに着いている、アンドンの文字が変わっているのに
気がついた。
「アイツ・・・・」
彼の頬に涙が流れた。滅多に泣かない彼は白い息を吐きながら、その場に座ってしまった。
ここ「かあちゃん」では、仮眠コーナーもあり毛布も貸してくれる。ドライバー達の安全運転
を、バックアップしているのだった。
万三郎は疲れていたのか、熱燗を飲みながらの食事だった。
おかみさんがカウンターの中から、湯を沸かしながら言った。
「万さんよ、今日は寝てきなよ。トラックでなくてさ、畳の上で寝なよ」
「ありがとう、おかみ。遠慮なく横にならせてもらうよ~」
「何時に起こせばいいんだい」
「あ、イボ痔の5時で頼むわ」
まわりのトラック野郎達も、座敷で大の字になり腹に毛布をかけてイビキをかいていた。
人々の眠りは飛翔する鳳が、羽を休めるようなものである。ポテチン。それは鳳啓助である。
時計が午前5時を指している。
「万さん!万さん!起きないねぇ。・・万三郎!Tバック!Oバック!」
「な、なぬー!?いただきまーす」
「バカだねぇ、相変わらず。起きなよ、5時だよ~」
みんなのかあちゃんは、心強いのだ。エライのだ。
「あ~あ、よく寝た。かあちゃん、ありがとう!」
万三郎の隣で寝ていた極楽丸が言った。
「万さん、寝言が凄かったぞ。まいったよ」
「なんて言ってたんだぁ?」
「ん?なんか、俺が治してやるとか、なんとか言ってたよ」
「あ、そうか。・・・風呂入ってこよ!」
万三郎は熱いシャワーを浴びて目をパッチリさせると、着替えを済ませた。
「かあちゃん!また来るね、ありがとよ」
「あいよ、赤信号は止まりなよ~」
運転台に飛び乗ると、熱いウーロン茶を飲んで11トンのキーをひねった。
朝日が眩しい、気持ちもいい!築地に向けてイスカンダル号は出発した。
朝日を浴びてイスカンダル号は走る。
タイトなジーンズにねじ込む、ふ菓子のふーちゃんはバラバラだ。万三郎はマルメラをふかす
と、信号で止まった。
「佐久か。関越と合流するのも、もう少しだな」
そこへ玉五郎から無線が入った。
「こちら玉五郎。イスカンダル号、応答願いますぅ」
「マイコール万三郎!どうしたい玉ちゃん!」
「ジャッキー・チェンも歳をとったよね~」
「おいおい、いきなりジャッキー酔拳かい!」
「万さんよ、明日の航海はどうなってる?」
「あ、まぁ、築地次第ってとこ。まだ荷は決まってないよ」
玉五郎は困った口調で言った。
「あのね、荷を受ける時、聞き間違えて18トンを8トンって聞いちゃったのよ」
「おい、それはなんでだろう?」
「だからさ、俺はいま大田市場に向かってるからさ」
「なに?」
「荷を半分、運んでくんねーかね?悪いんだけど?」
「いいよ!荷を降ろしたら携帯に連絡してくれ。俺も助かりだぁ」
「サンキュー!ちなみに荷は小麦粉。行き先は新潟だよ」
「OK牧場!」
万三郎の11トン車は大きくハンドルを切ると、一路関越自動車道へとアクセルを踏ん
だ。トラックの荷台に描かれた鷲は、これから起こる事件を知っているかのように
鋭い目を光らせていた。
赤坂玉五郎の聞き違えから、新たな波紋が万三郎の人生に襲いかかる!
荷を降し終わって、キャビンでハンドルに足をあげて一服していた万三郎に玉五郎から
電話が入った。
「万さん、わるいなぁ」
「どうしたい、玉ちゃん。トラブったかい?」
「いや、なんだかおかしいんだ。荷がね他の奴に急ぎで運ばせたんで、違う荷を運んで
くれって!頭に来て断わったんだけど、3割増し払うっていうから、・・・OKしたけど」
「おお、それで荷はどのくらいで、トンあたり幾らなんだい?」
「うん、荷はテレビデオで20トン。トンあたり1万3千円だよ」
「じゃあ、俺が10トンでいいのか?」
「いいよ、新潟までなら悪い条件じゃないだろ」
「いいね!何処に行けばいいんだい」
「6時に江東の第3倉庫、8番ゲートで。飯は食ってきてね」
「あいよー!今、3時10分か。またね」
万三郎は電話を切ったあとで、少し不審に思った。第3倉庫は東南アジアの荷が集まるところ。
なんでテレビデオが20トンも水揚げになっているのか不思議だった。
しかし久しぶりの高収入に、新潟でおいし~い寿司でもと思ったら、ニンマリしてしまう
万三郎であった。
イスカンダル号は一足早く第3倉庫に到着していた。
「ひさしぶりだなぁ。海の風だか川の風だかわかんねーけど、気持ちいい」
かもめが気流に乗って飛んでいく。倉庫脇に咲く小さな花が笑っている。
20分程すると、玉五郎の10トン車が入ってきた。
メインアンドンには「きん肉マン」の文字が輝いている。
サイバーな彼の運転台には、仮面ライダーの等身大フィギュアが乗っていた。
「万さんよ、遅くなって悪かったな~」
「なんだい、まだ6時前だよ。OK牧場だろ」
「じゃ、荷主のとこ行って来るね、ちょっと待ってプレイバック!」
「百恵ちゃん、宜しく~」
辺りはすっかり暗くなって来た。万三郎たちの横を2台のベンツが通っていった。
「はぁ、ココの倉庫主は羽振りがいいね~。新潟新潟、お寿司さん~。そういえば
高崎の酉家にも行ってないな。久しぶりに行きてぇな」
そこへニコニコしながら玉五郎がやって来た。
「万さん、運賃を前金でくれるって。領収書書いてくれ」
「おー!久々のピン札じゃん。諭吉様、こんばんは」
荷はフォークリフトで思ったよりも早く積み込みされた。
荷主によると荷は午前2時までに、新潟市内の「棟金興業倉庫」まで届けてもらいたいと。
そして、倉庫にトラックを入れたら事務所でコーヒーでも飲んでいてくれと
いうことだった。
二人の大型トラックは、満載したテレビデオをひっさげ潮風にふかれ発車した。
玉五郎の携帯が鳴った。
「玉ちゃん!ずいぶんと待遇がいいね。気味悪いよ、まったく」
「ああ、どうも話がよすぎるけど、いいんじゃない」
「なんか臭うけどね~」
「靴下脱げよ~」
「玉ちゃん、三芳で一服しよう。んじゃ、どーもー」
「またね」
万三郎のラジオから、ニュースが流れている。ダチョウの玉子焼きを川口市の商店街で
ダチョウの日を記念して、お年寄りに振舞ったという内容だった。
「ダチョウの玉子焼きか!ダッチョにならないようにってかぁ~」
2本出しマフラーが心地よい音色を出している。
歩道を歩くカップルが、2台のギンギラギンのトラックを見てビックリしている。
万三郎はコンボイ・ホーンを鳴らして挨拶してやった。
「お二人さん!今晩はよろしくやっとくれよ
イスカンダル万三郎。本名、桜坂万三郎は1966年、群馬県高崎市に生まれる。
未熟児で今にも死んでしまいそうな赤ん坊だった。
必死の看病の甲斐あって、3週間で退院。転勤族の家庭に生まれた万三郎は、群馬、川崎、
高知、鹿児島と全国を転々とし、今は埼玉県草加市に居を構え、母親と二人暮らし。
そんな万三郎も37歳。
得意のスカッシュも、息絶え絶えという感じだ。
「なんだか、背筋が寒いぜ今日は!」
そうワッパを握りながら叫ぶと、水中花の入ったギアレバーを5速に入れて、速度
表示灯を緑色に点灯させるのだった。
その頃、赤坂玉五郎は運転台で森高千里の「渡良瀬橋」を聞きながら、アンドーナツに
牛乳というお気に入りタイムに浸りながら、熱いおしぼりで顔を拭いていた。
赤坂玉五郎は茨城県の漁村に生まれた。小さい頃からひょうきんで、好きな女の子を
いつも笑わせては、下校時に野グソをしていた。
そんな彼も芸能界にちょっとだけいた変わり者である。
某局の「ウルトラクイズ100万人勝ち抜き選手権」に出た赤坂は、何を間違えたか、
途中ワニに食われそうになりながらもニューヨークの決勝まで勝ち残った。
そして、優勝を決める場面がやってきた。
ビルの屋上は風が強い。
「さて問題です。赤坂さんはこれを答えることが出来れば優勝!斉藤さんは現在、
2ポイント遅れを取っている!がんばれ二人とも!問題、アニメの題名でフランダースの
といえば犬、それでは、母を訪ねて、といえば・・何?」
「ピコン!」
「はい、赤坂さん!答えは!!」
「門前払い!」
「なぬー!?」
高視聴率43パーセントのお化け番組は、日本中のお茶の間をツンドラ地帯にしてしまった。
一瞬司会者も、どのようにリアクションを、とっていいか
わからない。アシスタントは腹を抱えている。
結局、赤坂は世界一周旅行を目前に、この回答で調子を崩し敗退する。
だが、この彼の異端児的ギャグを、芸能事務所のスカウトマンは見逃さなかった。2ヵ月後、
彼はお笑い芸人の「ふんどし仮面」としてデビュー。
しかし、半年後に廃業となったのである。
二人のトラックは湾岸線を飛ばし、都内を抜け練馬から関越に乗った。そこへ地獄丸から
電話が入った。
「万さん万さん、こちら地獄丸」
「なんだい地獄丸。いま高速運転中よ。もちろんハンズフリーってか!」
「おお、万さん。ちょっと小耳にはさんだんだけどね、
最近大量に(粉)が出回っていて、奥州の金太郎がいま仙台署にしょっぴかれてるぜ。
なんでもビデオデッキの中に隠してあって、表からはわかんねー。警察が大型
トラック中心にカンカンにかこつけて荷を調べているらしいよ」
「金太郎が、檻に入ってる?かわいそーじゃねーか!ちくしょう、騙されたんだな」
「だから、万さんも気をつけろよ。変なのに尾行されてないか注意しろよ」
「わかった、ありがとよ。ラーメンおごるぜ」
万三郎はバックモニターカメラのスイッチを入れた。
「なんだぁ、玉五郎の前を走っているベンツは?」
「玉ちゃん!前のベンツはいつから走ってんだ?」
万三郎は携帯で玉五郎に話した。
「ああ、このベンツなら湾岸線のあたりからだな。乳首黒いんじゃねーか?」
「ああ、そうかもな。ナンバーは何処ナンバーだい?」
「宮城ナンバーだよ。グレーの560SEL。万ちゃんが好きな車だな・・・・」
万三郎は思案をめぐらせると、玉五郎に言った。
「東北か・・・あと20分も走れば上里だから、玉ちゃん予定通り休憩しよう」
「あいよ、さっきからションベンしたくてもう限界だぜ。噴射13分前~、おしゃまんべ!」
その頃、地獄丸は、国道4号線を仙台に向けて、北上していた。
仲間の事が心配でならなかったのだ。
「金太郎、良かったな。疑いが晴れそうだな」
運転台で、八代亜紀の「舟唄」を聞きながら、アクセルをふかして嬉し涙をぬぐった。
デジタル時計は、暗闇の中に23:05と浮かぶ。
夕方、福島で小麦粉を降ろしていると、金太郎の妻から連絡をもらったのだった。
夫の嫌疑が晴れそうだと。
地獄丸は、日野レンジャーの4トンロングに乗っている。
32歳の独身で、東西大学経済学科を卒業したインテリ。彼は22歳、28歳の時に
大恋愛と大失恋を経験し、今では「トラックが恋人」と言っている、お人好しな男。
トラックのメインアンドンには「人生大爆笑」と書いてある。
トラックは、宮城県の岩沼あたりまで来ていた。
対向車のライトが、流れ星のように光って見える。
「ちょっと一休みするかなぁ」
彼は国道沿いのコンビニへ車を入れると、サイドブレーキを引いて、運転席で伸びをした
ら屁が出た。
そんな時、電話が鳴った。着信音は「なぜか埼玉」だ。
「あ、万さんだ。もしもし、地獄丸です。どうも」
上野駅16:20発の寝台特急カシオペアは、発車のベルを待つばかりとなった。
黒いサングラスをした女が、日本食堂の売店で「チキン弁当」と温かいお茶を買い、
足早に乗り込んだ。
「ああ、疲れた。お弁当買うのも疲れちゃう。あんな男に惚れてしまったのが、
運の尽きね・・・」
この謎の女は、傷心旅行のようだ。行き先は東北方面とだけ分かっているが・・・。
カシオペアは、全個室で二人乗車が基本。
一人の場合は、二人分の寝台&特急料金を、払わなければならない。
「あら、チキン弁当って美味しいわ~。でも、あの人も鳥の唐揚げが好きだった。
ああ、なんなのこの気持ち」
寝台特急カシオペアは、定刻に出発した。
2月14日の夕方、綺麗な列車は「謎の女」を乗せて走り出す。ホームの駅員が、
くしゃみを連発していた。
花粉症なのか?はたまた、鼻毛の抜き過ぎだろうか?
日暮里、田端、赤羽と車窓の風景は変わり、謎の女は寝台のベッドで横になりながら、
ユーミンを聴いている。
その姿は、まるでムーミンだった。
ドラマはもう1つ進行していた。
鹿児島中央病院に入院中の小野田幸子は、ベッドの上で人口呼吸器をつけたまま、
天井を見つめていた。
いや、見つめたままと言ったほうが良いだろう。
「さっちゃん、目が乾いちゃうわね。目を閉じておきましょうね」
幸子の母が付きっきりで看病している。
窓から見える桜島山は、あの日の事故への怒りを込めるかのように、火山灰を空高く、
吹き上げていた。
幸子は29歳。桜坂万三郎の恋人である。
二人は鹿児島市内にある、スカッシュ練習場で出逢った。
万三郎30歳、幸子22歳の夏の事である。
彼が友人とスカッシュの練習中、足をひねって転倒し右足首を捻挫してしまい、
おまけに屁もこいて、周囲のリアクション困惑状況を作った時だった。
その場にいた小野田幸子は初対面にも関わらず、彼の靴を脱がせると、持ち合わせて
いたアイスノンで冷やしながら、応急手当をしてくれた。
「す、すいません。ありがとう」
「いいんです、私も昔、捻挫やって痛かったんですよ」
「こ、股間を捻挫すればよかったかな?アハ・・」
「イヤだわ、スケベ!(ふくれっ面)」
その場にいたみんなが、腹を抱えて笑っていた。万三郎も、悶絶の顔のまま笑って
いた。
「家まで冷やしながら、使っていただいて結構ですよ」
「すいません。今度、お会いした時にお返ししますから」
万三郎は一目惚れだった。
「わが胸の 燃ゆる思いに くらぶれば 煙はうすし 桜島山かぁ」
くわえタバコの万三郎は、関越自動車道の上里サービスエリアに到着した。
2月14日バレンタインデー、若いカップルが夜中だというのに、大勢でにぎわっていた。
万三郎はハザードを点滅させながら止まった。
「ファミレスの、にぎわい御膳みてぇだな・・・」
赤坂はサイドブレーキを引くと、電気ポットで作った、
ゆでたまごを口にくわえて、トラックから降りてきた。
「バレタデーか、俺には関係ないねぇ~。おい、万さん、うどんでも食おうよ!」
万三郎は、なにげなくベンツを探した。
「確かに一緒に入って来たぞ。カメラに映っていたもんなぁ。・・・あ、居た居た・・・」
グレーツートンの560SELは、二人のトラックから
少し離れたワゴン車の陰に、止まっている。
「11時10分か、地獄丸に電話してみよう。何か状況が変わったかもしれないしな。
しかし、寒いぜ今夜は」
赤坂は、テーブルに座るやいなや、ゆでたまごを食べ終わると、ジンジャエールを
飲み始めた。糖尿一直線だ。
「玉ちゃん!食券買いにいくぜ!」
万三郎は携帯で地獄丸に電話をかけながら、玉五郎を呼んだ。
2月の夜は冷える。23時11分、空気が冷たい。
岩沼にいる地獄丸が電話に出た。
「おお、地獄丸か!遅くにわるいなぁ」
「いやいや、大丈夫!どうしたの万さん。俺いま岩沼」
「あ、新沼か?謙治は元気か?」
「違うよ、岩沼だよ。金ちゃんが出られそうなんだ」
「え!それで仙台へ向かってるのか?いい奴だなぁ・・」
万三郎が、ベンツの事を話すと、地獄丸は注意を促し、荷の降ろし先を、新潟県警に
伝えるようアドバイスした。
「わかった。ありがとよ、ラーメンおごるぜ」
「これで8杯分貯まったよ、万さん!」
「じゃ、味噌チャーシューメンにしたから、1杯だけ」
「無事を祈るよ~、マジ気をつけて」
「グッドラック!」
そこへ、うどんを2杯持ってきた玉五郎が、
「おい、キムタク気取ってどうしたの?喰うぞ」
「ちょっとな、公衆電話いってくる」
「う、うどんが伸びちゃうよ!」
万三郎は、グリーンの電話機にロボコンのテレフォンカードを挿し込むと、県警へ電話
したのだった。
「もしもし、新潟県警かい?ちょっと話したい事があるんだけど、どうしたら
いいんかね」
「そうですか。内容は?」
「覚醒剤の事です」
彼は口を手で隠すように話しながら、周りを見た。
足元で、少女がポッキーを食べている。
「美加ちゃん、こっちに来なさい。腹巻のおじさんに食べられちゃうよ」
万三郎は、担当の下平刑事から、とにかく、荷主のいう通りにして欲しいと言われた。
そして、全力で取り締まる事を告げられ、いよいよ事態は深刻になってきたと感じた。
しかし、突然の電話を、警察が信じるはずも無いが、一緒に荷を運んでいる赤坂の名前
を出すと、意外にも下平刑事の同級生だった。同じ卓球部だったという。
まるで小説みたいな話である。
「とにかく、俺は一度握ったワッパは、離すことは出来ねぇ。落ち着け、万三郎・・・よし」
自分に気合を入れると、彼は赤坂の待つテーブルへ戻った。
「万さん、どうしたんだよ?ぬり壁みたいな顔して」
「おお、うどんは?」
「食べちゃった」
「ん?俺のも。なんだよ、まいったなぁ」
万三郎は、うどんの食券を買うと、うどん・そばカウンターへ行った。
「おばちゃん、きつね」
「なんだい!私はキツネじゃないよ」
「え、違うよ。うどん、うどん。きれいな顔して、もう」
「あらぁ、ちょっと待ってねぇ~」
赤坂は、鼻くそをほじりながら、クリームソーダを飲み始めていた。
ここは「新潟東警察署麻薬取締対策本部」である。
新潟県警の下平刑事は麻薬摘発のために、人一倍情熱を傾けていた。
それは、以前うどん粉を麻薬と間違えて、始末書を書いた経験があるからだ。
「赤坂も一緒に運んでいるのか?あの倉庫の情報は押さえてある。あとは物的証拠
だけだ。電話をかけて来た桜坂は、どうやら信頼出来そうだ。なんとしても、
取引きの現場をしょっぴーてやる」
そこへ、高橋部長刑事が茶をもって入ってきた。
「下平、そんなに気合入れて、大丈夫かぁ?」
「部長、大丈夫です。ふんどしは赤です」
「わかった。もういい」
高橋は大きな頭を抱えながら、茶をすすっている。
「0時20分前か・・・。もうそろそろ出動だな」
今晩出動する、麻薬対策本部員は16人。
下平は、ヒップホルスターに黒光りする拳銃をそっと握ってみた。
「冷たいぜ。この冷たさが俺の心を落ち着かせる」
万三郎たちが荷を運び入れる倉庫までは、署から車で20分のところにある。
工業団地内にある、大型の古びた貸し倉庫だ。
8人の先発隊は、もう出発していた。
うどんを食べながら、万三郎は赤坂に小声で言った。
「おい、下平満男って刑事しってるか?」
「ん、下平? あ、満男か!知ってるよ。どうしたの?」
「ああ、新潟のポリスに電話したんだ。やっぱな、あの荷は怪しいぞ。
「粉」だぞ。金太郎の二の舞は、仲間達のためにも踏んじゃならねぇよ。
下平君が玉ちゃんに、よろしく言ってたよ・・・」
赤坂は、あのドジで、のろまな下平を思い出していた。
自分が卓球部の副部長だったとき、満男は玉ひろいだった。それを思うと、心の中で
仁王立ちする自分を、発見するのだった。
「万さんよ、それでどうすりゃいいんだい?」
「下平君の言うには、きっちり荷を運んで、すぐにその場から撤退してくれれば
いいとの事だ。あと5分したら、かっ飛ぶぜ、錬金倉庫までな」
「なんだか、ゆで玉子が食いたくなって来たぜ・・・」
赤坂は、刑事ドラマの銃撃戦を勝手に想像しながら、ニヤニヤしていた。
昔、裏山で遊んだコンバットゲームが懐かしい。
隣りのテーブルの女子大生が、その顔を見て言った。
「ヤバイよ、恵子。早く出発しようよ」
「そうね、イッてよし!」
上里サービスエリアの時計も、埃をうっすらとかぶり、疲れたドライバー達と共に時を
刻んでいる。
午後11時45分だ。
人は皆、同じ「時」の中で、見事なまでに違う人生を生きている。
二人はジャンパーを着ると、トラックへと向かった。
2月の星空はキレイだ。でも、ブッチャ―のおでこのキズは気持ち悪い。
北へ向かって2台の大型トラックは、大きくワッパを回して爆走するのだった。
ベンツはいつの間にか、いなくなっていた。
万三郎は首をかしげた。
「俺たちが倉庫に向かうことを、それなりに確認出来たから、行ってしまったのか?」
道路交通法の手前もあり、イルミネーションは点灯せず、メインアンドンと車高灯を
いくつか輝かせてイスカンダル号は走る!
渋川から赤城、沼田そして六日町へと、目的地へ向けて距離を詰めていく。
渡り鳥がクシャミをするかのように・・・・。
無線のマイクを握ると、万三郎は赤坂を呼んだ。
「玉ちゃん!今、何聞いてんの?演歌?」
「こちら赤坂夜の街、只今は都はるみを熱唱中!」
「三日遅れの~便りをってかぁ~♪」
「万さんよ、今日のワッパは熱いね!」
「ああ、熱い熱いクラムチャウダーのようだね」
「君は詩人にはなれないね!」
二人は爆笑しながら、新潟市内へと駒を進めた。
刑事たちは倉庫の周辺を包囲し、各自が定位置でトラックの来るのを待った。
その時、一台のベンツが猛スピードで、倉庫の駐車場に入って来た。
「とうとう来たか、緊張するぜ、この野郎」
下平刑事はウンコを我慢していた・・・・。
新潟の市街地を抜けて、二人のトラックは暗闇の多い
地帯へと突入していった。
イスカンダル号の荷台を彩るイルミネーションが、その美しさを一際放っている。
小雨が降り始めた。玉五郎は思った。
「いやな雨だなぁ。こんな時に・・・ゆで卵」
最後のゆで卵の意味は、よく分からないが、彼は何か感じるものがあったのだろう。
「あの交差点を右か。もうすぐだな、緊張するぜ」
万三郎は腹巻から、魚肉ソーセージを取り出すと、かぶりついたのだった。
某コンビ二の恵方巻きの如くに、ほおばった。
「万さんよ、もうすぐだね」
「ああ、距離はそんなでもないが、疲れたね。荷を降ろしたら、お風呂行こうよ、玉ちゃん」
「え、だって0時過ぎてるよ~」声が笑っている。
「そういうお風呂じゃないよ」
倉庫が見えてきた。シャッターが開き始めている。
「準備がよろしいようで・・・ヤッホー!」
万三郎は11トンの爆走トラックを、倉庫街へと滑り込ませていった。
2台のトラックは順に踵を返すと、バックから倉庫へ入った。排気ガスが臭うので、
黒いスーツの男たちは端に避けていった。
「・・・・着いたか。やっと・・・」
万三郎はダッシュボードの上にある配達納品伝票を、ゆっくりと腕を伸ばし取った。
高い位置のドアが開いた。雪駄のまま飛び降りると事務所に向かった。
「玉ちゃん、行くぜ」
事務所では古びた作業服を着た初老の男が、うやうやしく頭を下げた。
「お疲れ様でした。納品書を下さい。これが、運賃です。確認したら領収書を
お願いします」
ぎこちない言い方だった。
万三郎はくわえタバコで、領収書を切った。
男の作業服には「小島工業(株)」と刺繍が施してある。しかし、ここは錬金工業の倉庫
のはずだ。
「・・・これは早く逃げよう。それが利口だ・・」
万三郎は、玉五郎の肩に右手をかけると、ひっぱるようにしてトラックへと急いだ。
「どうしたんだよ、万さん。そんなに急ぐなよ」
「馬鹿、うんこが漏れそうなんだよ」
「ああ、いつものか!」
そういって二人は笑うと、運転台に飛び乗った。
一本出しマフラーは、胸まで響く。
倉庫からトラックが出て行った、その時。
「県警だ!お前たちの捜査令状は取ってある。動くな
よ。観念しろ!!」下平が叫んだ。
「あーあ、アイツ、テレビの見すぎだな。何ハリキッテんだぁ?」
近藤警部が眉間にシワを寄せた。
倉庫内に車の急発進する音が響いたかと思うと、積み上げられたダンボールが、炸裂する
ように崩れて黒いベンツが飛び出してきた。
そして、一人の刑事が車にひっかけられて怪我をしてしまったのである。
「大丈夫かぁ~!この野郎!待てー!」
勢いよく飛び出したベンツは、刑事を引っ掛けた後、
バランスを崩して倉庫の柱に激突した。
軋む倉庫の躯体に、女性の悲鳴にも似た衝突音が轟いた。
「部長!出ました!荷物から覚せい剤の袋が!」
鈴木刑事は思いっきり叫ぶように伝えた。
「なんだよアイツは、新米のくせに。俺の決めゼリフが消えてしまった」
下平は悔しかった。マジで悔しかった。
「鈴木!よく見つけたぞ。全員逮捕だ!一人も逃すなよ」
万三郎の携帯が鳴った。
大型トラックが止められるコンビニ「塚陣」で、赤いきつねをホームレスが
こぼした瞬間だった。
「はい、万三郎!・・あ、下平刑事」
「ご協力ありがとうございました。これから、申し訳ありませんが、署の方へ
ご足労頂けますか?無事、逮捕しましたよ。覚せい剤も出たんです」
万三郎は、怒りと安堵が混ざったような心境だった。
「わかりました。3時頃伺いますよ。玉ちゃんと」
一気に疲労が大波の如く押し寄せて来た。この一件でトラックの積荷が、取締りを受ける
ケースが全国で出てきて、トラック野郎たちは迷惑を蒙ることになる。
悪は徹底的に追求しなければならない。
女子中学生から主婦に至るまで、覚せい剤の恐ろしさは蔓延しているのだ。
万三郎は電話を切ると、玉五郎のトラックへ行って中を覗いてみた。
ゆで卵を咥えた玉五郎が、仮眠をとっていた。
「お疲れさんですな~玉ちゃんよ」
白目をむいて寝ている玉五郎を見た万三郎は、なぜかオムライスが急に
食べたくなった。
その時、コンビニのアルバイトが、外のゴミをまとめながら、大きなくしゃみを
していた。
上野発 16:20のカシオペアに乗った「謎の女」は、20:58に仙台に着いた。
そして、東北では随一の大きさと湯量を誇る露天風呂を備えた、有名老舗旅館の
「別館 輝一城」に着いたのは、仙台駅を出てから1時間後の22:15だった。
一方、万三郎と玉五郎の活躍によって、悪質な偽装積荷犯罪が解決の著についたのを
知り、地獄丸と金太郎は仙台の居酒屋「なすびの家」で祝杯を上げていた。
「さすがは万さんだな。俺たちも今度の航海は、工業の工に口腔の口で行こうよ!
金ちゃん」
「お前、臭い飯食って脳みそが、かに味噌になっただろ。わっはっは!」
「さぁ、今日はトラック野郎仲間に乾杯だ!」
群馬の高崎にある、やきとり居酒屋「酉家」では、定例の会議が、美味しい焼き鳥を
囲みながら開かれていた。会合名は「ジルマン研究会定例会」である。
「みんな、お疲れ。今日は前回に続く内容だね。書記の富山君、前回のまとめを
発表して下さいな」
「ノート忘れて来ました。すいません」
「何に!忘れた!じゃぁ飲むしかないな。みんな、飲もう!」
「カンパーイ!」
とにかく、飲めればいい会だった。しかし何を隠そう、この会の主催者である金城雅三
こそ、万三郎の最大のライバルであった。
そこへマスターが程良く焼きあがった、ぼんちりを持ってきた。
「金城さん、万三郎さんが来月高崎に帰ってくるようなことをメールに書いて
ありましたよ」
その時、雅三の釣りあがった鼻が赤くふくらんだ。
新たなる波紋が、心の中から広がった瞬間だった。
「万三郎・・・お前には負けないのねぇ~」
あの覚醒剤事件解決から数日後、玉五郎は埼玉南チャンネルのクイズ番組に出演
するため、さいたま市のテレビ局へとハンドルを握っていた。
この日は秩父連山も微笑む、大快晴の青い空!
「まさか出場希望が当たるなんて、これで顔が売れれば一攫千金だな。ぷぷぷ・・」
彼はすぐに一攫千金に結びつける。
しかし、この常に結びつける執念が、宇宙をも揺り動かし、願いを叶える原動力に
なっていた。
この彼の念じる強さが、この物語の最終章を飾る、キーワードになるとは、
玉五郎本人さえ、気がつくことは無かった。
「おお、ここが埼玉南TVか・・・。着いた!これで、お金持ちだぁ~」
彼はハンドルを握ったまま、白目を剥いてストップした。
「すいません!ここは駐車場ではありませんよ。
大型車は、南口から入ったとこですよ!」
駐車場の守衛は、馬のケツにたかるハエを追い払うように赤色棒を振った。
「失礼な!この玉五郎様に向かって!もう」
テレビ局の正面玄関から入ると、守衛に声を掛けられた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
玉五郎はムッとして言った。さっきの怒りが治まりかけていたのに、蘇る勤労。
「クイズ番組の出演者に選ばれたん、ですよ!」
楽屋Bに出演が決まったラッキーな人々が集合していた。総勢12名だ。男8人、
女4人だった。
ADが説明を始めた。
場内の空気が一瞬にして静まる。
「おはようございます。皆さんはご存知の通り、クイズ・ドキドキ一攫千金!に出演が
決まっている訳ですが、これから服装を変えてもらいます。
番組の演出上、仕方の無いことですのでご了承下さい」
一人の女性が手を上げて言った。
「あのー、このドレス、今日のために新調したんです。グッチなんで~す♪」
「脱いでもらいます」
皆、観念した。一攫千金の為である、多少のことは目を瞑ろうと思いが
一致したのだろう。
ADはダンボール箱から、なにやら着ぐるみらしき物を取り出して言った。
「皆さんには、これを着て頂きます!」
出演者一同、びっくりしてしまった。今までの放送では見たことも無い物である。
玉五郎は心の中で思った。
「着ぐるみか。俺、大好き!」
ADが手にした着ぐるみらしき物は、ホタテマンの背中が開いた腹掛けのような
物だった。
ホタテマンとは、昔、テレビ番組で活躍した力也兄貴の代表的コスチュームキャラである。
いったいどんな製作転換があったのか?
皆がざわめいているときに、玉五郎は平常心だった。
「macを買おう!そしてお風呂にも行こう!」
出場者は皆、渋々ホタテの腹掛けをつけると収録が行われる南Bスタジオへ入った。
4人一列の三段になった解答者ボックスに、12人の「挑戦者たち」は納まった。
真っ赤な解答者ボックスは、皆の情熱を表しているようだった。
玉五郎は2段目の右から2番目。位置的にはナイスポジションだった。
「あのおー、すいません」
玉五郎の右横に座った小池栃三郎が、ボックスの仕切り越しに顔を出して来た。
「ああ、びっくりしたぁ。何ですか?」
「緊張しますよね。赤坂さんはどうですか?」
どうやら彼は、クイズ出場というよりは友達を作りに参加したのだと、玉五郎は直感した。
「そ、そうですね。緊張しまくりちょ!」
「わはは、赤坂さんって面白い。友達になりましょうよ」
玉五郎は、自分の感の良さに驚いた。
「赤坂さん、さっき面白いものを拾ったんですよ」
「なんですか?面白いって」
「ここだけの話ですよ。でも友達にしか話せないな」
「ハロー!友達!元気かい、ハーイ」
自分でも寒かったが、面白いものは好きなので、仕方なく話してみた。
「クイズの台本を拾いました。見たいですか?」
「み、見たい!問題も書いてあるの?」
玉五郎の目の前には、札束の山が広がっていった。
「最後の問題だけ書いてありますよ。残念ですが」
「い、いいねぇ。ちょっと見せてよ、友達くん」
「友達!うれしいなぁ。ハイ、これ」
見るからに45歳は過ぎている彼の風貌は、そのギャップがとてつもなく寒かった。
玉五郎は台本を見てびっくりした。
最後の問題が書いてある。
その横には、持ち主が書き込んだと思われる答えが赤い文字で書かれていたのだった。
「最後の問題:ダーティーハリーが映画の中で使用した拳銃は、いったいなんだった
でしょう?」
栃三郎は、ボックス席でほくそえむ玉五郎の顔を、笑顔で見つめていた・・・・。
万三郎は久しぶりに、以前住んでいた高崎に来た。
高崎市西部を流れる烏川の川岸に腰を下ろしていた。
すずめが警戒心を持たずに、万三郎の周りに落ちている、鯉の餌をついばんでいる。
「かわいいなぁ、お前たち」
晴天の空を見つめていると、ふとサラリーマン時代の苦しい日々を思い出した。
少しばかり心に余裕が出来たからなのか、あの頃は、空を見上げるなんてことは、
皆無に等しかった。
夕焼けを楽しみ、小鳥のさえずりに耳を傾け、幼子の声に希望を感じる。
何気ない日々の生活の中で、一人のエキセントリックな上司によって、心をがんじがらめ
にされてしまった弱い自分がいた。
本当に辛かった。
結局、強い自分になるしかないのだ。
「自分に負けない」これは、他者に勝つことよりも難しい。26歳から34歳までの、
8年間という人生のもっとも燃えるべき時を、苦しみから逃れるために時間を費やしていた
ことは否めない。
万三郎は、吸い込み針に練り餌を団子状につけると、
むんずと起き上がり、リールのフックをはずし、道糸を人差し指で押さえ、川のポイント
へ向けて竿を振り、鮮やかに弧を描いた。
竿を立て、あとは竿の先に付けた鈴が、チリリンとなるのを待つだけである。
酉家のマスターからもらった、おにぎりと野菜炒めを
広げて、青いビニールシートの上でほおばった。
おにぎりが美味しい。涙が頬をつたって流れた。
涙が止まらない。
さっきからこちらの様子を伺っていた、気弱そうな野良犬が寄ってきた。
腹を空かせているのだろう。彼は、マスターには悪いと思いながらも、ウインナーを
「仲間」に向かって投げた。
仲間はそれを咥えると、誰にも取られはしないのに、一目散に草むらへ駆けていった。
万三郎は心の中で長寿を祈った。
万三郎は、むんずと起き上がり、竿を握ろうと右手を伸ばした。
「チリリリ、チリチリ、国土地理院♪・・・・」
彼はおかしな鈴音にズッコケたが、もう少し待つことにした。
なぜならば、鯉は吸ったり吐いたりの繰り返しで、餌を食むからだ。
その途中で仕掛けである、吸い込み針のいづれかが口にひっかかるように出来ていた。
竿が、ぐぐぐっとしなった。万三郎が叫ぶ!
「今だ!」
「耕司!」
万三郎は、その寒い合いの手に苦笑すると、声の主を確かめるために振り返った。
竿にかかった鯉は、暴れん坊将軍状態になっている。
「あ!雅三じゃないか!」
「おいおい、それより魚がにげっちゃうよ!」
「おお、こりゃあ大物だぞ!うがー!」
二人は中学時代の親友同士で、中学3年の時に同じ女の子を好きになってしまい、
それ以来ライバル関係にある。けっして肉体関係ではない。
女の子の名前は、千畳敷幸子。
とても広い家に住んでいる、大金持ちのお嬢様だった。父は庭に錦鯉を31匹も飼う地主で
あった。
ライバル同士はお互いを意識しつつも、旧交を温めるために、夕焼けせまる時刻、
酉家へと向かった。
埼玉南TVでは、予定通りクイズ番組のリハーサルが行われていた。
「よし、これで最後の問題は分かったぞ。あとは最後まで残ることだ、なんとしても」
玉五郎は、熱い視線を感じながらも腹を決めた。
腹を決めた人は強い。どんな困難も乗り越える力を漲らせてくるものだ。
クイズ番組の新タイトルが、番組のサブディレクター
から発表になった。
「みなさん、お疲れさまです。この視聴者参加型番組も、年々視聴率が下がって来て
おりますが、この番組に私は賭けてます。
だから、商品も今回からは奮発しています。なんと優勝者には、アメリカ西海岸
沿いの浜辺で1泊旅行ペアの旅です!いいですか、お願いしますよ。
ここで、番組のタイトルをお知らせします。
新番組タイトルは!ウルトラクイズ・ホタテ人生です。どうですか、いいでしょう!」
長髪のサブディレクターは、腕を組みながら自身満々に講釈をたれた。
一番上の列の近藤真理子がつぶやいた。眉毛の濃いいナイスなギャルだ。
「バカみたい。ホタテ人生って何?」
参加者皆の心の内を、代弁していた。
玉五郎は、耳を疑った。ホタテ人生?なんじゃそりゃ?いい加減に千川小学校という
気持ちだった。
そこへ、司会者の「金 玉三郎」がやってきた。
関西で大ブレイクのお笑い芸人である。
今まで司会を務めてきた、「かわ もんた」は降板した。主婦層が飽きたのだった。
「司会を務めます、金 玉三郎です。どうぞみなさん、よろしくお願い致します」
金玉三郎の司会進行により、順調にリハーサルは行われていた。出題されるクイズの部分
は、省略されて進んでいたので、足早に終わった感がした。
流れが掴めた感を解答者たちは、一様に抱いた。
宅八郎に似たサブディレクターが、つかつかとスタジオ中央に出てきて、
両手を広げて言った。
「皆さん!これから20分の休憩の後、いよいよ本番の収録です。ホタテに成りきって
自分の人生を賭けて頑張って下さい。お願いします!」
完全に自分の世界の中に、サブディレクターは居た。
「すいません!ホタテに成りきるってどういう意味があるんですか?」
解答者のひとりである、門口義雄が言った。
門口は東海道大学の助手で、魚介類の進化を研究している、39歳のインテリである。
鼻毛が長いのが気になるが、彼はお構いなしの様子である。
「いい質問です!それは、ホタテのように存在感を出しながら歩む人生の体現者を目指せ!
という事です!ナイス!ゲッツ!」
一気にスタジオの空気が冷え切った。
玉五郎は、肩肘ついてアゴを支えていたが、肘が衝撃波でずれてガクッとズッコケた。
時計は、午後3時30分。隣のAスタジオでは、解答者用のジュースとお茶の準備が
終わったところであった。
会場に応援に来ている家族の中には、失禁する者も出て、ちょっとした衝撃が走った。
「ウルトラクイズ・ホタテ人生」
玉五郎は最後の問題目指して、拳を握った!
「よし、彼岸の戦士になってやる。ふんどしなびかせて、まんじゅう食って、
水飲んで行こう!」
彼こそ、ホタテ人生の体現者なのかもしれない。
万三郎と雅三は、酉家で米焼酎「銀風」をロックで飲みながら、思い出ばなしに花を
咲かせていた。
「万ちゃん、元気だったかい?」
「ああ、まぁちゃんも元気そうで何よりだね」
「疲れてないかい?」
「ちょっと疲れてるかな。だから銀風が美味いよ」
マスターが、ぼんちりと手羽先をもって来た。
「ふふ、久しぶりですね万さん。雅さん、飲みに来るといつも、万さんのこと話して
いたんですよ」
マスターはそういうと、カウンターの中にいるユキちゃんに有線放送を止めさせると、
BGMを流した。
曲は「なぜか埼玉、海がない」だった。
「マスター、だめだよ、この曲は・・・・」
万三郎は涙をこらえながら、宙を見るように言った。
「ユキちゃん、電気も消して。スイッチ・オン!」
カウンターの中以外、店の中が暗くなるとミラーボールが回りだし、イントロが響く。
雅三が、つぶやくように言った。
「思い出すよ。あの時のことを・・・」
万三郎は、お手拭で顔を覆うと涙声で、
「ありがとう。みんなありがとう・・・」と言った。
カウンターの中では、ホタテのバター焼きをつくっている。
赤のれんが夜風に揺れていた。
さすらい超特急(完)